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海『船上の決戦(前)』

挿絵(By みてみん)

 そんなこんなで俺たちは船に揺られて進み出した。

 朝の出来事によりテンションの下がっていた俺だったが。


「あ!今跳ねたのフライングフィッシュですよ!」

「シースネークが泳いでる!」

「バルブポッドですね!うっわぁびっしり!」


 と、初めて現物を見るクエハー海生生物たちにはしゃぎ、思いの外早く立ち直っていた。

 ただ、全てが元通りという訳でもなく、


「ミーナ、体調はどうだ?」

「っ…………ぁ、だ、大丈夫……です」


 レオンの声を聞いた瞬間、ビクッと体が強張ってしまう。

 ……なにやってんだよ俺。レオンは悪くねーだろ……。

 頭ではそう理解しているのだが、俺自身の体が朝の恐怖を忘れてくれないらしい。


「何かあったら早めに言ってくれ」


 そう言って足早に立ち去るレオンの背を眺めながら、俺は唇を噛み締めた。



「あら、お魚が群れで泳いでいますわ」

「リューさん知ってる?この辺りって、キンヨツが沢山取れるらしいよ」

「キンヨツ?」

「おやご存じない?めっちゃめちゃ美味しいって評判の魚」

「ほあ~。それは食べてみたいですわねぇ。こう──」

「だよねー。釣った魚はこう──」

「頭から丸かじりにして」

「お刺身にして────え?」

「────え?」


 揺れ動く船の上で、海を眺めながら会話しているスルーズとリューカの二人の会話を、俺は同じく海を眺めながらぼんやりと聞いている。


「うぶ……ぅ、ぅう…………、おろろろろ……」


 反対側では船の縁にもたれ掛かったウィズが、顔を真っ青にして真下の海を見つめているようだった。

 気の毒だが、今の俺には他者を気遣えるような余裕はない。


「────はぁ」


 思わずため息を漏らしてしまった自分に驚き、俺は咄嗟に口をつぐんだ。

 このままじゃ駄目だよなぁ。何とかしないと……。

 そんなことを考えていた俺の隣に、誰かが姿を見せた。


「よぉ」

「……バレナ、さん」


 隣に並ぶように立って海に目を向けているのは、バレナであった。しかし俺は、朝の彼女の問い掛けに答えられなかった気まずさもあり、上手く話し掛けられず、じりじりとした空気が二人の間に流れていく。そんな空気を感じ取ったのか、バレナはちらりとこちらへ目を向けると、


「なんか悩み事あんだろ」


 と、ぶっきらぼうに口にした。相変わらず鋭い人である。

 朝と同様に、「何もないですよ」と返そうとした俺だったが、


「そんな泣き腫らした目ぇして、何もない訳ねぇだろ」


 と言われて押し黙った。マジか。そんな分かりやすい感じだったのか。


「言いにくいことかもしんねーけど、一人で抱えてるとろくなことねえぞ。話しちまえよ」

「…………でも、くだらないこと、ですよ……」

「くだらないかどうかなんて、誰が決めるもんでもねぇよ」


 そこまで言われては、話すしかない。彼女に聞かせるような内容でもないのだが。

 小さくため息を吐くと、俺はぽつり、と言葉を吐き出した。


「本当に、大したことではないんです。ただちょっと、レオンさんの怖い顔を見てしまって、それで勝手に怖がっているだけ、なので……。レオンさんのせいじゃなくて、私の問題なんです……」

「なるほど」


 俺の話を受けて、小さくそう答えるバレナ。そりゃこんなしょうもない話、他にリアクションの取り様もないだろう。だからくだらないって言ったのに。


「まぁ、分からなくもねぇかな」


 しかしバレナは、少し思案した後でそう口にした。


「アイツの本気は、やっぱり怖ェよ。……いや、誰だってそうだ。命懸けなら、怖くもならぁな」

「……はい。私も、頭では分かっているんです。……けど……」


 心がどうしても怯えてしまう。魔王を倒す旅をしている人間が、そんなことでいい筈がないのに。

 そう告げる俺に、バレナは小さく笑うと、


「いいじゃねぇか別に」


 と口にした。


「お前だって、故郷を追われるまでは死ぬだの殺すだのとは無縁の世界にいたんだろうが。だったらビビるのは当たり前だ。アタシらは慣れちまったが、お前まで慣れる必要はねーんだよ。

