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ルード平原『狼とキャンプと女子二人』

挿絵(By みてみん)


「本当に、もう行っちまうのか?」


 名残惜しそうなダスターの言葉に、レオンは「ああ」と頷いた。

 場所は、ジークスの酒場前。世話になった酒場のマスターであるダスターに礼を言って、町を出ようとしているところなのである。


 ちなみに俺はあの後、敵の目の前に飛び出したことをバレナとリューカの二人にしこたま怒られた。

 ああしなければレオンが危なかったので仕方のないことではあったのだが、二人の心配も尤もなので俺はそれを受け入れて謝罪した。

 まあ、同時に追求された、口調がいつもと違くない?問題については適当に誤魔化したのだが。


「あんたらはこの町の救世主なんだぜ?本当なら町を上げてあんたらに礼をしなきゃなんねえくらいだ」


 話は戻って、ダスターはレオンに、もう少しここにいて欲しいとの想いを口にした。

 彼からすればレオンは町を救った救世主であり、そんな相手に何の礼も出来ないのは嫌なのだとか。


「礼金だって言い値で受け取るくらいの資格はある。それくらいのすげえことをしたんだぜあんたらはよ。それをこんな……」

「悪いな。マジで先を急いでいる身でね。気持ちだけでも受け取っておくさ」

「けどよ。恩人に宴の一つもしねぇなんて」

「ダスターさん。それに金を掛けるくらいなら、その資金で早く渡船を再開してもらった方が、多分世界中のみんなが喜ぶと思う。勿論、俺たちもだ」


 そう言われてしまっては、それ以上食い下がる訳にもいかないだろう。ダスターは観念して息を吐き出すと、「分かった」と口にした。


「一日も早く船を出せるよう、町の奴等には俺から言っておこう。それと、それならせめてあんたらのことを語り継がせてくれ。嵐のように現れてたった一日でこの町を救っちまった英雄譚を、忘れたくねえんだ」

