フィーブ 町長の屋敷『意外な提案』
視界に映るものは、一面の空だった。周囲の音はひどく遠くになって、自身の呼吸音のみが耳障りな程はっきりと耳に響いている。
「は、っ、は…、は、ぁ、は……」
なんで、空なんて見てるんだっけ
理解が及ばず、俺はちらりと目を横に向ける。──広がる紅。
それが流れ出た自身の血だと理解して、ああ。と俺は震えた。
……俺はここで死ぬんだな。
どうして、こうなったんだっけ。
思い出す。ここに至るまでの長く険しい道のりを。そして、俺の犯した――過ちを。
◇◇◇◇◇
「おー!ひっさしぶりのフィーブ!」
「懐かしさすらありますわね」
あれから数日歩き続け、俺たちはとうとうフィーブの町へと到着した。レオンたちにとっては久しぶりなのだろうが、俺にとっては初めての町である。
商業都市フィーブ。古くは五百年以上前から貿易の中心地として商業が盛んに行われていた町であり、今尚もって、ルード大陸最大の商業都市の地位を確固たるものとしている場所である。
四方を高い壁に囲まれ要塞都市としての側面も持つフィーブは、外からの侵攻に対しては絶大な強さを誇っていた。しかし今は内側から攻められて、為す術がないといった状況なのだが。
そんなフィーブに到着するや否や、レオンは早速町長の元へ向かうと口にした。
「魔神デルニロが現れるのは満月の晚だと聞いている。つまり明日の夜だ。あと一日は猶予がある筈だが、とにかく町長に話を聞かないとな」
ラドナ遺跡でかなりのショートカットが出来たと思っていたのだが、ドーザでの足止めなどもあってタイミングとしてはギリギリだったようだ。
「ではわたくしたちもご一緒致しますわ」
「いや、大勢で押し掛けるのも良くない。俺一人か、もしくは二人にすべきだろう」
レオンの言葉にヒロインズが顔を見合わせる。
「ではわたくしが」
「いや、ここはアタシが」
「わ、私が」
「大穴であーしが」
「いや自分のことを大穴とか言うなよ……」
「あのぉー……」
やいのやいのと騒がしい女子たちに混じって、おずおずと手を上げたのは俺である。
皆の視線が集まる中、俺はこう口にする。
「あの、ほら私、フィーブは初めてですから。町長さんにご挨拶したいと思いまして……」
ザ・真っ当な理由!これを浴びせられれば基本的に人の良い皆がそれ以上何か言える筈もなく、
「そういうことなら、まあしゃーねーな」
「今回はお譲りしますわ」
「え?え?……わ、私も勿論譲るつもりだったのよ!」
と、あっさり引き下がってくれた。いや~!後輩キャラサマサマですなぁ!……なんだよスルーズ。なんか文句あんのか。
じとっとした目を向けてくるスルーズは気にせず、俺はレオンと連れ立って町長の元へと向かうことに。
本来はこれも好感度アップの為のイベントではあるのだが、すまない。今回は俺が利用させてもらいます。
――やりたいことがあるのでね。
という訳で二人きりになった俺たちだったが、早速レオンが話し掛けてきた。
「いやー、ドーザでも言ったけど、迷惑掛けちまったな」
「ほんとだよ」
後輩キャラはどこへやら。スルーズよろしくじと目になると俺はそう返す。
ウィズやリューカたちは魔法による睡眠だと思っているようだが、俺は(恐らく)真相を知っているのでレオンに冷ややかな目を向けているのである。
「お前なに寝ないで鍛練とかアホなことやってる訳?一日とかならいいよ。毎日はあり得ないだろ」
「いやー。すまん。どうしても猛虎昇龍撃を完成させたくて……」
どんだけ猛虎昇龍撃好きなんだっつーの。もー。あんな技名考えなきゃ良かったよ。
頭を掻きながらそう口にするレオンに、はぁ。と俺は嘆息する。
「お前魔王を倒すんだろ。こんな馬鹿なことでみんなに心配掛けんなよな」
「面目次第もない」
