第九話
開店準備というのはかなり大変だ。俺の場合はお店がすでにあり、備品や仕事をする上で必要な物はある程度は揃っていたから大分楽が出来ているがこれが一からとなると本当に気が滅入る。という訳でこれからお店を開こうと思っている人は期間に猶予を持ち、念入りに準備を進めた方が良い。俺みたいなパターンはかなり特殊だからな。とはいえだ、大分作業は終わったけどもう少し残っているので頑張らなければいけないんだが。まあ、それは来週の自分に任せるとして今日はとても大事な日だから頭を切り替えなきゃ。何が大事かって言うと以前ファミレスで約束した菫さんと雪音さんの二人と買い物に行く日なのだ。服は手持ちの中で一番良いやつを着るとして、髪型もセットしなくては。今は男性もメイクをする時代だが俺は精々が眉毛を整えたり簡単なスキンケアをするくらいで満足してしまう。俺の居た世界ではたまにガッツリ化粧をして別人かよっていうくらい化けている男性を見た事があるが、凄いなぁとは思うが自分がやろうとは思わなかったな。いいとこ髭の永久脱毛くらいかな。毎日の髭剃りってマジで面倒なんだよ。生えるのが早い人だと朝に剃っても夕方にはワサッとなっていたりするし、貴重な朝の時間も取られるからそう言った煩わしい事が一切なくなるって言うのは魅力だと感じる。っと少し話が逸れたが美人さん二人とお出かけという事で気合がはいっているってわけよ。顔面偏差値では完全に釣り合いが取れていないが、せめて服装だけでもそれなりにすれば多少は良い感じに見える事も無くはない……はず。
うだうだ考えていても沼に嵌まりそうだし、さっさと着替えて準備しよう。
小一時間程かけて準備し、何回も鏡を見てチェックをした所で出発。待ち合わせ場所はお店の最寄り駅となっている。歩いて然程かからずに到着したが、腕時計で時間を確認すると待ち合わせ時間の二十分前。こりゃちょっと早く着きすぎたかなと思っていると、少し離れた場所からこちらに近寄って来る人影が。
「拓真さん、お待たせしてすみません」
「いえ、俺も今来た所です」
「うぅ、男性より先に着いているのが当たり前なのにやらかしてしまいました」
「まだ待ち合わせ時間までありますし、気にする事ないですよ」
「でも……」
雪音さんがしょんぼりと項垂れているのでフォローをしたが、表情は晴れない。別に遅れた訳でも無いし、こちらが時間より早く来ただけなんだけどどうすれば納得してくれるだろうか?
「こうして無事合流出来たんですし、それで万事OKです。それよりも行きましょう」
雪音さんと菫さんの手を取り歩き出す。一瞬驚いた表情をしたが、すぐに頬を染め嬉しそうに付いてくるのを見て、ちょっと強引だったが気持ちを切り替えられたのなら良し。そのまま二人と連れ立って駅構内に行くと一斉に視線が飛んで来る。いつもの事なので気にせず改札まで歩き、ホームへと向かう。俺達が去った後にあれやこれや話し合う声が聞こえるが、これもいつもの事なのでスルー。
ホームに着いた所で時刻表のホログラムを見ると次の電車まで五分ほど待たなければいけない様だ。雑談でもしながら待つかと思い二人に話しかける。
「初めて電車に乗りますが、俺の居た世界とあまり変わらないんですね。もっとこう、近未来的な感じかと思っていたんですが」
「そうですね。電車も自動運転で、広告や時刻表がホログラムになっているくらいなので以前聞いた拓真さんが住んでいた所と然程違いは無いと思います」
菫さんが言った通りで対して違いはない。個人的にはAIを搭載した清掃ロボットや駅員がいて、電車もリニア的な浮遊して動く格好良い感じかなと思っていたんだが期待が外れてしまった。ちょっと残念に思っていると、菫さんが面白い情報を提供してくれた。
「でも、飛行機とかは大分違うと思いますよ。エンジンとかは無くて、全て電気で動くんです。確か拓真さんの世界だとジェット燃料を使用しているんですよね?」
「そうです。でも電気で本当に動くんですか?物凄い電力を消費しそうだし効率が悪いように思うんですけど」
「私も詳しい事は分かりませんが、なんでも電気によって空気中の電子を動かし、イオン風を起こして飛行するらしいです。なので排出ガスも零ですし環境にも優しいので今はほぼ全ての飛行機がこのタイプになっていますね」
「へぇ~、凄い技術が使われているんですね。一度で良いから乗ってみたいけど遠出する機会が中々なから何時になる事やら」
別に出不精って訳じゃないんだが海外はもとより国内でも旅行に行った事は二・三回だろうか?男の一人旅って言うのも悪くないけどどうせなら誰かと行きたい。そう思っていたんだが友達とも予定が合わず、恋人もおらずでずるずると今に至るんだけどまあ今後に期待だな。