「そんな大層なもんでもないんだがな」


 おもばゆそうに頭を掻くレオンであったが、ふ。と笑うとダスターに向かって頷いた。


「ああ。そういうことなら頼む。とびきりかっこよく話してくれよな」


 そう口にした後で思い出したようにハッとすると、


「とどめの必殺技は、【猛虎昇龍撃】だからな。字はこう……。間違いのないように」


 と念を押すのだった。


「お、おう……」


◆◆◆◆◆


 そうしてジークスを発った俺たちは、整備されていない平原を歩いていた。

 目指す次の目的地はドーザの町。ジークスとフィーブの中間にある小さな町だ。


「フィーブに行く為にも、ドーザで食糧や必要品を補充しておかないとな」


 とレオン。しかしそのドーザに行くに当たって、舗装されていない平野を進もうと進言したのもまた彼であった。


「フォスターに戻る方向に進めば、舗装された道はあるんだが、そこを通っていたら五日は増えちまう」


 俺も含めてその意見に異を唱える者などいる筈もなく、俺たちは道なき道を進むこととなったのである。


「そろそろ陽も落ちてきたな。この辺りでキャンプにしよう」


 夕方になって、見通しの良い平野の一角でレオンはそう口にした。

 この世界は、魔物が跋扈する危険な世界だ。それが灯りのない夜ともなれば尚更であろう。故に冒険者たちは陽が完全に落ちる前に、野宿の準備を整える必要があるのだ。


「んしょんしょ」


 スルーズがナップザックの中にある木の棒を何本か取り出すと、それをロープで結んで一本の長い棒を作る。

 地面にシートを被せ、何本も作った長棒をその周囲に組合せると、骨組みが完成する。上から薄布を被せれば、簡易テントがそこに姿を現すという訳である。

 ……手慣れてんなー。いつもながら。

 女子たちは慣れた手際であっという間に寝床を組み上げてしまった。大きめに作られているのは、リューカがいる故だろう。ちなみにこの件に関して俺に出来ることはない。


 というかこういったアウトドア技術は全くないからなぁ……。


 少し考えた後で、俺はレオンに話し掛けた。


「レオン……さん、ちょっといいですか?」

「……ミーナ。どした?」

「今日の見張り、最初は私がやりますよ」


 その言葉を聞いてか、レオンは目を丸くする。


「いや、戦闘職じゃないお前だと危険だろ」

「危険は誰でも一緒でしょ。何かあったらすぐ起こしますから」


 森のキャンプよりは、周囲を見通せるここは難易度が低い方だろう。そう告げるとレオンは、「むむむ」と思案した後で、


「……分かった。その後は俺が代わるからな」


 と口にした。




 さて、皆が寝静まった夜、俺はたき火の火を眺めながら座り込んでいた。

 色々、あったな……。

 今日までのことを思い返す。訳も分からずこの世界に来てから、もう二週間が過ぎようとしている。故に俺には、一人で自身を見つめ直す時間が必要だと思ったのだ。

 ゆらゆらとはためく炎は、形を常に変えながら燃え盛っている。


「レオン、かっこよかったな……」


 誰ともなしに、ぽつり、と呟きが漏れた。カーク船長との闘いを一人で闘い抜いた勇者に想いを馳せる。ゲームでもタイマンイベントはあるし、そこをどうこう思ったことはなかったけれど、今日の彼は間違いなく格好良かったと思う。思う、けど。

 いざ目の前で繰り広げられた一騎討ちは、とても怖かった。下手したらレオンが死んでしまうという恐怖が、常に付きまとっていたからだ。


 ……怖かった。それは間違いない。でも、やはりゲーム通りのイベントが起きたことも確かなのだ。


 やはりこの世界は、俺の知っているクエハーの世界と同じなのだろうか。

 だとすれば。と考えて、俺は俯いた。

 だとすれば、選ばれなかったヒロインの死も、避けようのない未来ということなのか。──この、俺も。


 なら、俺がレオンに選ばれれば──、

 いや、なんだそれ。意味が分からない。というか他のヒロインが全員死んで俺とレオンだけ残ったら、それは明らかな詰み状態じゃね?

 逆立ちしても俺じゃ魔王には対抗出来んぞ。

 あれ。じゃあヒロインに選ばれようと選ばれなかろうと俺は死ぬ定めってことか?……まじ?


「おいおいマジかよ……」


 絶望の事実に気付いてしまい、頭をくしゃくしゃと掻きながら俺は深く息を吐き出した。


 ……だとしたら、俺の成すべきことは何なのだろう。俺はこの世界で、どう動くべきなんだろうな……。


 俯きながら揺らめく炎をぼんやりと眺めている俺の耳に、足音が聞こえた。

 もうそんなに時間が経ったのか。


「っ、レオ────」


 顔を上げる俺だったがそこにいたのは彼ではなく、


「残念。私でした」

「ウィズさん?」


 予想外の人間だった。



「邪魔するわね」


 そう口にしながら俺の隣へと腰を降ろすウィズ。一つ一つの動作がどうにも色っぽく、何とも落ち着かない気分になる。

 っていうかデカい。デカいし揺れてるし。横から見たらなんちゅう迫力じゃ。こんなん見張りに集中出来ませんて。


「……あの、ウィズね……、ウィズさんはどうして見張りを?確かレオンさんがやるって」


 とにかく気持ちを落ち着かせる為に話題を振る。俺の言葉を受けて、ふふ。とウィズは微笑んだ。


「何だか眠れなくって。それに、珍しくレオンがぐっすり寝ていたから、私が代わろうと思ったの」

「レオン……さんが?それは珍しいですね」


 聞くところによると、テントの外で木にもたれ掛かって寝ていたレオンはウィズの声掛けにもタッチにも全く反応しなかったらしい。

 これは本当に珍しい。何せ奴は俺が触れただけで殺しに掛かってきた程の敏感肌なのに。


「でも、無理もないと思うわ」とウィズ。


「だって彼、ずっと張り詰めていたもの。私が見張りをしてる時だって、ずっと剣の鍛練をしていたくらいだし、それに今回の闘いも壮絶だったでしょう?疲れて当然だわ」


 なるほどそれは死んだように寝るのも無理はないだろう。


「レオンさん、凄いですね……」


 俺がそう口にするとウィズは小さく頷き、そして二人の間には沈黙が流れていた。

 虫の声、鳥の声、そしてぱちぱちと薪の火が燃え上がる音のみがその場に響いている。


 ……普通に気まずいんだが?