「それにしてもさ」
ややあって、町中を歩きながら俺はレオンに声を掛けた。
「ん?」
「なんかこう、視線を感じるんだよ」
それは、このフィーブの町に入った時から感じているものだ。こちらへチラチラと視線を送り、そして眉根を寄せてヒソヒソと話し合う。
何というか、感じ悪いな……。
「視線?」
「分かるだろ。今だって見られてる。歓迎されてないって感じ」
俺の言葉を受けて、「ああ」と納得したように頷くレオン。
「俺たちは所謂、招かれざる客ってやつだからな」
「なんで。魔神を倒そうとしてるのに?」
町を守る英雄と迎えられるべきなんじゃないのかと口を尖らせる俺を、レオンが笑う。
「町の人々はかなり酷い目に遭って、今はもう抗うことを諦めちまってるんだ。だからデルニロを刺激しそうな俺たちはさしずめ、町の平穏を脅かす厄介者ってところなんだろ」
レオンの言う通り、確かにクエハーにおいても、デルニロを倒すまではフィーブの住人はこちらに塩対応だった。だから別に分かっていたことではあるのだが……。
「…………納得いかねー」
口を尖らせたままの俺に、レオンは苦笑する。
「まあそう言うなって。みんな自分の生活を守る為に必死なんだよ」
「それは、そうかもだけど……」
小さく息を吐き出しながら、俺はそれでも釈然としないと頬を膨らませる。
しっかし、なんでコイツこんなに心が広いんだよ。
並んでいると俺だけが心の狭いヤツみたいで嫌なんだが。
しかし結局遺憾に思ったところで状況が改善される訳でもない。
俺はぶすっとしつつも前を向くと、レオンと二人で道を行くのだった。
◆◆◆◆◆
さて、そんなこんなで俺たちは町長の屋敷へと辿り着いた。
「こちらでお待ちを」
秘書に通され、応接室で町長を待つ俺たち。面接なんかでも味わったことあるが、こういう待ち時間ってどうにも苦手なんだよな。何度経験しても慣れないというか、どうもそわそわと落ち着かない。隣のレオンもそれは同様らしく、室内を行ったり来たりしているその様子は、妙に浮き足立って見えた。
「────はー……」
心を落ち着かせるべく俺は深呼吸する。それは思いのほか効果があったらしく、しばらくするとすっと気分が落ち着いてきた。室内に飾られた城の絵のタペストリーをぼんやりと眺めながら、俺はこの町長の屋敷へと想いを馳せる。
この施設は、勿論クエハーのゲーム内にも存在する。恐らく間取りも同じなのだろうが、やはり俯瞰で見るゲーム画面と、直接自身の目線で見る本物とじゃ、迫力や受ける印象が段違いだ。
「どうも、お待たせ致しました」
と、応接室のドアがノックされ、そこに一人の男が姿を見せた。
「町長のケーニッヒです」
きちんとした身なりに立派な髭を生やした彼のことを、俺はよく知っている。
ケーニッヒ・F・オオグ。五十五歳。フィーブの町長にして、今後も何かと冒険のお世話になる相手だ。
しかしその髪は殆どが白く染まっており、深く刻まれたシワも相まってその顔は実年齢よりも老けて見えた。
「レオン殿。まずは改めて、魔神討伐の依頼を引き受けて頂いたこと、そしてこうして戻ってきて頂いたことを感謝致します」
「いえ、そんな」
そう口にして恭しく頭を下げるケーニッヒに、レオンは困った様な顔をする。こういった対応に慣れていないって感じだ。俺は慣れてるよ?社会人でしたからね。
「頭を上げて下さい。町長が簡単に頭を下げちゃ駄目ですよ」
「感謝すべき相手には敬意を払う。町長以前に、人として当たり前のことです」
そう言われてしまえば、レオンにはそれ以上の言葉は挟めない。俺たちは町長に促されると、柔らかいソファーへと腰を降ろした。
「それで、単刀直入になってしまって申し訳ありませんが、本題に入らせて頂ければ。……こちらに戻ってきて頂いた。ということは、オーブの方は手に入った。ということで宜しいのでしょうか?」
