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第六十六話

 何時もの時間にお店を開店していつも通りに仕事を熟す。何年も同じ事を繰り返しているが毎日新しい発見や出会いがあり飽きることは無い。これが普通の会社員であればただただ機械的に仕事をしているだけという人もいるかもしれないし、同じ内容ばかりでもうやりたくないと感じる人も居るだろう。お金を一円でも貰っているならば全力で仕事をして、自分に出来得る最高のパフォーマンスを示さなければいけないと師匠であり、叔父から言われた言葉だが確かにその通りではある。金銭の対価として労働力を提供しているのだから、頂いた金額に見合った成果を出さなければ相手に見限られてしまうのは当然だろう。

 ましてやバーテンダーは接客業なので単純に成果を出せばいい訳では無いと言うのも難しさに拍車を掛けている。この業界の離職率が非常に高いのも納得と言うものだ。それでもこうして俺が仕事を続けられているのは性に合っているからなんだろうな。それに今は可愛い恋人と一緒に仕事が出来るので余程の大問題が起きない限りはバーテンダーを続けていくつもりだ。

 そんな事を近くで片付けをしている小百合や千歳を見ながら思っていると、カランとドアベルが鳴りお客様が来たことを知らせる。

「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」

「「こんばんは」」

「こんばんは。お店に来られるのは久し振りですね」

「はい。色々と仕事が立て込んでしまって来れなかったんです。佐藤さんのお店に来るのが私の人生で唯一の楽しみなのに最悪です」

「最初の一週間くらいはなんとか我慢出来ていたんですけど、それ以降は精神的に酷くなっていく一方で食事もあまり喉を通らなくて同僚に病気を疑われてしまいました」

「えぇっ、大丈夫ですか?そこまで悪影響が出ると私としてもかなり心配なのですが」

「仕事が一段落して佐藤さんとまたお会いできると分かってからは食欲も元通りになりましたし、精神的にもかなり落ち着いたので問題ありません」

「そうですか。それは何よりです」

 目の前に座る女性二人組は同じ会社に勤めている同期でかなり仲が良いみたいだ。お店がオープンしてすぐの頃から通われているので常連中の常連客と言えるだろう。そう、俺とは結構長い付き合いなのだ。ただまあ、その弊害として先程の会話で出てきた俺に一月会わないだけで肉体的・精神的な不調をきたすという爆弾を抱える事になってしまったのだが……。本当に申し訳ないし、何とかしたい所だが俺にはどうしようも出来ないと言うのが非常に厄介だ。

 心苦しさを感じつつもお客様の前でそれを顔に出す訳にはいかないのでいつも通り笑顔で注文を取る。

「お飲み物はお決まりでしょうか?」

「それじゃあ黒ビールでお願いします」

「私は生ビールでお願いします」

「畏まりました。少々お待ち下さい」

 ビールは注ぎ方で味が変わる為お客様が今どういった味を求めているのかを考えなければいけない。また泡の量も香りを重視するクラフトビールなら少なめにしたり、夏場なら一度注ぎ、もしくは二度注ぎがベストだろう。カクテルと違いビールサーバーから注ぐだけなので簡単かつ誰でも出来ると思いがちだが実はそれなりに考える事も多いし、技量が必要なのだ。

 それはさておき、作り終わったのでコースターをお客様の前に置きグラスをそっと置く。

「お待たせいたしました。黒ビールと生ビールでございます」

「有難うございます。それではいただきます。――んっ、美味しい」

「仕事終わりのビールは格別ね。この喉を通り抜ける炭酸の刺激と、苦みが最高だわ」

 これが居酒屋だったら『ぷはぁ~、美味い!この為に生きている様なもんだ』なんて言葉が似合うが、流石にバーでそれを言う人は居ない……と思う。多分。それに綺麗な女性がそんな台詞を吐いたら百年の恋も冷めると言うものだ。仮に彼女が同じような事を言ったらお、おぅ……、さいですかと苦笑いして受け止めるだろう。そのくらいでは俺の彼女達に対する愛は揺るがないぜ。