と、未来の自分に丸投げした所で電車の到着を知らせる案内が流れる。それからすぐに到着し開いたドアから車内へと移動するとギョッとした表情でこちらを見て固まる乗客達だが一々気にしてもしょうがないので無視で。週末とあってか車内は結構混んでおり座る事は出来なさそうなので吊革に掴まって立っているしかない。ちなみに俺の両サイドに菫さんと雪音さんがおり確りとガードしてくれている。だが、横は守られているが前後は隙だらけだ。とはいえ後ろに誰かいるわけでも無いのでそこは良いんだけど、前はそうもいかない。座席に座っている女性たちがいるのだ。俺が前に来ると一斉に姿勢を正し、目にも止まらぬ速さで身嗜みを整えるという絶技を披露してくれた。その後、こほんっと可愛らしく咳払いした後に頬を染めて潤んだ瞳でこちらを上目遣いで見るのはズルいと思います。美人&可愛い人達ばかりで、これから遊びに行くのだろうかお洒落をしていてとても可愛い。そんな人達に童貞を殺す仕草をされて正気を保っていられる男がいるだろうか?否、断じて否だ。鼻の下が伸びて、ついつい開いた胸元から見える谷間に視線が吸い寄せられても仕方ないんだ。しかもだ、俺の視線に気が付いたのかちょっと前屈みになってさらに深い谷間とおっぱいを見せてくるんだから堪らない。普通は男のイヤラシイ視線というのは女性は嫌がるし、不快感を露わにする。なんならゴミを見るような目で見てくる人も居るくらいだ。だがしかし!この世界の女性は自らセックスアピールをしてくるし、エロい視線を向けても物凄く嬉しそうな表情をするんだから最高としか言いようがない。多分物凄いだらしのない顔をしていたのだろう、横から雪音さんが俺の耳元に口を寄せて囁いてきた。
「拓真さん、男性だから女性の胸に興味があるのは分かりますが、一応電車内ですので程々に。ご希望でしたらあとで私がお見せしますので」
「うぅ、すみません。男の性と言いますか、ついつい視線が吸い寄せられてしまって。気を付けます」
雪音さんのあとでおっぱいを見せてくれると言うのは華麗にスルーした。望めば生乳を見る事もだって出来るし、もにゅもにゅと最高のさわり心地を堪能する事も出来るだろう。だが、そういうのは彼女でもない人にするべきではない。いいとこ視姦で止めておくべきだ。…………いや、それもどうかと思うが見るだけならセーフ……だと思う。ということでガン見はせず、間を空けながらチラチラと谷間&おっぱいを見たり、ミニスカートから覗く美脚と絶妙な位置に移動したスカートの裾から見えるパンツを眺めつつ至福の時間を過ごす。
楽しい時間というのはあっという間で、気が付けば目的地付近の停車駅までもう少しで到着となってしまった。実に名残惜しいがこの楽園ともう少しで別れなければいけない。後ろ髪を引かれる思いだが、断腸の思いで振り切りなんとか目的の駅で電車から降りる事に。思わず心の中ではぁ~と溜息を吐いてしまうが、何時までも引き摺っていたら二人にも迷惑だし気持ちを切り替えよう。
さて、今回やって来たのは俺が住んでいる都市の繁華街です。今更説明するのもあれだが、俺が住んでいるのは首都でかなり栄えている。人口も一千五百万人を超えており、軍警察の本部もあるし数多の大企業の本社もある。当然そんな都市の繁華街ともなれば凄まじいもので大小のビルや店舗が犇めき合っている。更に週末という事もあり人口密度は半端なく駅構内は行き交う人でごった煮状態。そんな中にポンッと男が現れたらどうなるか?答えは阿鼻叫喚の地獄絵図……ではなく、時間が停止するだ。
ポカンとした表情で微動だにする事なく、じっーとこちらを見ているだけ。電車内でも同じような状況だったけど、男がそこそこ外に出ていれば見る機会もあるだろうしこんな事にはならないはずだ。引き籠ってないで外に出ろ!人との交流を持てと強く言いたいが、お前には関係ねぇだろと言われて終わりだな。だが、美人・美少女だらけでこちらから声を掛けるまでもなく言い寄って来る状況で家から出ないとか勿体ないと思うがね。現に再起動した女性たちが黄色い声と熱っぽい視線をこちらに寄越しているし思わずニヤケヅラにもなってしまう。しかし、ここで変なアクションでも取ろうものなら収拾が付かなくなるので菫さんと雪音さんに目配せをした後目的地に向けて歩き出す。
「あの、菫さん。なんかゾロゾロと付いて来ているんですが……」
「女性の同伴者がいるとはいえ、男性を間近で見て声を聞ける機会なんて皆無ですからこうなるのも当然かと。もしご不快でしたら注意してきましょうか?」