恐る恐る、といった様子で町長が問い掛ける。それを受けて「はい」と首を縦に振るレオン。
「三つ、揃いましたよ。ご覧下さい。こちらが──」
そうして自身のナップザックを漁るレオンであったが、その顔が困惑の表情へと変わる。レオンが取り出したのは、うっすらと光を放つ白色のオーブだった。
「え?あれ……?いや……」
ナップザックの中を確認しても、外にオーブは見当たらない。確かに彼は、手にした緑、赤、青のオーブを自身のナップザックの中に保管していた。それは間違いないのに三つのどれでもないオーブ一つに変わっていれば、レオンが混乱するのは無理もないことだろう。
「レオン殿、こ、これはいったい……」
ケーニッヒも同様に、困惑した目をこちらへと向けている。オーブがなければ魔神を封印する計画は最初から頓挫してしまうのだから当然と言えば当然だ。
困惑している二人を見て、俺は小さく息を吐き出した。
「口添え失礼致します。ケーニッヒ様、ご心配には及びません。赤、青、緑、三色のオーブを合わせた結果誕生したものが、こちらのオーブなのです」
「な、なんと?」
「え!?」
俺の言葉に驚く二人。……いやレオンは驚いてちゃ駄目だろ。お前が持ってきたって体なんだから、ドンと構えてなさいよ。
「伝承では、『三つの宝玉一つとなりて、光を放ち闇を閉じ込めん』とあります。つまりこれが封印のオーブの正しい形なのです。……そうですよね?勇者様?」
ゲームではちゃんとオーブが一つになるイベントがあった筈なのだが、こちらのレオンは眠りこけてたりと色々バタバタしていたこともあって、本人の与り知らぬ間にナップザックの中で勝手に合体してしまったらしい。んなアホな。
言い含めるような俺の声色に、やっと意図を理解したのだろう。レオンはコクコクと頷いた。
「あ、ああ。そうだな。うん。そういうことです」
「なるほど。ならば準備は万端ということですな」
嘘がつけない性格なのか、てんでしどろもどろなレオンであったが、ケーニッヒは気にせず話を進める。
まあ彼にとっては、封印のオーブが正しく機能する状態ならば何でも良いのだろう。
「──失礼、こちらのお嬢さんは?」
と、そこでケーニッヒは俺についてレオンへと声を掛けた。いきなり口を挟んだ俺の存在が気になったらしい。自分も背後に秘書をつけているし、同じようなものだとでも思っていたのだろうか。
「ええと、彼女はミーナです。グリーンオーブ捜索の最中に出会いまして、様々な分野に深い知識を持っているので、現在同行してもらってるといいますか……」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ミーナと申します」
俺はそこで初めて名乗ると、再度ケーニッヒへと頭を下げる。
「レオンさんが言っているのは少し大袈裟ですね。私は世界学者を志している身なので、学んでいる最中といいますか……」
「ほう。世界学者!?とするとモグリフ教授のお弟子さんかい?」
「ふへぇっ!?」
予期せぬ言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
だ、誰!?モグリフ教授って!?っていうかいるの!?世界学者!?俺の創作じゃなかったわけ!?え?噓でしょ!?え?え!?
「ぇあ、あ、え、ええ。そ、そうなんですよ~」
頭の中でちんどん屋が太鼓を打ち鳴らしながら笛を吹いて踊っているかのような混乱に曝されていた俺だったが、それでも適当に相槌を打って受け流した。
気になる。正直気になるけど!今の話の本題はそれじゃないんだ。でも魔神の一件が終わったらめっちゃ聞きたい……!誰なんだよモグリフ教授……!
