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海『船上の決戦(後)』

挿絵(By みてみん)

「お、終わったのか……?」


 遠巻きに皆の様子を見つめていたダスターが声を出す。しかしレオンは、首を横に振った。


「まだだ。これから更に荒っぽくなる。ダスターさんは隠れていてくれ!」

「わ、分かった!船の損壊は気にしねえでいい。存分にやっちまえ!」

「ありがとう。助かる」


 そんなやり取りがあった直後、強烈な振動に船体が傾いた。

 熊のように大きな何かが、甲板へと落下してきたのだ。


「うわ!?」

「ひゃあぁぁ!?」


 体勢を崩して俺もスルーズも倒れ込む。だが、何が来たのかは分かっている。

 肉のない子らに酒を捧げたのだ。次は、親に武を。


「ほぉぉぉ!随分静かだと思ったら、うちの野郎共をみんな寝かしちまうたぁなぁぁ!!」


 いよいよ、このブルーオーブ回収イベントにおけるボスキャラ、幽霊船の船長のお出ましだ。


「……あんたが船長か」

「そうだぜ。若ぇの」


海賊の様な黒い帽子に、髭まみれの顔、そして眼帯。その男は、コイツ本当に商船の船長だったのかと疑わしい程の海賊顔であった。というか自分から寄せにいってる気がする。


「俺は奴等のような甘ちゃんじゃねェぞ?強者とやりあいたくてウズウズしてんのよ」


 ほらやっぱり商船の船長じゃねえよ。どこぞの蛮族だよ。

 船長はこちらをぐるりと見渡した後で、眉根を寄せると鼻を鳴らした。


「──フン。なんだぁ!?女ばかりときた。こいつぁ奴隷船かなんかか?まあいい。てめぇらもコイツが欲しいんだろうが」

「──あ、あれは」


 失礼な物言いにムッとするリューカであったが、船長が懐から取り出したものを見て驚いた。そこにあったものは、蒼く美しい光を放つ宝玉だったのだ。


「ブルーオーブか」

「おうとも。どいつもこいつもこの玉コロを狙いやがる。その度にぶっ殺して来たがよ。……だが俺とて女子供とやり合うつもりはねえ。……そこでだ」


 そこまで言うと、船長は口の端を釣り上げた。


「──そこの若ぇの。俺とサシで勝負しようや。男の決闘ってやつよ。この宝玉が欲しいんだろ?ならタイマンで雌雄を決しようじゃねえか」

「……あ?何言ってんだこのジジイ」


 船長による一方的な挑戦。それに速攻で噛み付いたのはバレナであった。


「テメェが部下失って不利だからつってよぉ。そりゃねえだろ。構うこたぁねえよレオン。袋にしてやろうぜ」


 船長の言葉を鼻で笑うバレナであったが、しかし当のレオンはいや、と首を横に振る。


「分かった。一騎討ちの申し出、受けて立とう」

「はぁぁッッ!?」


 こちらに何ら利のない申し出をレオンは受けたのだ。バレナの怒りも当然のものだろう。


「テメェなにいい子ぶってんだよ!女子供は傷付けないなんて世迷い言、真面目に聞いたんじゃねぇだろうな!?他の女はともかく、このアタシは戦って先に進む為にここにいるんだよ!お前が何と言おうと──」