……お前は、死や殺しを当たり前に受け入れなくていいんだ」

「……でも……」

「怖いもんは怖い。それは何も間違ってねえ。もう一度言うが、本気ってのは怖いもんなんだよ」


 俺を諭すように、バレナは優しい声でそう告げる。そのままでいいんだ。と。


「……………………」


 彼女の優しさに応えるために、俺はどう言ったらいいんだろう?


考えがまとまらず口ごもる俺に、バレナは「実はさ」と口を開いた。


「さっきレオンの奴と話してさ。あいつがぼやいてたんだよ。「ミーナを怖がらせちまった」って」

「え?」


 レオンが?そんな素振り、微塵も見せてなかったのに……。


「アイツはお前の思ってる以上に気にしてるぞ。「俺から誘ってパーティに入ってもらったのに、俺が怯えさせてどうするんだ」ってよ」

「そうですか……」


 え?え?レオンどこまで喋ってんの?まさか部屋に呼んだとか言ってないよな?

 レオンの心配りについて何か思うべき場面なのだろうが、彼がどう説明したのかが気になってそれどころではない。申し訳ないが何せ死活問題なので。


「背中に触れたら掴み上げられたんだって?そりゃまあ、災難だったな。アイツ無意識だとたまにやらかすんだよ」


 俺の心配を察した訳ではないだろうが、タイミング良くバレナが詳細について語ってくれた。

 あ、な、なるほどそういうことになってるのね。……ってかレオン、口裏くらい合わせておけよな。俺が違うこと言ってたらどうする気だったんだよ。


 と、そう考えて、いや、と俺は息を吐き出した。

 俺、アイツのこと避けてたもんな。そりゃ気まずくて言えないか……。


「ただ、一つだけアタシから言うなら、アイツは悪い奴じゃないんだよ。必死なだけなんだ。……だからその、あまり嫌わないでやって貰えると、嬉しいかな」


 俺の心境を尊重した上で、レオンを許してやってほしいと、彼女は言う。

 凄いな。と、俺は純粋に思う。ここまで他者を気遣えるバレナも、彼女にそこまで想って貰えるレオンも、どちらも凄い。

 地方から出てきて会社員になり、一人暮らしで社員以外の人間とは関わることのない日々を過ごしていた俺には分からない感覚だ。

 俺にはそこまで言える相手も、言ってくれる相手もいなかったから。


「……………………」


 許すも何も、俺はレオンが悪いなんて思っていない。今回の件は自分の甘さが招いたことだと理解はしているのだ。

 だからレオンが俺のせいで気をもんでいるというのなら、それは彼の勘違いに他ならない。

 ほんっとにアイツは……!


「あの、私っ、レオンさんと話してきます!」

「おう。行ってこい」


 あのにぶちん男には、直接言ってやらなければ伝わらないだろう。

 バレナに頭を下げた俺が、レオンの元に行こうと踵を反したその時であった。


「おろ?なんか、変じゃない?」


 スルーズの声が聞こえ、俺は自然とそちらに顔を向けていた。

 ────!

