ドーザの宿屋 オーカン亭『オーカン亭で朝食を』
リューカがウィズの指示で訪れたそこは、一面に様々な花の咲き乱れるまるで花畑のような場所だった。
「綺麗────」
思わずそんな言葉が漏れる。その感性は、ルード大陸に来てから磨かれたものだ。
色とりどりの花が雑多に並ぶ色彩豊かな絶景とともに、多種の花の香りが風に舞って辺り一面に漂っている。
勇者様にも見せてさしあげたかったですわ。
そんなことを一瞬考えた後で、リューカはぶんぶんと首を横に振る。
わたくしは、目当てのお花を探さないといけないんですの!
そうしてウィズに渡された紙を眺めながら、リューカは花畑の中へと足を踏み入れる。
「失礼。通りますわ」
「あ、ごめんなさい」
「あっ、あららっ、」
目当ての花以外に危害を加えたくないらしく、避けて通らんと奮闘するリューカであったが彼女の大きな金属のブーツではそれもむべなるかな。
意図せずあちこち踏みつけてしまい、方々の花に謝罪しながら歩くリューカなのであった。
「青い花……、あれかしら」
そうして彼女は蒼が広がるその場所へとたどり着く。花の形状も、紙に描かれたものと同じもののようだ。間違いない。花には申し訳ないが、勇者様の為に摘ませてもらおう。とその場にしゃがみこんで手を伸ばすリューカであったが、その時ぴくん、と彼女の身体が何かの気配に気付いて反応した。
「――――っ」
――この気配、敵意、いや――?
それと同時に花畑の植物たちの一部が、まるで急速に水分と養分を奪われてしまったかのように一瞬で干からびて黒ずみ、朽ちていく。リューカはキッと目じりを釣り上げると気配の主へと目を向ける。
「随分と、無粋な真似をされますわね」
花畑の端、土が幾分か盛り上がったその場所に――紅い花が咲いていた。いや、花と言うにはそれは他のものよりあまりにも大きかった。しかもリューカは知らないだろうが、ミーナのいた現代でいうラフレシアのように多肉質で、地面から直接花弁が開いているかのような姿をしていた。
「ふ、へ。ねえおねえちゃん。ワタシとイッショにアソぼうよ」
リューカの言葉に応えるように嘲笑がその場に響くと、土が更に盛り上がって花弁がその場に突き出した。いや、正確には花弁が突き出した訳ではない。花弁を乗せた大きな塊が、土を弾き飛ばしてその場から這い出してきたのである。
「遊ぶ?……最近の花は、おしゃべりも出来るのかしら」
それにしても。と呟くリューカ。
“塊”と表現するにはそれはあまりにもヒトガタだった。新緑色をし、葉で体を編まれた人形に大きな紅い花が乗っているような奇抜な容姿。その姿は、等身の低さも相まってどこか少女を思わせるようなものだった。そんな存在を何と形容するか、リューカはもちろん知っている。
「いえ、花ではない。――魔物、ですわね。わたくしはウィズさんではないので、あなたが何者であるかは分かりません。ですが、悪戯に周囲の草花を枯らしてしまうあなたの存在が間違っているということはわたくしにも分かりましてよ」
小さく息を吐き出しながら、つとめて冷静にリューカがそう口にする。その声を受けてか、ふ、へへ。と魔物と称された少女が笑った。
「イタズラ、じゃないよ。ゴハンたべてるだけ。ニンゲン、だっておなかがすいたらタべるでしょ?」
「そう。だというのなら、満たされたら立ち去りなさい。わたくしは貴女とかかずらっている暇はありませんの」
「へぇへへへ」
少女の形をした何かが笑う。
そこに悪意はなかったかもしれないが、リューカはそれを、耳障りだ。と思った。
「やぁだ。だっておねえちゃん、ヨウブンいっぱいありそうなんだもの。ねーみんな!」
「!」
「ふ、ふぅ」
「ぇへ、へぇ」
「ふ、へ、へぇ」
「ぅふふ」
少女の呼び掛けに応じるように、リューカの周囲の土が盛り上がり、紅い花弁が大量に咲いた。それに合わせるように花たちの命が吸われ、美しかった花畑は見るも無惨な黒ずみへとその姿を変えてしまう。
それはリューカの足元まで及んでいた。
「っ!テツロの花が!」
摘もうと思っていた青い花は、残らずその色を失ってぼそり、と崩れ落ちていた。リューカの瞳に怒りの炎が宿る。
