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エルムの森『始まりの日』※イラストあります。

「はぁっ、は、あっ、はぁぁ……!」


 走る。右も左も分からぬ見知らぬ森を、俺は夢中で駆けていた。

 後ろを振り返る勇気はない。しかし確実に、俺を追う息遣いは迫っている。


 どうしてこんなことになったんだっけ……。

 まともに思考もおぼつかない頭で考える。


 そもそも今日という日は、俺にとって怠惰で優雅な最高の一日になる予定だったのに。


 詳しく言うならば、仕事の重圧から解放された土曜日を最高に楽しむ為に、俺は朝から自室で好きなゲームのやりこみプレイに一日を費やそうと考えていた。これは親元を離れ、一人暮らしになったが故に許された社会人の特権と言えよう。

 朝から晩まで時間を忘れて画面に向かい、疲れたら万年床に転がってパッと寝る!そんなふしだらな時間の過ごし方をしたとしても、翌日には更に楽しい日曜日が待っているのだ。これを桃源郷と言わずして何と言おうか。それなのに。……ああ、それなのに。

 そんな俺が、まさかあんなことになるなんて……。



 ────あれ?……え?


 ゲームに熱中していた筈の俺の周囲は、いつしか俺の知らないものへと変化していた。光を覆う程に繁った深緑の木々に、鳥の鳴き声。座ってぶらぶらとさせていた筈の足は、葉や枝の転がる土を踏みしめている。


 近所に出てしまったとかそんな可愛い話ではない。気が付いたらまったく見知らぬ、森の中だとしか言えぬ場所に俺はいたのである。


 は、は、はあぁぁぁ~ッ!?


 なんだなんだどーいうことだ!?

 VRだとか、そういう話ではない。そんな機器を着けた覚えもなければ、そもそも家にそんなものはない。焦って周囲を見渡して、……ああ、そっか。と俺は手を打った。


 ――ああ、夢だ。これ。


 ゲームに夢中になり過ぎた俺は、いつしか疲れて寝落ちしてしまったのだろう。それはゲーマーにはよくある話だ。そういうことならば、この荒唐無稽も納得である。いやに意識がハッキリとしているのは、これが話に聞く白昼夢というやつに違いない。


 そう思って改めて周囲を眺めると、何とも言えぬ高揚感が俺の体を駆け抜けた。こんな得体の知れない森の中に一人だとか、まるでゲームの中に入ったみたいじゃないか。

 そうと決まれば探索しない手はない。木々を踏みしめて意気揚々と歩き出す俺であったが――――、


「…………」


 数時間も薄暗い森の中をさまよい続けた後で、本当にこれが夢なのか疑問に思い始めていた。

 だってあまりにも意識がハッキリとし過ぎている上、普段の自分以上のことは何も出来ないのだ。空も飛べないし、スナック菓子が湧いてきたりもしない。それどころか普通に腹が減ってくる始末である。

 コレ、ひょっとして夢じゃないんじゃ……、と思い始めると同時に、だったら俺はどこに迷い込んでしまったんだろう?と現状が恐ろしくなってきた。

 何かのドッキリ企画とか?裏で家族がモニターで俺の惨状を笑ってるとか?……いや、芸能人でも何でもない俺にそんなことして何の意味があるってんだ。

 いい加減に脚も疲れて、土の上だろうとかまわず俺はその場にへたり込んだ。

 誰でもいいから、誰か来て欲しい。夢ならいい加減に覚めてほしいし、そうでないのなら、このまま全く知らない場所で孤独に遭難して死ぬなんて絶対に御免だ。けれどいくら嘆いた所で、急に知り合いや家族が助けに来てくれる訳でもない。


「はぁ…………」


 不安に駆られ、小さく溜息を吐きながら身を縮めていると、俺の耳に、ガサガサと茂みを揺らす音が聴こえてきた。

 風……って感じじゃない。──ひょっとして、誰かが来てくれたのか?