 成る程確かに、そこには違和感がある。今まで見えていた海や空が妙に白っぱくれているのだ。そして景色はあれよと白に溶けていく。


「出やがった!霧だ!」


 ダスターの叫び声が聞こえ、


「ぁ………………」


 目の前には、霧の中に浮かぶ巨大なガレオン船の姿があった。

 こちらの船より二回りは大きいであろう船体に、四本の帆柱には元は白かったのであろう黄ばんだマストが取り付けられている。

 立派な船であったことは疑い様もないが、同時にそれが既に朽ちてしまっていることも一目瞭然な程、目の前のそれはボロボロであった。

 船を走らせて三時間。ついに現れた幽霊船である。


「やっば。もうエール準備する!?」

「い、いえ。まだです!」


 スルーズの問いを、手で制する俺。そう、まだだ。とりあえずは一度戦闘をこなさなければならない。


「くそ、舵が、舵がきかねえ!このままじゃ奴にぶつかっちまう!」


 ダスターの声が聞こえる。どうやら現在この船は幽霊船に向かって一直線に進んでいるらしい。

 よし、じゃあイカリを──、


「イカリは降ろせないのか!?」

「お、おお、そうだ。そいつがあったな。こっちだ。頼む!」

「分かった!リューカ、来てくれ!」


 俺が指示を出そうとした同じタイミングで、レオンがダスターへと声を上げていた。その言葉にダスターも少し落ち着きを取り戻したらしい。

 レオンも頷くと、メンバー内で一番力が強いであろうリューカを呼び出した。


「分かりましたわ!」


 呼ばれて飛び出てとばかりに馳せ参じたリューカと、ダスターを含めた三人でイカリを持ち上げると、それを海に投げ込む。その間にも船は進んでいたが、ギリギリのラインで停止する。ふう、間一髪だ。

 ……いや、ここからか。


「で、で、出たあぁぁぁぁぁ!!」


 近くでバレナの悲鳴が聞こえる。彼女の視線の先、幽霊船の甲板に、ずらりと並んだその姿はあった。

 スケルトン──骸骨の身体に、生前の姿であろうか。青白いゴーストが重なっている。

 特殊エネミー、幽霊船団だ。

 彼らはこちらを見下ろしてケタケタと笑うと、その体を空へと躍らせる。


「──来ます!」

「ひいぃぃぃッッ!」


 腰を抜かしたように座り込んでしまったバレナを尻目に、俺は声を張り上げる。

 直後、まるで大波にさらわれたかのように船体を大きな揺れが襲った。


「っうわ!?」


 これには俺も立っていられず、その場に倒れ込んでしまう。


 見上げた先には、こちらの船の後部甲板に降り立ったゴーストたちの姿があった。

 どうやら無理矢理乗船されてしまったらしい。


「普通幽霊って自分の船に縛られてるもんじゃないの!?」


 スルーズが口を尖らせる。確かにそれは俺も思わないでもないが、ここまで隣接させてしまえば大丈夫ということなのだろう。

 しかしレオンとリューカが前方に行ってしまっているこのタイミングで襲われたのは少し計算違いであった。


「み、ミーナちゃん、とりあえずどうすりゃいいのさ?」

「あの、ええと……、いきり立っているみたいなので、落ち着かせて下さい」

「具体的には?」

「倒して下さい」

「そんなあぁぁ!」


 前衛に立たされてしまったスルーズの悲鳴がこだまする。それを合図に、ゴーストたちは一斉にこちらへと襲い掛かって来た。


「ひきゃあぁぁぁぁ!!」


 バレナが彼女には不釣り合いな悲鳴を上げる。普段の彼女を知っていればギャップもあってあらかわいい。とも思えるが、勿論今はそんな時ではない。

……っていうか俺もヤバイじゃん!?なんでだ?ゲームでは普通にバレナも戦ってたし、そもそもギルディア戦ではスケルトン平気で倒してたじゃん!……あ。


 そこまで考えて、一つだけ俺の中に思い当たることがあった。あれは確か、攻略本のキャラクター紹介ページに……。


「バレナさん!」

「ぁ、あ?な、な、なんだよ!?」


 ゴーストが迫る中、俺はバレナにその事実を告げる。


「コイツらは下地はスケルトンです。だから、殴れます!」

「は────?」

「っ!バレナさん、危ない!」


 そんなやり取りをしている俺たちの前に、ゴーストの一体が迫る。……っ、間に合わないか……!かくなる上は俺のパワーで!


「たあぁっ!」


 何とも貧相な掛け声と共に、俺は両手をゴーストへと突き出した。突飛ばして時間稼ぎにでもなればと思ったのだが、その時初めて、相手が短剣を振りかぶっていることに気が付いた。……あれ?これ、やばい??


 そして次の瞬間、吹き飛んでいたのは相手だった。

 ……え、俺、実は滅茶苦茶強かったりする?