 レオンと二人でいる時の無言と違い、なんとも言えない気持ちの悪い空気が漂っているような気がする。モヤモヤするというか、何か言葉を出さなければいけないような焦燥に駆られるというか。


「えっと……」


 とにかく何か話題を出そうと口を開き掛けた俺だったが、


「ミーナちゃんは、どうして見張りをしてるの?」


 先に口を開いたのはウィズだった。


「え?」

「だって、見張りはやらなくていいって、みんなに言われていたじゃない?」

「それは……」


 彼女の言う通り、先程のレオンだけではなく、他の皆からも、戦闘職でない俺は見張りはしない方が良いと言われてはいた。今日それをごり押したのは、こうして考える時間が欲しかったということもある。勿論あるのだがそれ以上に、


「何か役に立ちたいと、思ったからなんです」


 そう、俺は彼女に本心を打ち明けた。

 ウィズが、驚いたような顔を俺に向ける。


「だってそうじゃないですか。私は戦闘では足を引っ張るだけで役に立てないんですから。これで冒険の手伝いも出来なければ、いよいよ私はただのお客さんになっちゃうんです」

「それは、それは違うわよ。だって……」


 俺に何かを言おうとするウィズだったが、かぶりを振って息を吐き出すと、そのまま押し黙ってしまう。

 ややあって、俯きながらウィズが呟いた。


「本当は、私もそうなの」

「……え?」

「今日の私、色々と酷かったでしょ?これまでもそう。だから少しでも貢献しないとって」

「そんなことありませんよ!」


 自嘲するようなウィズの言葉を、しかし俺は否定する。


「だってウィズさん、エルムの森でも遺跡でも大活躍だったじゃないですか」


 そもそもギルディアの障壁攻略に必須の存在がウィズであり、彼女がいなければあの時点でパーティは全滅していたのだ。役に立たないどころの話じゃない。

 それに加えて、ラドナ遺跡のショートカットも彼女の魔法があってこその話だった訳で、これで大活躍してないとか流石に謙遜が過ぎるだろう。


 そう思い口にする俺に、しかし本人は自身の膝を抱えると静かに首を横に振った。


「私、自分の魔法には自信があるの。問題は私。だって森ではミーナちゃんが指示を出してくれたし、遺跡ではスルーズさんの指示があった。……私自身は、何も出来ていないのよ」

「そんな……。それは──」

「ミーナちゃん、私ね?」


 俺の言葉を遮って、ウィズは噛み締めるようにその言葉を口にした。


「自分で考えて動くことが苦手なの。……ううん。そうじゃないわね……。私、決断することが出来ないのよ」


 ぽつり、ぽつり、と溢すように言葉を紡いでいくウィズ。


「前に自分の意思で動こうとして、酷い目に遭った時があってね、その時から、何かを決めなきゃってなると、身がすくんじゃうの。……情けない話よね」


 彼女が言っているのは、レオンとの出会いのエピソードのことだろう。魔法が禁止されていると知らずに図書館で荒くれ二人に立ち向かおうとしたウィズが、何も出来ずに襲われ掛けてレオンに救われた話だ。

 ウィズがレオンに一目惚れする切っ掛けとなった話だった筈だが、その傍らで彼女の性格にこんな影を落としていることを、俺は今まで知らなかった。

 ゲームにおいてもウィズが自主的に動くような場面はなかったと思う。


 もしそうだとするならば、俺の知る未来においてウィズが最初で最後に自身で決断して動くのは、レオンを守る為に特攻する時ということか。

 それは、嫌だな……。


「ウィズさん……」

「──ごめんなさいね。こんな愚痴を聞かせるつもりなんてなかったのだけれど……」


ダメね。と自身の頭を小突きながら苦笑する彼女を見ていて、俺は思わずその両肩を掴んでいた。


「駄目なんかじゃないです……!私にとってのウィズさんは憧れで、優しくて、本当に素敵な女性なんです……!」


 そしてなんといってもエロい!……じゃなかった。周囲に常に気を配って争いが起きないように取りまとめる彼女の優しさは、パーティになくてはならないものだ。……酔ってやらかしたりもするけれど、そんな一面も含めて俺はウィズという女性を素敵だと思っている。