 そして期待に胸膨らませる俺の前にソイツは現れた。全身を真っ黒に染めた、体長三メートルはあろうかという熊が。


「あ────えっと……」


 勘違いのないように言っておくが、今現れたこれは俺の知り合いではない。熊に知り合いはいない。


「────さよならッッ!!」


 そうして見るからに狂暴そうな熊と俺との、命を懸けた鬼ごっこが開始され──、

 話は冒頭へと戻るのである。


「っは、は、ぁっ……!……ちょ、待っ、無理、むり、ムリぃっ!!」


 もう十分スリルは味わったので、これが夢だというのなら早く覚めてほしい。本当にマジで。

 そもそも生粋の出不精である俺が、森の熊さんと追い掛けっこなど出来る道理がないのだ。ましてや歩き続けてくたくたになった脚で逃げ切れる筈もない。


「どぁ、わぁぁっ!?」


 足場が急になくなったような感覚の直後、バランスを崩した俺はその場に転ぶように倒れ込んだ。どうやらそこは斜面になっていたらしく、落ちるように俺は転がった。

 衝撃と混乱が先にあり、痛みが後から体を駆け抜ける。


「ぅぐ、ぅぅ……」


 落ちた目の前には湖が広がっていた。じっくりと見れるならその美しい光景を堪能することも出来たのだろう。しかし今の俺にそんな猶予はない。早く背後を確認して逃げようとして──、


「いつっ……」


 俺は鋭く走る足の痛みに顔を歪めた。落ちた時にくじいてしまったのだろうか。

 あーマジ最悪……。

 こんな訳の分からない場所で熊に襲われて死ぬとか、俺が何したってんだ。

 絶望に駆られて、あーあとこれまでの人生を回想しながら泉に目を落とす俺だったが、ふと、その瞬間に体と思考が停止した。


 ────え?


 栗色のセミロングな髪に、透き通るような白い肌。見慣れぬ服。そこに映っていたのは、明らかに自分ではない、美少女だったのだから。


 ふと、自身の腕へと目を向ける。確かに水に映ったものと同じ服の袖だ。恥ずかしいことに、その時初めて自身の服装が変わっていることに気が付いたのである。

 そういえば、熊に出会って発した自分の声もなんだか普段の自身のそれとは違う、聞き覚えの無いものだった気がする……。


「────これって……」


 ゴルルルル……。

 そんな俺の困惑と思考は、獣の唸り声によって強制的に中断させられる。反射的に振り返った視線の先には、斜面を降りてくる猛獣の姿が映り込んでいた。


「ぁ……、ぁ、あぁ……、ぁ……」


 声が震える。数秒先の悲劇を想起させる牙と爪、そして肩から生える結晶に、俺の中の恐怖が一気に膨れ上がる。こんなの────、って、結晶?

 先程は気付かなかったが、熊の肩口には大きな宝石の結晶のようなものが付着していた。まあ、だからなんだ?という話ではあるが。

 それで俺が自宅に戻れる訳ではないし、熊が何処かに消える訳でもない。熊は確実に俺を獲物としてロックオンしており、その俺が逃げる足を失った以上、この後の惨劇は不可避なのだろう。


「ブオォォォォッッ!!!」

「わあぁぁぁぁぁッッ!!」


 走馬灯を見るような暇もなく、咆哮を上げながら迫る熊に俺が悲鳴を上げたその時。熊の上、太陽を背に飛び出す一つの影があった。


「クマ公!こっちだ!」

「ブォッ!?」


 後ろから声を掛けられたことに驚いた熊が振り返ろうとしたその瞬間、


飛閃剣(ひせんけん)!」


 鋭い剣を携えた誰かが、目にも止まらぬ速さで熊の背後から前面へと駆け抜けた。


「――――え?あ、え?」

「よ。大丈夫だったか?」


 何が起きたのか、まったく理解出来ない俺の前に、その誰かは姿を見せる。

青年、だろうか。ツンツンとした茶髪に、さわやかな笑顔。そして胸当てなどの簡素な鎧を身にまとった姿。

 その瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。彼の顔に、どこか見覚えがあるような気がしたのだ。それも生半可なものではない、強烈な既視感というやつだ。――しかし。


「ちょ、ちょまっ!後ろ、後ろ――」


 誰かが助けに来てくれたことは、本当に地獄に仏である。しかし彼の背後には、今まさに激昂して襲い掛からんとしている熊の姿があるのだ。そんな状況で青年は熊に背を向けたまま、俺に向かって笑顔を見せている。このままでは犠牲者が二人に増えるだけだ。