 なんて一瞬期待したりもしたが、勿論そうでないことはすぐに理解した。


 ふしゅー……。


 と、深く息を吐きながら拳を突き出したバレナの姿が、すぐ後ろにあったからだ。


「バレナ……さん……?」

「そーいうことはよォ……」


 その場から軽くステップを踏むと跳び上がり、バレナは拳を構えてゴーストたちの集団へと飛び込んだ。

 着地と同時に拳が振るわれ、青白い顔が次々と吹き飛ばされていく。


「もっと早く言いやがれってんだ!無駄にビビっちまったじゃねぇか!」


 その顔には先程までの怯えの色はなく、普段の不敵な彼女へと戻っていた。──良かった。

 本編では言われていなかったが、そういえばバレナの幽霊嫌いは殴っても蹴っても倒せない為だと攻略本に解説が載っていたのだった。駄目だな。こういうことがパッと出てこないと……。


「ひゅ~!やるねバレっち!ほんじゃあーしもちょっち、やる気出しちゃおうかなっ」


 そんなバレナの快進撃を見て感化されたのか、スルーズも動き出す。

 襲い来るゴーストたちの攻撃を掻い潜ると、スルーズは自身の身に付けている薄手の黒いコートを勢い良く脱ぎ、空へと放った。

 ホットパンツとヘソ出しTシャツという前衛的な衣装が露になると同時に、放られたコートが風に煽られて(何故か)裏返っていく。

 再びキャッチした彼女がそれを羽織る。表は黒いが、裏面は白を基調とした色になっているらしい。

 それをまとったスルーズが最後にコート内蔵のウィンプル(ほぼフード)を被れば、彼女のコートはたちまちのうちに純白の聖衣へと早変わりしていた。

 ギルディア戦の時は良くわからなかったけど、なるほどこうやってたのね。


「さあ。荒ぶるその心を、魂を、鎮めましょう」


 そして修道服を身に付けることにより、スルーズは普段のギャルから、清廉な神の遣いへとその身を変えるのである。


「さあ落ち着きなさい。落ち着くのですほら早く」


 スタスタと優雅に歩きながら、向かい来るゴーストたちの顔面にトゲの付いたメイスをぶち当てていくスルーズ。

 清廉、清廉……、清廉だな。うん。――さて、他のみんなは大丈夫か!?

 そう思った俺が周囲を見渡すと、甲板に倒れているウィズの姿が目に入った。


「ウィズさんっ!?」


 まさかやられたのか!?そう思って彼女を抱き起こすと、


「うぶ……。ご、ごべんなざい……、ちょっと、そっとしておいて、もらえる……?」


 あっ。船酔いだコレ。

 言われた通りにそっと手を話して彼女を元通り床に寝かせる俺。

 しかし、このままでは危険なのでは……?そう思った俺であったが、ウィズの周囲に敵が来る気配はない。よく見れば彼女、うっすらとした光に覆われていた。スルーズが加護を掛けていったようだ。

 じゃ、じゃあ大丈夫なのか?