盛り上がった土からは、先程の少女と同様の緑色をした少女たちが四体、リューカを囲むように飛び出した。
「ふ、ふっ」
「ぇ、へぇ」
もしもこの場にウィズがいたなら、彼女たちがアルラウネであると教えてくれただろう。アルラウネとは、人間の少女に似た姿をした植物型のモンスターである。いや、どちらかといえば、人間に擬態している植物といった方が近いだろうか。その肢体も葉や蔓を使って人間に見えるよう再現しているだけで、その正体はあくまで植物なのである。しかし声帯なども再現出来ているあたり、その能力はかなり高いと言えるだろう。
「貴女たち、覚悟は出来ているんでしょうね……?」
「デキてないよ~だ。みんな!おねえちゃんをタべちゃえ!」
最初に現れたアルラウネ少女の号令で、周囲の少女たちが一斉にリューカへと飛び掛かる。
蔓を幾重にも巻いて再現された手や腕を元の蔓へと戻し、それを鞭のようにしならせて襲い来る彼女たちに、リューカはため息を吐き出した。
「逃げるのなら、命を取られることもありませんでしたのに」
その言葉と同時にリューカはその背のバトルアックスを取り外すと、ぐるり、と一凪ぎする。
「ひ!?」
「ふ、べぇっ!?」
たったそれだけで、アルラウネたちは体を寸断されてその場に転がっていた。
「ひっ、ひいっ!」
仲間たちをただの一撃で屠られ、最初の一人であるアルラウネは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。もしこれが人間であったなら失禁していたであろうくらいには、その顔は恐怖に歪んでいた。
「どう、なさいますの?」
「ぐ、ぐうぅ……!オ、オボえてろ!」
雑魚丸出しな台詞とともに、アルラウネはその場から逃走していた。リューカは特にその背を追うような真似はせず、ため息を吐き出す。
「ハァ。せっかく良さそうな場所でしたのに。イチから探し直しですわね」
アルラウネに養分を吸い付くされた花畑は、その色彩を失ってただ黒が広がるだけの寂しい場所と化していた。
……もしまた別の場所で同じようなことを繰り返したら――。
先程のアルラウネは逃がすべきではなかったのかもしれない。しかし、敵意のない相手を追い掛けて殺すというのは、リューカの信条に反する行為だ。それだけはあり得ない。
そうしてこめかみを押さえながら、リューカは一人歩き出すのであった。
◆◆◆◆◆
「待って待って待って情報が多すぎるって!」
場所は変わってオーカン亭の客室にて。話を聞き終えたスルーズの口から出た第一声がそれだった。
「つまりなに?ミーちんは異世界で暮らす人間で、しかも男で、その世界にはあーしらの冒険が娯楽として伝わってて、ある日気付いたら女の子の姿になってこの世界に飛ばされてたってこと!?」
流石は女神様の娘。超常的な話への理解が早くて助かる。
「ええと、概ねそういうことかと」
頷く俺に、ほぁ~、と彼女は頭を抱えた。
「それはあまりに無茶苦茶な話だわ。十人に話したら十人に、君が頭のおかしな子だと思われる感じの」
「……だよなぁ。自分でも荒唐無稽だとは思ってるんだよ」
「コートームケイ?」
「あ、つまりおかしな話ってこと」
「うーん」
何か考え込んでいるのか、むむむ。と腕を組んで唸るスルーズだったが、ややあって口を開いた。
「まあ、あーしは納得したよ。君の魂が変わってることの説明がつくし。なるほど、これはママ案件かもなぁ」
「ママっていうと、アリア?」
「アリア様、ね。そこも知ってるとか、ちょっち怖いわキミ」
じとっとした目を向けるスルーズであったが、知ってるなら話が早いと説明を始める。
「まあそゆことよ。異世界だの魂だのをなんとかするとしたら、可能性が一番高いのはうちのママだから。本人に聞いてもらうのが一番だと思う」
実のところスルーズは、クエハーというゲームにおいても唯一無二の異世界転移者だったりする。元の世界では神の下で働く戦乙女であったが、神々が巨人族に敗北した際、光に巻き込まれて気付いたらこの世界に飛ばされていた、という設定である。俺がこうしてここにいることを考えれば、恐らく俺の前にいるスルーズもれっきとした転移者なのだろう。