「バレっち」


 激昂してレオンに食って掛かるバレナを、肩を押さえて止めたのはスルーズだった。

 それでも収まらず、スルーズの手を振りほどこうとするバレナであったが、


「っ、い、て、なんだよ……!てめ……」


 そのあまりの力に驚き、痛みもあってその場に膝をついてしまう。


「それ以上は許さない。誇り高き勇者様の魂を汚すような真似は、絶対に」

「なに、言って……」


 スルーズにとっては、一騎討ちを挑まれそれを受けて立ったレオンの魂こそを美しいと捉えており、それに水を差すような真似は許せないのだろう。

 流石にこれは止めた方がいいとは思うのだが、あまりのスルーズの目の怖さに俺も動けずにいた。

 そんな状況で、声を挟んだのはリューカであった。


「スルーズさん。お離しになって。仲間にそんな顔をするものではありませんわ」

「…………ごめん」


 言われて冷静になったのか、両手を上げるかのように手を離すスルーズ。

 バランスを崩したバレナはその場に尻餅をついていた。


「いって……!てんめぇなぁ……!」

「バレナさん。お聞きなさい」

「あ!?」


 訳の分からぬ展開に混乱しているバレナを諭すように、リューカが優しく声を掛ける。


「わたくしとて、これが魔王軍との戦いであれば勇者様を止めましたわ。でも今回は、事情が違いますでしょう?」

「……何がちげーんだよ」

「目的は、あの幽霊の船長さんを満足させることでしょう?いくら全員で掛かったとしても、彼が満足しなければきっと倒せませんわ」


 リューカの言わんとしていることを理解して、バレナは息を吐き出した。


「──くそ。そういうことかよ」


 そう。目的が成仏なら、それ以外の打倒手段に意味などない。恐らく倒したところで何度でも蘇ってしまう。成仏させたいというのなら、相手の望むようにする他ないのである。


「すまんみんな。大丈夫、絶対に勝つよ」


 そんな心配する皆を安心させるようにそう口にすると、背を向けて船長の元へとレオンは向かう。そんなレオンを無言で待っていた船長は、口の端を釣り上げて彼を歓迎する。


「待たせたな。始めようか」

「ぐわははは!威勢がいいな若ぇの!」


 不敵に笑う船長と、それを正面から見据えるレオン。甲板の上に、向かい合うように二人は対峙していた。


「…………くそ」


 俺を含む女子たちは、そんな二人を離れた位置で遠巻きに見ている。


「勇者様ー!」


 これはゲーム通りの展開。レオンと幽霊船団船長カークとの一騎打ちイベントだ。先のように団員をエールで成仏させていれば正々堂々の一騎打ちだが、それをしていなかった場合、タイマンの途中で船員が乱入してきて、こちらもヒロインズが参戦する大乱戦となるのである。