とりあえず元通りにして離れようとする俺の背に、


「ぽんこつ魔法使いでごめんなさいね……」


 との言葉がぶつかってきた。……うん、大丈夫そうだな。


「すまん遅くなった!」

「テーブル、お持ちしましたわ!」


 そうこうしているうちにレオンとリューカの二人もその場に駆け付ける。リューカは何やら頭上に

大きなテーブルを掲げており、それを甲板の上にドスンと降ろした。


「これで大丈夫かしら?」

「問題ないです。ありがとうございます!それではお二人も幽霊たちの鎮圧をお願いします!私は準備に掛かりますので……!」


 そう口にすると、俺はナップザックを背負うと甲板に置かれた樽の前へと急ぐ。

 ここまでは予定通り。リューカには幽霊船が出次第船長室の大きなテーブルを運んでもらうように頼んであったのだ。

 大量のジョッキにエールを注ぎながらちらりと横目を向けると、ゴーストたちが次々に吹き飛んでいく光景が視界の隅に映し出されていた。

 ……大丈夫かな。あれ。酒の前に召されたりしないだろうな……。


◆◆◆◆◆


 レオンたちによって倒されたゴースト集団はまだ動けはするものの、目の前の相手が今までの様に与し易い敵ではないことを実感して困惑の様子を見せていた。

 そんな折、こちらも準備が完了する。


「みなさーん!!エール用意出来ましたよー!」


 テーブル狭しと並べられた二十人分のジョッキには、なみなみとエールが注がれている。


 サケ……、サケダ……。と、それを遠巻きに見つめてゴーストたちがざわめく。今まで虚ろだった表情にも、若干の色が宿ったようだ。

 それは、そうだろうな。伝承によれば、漂流した彼らは、恐慌状態に陥って互いに殺し合い、生き残った人間も結局その最期は船上での餓死だったらしい。

 そんな彼らにとって小麦色のエールは、黄金よりも価値のあるものとして映っているのだろう。

 しかし、そんな喉から手が出る程に欲しいものを前にして、彼らはただ狼狽えるばかりであった。どうすれば良いのか分からず困惑しているようにさえ見える。

 それは恐らく、彼らが労働者だからだ。船員という仕事上、船長やそれに代わる偉い立場の人間の指示がなければ、軽率には動けないということなのだろう。

 俺もサラリーマンだったから分かる。悲しき労働者のさがってやつだ……。

 まあ、現代でも飲み会の席において、乾杯の挨拶前にいきなり酒を飲み出す人間はそうはいないけどな。


 そんな彼らの困惑をレオンも察したのだろう。


「この船に集いし船乗り諸君!聞いてくれ!」


 と、ゴーストたちに向けて声を張り上げていた。


「皆、ここまでよく頑張ってくれた!辛い時も、苦しい時もあったろう。だが諸君は成し遂げた!仕事は終わったんだ!」


 レオンの声を聞き、ゴーストたちが互いに顔を見合わせる。その顔は亡霊のそれではなく、生前の輝きを取り戻しつつあった。

 レオンが続ける。


「これは諸君らの健闘を称える祝いの酒だ!存分に飲み!酔い!笑ってくれ!」


 そうして彼はジョッキの一つを掲げると、この言葉で締めくくった。


「乾杯ッッ!!」

「おおおおおッッ!!」


 その号令を皮切りに、ゴーストたちが一斉にエールへと群がった。

 いや、もうゴーストではない。彼らは、在りし日の船乗りへと戻っていた。


「やったぞ!終わったんだ!」

「さいっこーだぜ!!」

「この一杯がよ、ずっと欲しかったんだよ……!」

「ありがてぇ、ありがてぇ……」


 はしゃぐ者、涙を流して喜ぶ者、感謝する者、彼らは夢中でエールを煽る。勿論、肉体のない彼らは正しくそれを飲めている訳ではない。口に入れた酒はそのまま甲板へと流れ落ちている。

 だが、そんなことを気にする奴はいない。待ちに待った酒を飲んでいる。そんな事実だけで、彼らには十分だったのだ。雰囲気に酔わせるのも、酒の立派な役割だ。


「かぁ~!いいなぁ。あのぉ勇者サマ?あーしも混ざって来ちゃ、ダメ?」


 彼らの様子を見て居ても立ってもいられなくなったらしいスルーズが、上目遣いでレオンに問う。

 いつの間にかいつもの白コートに戻っている彼女の問い掛けに、むう。と唸るレオンであったが、


「今は止められる場面じゃないよな。よし、行ってこい」


 と、首を立てに振った。これにはスルーズも大歓喜。


「っひょ~!勇者サマさいこう!」


 とはしゃいで、船乗りたちの輪の中に飛び込んで行った。ああいう所、素直に凄いと思う。


「やり終えたんだな。俺たち」

「ああ。終わったんだ」

「頑張ったなぁ……」

「本当に、なぁ」


 互いに称え合い、笑い、泣く。そのうちに、彼らの身体は光の粒となり空へと溶け出していた。一杯のエールが、彼らをこの海に縛り付ける未練を溶かしたのだ。


「飲め、飲め。よく頑張った。やりとげたんだ。お前たちは……」


 レオンがそう呟いた時には、テーブルにいるのはスルーズただ一人となっていた。スルーズが、空を見上げて小さく呟く。


「ああ、満足、出来たんねぇ。――どうかその魂に、安らぎのあらんことを……」


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