ラドナ遺跡『レッドオーブ捜索』
優雅にゲーム三昧しようとパソコンに向かっていた所から始まった俺の冒険は、
森で熊に襲われ、
魔王軍幹部に襲われ、
酒場での大乱闘に巻き込まれ、
勇者に一晩中付き合わされるという激動の一日目を終え、ようやく二日目を迎えることとなった。
「ふわ……」
「あまり、よく眠れなかったみたいね……?」
結局殆ど眠れておらず目の下に隈を作る俺を心配してか、部屋の様子を見に来たらしいウィズが声を掛けてくれた。
昨日の酒場みたいなことが無ければ、基本的にいい人なんだよなぁ。なんてぼんやりと考えつつ、「大丈夫です」と手を振って応える。
……にしても、こうして二日目に突入するってことは、いよいよもってこれは夢じゃないんだなぁ。
いや、ここまで意識がハッキリとしている以上、夢じゃないということは理解しているのだが、好きすぎるゲームの世界に自分がいるという事実が、都合のいい夢や妄想の類いなのでは?という不安を掻き立てずにはいられないのである。
「そう?ならいいんだけど……。あ、そうそう、レオンが宿のロビーに集まるようにって言ってたわよ」
「レ……勇者さまが?」
「多分ミーティングね。ミーナちゃんが加わったから、現状のおさらいをするんだと思うわ」
そう口にすると、先に行ってるからね。とウィズは階段を降りて行った。
彼女の背を見送り、なるほど。と俺は嘆息する。
俺にはレオンたちがどういう状況にいるのか、今ストーリーのどの辺なのか、といったことは手に取るように分かるのだが、ミーナはそうじゃないからな。俺の知識とミーナの現状把握が混同しないように注意しないと。
「うう、なぜなんですの……。頭がいたいですわぁ……ォェ」
室内では、昨日の飲酒が響いたのか頭を押さえながらリューカが呻いている。
「おは~!うぇ、どしたのミーナちゃん。隈やば」
「あはは……」
対するスルーズはまるで何事もなかったかのようにけろりとしているのが面白い。
しかしまあ、昨晩の密会についてはバレている様子はなさそうなので、それについては一安心といったところか。
「うぃリューさん、下行くよ」
「うう……」
スルーズの呼び掛けで、調子の悪そうなリューカと、俺も一緒に一階の広間へ移動することとなった。
広間には先にバレナ、ウィズ、そしてレオンの三人が既に到着しており、バレナはこちらを見るなり怪訝そうに目を細めた。
「遅ぇ。案の定二日酔いしてんじゃねェかデカ女。飲めねぇくせにバカな真似しやがって」
「うぐぐ、言い返したいのに……」
頭痛でそれどころじゃないらしい。だよなぁ。二日酔いの辛さは俺にもよく分かる。
あの吐き気や倦怠感は、風邪を引いたときと変わらないからな……。
「よし、集まったな。昨日はみんな、よく頑張ってくれた。まあ酒場ではやらかした奴もいるが、魔王軍を撃退出来たのは大きな一歩だった」
六人が揃ったことを確認して、レオンが皆へと呼び掛ける。少し離れて見る彼は、寝不足に苦しむ様子もなく元気ハツラツといった様子であった。
……アイツ、俺と同じ時間起きてたんだよな……?