それ故、彼女に話せば信じてもらえる可能性が高いのではないかと思ったのだ。
「その分だと、あーしが別の世界から来たってことも知ってるんでしょ?」
「うん。だから話したんだよ」
「あー、なる」
しかし、やはり女神案件か。今すぐ知れないものかと逸る心でスルーズに尋ねる。
「で、話戻すけど、女神様と通信出来ないの?なんかテレパシーみたいなことしてなかったっけ?」
「いや知りすぎててこわ……」
ゲーム本編においては、スルーズルートにて彼女が今まで女神とちょいちょい念話のような通信を行っていたことが明かされている。
レオンにすら秘している情報を俺が知っているという事実に、若干引いたような表情を見せるスルーズであったが、すぐに気を取り直して嘆息した。
「それがさ、出来ないんよ。ミーちんが来るちょい前くらいから、ママとの連絡がつかなくなっちゃって」
「え?そうなんだ?」
女神との通信妨害?俺がこの世界に飛ばされてきたことと何か関係があるのだろうか。
「あー。あとミーちんさ、一つだけ勘違いしてるかも」
「え?」
スルーズの言葉に驚き、俺は彼女へと目を向ける。勘違い?
「キミは自分が突然女の子にされちゃったって思ってるみたいだけど、ちょっとだけ違うかも。もし元の人間の遺伝子を弄って性別を変えたなら、魂がこれだけ器と食い違うことはないんよ。だから多分、キミは魂だけを、この少女の体に移された状態なんだと思う」
「た、魂を?じゃあ、オレはこの娘の体に憑依してるってこと!?そ、それは困るな。この娘にも悪いし……っていうか、オレの元の体はどうなってるんだ?ま、まさか死んでたり!?」
急に怖い想像に駆られ、俺はスルーズに詰め寄った。
「いやいや、それはないっしょ」
と笑って切り返そうするスルーズであったがふと考えて、
「いやママならあってもおかしくないな」
と手のひらを返した。
「ちょっとォ!?」
「や、多分違うとは思うよ?キミの中の魂の痕跡は一人分だからね。他に誰かいたなら残り香があるはずだし」
「じゃあ」
「でも絶対とは言い切れないんだよね」
さっきから上げては落としやがって。
涙目を向ける俺の視線に気付いているのだろう。スルーズはぱたぱたと手を振るとこう口にした。
「じゃあそこら辺も踏まえてママに聞きに行こっか。あーしも通信が出来ない理由知りたいしね」
「──ああ。そうだな。……そうしたい」
俺もその意見に全面的に同意して、首を縦に振った。これで俺の当面の目標が定まった、といったところだろうか。……といっても女神の神殿は魔王軍支配地域のただ中に隠れている為、大分先の話にはなりそうだが。
「や~。けどミーちんのこと知れて良かった~。得体の知れない奴だと思ってたけど、これで納得いったわ」
と、スルーズは安堵したように息を吐き出しながらそう口にした。
「つまるところキミには敵意はないみたいだし、むしろその知識であーしらを助けてくれる訳っしょ?」
「敵意なんてあるわけないってば」
俺にとってはクエハーの全て、ギルディアや魔王まで含めた全てが愛すべき存在なのだ。敵意なんて持ちようがない。……いや、魔王軍には持つべきなのかもしれんが。
「そかそか。や~。良かった」
繰り返すようにスルーズが言う。
「ほんっと良かったよ。置き去りにしなくて」
いやーそんなに言われると俺も照れるというか……、ん?置き……?
「なんて?」
「やさー。ミーちん怪しいなーと思ってたからさ。変なのに絡まれたらどうすっか様子を見ようと思ったんよ」
と、スルーズは先程のミサンガ売りについて語り始めた。彼女の言うことによると、正体を隠している俺がどう動くかを見極める為に、わざと悪質なミサンガ売りのいる広場に俺を一人にしたらしい。
「誰も見てないところなら、あんな奴の一人や二人簡単に伸せるんじゃないかってさ。そしたらむしろ簡単に連れて行かれそうになってるんだもんよ~。焦ったってのマジで」
「ええーーーーーー!!!!」
わざとかよ!トラウマになり掛けたんだぞ!?下手したら人生詰んでた可能性まであるんだかんな!?