 今回は前者だからよかった。後者はあまりに面倒だからな……。

 ――と、俺がぼんやりとそんなことを考えていた折、二人が動いた。


「どれ、おめぇさんの動きを見せてみろや!」


 船長が手にしたサーベルを振り上げると、レオンに向かって突進する。


「るぁッッ!!」


 そして渾身の力でそれを振り下ろす船長。……確かに強い。当たれば樽でも何でも真っ二つにしてしまいそうなその一撃だが、


「遅い!」


 レオンのスピードには敵わない。大振りの一撃を回り込むように回避すると、レオンはがら空きの背中に向かって刺突を狙い──、


「────ぐ……」


 その喉元に、サーベルが突き付けられていた。船長は振り抜いた直後、振り向きもせずにレオンの位置へと正確にサーベルを向けていたのである。


「悪いが俺もスピードには自信があってな。次はがっかりさせてくれるなよ?」

「────上等」


 一旦距離を離して互いに間合いをはかると、一瞬の緊張の後。


「おおおおおッ!!」

「だあぁぁぁッッ!!」


 両者は一気に距離を詰め、激しく斬り結んだ。金属のぶつかる音が響き、激しい火花を散らしていく。

純粋な力勝負であれば、体格でレオンを上回る船長の方が上だろう。しかし俺はレオンが勝つと確信していた。あいつには、力を上回る技があるからな。


「っらぁッッ!!」


 そしてその通り、タイミングを狙って放たれた一撃は、下からサーベルへとぶつかるとそれを上へとかち上げていた。


「ぬぐうっ!?」


バランスを崩す船長の正面で、レオンが剣を構える。


「はあぁぁぁァァァァ────」


 千載一遇の隙を逃すまいと吼える彼は、しかし。


「……っ!」


 何故かその手を途中で止めていた。


「な!?レオン!?」

「どうしたんですの!?」

「…………」


 逆に隙を生むことになってしまったレオンは、船長の強烈な蹴りを受けて吹き飛ばされてしまう。


「っぐ!?」


 甲板を転がるも、レオンはすぐに体勢を立て直す。しかし一度調子を崩してしまった彼は、そこから徐々に劣勢に追い込まれていた。


「おいおいどうしたァ?最初の威勢がねぇなぁ!」

「ぐ、……くっ」


 怒濤の勢いで迫るサーベルを間一髪で回避し続けるも、耐えきれず遂に脇腹を斬られてしまう。


「ぐ、あ……」


 鮮血が噴き、レオンの顔が苦痛に歪む。

 次の瞬間には船長の蹴りが腹部に打ち込まれ、レオンは帆柱にその背を強く打ち付け、そのままずるりと座るように倒れ込んだ。


「────っっっ!」


 見守ると決めたものの、あまりのショックに声にならない声を上げるリューカ。


「レオンッッッ!!」


 バレナも悲鳴のような上ずった声を上げている。

 スルーズは相変わらず無言。そんな中で俺は、なんでだよ。と信じられないものを見るように呟いていた。

 お前はそんな奴に負けるような男じゃないだろ?

 先の躊躇からずっと、彼の動きは精彩を欠いている。本気が出せていない。どうしてかと思案する俺の頭には、先ほどのバレナの言葉が浮かんでいた。


――アイツの本気は、やっぱり怖ェよ。……いや、誰だってそうだ。命懸けなら、怖くもならぁな――

 ――さっきレオンの奴と話してさ。あいつがぼやいてたんだよ。「ミーナを怖がらせちまった」って――

 ――アイツはお前の思ってる以上に気にしてるぞ。「俺から誘ってパーティに入ってもらったのに、俺が怯えさせてどうするんだ」ってよ――


「――――――――」



「けっ。口の割に大したことなかったなァ。若ぇの」


 トドメを刺さんと、サーベルと構えてレオンに近付く船長。レオンは未だ動かない。

 俺は、気付けば走り出していた。


「ミーナ!?」

「あんだぁ?女が男の決闘を邪魔するんじゃねえ!」


 味方の声も、敵の声も聞こえない。俺はただ真っすぐに、レオンの前へと走っていた。これが俺の勘違いならそれでいい。けど、もし勘違いじゃないのなら――。

 俺は彼に、言わなければならないことがある。そしてそれは、今じゃなければならない言葉だ。


「レオーンッッ!!!」


 座ったままのレオンの前に屈み込むと、俺は両手で挟むように彼の頬をぴしゃりと叩いた。


「っ!?――ミーナ!?」


 その一撃によりレオンはどうやら意識を取り戻したらしい。俺が目の前にいる理由が分からず困惑しているであろう彼に、俺はその一言を口にした。


「ばかやろーーーッッ!!!!俺に!気を遣ってんじゃねえぇぇぇぇッッ!!!!お前の強さを、俺に見せろよッッ!!!!」

「――――っ」


 ハッとした表情で、レオンが俺を見る。言いたいことを言い終えて荒い呼吸を繰り返す俺だったが、


「邪魔すんじゃねえ!!!」


 そのすぐ後ろから、怒声が俺に向けて放たれた。びくりとして咄嗟に背後へと振り返ると、そこにはサーベルを振り上げた船長の姿が。ちょ!お前女子供は傷つけないんじゃねえの!?