「 ──なるほど」
これ以上話が広がらない空気を察したのか、ケーニッヒは居住まいを正すと仕切り直すように口を開いた。
「さて、では明日のことだが」
「はい」
「魔神が現れるのは明日の夜だ。町の大時計が零時を告げたとき、奴は姿を現す。此度の贄に選ばれたのはラグリア家の娘だ。彼女を手に掛けんと出現する魔神を、そこで討伐、封印して貰いたい」
念を押すようにケーニッヒは静かに、しかし強い口調でそう告げた。「はい」とレオン。
俺は、ラグリア、という苗字を耳にして、ぴく、と反応する。
「つまり丸一日以上は猶予があるということですね」
「ああ。そうだ。その間に出来るだけの準備を頼む。こちらでも武器の支援など出来ることはさせてもらおう。……何か質問は?」
「大じょ──」
「あの、一ついいでしょうか?」
大丈夫だと言おうとするレオンを差し置いて、声を上げたのは俺だった。
「……何だろうか」
「生け贄を指定しているのは、魔神なんですか?」
俺の言葉にケーニッヒは目を見開くと、辛そうにそれを伏せた。
「……いや、違う。……贄を選定しているのは、この私だ……」
「ミーナ!」
レオンから非難の声が上がる。……俺だってそりゃ、悪いこと聞いてると思ってるよ。一月に一度、若い娘を生け贄に捧げなければ町が滅ぼされるという苦境に立たされているケーニッヒの心労は計り知れない。彼は、娘たちに死の宣告を突き付けなければならないのだ。悪は魔神デルニロだろうが、デルニロは言ってしまえば災害だ。こういう時に人間は、自分の敵わない大きなものには憎悪を向けない傾向がある。ならば簡単。町の人間の憎悪はその殆どが町長へと向けられるのだ。
そして設定資料集に載っていた情報によると、デルニロの最初の犠牲となったのは、志願したケーニッヒの娘だったという。
「それが、どうかしたのか」
重々しい空気を纏ってケーニッヒがそう口にする。彼には申し訳ないが、それが聞きたかったのだ。
今からする提案のために。
「あの、そういうことでしたら町長にご相談があるのですが」
「む?」
訝しんだ表情を浮かべる彼に向かって、俺はこう口にした。
「その生け贄役、私に出来ませんか?」
「────は?」
「────え?」
町長とレオン、二人揃って間の抜けた声が上がる。そりゃそうだろう。予期せずにそんなこと言われたら俺だってたまげる。
「な、何を言っているんだ?そんなこと──」
「町長。これは意味もなく言っている訳ではありません。ちゃんと勝算を考えた上での言葉です」
俺の言葉に、混乱した発言でないということは理解してくれたのだろう。ケーニッヒは真剣な顔に戻ると続きを促した。
「どういうことだ?」
「はい。第一に、私たちは魔神と戦う身です。そこに生け贄の女の子がいれば、彼女を守りながら戦わなければならなくなる。それを避けたいということ」
事実、恐怖で動けない少女を死なさないように立ち回るというのはあまりにしんどいものがある。リューカに安全なところまで運んでもらうにしても、それは戦力を一人減らすことになる。それではデルニロには勝てないのだ。俺は言葉を続ける。
「そして第二に、私は戦闘要員ではありません。私の役割は、魔神を観察してその弱点を探ること。だから、出来るだけ近くで見る機会が欲しいんです。戦いが始まってしまえばそんなことは言っていられないので……」
正直俺にとって一番大切な要素が、この二番目の理由である。
まず大前提として、俺は魔神デルニロのことを知っている。姿も、技も、倒し方さえ熟知している。その気になればパーティの皆にデルニロの攻略法を伝授することだって可能だろう。
だが、この世界においては初見の相手だ。
故に、俺が見てもいない魔神の倒し方を知っていてはおかしいのである。もしそんなことをペラペラと口にしようものなら、怪しまれることは確実だし、下手すれば魔王軍のスパイとも受け取られかねない。
そうなってしまえばデルニロの撃破は絶望的だろう。だからこそ、そうならない為にも俺が魔神を観察した、という客観的事実はどうしても必要なのである。
客観的事実、と表現したが、実際に観察しなければならない理由もある。何故なら、ゲームのデルニロとこちらの世界のデルニロが同一とは限らないからだ。いくらゲームの攻略法を熟知していたとしても、デルニロが別物だったなら何の意味もない。
それを見極める為にも、俺自身が奴を見ることは絶対に必要なのである。
「ふむ」
俺の言葉に、顎に手を当てて頷くケーニッヒ。
「…………おい」
「それから最後に」
同じタイミングでレオンが何か言いたそうにしていたが、気にせず俺は続ける。
「私が生け贄ということであれば、今回もし勇者様が敗走したとしても、次の機会を得られます」
「君、それは……」
ケーニッヒは俺の言わんとしていることを理解してくれたらしい。
そう。もしレオンが敗走して予定通り町の人間が生け贄になってしまえば、フィーブの人々は二度と彼らを受け入れないだろう。