 なんて格好つけた所でグラスを置いたお客様が声を掛けてくる。

「佐藤さんとお会いするのは久し振りですが何と言うか色気や大人の魅力が凄くなりましたね」

「そうでしょうか?自分では前と変わらないと思うのですが」

「いえ、かなり変わりましたよ。私の語彙力が足りないので上手く表現が出来ませんが、男性として一段階……いえ二段階は魅力的になっています。こうして話しているだけでもドキドキが止まりませんし、顔が火照ってしまって大変なんです」

「私も同じです。お腹の奥がキュンキュンしてしまって色々なものを堪えるのに苦労してるんですよ」

「お二人がそう言うのであれば自覚は無いですが変わったのかもしれませんね。こういうのって自分や身近な人だと気付かない場合が多いので今回教えて貰って助かりました」

「いえ、お気になさらないで下さい。――でも、こんな短期間でここまで変化があるという事は理由があるはずです。最近何か大きな出来事などはありましたか?」

「ん~…………」

 何かあっただろうか?いつも通り仕事をして、ご飯を食べた後はダラダラして寝るという生活をしていただけだし、これと言って何かある訳では……あっ!ありました。もう当たり前になり過ぎていて意識に上らなかったけど彼女が出来たんだ。それ以外は特に変わった事も無いしほぼ確定でこれだろう。

 さて、お客様に彼女が出来た事を言うべきかだが悩むな。別に隠している訳では無いし、小百合と千歳がお店で働いている以上いつかは分かる事なんだけど、どうするかな?

 んー、ここで下手にはぐらかしたら後々面倒な事になりそうだし素直に伝えるのがベストだろうか。お客様がどういう反応をするのか少し怖いが腹を括ろう。

「えっと、彼女が出来ました」

「「えっ…………」」

「一応補足説明をさせて頂くと結婚を前提にお付き合いをしているので至って健全です。確りと将来を見据えていますし、遊びで付き合っている訳ではありません」

 男女比が著しく偏っている世界なので男であれば女性をとっかえひっかえ出来るし、相手も選り取り見取りなので身体の関係だけとか、遊び感覚で付き合って分かれてという事が出来てしまう。だからこそ、今お付き合いしている彼女達とは真剣に交際していますよと伝えないと変な誤解を生みかねないので補足説明をしたわけだがお客様の反応は一切無し。

 無視されている訳では無く、放心している。ポカンと口を開いたまま、瞬きを一切せずに前を向いたまま石像の様に固まっているんだけど。もしかしたらあまりの衝撃に心肺停止してしまったかもしれないし、まずは声を掛けよう。それでも反応が無ければ肩を揺すったりして反応を見て、それでも駄目なら救急車を呼ぶべきだな。

「あの、大丈夫でしょうか?もし具合が悪いようでしたらタクシーを呼びますが」

「あっ……、だ、大丈夫です。仕事の疲れが残っているのか佐藤さんに彼女が出来たなんて幻聴が聞こえてしまって固まってしまいました。あはは、ご心配をおかけしてすみません」

「いえ、彼女が出来たのは事実ですよ」

「一つだけお伺いしたいのですが、何人とお付き合いしているのでしょうか?」

「六人です」

「六人ですか。ということは枠はほぼ全て埋まってしまったと考える方が良いわね」

「でも海外だと書類上は十人と結婚している人もいると聞いた事があるし、まだ可能性はあるわよ。それに正妻が無理だとしても妾としてならワンチャンスあるかもしれないわ」

「確かにそうね。私達の家柄や経済状況を踏まえると結構厳しいけど可能性はゼロでは無いわね。ただ問題は佐藤さんの妾を狙う旧家や名家、政財界に名を馳せる大物の息女が相手になるので相当分が悪い戦いになるのは確実」