「え、ええ?あ、ありがとう。で、でも私たちまだ出会って二週間程よね?──あこがれ?」


 俺の熱意に、頭に疑問符を貼り付けて首をかしげながらウィズがそう口にしたその時――、何か音が聞こえたような気がした。


「――――」

「あの、ミーナちゃ」

「しっ」

「っ!?」


 声をひそめ耳をそばだてると、それはハッキリと聞こえて来る。虫の声、鳥の声、炎の音に紛れて、フー、フー、と微かな獣の息遣いだ。一頭だけならば分からなかったかもしれないが、多い。この辺りの平原で群れを成す生き物といえば、恐らく……。


「ウィズさん、囲まれてます。ブラックウルフかと」


 俺はウィズの耳に顔を近づけると、小声でそう告げた。


「え、ええっ!?そ、そんな、どうすれば……?と、とにかくみんなを起こしに――」

「駄目です、動かないで。今動けば襲われます」

「っ」


 ウィズを制すると、俺は周囲に目を光らせる。前方だけじゃない。後方からも、多数の息遣いが聞こえている。

 ブラックウルフ。平原に群れで出現するモンスターである。統率の取れた行動で獲物をどこまでも追い詰める生粋のハンターであり、数匹を蹴散らしても遠吠えによって仲間を呼ばれ、すぐに集団に囲まれてしまう。レオンとリューカのコンビに掛かれば敵ではないのだが、俺とウィズの二人では手に余る。というか俺が足手まといすぎる。


 ……しかし、流石隠密が得意な狼だけはある。気付いた時には思いの外接近されてしまっていたらしい。

炎の向こう、十メートル程先に目が光っていた。それも四匹程だろうか。狼ならばその程度の距離、一瞬で詰められるだろう。それも今尚、じりじりと近付かれつつあるのだ。更に後方からも来ているとなれば、どれ程の規模の群かも分からない。

 じゃあどうすれば、と頭を巡らせ、俺は一つの答えに行きついた。


「ウィズさん。マジカルボムを奴らに向けて撃ってください」

「え、ええ?あれは殺傷能力は殆どないのよ?」


 そう。マジカルボムは無属性の低級魔法攻撃。威力は殆ど皆無な、言ってしまえば音と光のこけおどしである。


「お願いします!早く!」

「わ、分かったわよ!――【マジカルボム】!!」


 ウィズによって放たれた白い光の球は真っすぐに突き進むと、今にも獲物に襲い掛からんと呻るブラックウルフの数匹を巻き込んでその場に炸裂した。


 どおおおおおおおおおおおおんんんんんっっっ!!!!!


 花火もかくや、といわんばかりの音と光がその場に弾け、狼たちを悶絶させる。後方の狼たちも驚いて距離を取ったようだ。

 ――やっぱり。この魔法は使える……!

 ゲームでは、相手の命中率と防御力を多少下げるというそこそこな支援魔法だったマジカルボムだが、相手を怯ませるという点でこれ程便利な魔法はないだろう。そして何よりこの魔法は――、


「てっ、敵襲かッッ!!!」


 音と光に叩き起こされ、バレナがいの一番にテントから飛び出してくる。


「ふにゃー、ピンクの象さんが空を舞っていますわぁ……」

「起きようね。リューさん」


 他の二人も時間差でテントから出て来たようだ。そう、このマジカルボムは、敵への威嚇と味方への救援を同時に行える魔法なのだ。


「ふー、何とかなりそうですね……」

「そ、そうね」


 前衛組が駆け付けてくれれば、ブラックウルフの群と言えども敵ではない。そう思って多少なりとも安堵していた俺だったのだが、

 やはりこの世界では、気を抜いてはいけなかったらしい。


「った、大変ですわ!!!勇者様が!!!」

「――――え?」


 聞こえてきた悲痛な声は、リューカのものだ。


「勇者様が、目を覚ましませんの!!!!」


 新たな不安の種は、こうして別の角度から俺たちに牙を剥いてきたのであった。



ノクターンノベルズに同タイトルでこの回のIFとなるバッドエンドVerを掲載しています。

残酷な描写が含まれていますので、閲覧にはご注意下さい。

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