 やられる――――。そう思った直後、しかしその剣は下からの一撃により弾かれていた。


「レ、レオン――っ」

「見損なうんじゃねえ。……お前の相手は俺だろうが!」


 膝立ちで息を切らしながら、しかしレオンは真っすぐな強い瞳を船長へと向けている。


「ミーナ、ありがとな。もう大丈夫だ。下がっててくれ」


 相変わらずわき腹からの出血は続いており、その体はボロボロの状態で。しかしレオンは確かな言葉で俺にそう告げた。


「おう、信じてっからな。やっちまえ」


 それに、親指を立てて俺も応える。心なしかふっ、と、レオンが微笑んだような気がした。


「てめえ!そんな様でこの俺様を倒すつもりか――!」


 激昂した船長が、今までで一番の速度でサーベルを振るう。目にも止まらぬ速さで打ち下ろされた筈のそれは。


「悪いが、もう当たんねえよ」


 次の瞬間、手首ごと空へと舞っていた。


「――――あ?」


 船長の一撃が瞬速なら、レオンの一撃は神速とでも言うべきか。ぶっちゃけ俺にも何をしたのかさっぱり分からん。

 もし俺がそれを受けたなら、自分が死んだことにも気付かずあの世に送られているだろう。


「て、てめええぇぇぇッッ!!!?」


 武器も手も失い、普通だったら戦意喪失していておかしくないというのに、それでも船長は止まらない。


「まだ俺は倒れちゃいねえぞォ!!!!!」


 と叫び、残った左手で殴りかかってきたのである。もうバーサーカーだろこいつ。なんでこんなのが商戦の船長やってんだよ!?


「すげぇな。まったくよ!」


 それに蹴りを当てて距離を離すと、尚も襲い来る船長に、レオンも走った。


「だったら望み通り、ぶっ倒す!!」


 そうして二人がぶつかる直前、レオンが自身の剣の腹を船長へと向けると、渾身の力でそれを下からぶち当てた。


「ぬ、ぐおおおおおッッッ!!?」


 あまりの威力、あまりの衝撃に船長の体が空高く弾き飛ばされる。ジャンプして帆柱を蹴ると、それを追って自身も跳び上がるレオン。俺はその光景に、息を飲んだ。

 ――お、まえ、まさか、やるのか。あれを――――!


 そうしてレオンは空中にて剣を振りかぶると、それを打ち下ろす。


猛虎昇龍(もうこしょうりゅう)(げき)ッッッ!!!!!」

「う、おおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


 斬り落された船長は、まるで隕石のように落下し甲板へと突き刺さる。


 猛々しい虎の如き一撃が敵を空へと打ち上げ、そして空へと昇る龍が神の如き一撃で敵を地に落とす。以前そう話したレオンの技が、俺の目の前で炸裂したのだった。

 や、やりやがった……!やりやがったよオイ!!


「はぁ、――は、ぁ、ぶっつけ本番だったが、出来るもん、だな……」


 レオンも甲板の上に落ちると、そのまま大の字に倒れ込んでいた。っつーかぶっつけ本番かよ!?


「レオンっ」


 俺は駆け寄って、成し遂げた顔をしている彼に声を掛ける。


「お前、やったな!」

「へへ、やったぜ…」


「く、く……」


 と、そこで、同じく大の字に倒れた船長が、笑い声を上げていた。――こ、こいつ、まだ……!?


「俺の、負けだ。やられたぜ、若ぇの。すげえ技だったな……」


 満足そうな声を出す船長は、空を見上げたまま動かない。その体はぴくりとも動かせないようだったが、得てしてその目は優しい輝きに満ちていた。


「いいや。あんたも強かったよ。船長」

「そうかい。へへ。満足したぜ。宝玉は、お前にくれてやらあ。じゃあ、頑張んな……」


 その言葉を最期に、船長の身体が光となって消えて行く。塵一つ残さず消失した後には、輝くブルーオーブのみが残されていた。


「勇者様ぁ!」

「レオーン!!!」

「勇者サマ~!」


 堰を切った様に駆けて来る三人の姿を眺めて微笑んだ後、船長と同じように空へ目を向けると、そしてレオンは拳を突き上げるのだった。


「よっしゃあああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」




 その頃、みんなから忘れ去られたウィズは倒れたまま泣いていた。

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