けれどその贄が町の人間と無関係であれば、その限りではない。
勿論死ぬつもりなど毛頭ないが、そこまでの覚悟だと示すことは出来るだろう。
「おいミーナ、おま――」
「何よりフィーブの人々を救うために動くこと。勿論これは勇者様のご意志でもあります」
「っ!」
言葉を挟もうとしていたレオンだったが、俺のその言葉を受けて、自身の言葉を飲み込んでいた。いや、そうせざるを得なかった。
ふふん。そうだとも。こう言われてしまっては何も言えまい。今「それは違う」なんて言ったら、フィーブを助けるつもりがない、という意味合いになっちまうからな。
そんな俺たちのやり取りを興味深げに眺めていたケーニッヒであったが、ふと思い付いたように口を開いた。
「随分と明るいな。……怖くはないのかね?」
生け贄になる。など、余程の自殺志願者か狂信者でもなければなかなか切り出すことのない言葉だろう。
それを口にして、尚且つ悲壮感のない俺が、ケーニッヒとしては気になったようだ。
「それは──、はい。大丈夫です」
だから俺は、ハッキリとその理由を告げてやる。
「私、勇者様を信じていますので」
「────」
俺の言葉にぽかんと口を開けていたケーニッヒであったが、ややあって大きな声で笑い始めた。
「わあっはっは!信じているときたか!こりゃあレオンくん、すっかり尻に敷かれているね!」
「いや、別にそんなんじゃ……」
「いいんだいいんだ。うちもそうだからねぇ。夫婦円満の秘訣だよ」
口を尖らせるレオンであったが、ケーニッヒは意に介さず笑っていた。そして彼は改めて俺たちに頭を下げる。
「本当に、この町の為にありがとう。町を代表して、君たちの献身に礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
そうしてケーニッヒは俺へと顔を向けると、
「ミーナくん。それでは、明日の正午にまたここに来てほしい。色々と準備があるからね」
と口にするのだった。
◆◆◆◆◆
町長の屋敷を出る頃には、陽もすっかり沈み外は闇に包まれていた。この世界では現代のような電飾技術は発達していない。夜は暗いのが常識なのだ。
レオンがカンテラに火を灯すと、周囲を薄ぼんやりとした橙色の光が照らす。俺はレオンと並んで歩きながら、先程までのことを思い返していた。
──言ってみて、良かったな……。
終始辛そうにしていたケーニッヒ町長だったが、最後には笑顔を見せてくれていた。俺も、思い切って提案した甲斐があったというものである。……だというのに。
「……なーに怒ってんだよ」
「……………………」
レオンの奴が屋敷からの帰り道、ずっとこの調子なのである。まったく拗ねるとかガキかっての。
「話勝手に進めたのは悪かったって言ってんじゃん。それとも何か?オレの言ったこと、何か間違ってたか?」
我ながら大人げない詰め方である。自身に非がないと思っているからこそ、こうして口撃している訳なのだが。
「…………気に食わねえ」
レオンがぼそりと、そう口にした。あんだと?
「気に食わないって言ったんだ。なーにが生け贄になるだ。力もないくせにかっこつけて」
「にゃ、にゃにおぉっ!?」
理論で敵わないからって誹謗中傷に走りやがったコイツ!
「そもそも、誰が生け贄になる必要もないだろが。どの道魔神は出てくるんだろ」
「馬鹿かお前」
腹が立ってたこともあってか、ついついミーナらしくないキツい言葉が出てしまった。レオンも驚いたように目を開いている。
「確かに生け贄がなくてもデルニロは出てくるよ。でもそれは、この町を滅ぼす為に現れる破壊の化身として、だ」
「……それは……」
「そうなったデルニロがどう出るのかなんて、誰にも分からないだろ。一切の攻撃を受け付けず、ひたすらに町を破壊し続けるかもしれない。その果てに何人が犠牲になるかも分からない。……お前責任取れんのかよ」
「……うっせえ。んなことさせねえよ……」
不貞腐れたようにそう吐き捨てるレオン。なんなんだ一体。
「さっきからおかしいぞお前?どーしたんだよ」
ヒトが心配してやってんのに、レオンの奴は明後日の方向を見ながら、「っせぇ」とか呟いている。……なんかムカつく。
「うらっ」
「あだっ!?」
その尻に、軽く蹴りをくれてやった。他意はない。なんとなくそうしたくなっただけだ。
「何すんだよ」
「うじうじしてんじゃねー」
「っ」
「でっ!?」
と思いきや、尻に逆襲のキックを受けて飛び上がる俺。
「そ、そんな強くやってねーだろ!」
「一発は一発だ」
「~~~~!」
一時離れると、睨み合う互いの視線が交錯する。そして。
「……このぶりっ子」
「中二病かっこつけ男」
「やんのかこら!」
「上等だよクソが!」
俺たちはド突き合いながら夜の道を帰ることになるのだった。
まったく小学生かっての……。いてて。




