ジークスの酒場『決戦に向けて』
「亡霊どもを退治してやるって言ってんだよ」
レオンの言葉を受けた店主は彼が並べた二つのオーブを目の当たりにして、息を飲んでいた。
「お、おめぇさん、こいつぁ……、まさかレッドオーブとグリーンオーブか?ブルーオーブに並んで国宝級と称される宝物じゃねえか……!どうして……」
驚き、そして再度レオンへと顔を上げる店主。彼もまた、柄の悪い船乗りたちが集まる酒場で長年店主を勤めた男である。そんじょそこらのゴロツキに負けるつもりはないし、人を見る目もそれなりにはあると自負もしているらしい。(ゲームではそういうセリフがあった)
そんな彼だからこそ、レオンの顔を見て一目でその強さを見抜いたのだろう。
「……俺はよ。こんな日が来るのを待っていたのかもしれねえ……」
と、呆けたように呟いた。
「──店主さん?」
「あ、いや、違うんだ。悪いな」
心配そうに覗き込むウィズに手を振ると、
「エールは好きにしていい。少しだけ、考えさせてくれ」
そう言って、奥の部屋へと引っ込んでしまった。
「フラれちまったか」
と頭を掻きながら苦笑するレオン。こいつこう見えて根は真面目だからな。今の流れで拒絶されたと思ったんだろ。しょーがない奴だな。
俺はそっとレオンに近寄ると、
「いや、大丈夫だろ」
と彼の脇腹を肘で小突きながら小声で口にした。
「あて」
驚いてこちらへと目を向けるレオンから、舌を出しつつわざと目を反らす俺。……誰にも見られてないよな。うん。大丈夫そうだ。
「うっしゃあ!飲もーっ!!」
そして店主からのお墨付きを貰ったと真っ先に動いたのは、当然彼女である。
「おい。エールはオーブ回収に必要なんだぞ?お前が飲んでどうする」
「えーっ!そんなぁ!」
レオンから当然の言葉を告げられて抗議の声を上げるスルーズであったが、意外にもそれに助け船を出したのはバレナであった。
「残ったエールはそこの樽二つだとよ。樽一つでもありゃ十分なんじゃねえの?」
「そ、そーだそーだ!」
「ん~」
顎に手を当ててレオンは思案する様子を見せると、
「まあ、それはそうだな」
と納得した。
「っし!」
「けどな。もし船さえ見付かりゃ、明日船旅になるかもしれないってことは覚悟しておけよ?」
「はーい!覚悟しまーす!」
どう聞いてもフラグにしかならないセリフを吐きながら、カウンターに置かれたジョッキを手にするスルーズ。そして彼女はウィズへと目を向けると、
「うぃうぃ、また宜しく」
と口にした。「はぁ、しょうがないわね」とウィズ。
「【フリザド】」
樽の前に立ったウィズが、それに触れながら魔力を解き放つ。すると、樽の外周から内部へ、じわじわと冷気が注がれた。
「ありがと!さてさて……」
それを待って樽の下部に付けられたコックを捻るスルーズ。するとそこからキラキラとしたエールがジョッキへと注がれた。
「ほんじゃま、駆けつけ一杯ってことで……………………っは~っ!!これよこれ!!」
ウィズの魔法の力によってキンキンに冷やされたエールの味は格別だとスルーズが騒ぐ。
「魔法を何だと思ってるのかしら」
むくれるウィズは尤もなのだが、すまん。それはちょっと俺も飲みたい……。
日頃晩酌のようなものとは無縁だった俺だが、友人同士の飲み会で飲む酒は好きだったからなぁ。
「あ、ずりー!アタシにも飲ませろ」
キンキンエールにはしゃぐスルーズを見て、レオンが帰って来てから酒を控えていたバレナも再び参戦する。彼女は良識人なので、エールを冷やすために魔法使いを使役するような真似はしないのだ。
「ミーナちゃんは?冷えててサイコーよ?」
「あ、私はやめておきます……」
「ほーん」
だが、まあどれだけ魅力的であろうとも、俺は今夜は飲まないことに決めているのだ。明日船に乗ることを知ってるからな。絶対地獄見るから……。
そうして寝ているリューカをそのままに宴会が盛り上がっていた一時間程の後、店主がカウンターへと戻ってきた。
「兄ちゃん。待たせたな」
「オヤジさん」
「あんたら、船を探してんだろ?そいつの都合なら付きそうだ。ダスターという男があんたらを乗せてやると声を上げていてな」
「な……。そ、それはありがたい!」
話が一足跳びに進んだことに驚くレオン。店主は更に言葉を続ける。
「あんたの言葉に乗るぜ。兄ちゃんよ。俺に手伝えることがあったら何でもしてやる」
そう告げる店主は、覚悟を決めた男の顔をしていた。その目を見て、レオンも頷く。
「助かるよ。そうしたら、是非とも頼みたいことがあるんだが……、エールを一樽と、ここのジョッキを全て借りたい」
「なに!?ジョッキ全部か!?」
驚いて目を見張る店主であったが、すぐに真顔に戻ると、「よし分かった」と頷いた。
「船については明日の朝、案内しよう。今晩はここに泊まっていっていい。宿屋を改造した建物だから、空き部屋は沢山あってな。……一部、掃除してねぇ所もあるんだが……」
「いや、十分助かるよ。感謝する」
と、トントン拍子に寝床まで確保出来てしまった。
明日には船に乗れるということもあり、リューカも起こされて今晩はそれぞれの個室で眠るということに。
「はにゃっ!?ねっ、寝てましぇんわ!?」
よだれをたらしながら言われても残念ながら説得力は皆無なのである。
どうやらレオンは何やら俺に言いたいことがあるようでこちらへと目を向けてきたが、俺は静かに首を横に振った。
悪いけど中身はおっさんなんでね。決戦前夜に一晩中起こされてたら死んじまう。
そういうことで、今日は割り当てられた部屋で久しぶりゆっくり寝ようと思う俺なのだが。
──おい。そんな捨てられた子犬みたいな顔しても行かねーからな。
無理なものは無理!