「私達のアドバンテージは佐藤さんとそれなりに長い付き合いがあるという点かしら。これだけはお金や家柄でどうこうできる問題では無いし、ここで勝負をするべきだと思うわ」

「そうね。作戦の骨子はそれで良いとして敵は強大だし、改めて話し合いましょう」

「分かったわ」

 お二人で盛り上がっている所大変申し訳ないが俺は妾を作るつもりはないんだよな。この世界では許される事かもしれないが、ようは愛人を持つという事だから妻に対して不義理を働いているし、絶対に夫婦関係や感情にしこりを残す事になる。最初は極々小さいものかもしれないが、積み重なれば取り返しのつかない大きさになり最終的には離婚という最悪の展開も有り得るわけで。

 そうであれば態々自ら危険に飛び込むような真似を最初からしなければ良いんだよ。なによりも今が幸せで満ち満ちているし、この関係を壊すような事は絶対にしたくない。仮の話になるがもし誰かを好きになったら雪音達の許可を貰った上で結婚を前提としたお付き合いをするだろう。だからこそ、早急にお客様の勘違いを正さなければいけない。なぁなぁにしていたら痛い目にあうからね。

「お話し中の所申し訳ありませんが、宜しいでしょうか?」

「はい。何でしょうか?」

「私は今お付き合いをしている人達以外と付き合ったり、結婚したりする予定は今の所ありません。また妾についてですが、例え認められていようと持つつもりは無いです。恋人に対して不義理ですし、私にそこまでの甲斐性はありませんので」

「そうですか……。でも佐藤さんらしいですね。女性に対する考え方に対して芯が通っていますし、凄く好感が持てます。ただ、妾が駄目となるともう私達――いえ、他の女性達もチャンスは無くなったという事ね」

「ちょっと待って。先の佐藤さんの言葉を思い出してほしいのだけど『お付き合いをしている人達以外と付き合ったり、結婚したりする予定は()()()()()()()()』と言っていたわ。という事はこの先誰かとそういう関係になる可能性があるかもしれない。そう言う事よ」

「成程!妾では無く正妻として迎えられる可能性があるという訳ね。そうなると先程の計画もすべて見直さないといけないわね。あとは佐藤さんを狙うライバル達とどう戦うかが問題ね」

「確かに」

 いつの間にか正妻の座を狙って戦いが勃発しそうになっていた件について。いやさ、将来的に恋人や妻が増える可能性は捨てきれないし少し言葉を濁した表現をしたがまずかったかな。でもここで完全に否定しておきながら数年後に七人目の彼女or妻が出来ましたなんて事になったら問題になるし、あくまで可能性の一つとして伝えたという逃げ道を用意したに過ぎない。――ただの自己弁護であり、卑怯者と後ろ指を差されても文句は言えない行為なんだけどね。

 自分でも浅ましいとは思うが、それよりもお客様の会話の中で聞き捨てならない言葉がある。まずはこれについて確認をしよう。

「すみません。一つお聞きしたいのですが、私を狙うライバルと言うのは何でしょうか?」

「佐藤さんとお近づきになりたい人たちが大勢いるんですよ。目的は様々ですが結婚したいというのが一番多いと思います」

「女性に対してこれだけ優しくて気遣いも出来て、寄り添ってくれる格好良くて魅力あふれる男性に惹かれない女性は居ません。事実お店に来ている他のお客さんも虎視眈々と佐藤さんを狙っていますし。あとは小耳に挟んだ程度なので真偽は定かではありませんが、佐藤さんの事を知った海外の王族や皇族、貴族なども接触しようと動いているみたいです」

「ある程度付き合いがあってその上で好意を持ってくれるのはとても嬉しいのですが、見ず知らずの相手に一方的に好意を寄せられると言うのはちょっと……怖いですね。しかも海外だと言葉も通じませんし、習慣や価値観も全然違うと思うのでもし会う事になってもお互いが不幸になる未来しか見えません」