彼が若い故か、それともレオンという人間が特別なのか。寝ぼけ目を向ける俺を見てか見ずか、レオンは言葉を続ける。
「とりあえずミーナが加入したということで、俺たちの当面の目標、そして今やるべき事について再確認するぞ。異論はないな?」
「ねーよ。ちゃっちゃと頼むわ」
「もう。バレナはいっつもそうなんだから。……あ、私も勿論ないわ」
気だるそうにテーブルに顎を乗せたままそう口にするバレナと、そんなバレナに口を尖らせるウィズ。
「あう……頭が……」
「おけで~す。よろ~」
相変わらず頭を抱えて絶不調なリューカと、そんなリューカの背中をさすさすしながら手を振るスルーズ。
「ぁっ、私も、大丈夫、です!」
遅れて声を上げる俺に、レオンは意味深な目を向けてくる。
……なんだよ。いいだろ別に。あれはお前限定なの。
「──よし。それじゃあ話そう。まず俺たちのパーティの主目的だが、これは魔王の討伐だ。微妙に異なった目的を持っている者もいるが、大前提として魔王の討伐を目的とした旅であることには皆賛同してもらっている。そういうことでいいか?」
頷くウィズとスルーズ。俺も遅れて頷く。
テーブルに顎を乗せたまま動かないバレナと頭を抱えて突っ伏すリューカの二人は、賛同したものと見なされたらしい。
「そして今の状況だが、俺たちはこの先にある町、フィーブで起きた問題を解決する為に動いている最中なんだ」
そしてレオンは彼らの現状について話し始めた。
彼には申し訳ないのだが、それについては多分俺の方が分かりやすく説明出来ると思うのでかいつまんで話そう。
発端は、一年前フィーブの町に魔王軍が現れたことから始まっている。
フィーブの町を襲ったのは魔王軍幹部エルローズ。芸術家気質でチビの女魔族だ。
その実力は本物なれど本人は常にやる気がないらしく、あまり目立った活動はしていない。フィーブにおいても本人が何かした訳ではなく、彼女の残した置き土産が問題となっているのだ。
それは魔人。魔人デルニロ。命令者であるエルローズの指示に忠実に従い動く、人智を超えた怪物である。
デルニロは「緩やかに町の人間を苦しめろ」というエルローズの命令に従い、町の一部を破壊すると、
「一ヶ月に一人、町の女を生け贄に捧げロ。それも、産まれて十年以上生きた奴、四十年以上は生きてない奴を、ダ。婆さんはいらんゾ」
とかなり個人的な嗜好の混じった脅迫をしたのである。
抵抗を試みた町人はその場で文字通り叩き潰され、人々は恐怖の渦に叩き込まれることとなった。
最初の犠牲者は、志願した町長の娘だったという。
それから一年が経ち、レオン一行が町を訪れた時には、もう十人以上の女性たちが犠牲になっていたのだ。
ううむ許すまじ魔人……!
「────それで俺たちは魔人の討伐を請け負った。だが魔人は不死身で、行動不能にしても時間と共に甦ってしまう。そこでその魔人デルニロを封印する為に、俺たちは三つのオーブを探している最中なんだ」
「オーブ、ですか」
「ミーナと出会う前にエルムの森で手に入れたのが、グリーンオーブ。後の二つ、レッドオーブとブルーオーブはこれからって所だな」
レオンが語るその辺の事情も、勿論知っている。いわゆるお使いクエストって奴だ。
二つのオーブの場所も攻略法も熟知してはいるのだが、さてどこまで知っている体にすれば良いのやら。
――少し思案した後、落としどころを考えて俺は口を開いた。
「封印の、三色のオーブですね。聞いたことがあります。魔法を吸収してしまうから、魔人の天敵という。確か一つは遺跡にあるとか……」
「ああそうだ。レッドオーブはここから東に向かったラドナ遺跡にあるらしい。これから俺たちが向かうのがそこだ」
話が早い。とばかりに口の端を吊り上げながらそう告げるレオン。これからの苦難を悟り、俺も思わず息を飲むのだった……。
◆◆◆◆◆
「ここかぁ。如何にもってカンジだな」
鼻を鳴らしながらそう吐き捨てるバレナであったが、俺は前方に広がるその光景に目を奪われていた。
こ、これがラドナ遺跡……っ!初心者お断りのガチ迷宮か……!