「いやもうホントごめん」
ぎゃーすか噛み付く俺に、スルーズが頭を下げる。
ま、まあ助けてくれたのも彼女だし、キチンと謝ってくれたからそれ以上は言わないようにするけども。
そんな俺へと目を向けて、むー、と嘆息しながらスルーズが言う。
「にしてもさぁ?元男って割に、キミ弱くない?あんな奴に手も足も出ないとか」
コイツ舌の根も乾かぬうちに!
「……じゃあスーさん言うけどもさ」
「スーさん?あ、いやどうぞ続けて」
「ん。スーさんは戦乙女だからその辺気にしないかもしんないけどさ、想像してみ?今まで戦争もない平和な所に住んでてさ、それがある日突然、自分以外の周囲が1.2~1.5倍くらい大きくなってて、力も殆どの奴が自分より強くて、気を抜いたら拐われるような世界に飛ばされてたとしたらどう思う?」
「ん、あー。それはちょいしんどいね」
腕を組んで明後日の方向へと目を向けながら、なるほどと呟くスルーズ。少し誇張はあったが、俺の言わんとしたことは伝わってくれたのだろうか。
ミーナとしての今の俺の身長は、主観だが大体百五十五センチといったところだろうか。元の南信彦の身長が百七十五センチであるため、今までより二十センチ程低いということになる。こうなると景色の見え方もこれまでのものと全く変わってくる訳で。
現代より格段に治安が悪いということを抜きにしても、俺は目線が二十センチ低い世界がこれ程恐ろしいものだとは思ってもいなかった。
「いずれ慣れるにしても、今はまだ混乱の最中なんだよ。神の遣いならもう少し思いやってくれてもいいと思う」
「はいはいしゃーないなぁ。じゃああーしが守ってやんよ」
と、スルーズは面倒そうに息を吐き出すと、俺の頭に手を置いてにししと笑った。
いや、そういうことじゃないんだが……?
「お、置き去りにしないでくれたらそれでいいです」
若干の照れもあってか口を尖らせる俺に、「あ、口調戻った」とスルーズ。そういえばそうだな。
「さっきの砕けた感じも好きだったけど、ミーちんはそっちのイメージだなぁ」
「皆さんは私にとって憧れの人ですし、年齢的にも立場的にも私は若輩ですから」
はー、とため息を吐き出しながら俺はそう口にする。何だろう。確かに俺も、こちらの口調の方が落ち着きを覚える感じだ。レオン相手には砕けた接し方の方が居心地がいいのに、不思議なものである。
「じゃあさ、これ渡しとくわ」
と、スルーズがおもむろに分厚い本のようなものを手渡してきた。なに?経典ってやつ?なんだろうと思って開いてみたが、なんと白。どのページも中身が抜け落ちてしまったように白紙であった。
「え、と……あ、あれ?」
「これ、好きに書き込める本。ペンとインクも渡しておくよ。ほら、もう危ない目に遭わないように書き込んでおきなって」
そんな言葉と共に、執筆セットを渡される。……むー。俺は少し考えると、ペンをインクに浸し、そして。
『ミサンガサギゆるせない』
そう、本の最初の一ページ目に書き込むのだった。
◆◆◆◆◆
「皆様~!お待たせしましたわ!」
そうこうしているうちに、リューカがナップザックいっぱいの青い花を抱えて帰ってきたらしい。
「テツロの花、間違いないわね。ありがとう。これで薬が作れるわ」
部屋から顔を出すと、隣の部屋からリューカと、花を受け取るウィズの声が聞こえてきた。
「ミーナちゃーん!スルーズさーん!ちょっと手伝ってほしいのだけれどー!」
隣の部屋から聞こえてきた声に、俺とスルーズは顔を見合わせる。
「あ、はーーーい!!」
「うーい!」
と、いうわけでその後は、ウィズの頼みということもあり、皆でテツロの花びらをがくから外すという作業を行うこととなったのだが……。
「それで、わたくしが夜の見張りをしていましたら、なんと勇者様が鍛練をしていらっしゃいましたの。わたくしずっと見とれてしまいまして……」