「いえ、そこまでしなくても大丈夫です。ただ、このまま行列が長くなると他の人に迷惑じゃないかと思いまして」
「そうですね……。ただ、彼女達も分別は弁えていると思いますし、万が一にも男性に迷惑が掛かる様な事はしないと思います。それにほら、見て下さい」
菫さんに言われて後ろを振り向くと何列かに分かれて後を付いてきている。しかも他の通行人の邪魔にならない様に間隔を空けながら。思わず軍隊かよって突っ込みたくなったがグッと堪えた。
「問題無いみたいですね」
「はい。一応特別警護対象保護課が警護に当たっていますし、不測の事態に備えて他の部署からも応援で人員が送られていますので仮に暴動が起きたとしても十分に対処できますのでご安心下さい」
「それは心強いです。でもそんな事にならないのが一番ですけどね」
「はい」
国家公務員は土日祝日だからと言って休みでは無いし、非番でもなにかあればすぐに駆け付けなきゃいけないから本当に大変だよな。そんな彼女達にお勤めご苦労様ですと心で呟く。
そうして暫く歩いていると目的の百貨店に到着。男性用品を扱っているお店って言うのが思いのほか少なく、この繁華街でも僅かに三店舗のみという少なさ。購入してくれる人数が圧倒的に少ない上、実店舗に赴いて買うという酔狂な人はほぼ零というのが原因だろう。だったら女性用を扱った方が高い利益を出せるし、限られたスペースを有効活用できるんだから当然と言えば当然か。なんて思いつつ百貨店に入り目的のフロアへと移動をしようとしたら雪音さんが声を掛けてきた。
「男性用品を扱っているのは六階ですね。エレベーターで向かいますか?」
「他のフロアがどんな感じか見てみたいのでエスカレーターで行きましょう」
「分かりました。では、他の方と接触しない様に私が拓真さんの前、菫が後ろという形で移動しましょうか」
エスカレーターに乗るだけでも女性側は男性に色々と配慮しなければいけないのか。俺としては別に前後に他の人がいても問題無いんだが、あえて言う事でも無いので雪音さんの言う通りにしよう。
そうして美人二人にサンドイッチされながら上階を目指してゆったりと進んで行く。きょろきょろと各フロアをチラ見しながら移動していると、例に漏れずキャーキャーと騒ぐ女性の姿が目に入って来る。距離は離れているので僅かにしか聞こえないが『格好良い』だの、『なんでこんなとことに居るの?』とか『あの女の人って恋人か奥さんなのかな?』なんて言葉が耳に入ってきた。最後の恋人か奥さんっていうのは残念ながら違います。二人の事は憎からず思っているが、まだそういう関係では無い。
俺に聞こえたという事は二人にも聞こえているはずだが残念ながら前後に居る為表情は伺えない。が、前に居る雪音さんの耳が真っ赤になっているのはハッキリと分かる。果たして照れているのか、恥ずかしがっているのかは不明だが悪い感情を抱いて耳が赤くなっている訳では無いはず。なんかこういう所も可愛いな~なんて雪音さんの後姿を眺めている内に六階についてしまった。
さっとフロア内を見渡してみたがお客さんが一人もいない。そして店員さんの姿も見えない。ここまで来る途中で他のフロアもエスカレーターから眺めていたが、沢山お客さんが居たし店員さんの姿も何度も見た。が、六階の男性用品フロアは閑散としており静寂が支配している。他とあまりにも違う様子に思わず雪音さんに声を掛ける。
「あの、誰もいない様なんですけど休業中とかフロアが閉鎖間近とかでは無いですよね?」
「その様な告知はされていませんでしたし、偶々人が出払っているのではないでしょうか」
「ですかね……」
確かにHPにもそんな事は書かれていなかったな。だからと言ってこの中を見て回るのはちょっと気が引けると言うかなんというか……と考えていた所でこちらに向けて歩いてくる数人の人影が見えた。やや早足でこちらに来ると一番前に居た人が深々と頭を下げてから言葉を紡ぐ。
「いらっしゃいませ。ようこそ当店へお越し下さいました」
「こちらこそお世話になります。――あの、質問なのですが買い物は出来るんですよね?誰も居ないので勝手に見て回っても良いものかと思ってまして」
「勿論です。また、店員が誰も居なかったことにつきましてはこちらの落ち度です。誠に申し訳ありません。今後このような事が無いように徹底的に教育しますので何卒ご寛恕下さいませ」
「あっ、大丈夫なんですね。なら何の問題も無いです。……あー、もしかして事前にお伺いしますよという連絡とかしておいた方が良かったですか?」
「可能であればそうして頂けると私共も助かります」
「分かりました。では今後はそうしますね」
「有難うございます。申し遅れましたが今回お客様のサポートをさせて頂きます山田と申します」