◆◆◆◆◆
「いやしかしレッドオーブがあっさり手に入ったのはたまげたよな。……まあ、ホントのこと言うと、地下のダンジョンにも行ってみたかったんだけどさ」
「オレだって出来ることならそっちに行ってもらいたかったわ」
レオンの言葉に、床に横座りしてベッドに頬杖をつきながら、俺は気の抜けた声でそう返した。
何だかんだと来てしまうあたり、俺も意外と押しに弱いのかもしれない。
ちなみに本当はあぐらをかきたかったのだが、流石にスカートでそれはどうなんだと自分でも思ったので自重した。
「ただ、まあお前も言ってたけど、そのお陰で間に合いそうなんだろ?次の生け贄の日に」
「ブルーオーブが、うまく回収出来りゃな」
取らぬ狸の皮算用と言ってしまえばそりゃそうなんだが、それでも。と俺は続ける。
「それでも可能性があるだけ、どうにもならない状況より遥かにいいだろ」
人の命が掛かってることに加えて、次を逃せばまた一ヶ月の待ちぼうけなのだ。
「そりゃ確かに。現状が最善か」
「ああ」
レオンの言葉を短く切ると、それきり俺たちは言葉を出すことなくその場にまどろんでいた。
どちらから会話をするつもりもなく、さりとて緊張している訳でもない。この距離感が、俺とレオンの関係なのだ。
そのまま寝落ちしても良かったのだが、ややあって口を開いたのはレオンだった。
「そういや話変わるんだけど、ミーナって魔物好きなん?」
「ぶっ」
「うわ!?」
やめろ人を汚いものを見るような目で見るな。突然訳の分からないことを言われれば、誰だって吹き出すだろーが。
「な、なんだよ急に!?んな訳ないだろ」
「いや、だってさ。道中で出会った魔物のほぼ全ての生態知ってただろお前。魔物マニアなのかと……」
確かに、ラドナ遺跡に向かう道中出会った一角の兎ホーンビットや、巨大蜂ブレイズビー、ゲル状生物丘スライムなどの生態知識を披露してはいたが。
みんなスルーしてたじゃんかよ。
俺はハァー、と深く息を吐き出すと、レオン相手に口を尖らせた。
「違っ……くもねーけど、魔物とかそういうんじゃなくて、俺は生き物全般が好きなの。魔物とかそういうので括ってないだけ」
ということなのだ。言ってなかったが、実は俺こと南信彦は、小さい頃から毎週欠かさず動物番組にかじりついているような、超が付く動物好きなのだ。アレルギーがあるからという理由であまり近付けなかったこともあり、彼らに対する憧れは尋常でないと言えよう。
親にねだって買って貰った動物図鑑や昆虫図鑑は、それこそページがバラバラになるまで読み込んだし、動物の絵を描くことも大好きだった。
そんな俺なので、他のゲームに比べれば魔物などの生態などが細かく設定されているクエハーにのめり込むのも至極当然の流れだったと言えるだろう。
それこそクエハー十八禁版の初回限定盤についてくる書籍『クエスト・オブ・ハート~モンスター図鑑~』は滅茶苦茶読み込んだからな。数少ない俺の自慢の一つだ。
「ふーん。なるほど。そういうもんか」
しかし俺の魂の訴えを、レオンの野郎は何でもないことの様に流しやがった。ちょっと腹立ったので、俺はしかめ面をして吐き捨てる。
「お前さー。っていうかそんなしょーもないことの為にオレのこと呼びつけたワケ?」
「いやほら、道中色々と話したいこと浮かんでたんだけどさ。……すまん。忘れちまった」
「あるあるだなぁ」
レオンの言葉に嘆息しながら、俺も首を縦に振る。人間ってこう、五分前にやろうと思い立ったことであっても、違うことをやっていると五分後にはすっかり忘れていたりする生き物だからな……。
「ってかお前オレのこと好きすぎじゃね?」
「いや真面目に体がこの空気を欲してるところあって……」
「普段どんだけ気ぃ使ってんだ……?心配になるぞ流石に」
いやでも、俺もこの感じ嫌いじゃないんだよなぁ。学生時代に戻ったと感覚というか、この歳になって一緒に馬鹿な話が出来る友人が出来たような、そんな嬉しさもあるのかもしれない。
尤も相手は、救国の英雄になる予定の男なのだが。
とりとめなく駄弁っていた俺だが、不意に猛烈な眠気を感じて床に横になった。
こうして適当に雑魚寝出来るっていうのも、男友達ならではだよな。俺が本当に女子だったらこうはいか……な…………。
「あれ……?」
気が付くと、窓の外には朝日が射し込んでいた。
えと、ここ、どこだっけ?