ラドナ遺跡はクエハーにおいて主人公たちが最初に挑むことになるダンジョンである。迷路マップで言えばエルムの森もなかなかの場所ではあったが、地下に降り進む迷宮、と言えばここになるだろう。
地下に進めば進むほど敵も強力なものになっていき、最奥で待ち受ける番人、エンシャントゴーレムに至っちゃこの中盤に出てきていい敵じゃなくね?とプレイヤーが進行手順を間違えたかと疑う程の強さを誇るのである。
しかし、そんなラドナ遺跡ではあるが、俺のようなRTAプレイヤーにとっても実はありがたーい場所であったりするのだ。──何故なら。
「──入るぞ」
「ええ。では勇者様は後方に。わたくしが先頭に立ちます」
「けっ。テメェが先頭じゃ何も見えねーだろうがよ。アタシが行く」
「お邪魔ですわよバレナさん」
「んだコラやんのか?」
バレナと、いつしか頭痛から解放されたらしいリューカの二人がいつものように言い争いながら中へと入っていく。
先頭二人と、殿であるレオンが後衛チームを挟んで守る、という隊列だ。
「──ライト」
ウィズが室内を照らす明かり魔法を行使すると、彼女を中心とした小さな光が広がり、周囲を照らした。
ゲームでもこれがないと探索がかなり至難になるので、彼女の持つ魔法の中でもかなり重要度の高い魔法と言えるだろう。
「この辺に敵はいないみたいですわね……」
遺跡の一階部分はそこまで広い造りではない。細い一本道を進むとすぐに開けた場所に出ることとなる。そこには下に降りる階段あり、そして――――、
「なんなん?あの柱みたいの。広い場所の真ん中にポツンと建ってるけど」
ひょい、と空間を覗き込みながらスルーズが言う。彼女の言った通り、そこに存在しているのは四角い石で作られたかのような巨大な柱?であった。
幅、奥行き、高さは共に五メートル程あり、天井までそびえ立ってその存在感を十二分に知らしめている。
「うーん。触った感じはただの石ねぇ……。ただこれ、多分凄く分厚い石壁四枚で出来ているみたい。何のためのものかは分からないけど」
手探りで石を調べながら、ウィズがそう口にする。
「ふむ」とレオン。
「現状これが何なのか分からないなら、とりあえずは下に向かうしかないだろうな……」
「ですわね」
「しゃあねぇな!行くぞ」
得体の知れぬダンジョンに挑なければならないという不安と高揚感が入り交じり、バレナが自身の手のひらに拳を打ち付けた。
皆の見解もレオン同様に下へ行くという方向で決まったのだろう。それならそれでいいか……?いや……、しかし……。
「──ミーナ、どうした?柱をじっと見て」
「へ?いや、別に……」
しまった。ぼうっとしてた!?
どうやらレオンの言うように、俺は石柱を見つめたまま考え事をしていたらしい。
こうなってしまえば、何故か昨夜のことで俺に全幅の信頼を寄せてしまったレオンが見逃す筈もなく。
「ミーナは世界学者だしオーブのことも知っていたもんな。……何かそこにあるんだな?」
と、確信したかのような目を俺へと向けてきたのである。……いや、あるよ?あるけどさぁ……!
解説しよう。この石柱の中にあるのは何を隠そうレッドオーブである。
そう。皆が求める宝は最初から入り口にあったのだ。(何ならゲームではオーブがあることが画面上で分かる)
しかし見えるものの石壁を越えることは出来ず、結局下へ潜るしかないのである。強敵を蹴散らしダンジョンの奥へと進み、エンシャントゴーレムが守るスイッチを起動させることで、入り口の石壁が下がりオーブを回収出来るようになる。
ここはそういったダンジョンなのだ。
しかし、入り口に最重要アイテムがあるような状況を、俺や他のRTA勢が見逃す訳がない。
何とかしてダンジョンに潜らずオーブを取れないかと試行錯誤が重ねられた結果、俺たちは一つの答えへたどり着いた。
それは、強化アイテム破邪の雫を使用した後で全滅することにより、一度だけ接触判定が消えるというバグを利用して所謂壁抜けをしてしまおうというもの。これによって石壁をすり抜け、オーブを手に入れることに成功したのである。レッドオーブ入手後は自動でフォスターの町に戻される為、石の中に閉じ込められる心配も無用という訳だ。本当によく出来た攻略である。
……しかしそれは、ゲームの中での話だ。
俺は今自分がいるこの世界を、ゲームの中の世界だとは思っていない。……うまくは言えないが、違うと思う。
仮にそうだったとしても、壁抜けの為に皆に全滅して貰おう等とは思わないし、思えない。
今の俺にはもう、そんな真似は出来ないのだ。……あと場面ワープは流石にないだろ。
なので。オーブはあれど、こっちじゃ無理矢理ゲットは出来ないだろうなぁ。なんてことをぼんやり考えていたのだが……。
「いや、それは、ですね……むむむぅ……」
レオンに尋ねられてしまい、どう言えば良いのかと頭を巡らせ、上手い言い回しが浮かばず真っ白になり、ぐるぐるした後で俺は口を開いた。
「小さい頃に父から聞いた伝承に、三色のオーブにまつわるものもあるんです。私もそれでオーブのことを知ったんですが、え、ええと……」
そこで押し黙った後、俺は少しの間をおいて再度口を開く。仕方ないだろ!考えながら喋ってんだよ!アドリブだよ!