「そこは問題無いと思いますよ。日本語を勉強してネイティブレベルまで話せるように努力すると思いますし、日本王国の文化や伝統、習慣や歴史を徹底的に学んで佐藤さんに合わせてきますから。それすらできない様なら最初から土俵に上がるべきでは無いですし、無能で阿呆という誹りは免れないかと」

「そうね。佐藤さんが日本王国出身なんだから相手に合わせるのは当然の事。例え同じ国に住んでいたとしても様々な齟齬が発生するのだから海外なら尚の事です」

「そこまでして私と接触しようとする意味が分からないのですが。男性は他にもいますし、国内で見つけた方が確実、かつ少なくとも大変な努力をする必要はないですしその方が良いですよね」

 態々他国の男性でなくてもいいはずだ。政治的思惑があるにしても下手をすれば外交問題に発展しかねないし、リスクとリターンが釣り合わない。そもそも一般市民の俺と王族や皇族、貴族の息女では身分の問題があるし結婚するなんて土台無理だと思うのだが。関係者からも非難されるだろうし、そういう面も考慮して考えるとデメリットばかりでメリットが無いんだよな。

 そう考えていたんだけど、お客様はどうやら違ったようで明確な答えを提示してくる。

「佐藤さんはこの世界における特異点とも言える存在なんです。一般的な男性とはまるで違う――そう。別の世界から来た存在と言われても疑う事が難しいくらい違います。この機会を逃せばこの先何十年、何百年経とうが出会うことは無い相手と少しでもお近づきになりたいと思うのは当然の事です。例えそれが明らかに身分が上の人だとしても」

「成程。理解しました。でも私の与り知らない所で勝手に話が進んでいると言うのは薄ら寒い話ですね。もし強引な手段を使われたら私に対処できませんし、どうしたらいいのか分かりません」

「国や軍警察の関係者にお知り合いなどは居ませんか?もしくは知り合いでも良いです」

「居ます。ですが私事に巻き込んで良いのかどうか……。そんな事で来るな!と門前払いされたら打つ手が無くなりますしね」

「その辺りは問題無いと思いますよ。お知り合いが居るという事は佐藤さんが置かれている状況も理解しているはずなので、何かしらの手をもう打っているはず。ですが念の為確認はしておいた方が良いかと思います。――というか佐藤さんの様な男性が海外に連れ去られたとなったら唯一無二の男性を他国に取られるとは何事だ!となり日本王国で反乱が起きます。それにこのお店に来ているお客さん達はそれなり以上の身分や家柄ですから、そういう事態が起こったら団結して取り戻そうと行動をしますし、そもそもそうならない様に手を打つので大丈夫です」

「分かりました。早急に確認してみます。しかし我が事ながら話の規模が大きくて少し現実味が無い感じがしますね」

「そうかもしれません。今まで佐藤さんの様な男性はいなかったのでこのような事態は起きなかったですから。良くも悪くも佐藤さんという人物を巡って世界が動き出しているという事ですね」

 お客様が言った内容は決して大袈裟では無いのだろう。機密情報として厳重に管理されている俺が別の世界から来た人間で、俺の精子と受精すると男児が生まれる確率が四十%程高まるという事実が明るみに出れば第三次世界大戦も待った無しという状況になるかもしれない。特に俺が住んでいる日本王国は槍玉に上がるだろうし、それに耐えきれずに各国に譲歩をした結果種馬として生きていくという最悪の事態になる可能性もゼロではない。そうなれば恋人たちと別れることになるだろう。

 そんな事断じて認めることは出来ない。甘々でイチャイチャな恋人との生活、そして幸せな結婚生活を他人の思惑で潰されてたまるか。俺に出来るありとあらゆる手段を以てして阻止してやる。まずは今日の仕事終わりに菫さんとお義母さん達に連絡しておこう。なるべく早いうちに顔を合わせて話をしたい所だが急がば回れという諺もあるし、焦らずに順序を踏んで事を進めるべきだろう。