何気なく周囲を見渡すと、俺はきちんとベッドに入っており、そして近くの床には勇者レオンが転がっている。
あー。そういえばこいつの部屋で寝ちまったのか。
今何時だろ?なんてぼんやりと考えるも、手元に時計はない。この世界において時計は貴重な高級品であり、どこにでもあるという訳ではないのだ。
「……ったく……」
俺はベッドに入った覚えはない。確か床で寝落ちしていた筈だ。
ということは今床で爆睡しているこの男が運んだのだろう。全く。俺にまで気を使うなってのに。
そんなことを考えながらぼんやりとレオンの寝顔を眺めている俺だったが、
「レオン、起きてるー?」
部屋のドアをノックするウィズの声に飛び上がった。
やっべ!?ちょっと待て待て待て!この光景見られたら言い訳出来んぞ!?
最悪ヒロイン全員から吊し上げられて八つ裂きにされかねない。
俺はベッドから転がるように飛び降りると、レオンを起こさんと触ろうとした。
「おいレ──っ!」
小声で名を呼ぼうとした俺の声が途切れ、それは短い悲鳴へと変わる。
触ろうとした腕を掴まれ、一瞬の後には床に引きずり倒されていたからだ。
俺の上になったレオンの目は殺気に満ちており、──殺される──。と俺の本能が告げていた。
「ぁ……、ぁ、ぇ、ぁ……」
「っ、ミーナ?」
しかしそれは、一瞬だけのことだった。次の瞬間にはレオンはいつもの顔に戻っている。
「っ、悪い。つい野営の時の癖で」
いや、悪いのは俺なのだ。彼に限らず皆命懸けの冒険をしている以上、どんな時でも警戒を怠らないのは当然のことだ。
不用意なことをした俺が悪い。
こんこん、と再度ドアをノックする音が聞こえ、俺は今が絶体絶命状態にあることを思い出した。
「ウィズ、ウィズ来てる!なんとかしろ!」
小声で必死に呼び掛けると、レオンも状況を理解したらしい。
「あー、すまん。今行く」
と、ドアの外へと呼び掛けた。
あ、あっぶね~。このまま中に無理矢理入られてたら確実に死んでるところだったわ……。
「ウィズ連れて先行っててくれ。様子見て後から行くから」
小声で説明すると、レオンは小さく頷いた。そしてパパッと支度を整えると、ナップザックを担いで部屋から出ていった。
一応物陰に隠れていた俺は、部屋に一人になったことを確認すると、その場にへたり込んだ。
まだ、心臓がバクバクいっている。
「……………………」
視界がにじむ。拭おうと指で触れ、初めて俺は涙が溜まっていることに気付いた。
「……っ、……っ」
自分でも泣いている意味が分からないのに、それはボロボロとこぼれて止まってくれない。
なんでだよ。なんで俺、泣いてんだよ。こんなどうでもいいことで……、くそ、情けねー。
怖かった。殺気を向けられたこともそうだが、友達だと思っているレオンの、あんな顔を見てしまったことがショックだった。
これは、もっと後になって分かることだが、この時の俺は、魔王を倒す旅をしているという覚悟を、その意味を、まるで理解出来ていなかったのだ。
◆◆◆◆◆
ようやく落ち着いた俺が酒場の客席へと足を運ぶと、そこには既に全員が揃っていた。
うわっ、気まずっ……。
「す、すみません……」
へこへこと頭を下げながら奥の方へと移動すると、バレナから「おせーよ」との声が上がった。
うう……。ホントすいません……。
自分でもよく分からない理由で遅れてしまったので皆に申し訳ない気持ちで一杯だったのだが、俺の顔を見て何か思ったのか、座った俺にバレナが声を掛けてきた。
「おい。何かあったのかお前」
「え?────い、いえそんな」
先ほどのことを説明する訳にはいかない。事細かに話せば俺が八つ裂きにされるし、端的に説明すれば──部屋に呼ばれて寝たあとレオンに押し倒されて怖かったので泣いた──多分レオンがヤバイ。
なので何事もなかったことにした。
「いやでもそれ……」
「揃ったみてぇだな」