「そこにはこんな一節がありまして……。『始まりの石壁に護られし、紅き宝玉』と……」
「始まりの……」
「石壁……」
この場の全員の視線が石柱へと注がれる。
そりゃそうなるよね。
「つまりこの奥にレッドオーブがあるってこと……?」
「下に行かなくてもいいのか?……ミーナ、その伝承、続きはないのか?」
え?続き?ちょっ、んなこと急に言われても、待てよ今考えるから……。
「ええと……」
と呟いて時間を稼いだ後、俺は静かに口を開く。
「『始まりの石壁に護られし、紅き宝玉。深き地の奥へ進み、番人を退けし勇者にその姿を現さん』……です」
「やっぱり潜らなきゃ駄目かぁ……!」
「ま、何事も楽なことなどないってことですわね」
「ぐだぐだ言ってねーでさっさと行こうぜー?なあ」
歯噛みするレオンに、ふふっ、と微笑むリューカ。早く潜りたいと急かすバレナ。
まあ俺としても今後のレベル上げを考えると、素直にダンジョンに潜ってもらった方が嬉しいので、結果オーライだな。なんて思っていたのだが……。
「これさぁ。うぃうぃの魔法で爆破出来んじゃね?」
なんてことを宣教師様が言い出した。
「は?」
再び固まる一同。いや、だってそりゃそうだろう。流石にその発想はなかったし、あまりに無茶苦茶が過ぎる。
「そ、そんなこと出来るわけないでしょ!?こういうのは大体魔法を弾く素材で出来てたりするし……!」
「中のオーブが魔法で壊れたらどうするんだよ!」
「そうですよそうですよ」
「早く行こうってぇ」
俺を含め口々に反論する面々であったが、スルーズは涼しい顔でこう言ってのけた。
「いや、無理かどうかはやってみなきゃ分かんないし、オーブは魔法効かないんしょ?大丈夫くね?」
◆◆◆◆◆
結論から言おう。上手くいってしまった。
「レッドオーブ、手に入っちまったな……」
崩れた壁の奥で、感情なくレオンが呟く。
その手の中には、紅き宝玉が収まっていた。爆破魔法で壁を吹き飛ばした後、転がっていたものを回収したのだ。
「よ、良かったですわね……?」
「そ、そうよね?苦も無くオーブが回収できたんだし?」
「なんっだよつまんねえ!」
俺たちを包む感覚は、困惑、であった。
若干名、腕試しの機会を奪われたバレナが憤慨していたのと、
「みんなどしたの?」
発案者のスルーズが平常運転であったことを除けば、皆が何とも言えぬ空気に包まれている。
俺も勿論その一人で、RTA的には偉大な成果なのだろうけれども、地下での様々なイベントやパーティの成長の機会を奪ってしまったことに、痛惜の念を禁じ得なかった。
もう余計な助言は控えよう……。そう固く心に誓う俺なのであった。
とにもかくにも、レッドオーブゲットである。……やれやれ。