 悲鳴にも近い叫び声を上げる俺に、しかし青年は笑顔を崩さず、振り向きもせずにこう返した。


「ああ、大丈夫だ。もう終わってる」


 その言葉と同時に、立ち上がってその強靭な腕を振るわんとした熊の頭がずるり、と動き、次の瞬間には胴体と分かれてその場に落ちたのである。


「ひっ、わ、ぁっ!?」


 そうして力を失った熊の体が、ゆっくりと前のめりに倒れ伏す。遅れて血を噴き出す骸を前にして青年は先ほどと全く変わらぬ笑顔を見せたまま、


「――――な?」


 と口にしてニカっと白い歯を見せた。


「ぇぁ、ぁ、ぁあ……あの……えと……」


 人に会えたことは、最高に幸運であり喜ばしい出来事である筈なのだ。しかしあまりにも怒涛の展開すぎて、俺の頭が出来事を処理しきれずにいるらしい。普段からあまりCPUを働かせていないと、いざというときにこうなるといういい例だろう。


「怖がらせちまったか?けど、もう平気だぜ。クマ公はこの通り敷物になっちまったからな。いや、ぶった切っちまったから敷物としては型落ちか……?」


 自身の剣を鞘へと戻しながら、青年が言う。どうやったかは分からないが、あの一瞬で彼はこの巨熊の首を斬ってしまったらしい。それも、一瞬とはいえ出血さえしなかった程の鋭利な切り口で、だ。彼の剣にも血の一滴とて付着はしていなかった。その辺俺にはよく分からないが、余程の腕なのだろうことだけは確かだ。


「ぁ――――、あ、りがと…………」


 なんとかお礼の言葉だけは絞り出した俺に、「気にすんな」と手をぱたぱた振る青年。


「いいっていいって、助かったなら何よりだ。けどこの辺りはジュエルベアーの縄張りだ。今の時期は連中、腹が減って気が立ってる。ベテランの冒険者だってこの時期のエルム深域は避けるくらいだ。君みたいな女の子が、なんで一人でこんな場所に?」


 ――――女の子。青年にそう形容されたことで、改めて俺はその事実を噛みしめる。

 いかにヒョロゲーマーだとしても、本来の俺――南信彦の容姿が女子に間違えられるわけはない。つまりあの水に映った女の姿こそが、今の俺の姿ということなのだろう。アバターのようなものなのだろうか?


「――ぇっと、その……それが、ぇぇと……」

「――――言えない事情ってやつか?そんならそれは別にいいや」


 いや、俺自身が現状を全く理解していない故なのだが、青年はそれ以上は追求せずに話題を変えた。


「俺はレオン。レオン・ソリッドハートだ。君は?」


そう名乗って手を差し出す青年の前で、俺は完全に言葉を失っていた。

だってそれは、その名前は。


俺が正に今日プレイしていた伝説のクソゲー『クエスト・オブ・ハート』の主人公のデフォルトネームだったからだ。

その瞬間、今までフリーズしていたとは思えない速度で、俺の脳はフル回転を始めていた。


 レオンと名乗った青年が熊に飛び掛かりながら口にした単語は何だった?――ヒセンケン、……飛閃剣か!確かにそれはレオンの技だ。初期技だが、消費MPが少ない割に命中率が高く使い勝手がいいので、割と終盤まで重宝する特技の名である。

そして彼が口にしたエルムという単語……。あれはクエハー序盤に訪れるエルムの森のことだろう。(ただし深域に入れるのは中盤以降)つまりここはエルムの森の深域なのだ。それならば確かに出現するモンスターの中にはジュエルベアーもいる。これらの事実を総合するにつまり――――。


 この間約一秒。俺の頭は、今までの全ての謎に対し、こう結論を付けていた。


 ――俺は今、世界一愛するクエハーの世界の中にいる――!!と。


挿絵(By みてみん)

主人公、ミーナのイラストデザインを描いてみました。

こんな感じ?のキャラで進めていけたらいいなー。

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