まだ何か言おうとするバレナであったが、丁度そのタイミングで店主が皆に呼び掛けた為、それ以上の追及はなかった。
その場の視線が店主へと集まる。
「よく寝れたか?」
「ああ。お陰様で。まずはパーティを代表して、俺から礼を言わせて欲しい」
店主の言葉を受けてレオンが席を立つと、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。ここまでの協力も含めて、あんたには感謝しかない」
「止せよ。俺が自分の意思でお前らに賭けたんだ。これは俺なりの、投資ってやつよ」
そう言って笑う店主だったが、俺たちも釣られて立ち上がると頭を下げた。
よそ者にここまで尽くしてくれる人間がどれ程希有な存在か、会社員だった俺はよく知っている。
「よせよせ、背中が痒くならぁ」
と、そんな俺たちからの感謝責めを受けて苦笑する店主は、
「じゃあこれから船に向かうぜ」
と口にするのだった。
こうして俺たちは店主を先頭に港へと歩き出した。
ちなみにレオンとバレナが背負うナップザックの中にはジョッキが大量に詰められており、普段の野営セットは酒場の一室で預かってもらっている。エールの詰まった樽を背負っているのはリューカだ。
「────ひょっとして、アレか?」
一行が港に近付いた頃、驚いたような声を出したのはレオンであった。
そこに停まっている一隻の船を目の当たりにしたからである。
「こりゃまた、スゲーな……」
「こんな船、乗ったことないわね……」
その驚きは周囲も同様であり、バレナやウィズの口からも感嘆の声が漏れる。
「ああ。こいつは立派なもんだ」
港に停められている帆船を見上げ、レオンは小さく呟いた。
商業の為に作られたキャラック船は、建造されて十年以上は経っているであろう代物であったが実に手入れが行き届いており、船首楼には女神を模した飾りが取り付けられ荘厳な存在感を放っている。
俺も当然ながら、こんな船に乗ったことはない。精々が地元のボートくらいだ。
「──それで、ダスターさんと言ったか?船長は何処に?」
「ん?」
「こんな船に乗せて貰えるんだ。会って礼を言いたい」
「ほうほう、なるほどなぁ」
レオンの言葉に振り返った店主は、にかっとした笑顔を見せるとこう口にした。
「ああ。そりゃ俺だ」
「────俺だ……って、店主のおっさん!?」
口をぽかんと開けたまま目を丸くするレオンに、店主は頭を掻きながら苦笑する。
「そういや名乗っていなかったな。俺がダスターだ。この町で店をやってる奴ぁ大半が船乗りか元船乗りよ。俺は、“元”の方だがな」
「いやいや、サービスが過ぎるだろ……」
店主の話を受けて、困惑した様子でレオンは吐き出した。
「賭けろと言ったのは俺だけど、本当に、いいのか?船に乗せてもらう以上、あんたも危険に巻き込んじまう」
「投資だと言ったろう」
しかし、そんなレオンに一歩も譲らぬ強い瞳を向けて、店主こと船長ダスターは言葉を返した。
「乗らなくなって久しいこの船だが、俺ぁこの一年、何故かこいつの整備は欠かさなかった。何故か?────こんな日が来るのを待ち望んでいたからよ!あのクソッタレ幽霊船に一泡吹かせてやれる、こんな機会をな!遠慮は入らねェ。存分に暴れてくれ!」
「ダスターさん……!」
葛藤が入り交じった表情を浮かべていたレオンであったが、目を閉じてダスターの言葉を飲み込むと、目を見開いて強く頷いた。
「──よし、分かった!みんな、行くぞ!!」
「よっしゃ!」
「ええ!」
「参りますわ~!」
「いざ、幽霊退治っしょ!」
そんなリーダーの熱意に応えるように、パーティメンバーである彼女たちも気合い十分に意気込みを口にする。
そんな中で一人テンションが下がっていた俺であったが、だからといって無言という訳にもいかず、
「頑張りましょう!」
と、当たり障りのない言葉をねじ込むのだった。