「ご丁寧に有難う御座います。私は佐藤と言います。――ちなみにサポートってなんでしょうか?」
「お客様がお買い物を快適に出来るようにフロアの案内から、商品に関する質問にお答えしたり組み合わせ等をアドバイス等をさせて頂きます」
「それは助かります。では、早速ですがボタンシャツを見たいんですが案内して貰っても良いですか?」
「畏まりました。こちらになります」
そうして山田さんに案内された先にはズラーっと並ぶ商品の山が。ボタンシャツだけでなくカットソーや薄手のセーター、カーディガン、ジャケット等々様々な種類の服がハンガーに掛けられて吊るされている。雰囲気はまるで高級ブティックだが、商品数が尋常ではない。取り合えず目についた商品を手に取り、ついいつもの癖で値札を確認したんだが、シャツ一枚が四万円……。どこぞの高級ブランド品かと思い別の商品を見てみると五万三千円……。嫌な予感に冷汗が背中を伝う。もしかしてここにある服って全部これくらいの値段なんだろうか?という疑問をぶつける先はただ一人。山田さんだ。
「あの、少し見ただけなんですがかなりお値段がその~、お高いんですがもう少しリーズナブルな商品はありませんか?」
「それでしたらこちらがお手頃な価格となっております」
山田さんがそういって少し離れた場所にある商品を見せてくれた。どれどれと例によって値札を確認すると大体一万五千円~二万四千円前後だった。これがお手頃価格なのか……。ファストブランドなら四着~五着は買えるんじゃないかな。流石にもっと安い値段の物をお願いしますなんて言える空気でも無いし、女性物に比べて需要が圧倒的に少ない男物だから値段が高くなるのも仕方ないのかな?しかし、高いなぁ~と思っていると一緒に見ていた菫さんがさり気無く爆弾を投下してきた。
「初めて男性物の服を見ましたが随分とリーズナブルなんですね。でも、このお値段だと品質的にもそこそこですから拓真さんには合わないかも。雪音はどう思う?」
「そうねぇ。男性、しかも拓真さんがお召しになる服なのだからそれなりの質が無いと見劣りするわね」
マジで言ってんの?と思わず二人の顔を凝視してしまったよ。俺としては今見ている服で十分なんだけど菫さんと雪音さん的には駄目らしい。男性というだけで注目を浴びて、色んな人と接する機会があるからみすぼらしい格好だと恥を搔くし、今回みたいな同伴者が居る場合はその人を見る目も変わるだろう。だからある程度見栄えがする服を着ると言うのは理解できる。だが、二人のお眼鏡に適う服を購入した場合金額は数十万は下らないだろう。お金には余裕があるが、いつ何時物入りになるか分からないし節約出来る時にはしておきたい。という訳でなんとか上手く二人を言い包めよう。
「俺としてはさっき見た商品よりこっちの方がデザインとか好きですし、これとか格好良くないですか?ほら…こんな感じで」
気になったボタンシャツを手に取り上半身に当ててみた。シンプルな作りだけど袖とか細かい刺繡が施されており見栄えが良い。そしてボタンも凝っていて普通であれば縫い合わせている糸が見えるんだけど、蓋のようなもので見えないようになっている。よく見なきゃ分からない所にも力を入れているのは好感が持てる。良い感じじゃないかなと思いながら二人の様子を確認するとこちらを凝視したまま動かない。
「あの、大丈夫ですか?」
「はっ!大丈夫です、問題ありません」
「そうですか。なら良かったです。――あの、どうでしょうか?あまり似合っていませんか?」
服を合わせてから一言も発していなかったのでもしかしてと思い聞いてみた。が、即座に否定の言葉が返ってくる。
「いえ、とても似合っています。ねっ、菫」
「うん。拓真さんの雰囲気と合っていますし、とてもお似合いですよ」
「そうですか。それなら良かったです。二人とも無言だったので少し心配になって」
「すみません。――余りにも格好良くて見惚れていました」
微笑みを浮かべながら雪音さんがそう言ってくれた。なんていうかお世辞ではなく心からの誉め言葉って照れるな。嬉し恥ずかしで顔が赤くなっているのが自分でも分かる。とりあえず恥ずかしさを誤魔化す為にそっぽを向きながら二人に向けて言葉を投げる。
「二人のお眼鏡にも叶ったみたいですし、これにします。あと二着ほど買いたいのでこのまま選ぶのを手伝ってもらっても良いですか?」
「お任せ下さい。拓真さんが気に入る一着を見つけて見せます」
「ふふっ、勿論です」
こうして雪音さんと菫さん、そして山田さんにもアドバイスを貰いつつ第一弾の買い物を終える事が出来た。とはいえこれで終わりでは無いので次に移ろうか。