「いや見張りしなさいよリューさん……」
時間はすっかり夜になっており、リューカの熱いレオンへの語りを聞きながら作業していた俺のまぶたは、そのうちにトロンと落ちてくるようになった。走り通した疲れもあったのだろうが。
でも、耐えろ俺!終わるまで頑張るぞ~。
「ミーナちゃん、ミーナちゃん、起きて下さいまし」
そんな決意虚しく、リューカの声掛けで俺の意識は覚醒した。
「っは!?──こ、ここは!?」
「オーカン亭の一室ですわよ。ミーナちゃん、ウィズさんの薬が完成したそうですわ」
いつの間にか眠ってしまった俺は、隣の部屋のベッドで寝かされていたらしい。相変わらずみんないい人たちだよなあ。
リューカに連れられて隣の部屋に行くと、そこにはぼろ布に横たわって相変わらず寝息を立てるレオンと、目にクマを作って何やら青い液体の入った瓶を持つウィズの姿があった。
「あ、起きたのね」
「今から薬を試すんだってさ」
先に部屋にいたであろうスルーズが声を掛けてくる。しかし、俺はその土壇場になってある一つの疑問に思い至った。
「あの、その薬、どうやってレオンさんに飲ませるんですか?」
彼は寝ているのだ。飲み物を飲めるような状態ではない。無理やり飲ませようとすれば、気管に入って大変なことになるかもしれない。
俺の疑問にウィズはそうね。と頷いた。
「その疑問は当然だわ。……大丈夫。この薬は飲ませる訳じゃないの」
じゃあ注射?いやしかし、この世界に注射器はないよな……?
額に疑問符を貼り付ける俺を見てか、ウィズは小さく息を吐き出すとこう続けた。
「実際に見てもらった方が早いでしょうね。……それじゃあ、見てて」
そうして手にした瓶をじっと見つめると、ややあって。
「てぇい!!」
とレオンの顔面目掛けて薬液をぶっかけたのである。
「ぶわっぷ!?な、な、なんだあ!?敵襲か!?」
その一撃に飛び上がる程驚いて身構えるレオンであったが、すぐに周囲の俺たちに気付いて目を丸くした。
「な、なんだこの状況?」
「ゆ、ゆ、勇者様ぁ~!!」
「良かった。本当に……」
驚いて放心していたリューカも、レオンが目覚めたことを理解したのだろう。ウィズとともに彼の元へと駆け寄った。
「薬が効いたのね」
「ウィズさん、流石ですわ!」
いや、ホントに薬のおかげか?アレ。なんなら普通の水でも起きたんじゃ……?
喜んで手を取る二人と、状況が分かっていないレオンを遠巻きに眺めながら、俺は眉根を寄せていた。
そもそもの話、どうしてレオンに睡眠魔法が掛けられていたのか。という話である。俺たちは別に、魔法を使う敵に遭遇した訳ではないのだ。
森にそのような敵がいたとして、何故レオンにだけ魔法を行使したのか。何故その後で俺たちを襲撃しなかったのか。
まああの時はブラックウルフたちも俺たちを狙っていたから、それに気付いて撤退したという可能性もないわけではないが……。
……そもそも原因は睡眠魔法だったのか?
俺は思案しながら、二日前の夜のウィズの言葉を思い返していた。
──彼、ずっと張り詰めていたもの。私が見張りをしてる時だって、ずっと剣の鍛練をしていたくらいだし──
……ん?なんか昨晩、似たような話を聞いたな?
思い出す。確かリューカがこんなことを言っていたような……。
──わたくしが夜の見張りをしていましたら、なんと勇者様が鍛練をしていらっしゃいましたの──
……いや、ちょっと待ておい。これ、ひょっとして……。
ばっ、と勢いよく隣へ顔を向けると、俺の言いたいことなどお見通しとばかりにスルーズは息を吐き出した。
「うん。あーしの時もしてたよ。鍛練」
ここまで来ればこの場にいないバレナも同様だろう。ははは、と乾いた笑いが口から漏れる。
――――こいつ、ただの寝不足じゃねーか!!
何のことはない。レオンは連日の睡眠不足がたたって爆睡していただけだったのだ。
フォスターの宿屋で俺と夜通し語り明かし、必殺技の名前が決定してからというもの、レオンの奴はどうやら連日のように技の練習に明け暮れていたらしい。
じゃあまともに寝てたのってジークスの酒場くらいか?いやあの時も夜間俺を部屋に連れ込んだ挙げ句、朝はうっかり触って起こしちゃったけども。
いやもうどんだけ馬鹿だよこいつは!?
というかそう考えると、色々と話が変わってくるんだが。
船長との戦いでレオンが不調だったの、単に寝不足のせいだったんじゃねーの?
んで俺の呼び掛けで覚醒したの、単に大きい声で目が覚めただけなんじゃねーの?
うっわ。だとしたら恥ずかしっ。俺に気を使ってんじゃねえとか叫んだの、俺が滅茶苦茶自意識過剰みたいじゃねえか。
「あー……その……」
「ミーちん」
何か言おうとした俺を、しかしスルーズが止めた。
スルーズにも今回の顛末は何となく分かっているのだろう。それでも彼女は人差し指を口元に当てると、小さな声でこう口にした。
「うぃうぃもみんなも頑張って、勇者サマも起きたんだから、野暮なことは言いっこナシナシ」
にしし、と悪戯っぽい笑みをこちらへと向けるスルーズに、ぽかんとしていた俺であったが、
「……ですね」
と、苦笑を返すことにした。そりゃそうだ。結果的にうまくいったんだから、わざわざケチを付ける必要はない。それに、俺の記憶が確かなら原作のクエハーにおいて、ウィズがあんな風に他のメンバーに指示を出すようなシーンはなかったハズだ。
もしかしたら、俺は彼女の成長イベントを見ることが出来たのかもしれない。
「じゃ、朝ごはんにしますか」
女子二人に囲まれて困り顔のレオンをひとしきり眺めると、俺は小さく鼻を鳴らして誰ともなしにそう呟くのだった。
◆◆◆◆◆
オーカン亭の一階には、既に朝食の用意がなされていた。マスターの入れるコーヒーに加え、声のデカい奥様が作るパン、コーンポタージュ、スクランブルエッグ、ソーセージが並んでいる。
これらは実にありふれた組み合わせではあるが、しかしこのドーザにおいても一~二位を争う人気のメニューだったりする。
「私が作ったんだからね!そりゃうまいにきまってるのさ!!がっはっは!!!」
と、奥様が豪語するだけあってどれもお味は一級品。しかも頼めばおかわりも自由なのだとか。そりゃ確かにリピート客もつくよな。
「はわ!わわ!おいひっ!美味しいですわね!!!」
目を輝かせて沢山食べているリューカを眺めながらソーセージを頬張る俺であったが、何か忘れているような気がして店の入口へと目を向けていた。
――はて、なんだったかな……。
ばん!
とその時、派手な音と共にオーカン亭の入口が開かれた。荒々しい足音とともにそこに現れたのは――、
「い、ま、戻った、ぜ……。ほら、よ。コリグの実……、一個だけだが、死守してきた……からよ……」
全身から煙を上げんばかりにボロボロのヘトヘトになったバレナであった。
――――あー!バレナ!!!忘れてた!!!!!
聞くに、激しい戦闘の末にジュエルベアーを殴り倒してコリグの実をゲットしたものの、川に落ちたり蛇に食われそうになったり蜂に刺されそうになったりしながら命からがら全力疾走でここまで帰ってきたらしい。
「ウィズ、これで、レオンを……」
「――――バレナちゃん、これ、コリグじゃないわよ」
しかし渡された実をしげしげと眺めて、ウィズはそう告げた。
「……へ?」
「これはヤケイコの実よ。っていうかこれ黄色いし、渡した絵と似ても似つかないじゃない……。っていうか」
「よーバレナ!お疲れさん!!」
ひょい、とウィズの後ろから顔を出し手を振るレオン。そんな彼の顔をぽかんとした顔で眺めた後、数秒して、
ばたーん、とバレナは白目をむいてその場にひっくり返るのであった。
「きゃあバレナちゃん!」
「バレナさん!」
まあともかくこれで一件落着ってところだな。ちゃんちゃん。