「色々と貴重なお話を聞かせていただいて有難うございました。お礼と言っては何ですが、お会計は私が持ちますのでお好きな物を注文して下さい」

「そんな、悪いです。私が話した内容はある程度耳が早い人であれば知っている事ですし、そこまでして貰う程の事ではありませんよ」

「もしお話を聞くことが出来なかったら取り返しのつかない事態になっていたかもしれませんし、受け取ってもらえると嬉しいです」

「分かりました。ではお言葉に甘えさせて頂きます」

 情報の対価としては激安と言えるが流石にお金を渡すのは色々とマズいだろうし、俺が奢ると言うのはまあまあな落とし所では無いだろうか。そんな風に思っているとテーブル席で接客をしていた千歳と小百合が俺の方へ来たのでそちらに向き直る。

「オーダーです。チャイナブルー、ロングアイランドアイスティー、マティーニをお願いします」

「こちらはブルームーン、オペレーター、サイドカー、キューバリブレをお願いします」

「分かりました。まずは千歳のオーダーから作ります」

「はい。よろしくお願いします」

 一気に入った注文を手際よく捌いていく。とはいえ流石に七つも同時にオーダーが入ってくるとある程度時間が掛かってしまうので、千歳と小百合には待ってもらう事になる。本来なら店内の様子を見て必要に応じて片付けやオーダーを取りに行けるよう待機していなければいけないのだが、二人共俺の事をジッと見ている。恋人に見つめられると言うのは悪い気はしないが、お客様が居る前で頬を染めながら熱い視線を送るのは流石にマズいだろう。仕事終わりに注意しないといけないなと心のメモ帳に書きつつ、千歳から入ったオーダーが出来上がったのでトレーに載せてから声を掛ける。

「千歳の分が出来上がったのでお願いします」

「はい。それでは持っていきますね」

「お願いします」

 お客様にカクテルを持っていく際にさり気無くウインクされてしまった。うん、可愛い。今すぐに抱きしめたいくらい可愛い。こういうさり気無いアピールは男心を擽るし、とても嬉しいが今は仕事中だし抑えなければ。止まりかけた手を動かしながら今度は小百合のオーダーを作っていく。

 こちらも全て作り終えた所でトレーに載せた所で小百合から声が掛かる。

「では、こちらの商品を持っていきますね」

「は、お願いします」

「拓真さんのカクテルを作るお姿を間近で拝見できてとても眼福でした。凄く格好良かったです」

 俺の耳元に口を寄せて小声でこんな事を言って来るとか反則だろ。小百合から仄かに漂う甘い香りと、耳朶を擽る吐息、そしてウィスパーボイスが俺の脳を蕩けさせる。恋人になる前は当然だがこういうスキンシップは無かったが、付き合ってからはそこそこの頻度で俺を虜にするような行動をするようになったんだよな。こういうのを完全に無意識でやっているのだから言葉は悪いが小百合には男たらしの才能があると思う。ただまあ、その対象が俺に限定されているから喜ぶべきなのかも?

 ――さてと、纏めて入ったオーダーは処理したしまずは片付けをするか。カクテル作りで使用した道具などをキッチンに置いたり、お酒の瓶を棚に戻したりといった作業をしている途中で先程まで話していたお客様が声を掛けてくる。

「九条さん、清川さんと随分と親密なんですね」

「えっと、そう見えましたか?」

「はい。……もしかしてお付き合いされているのですか?」

「はい。千歳と小百合は私の彼女です」

「やっぱりそうでしたか。以前からお二人が佐藤さんに好意を寄せているのが分かっていましたが、恋が成就したようで良かったです。それに九条さんと清川さんはとてもお綺麗ですし佐藤さんと釣り合いも取れていて羨ましいです」

「有難うございます。ですがその言葉は千歳と小百合に直接言ってあげて下さい。とても喜ぶと思いますので」

「ふふっ、ではそうさせてもらいます。――はぁ……、本当にお二人が羨ましいです」

 お客様が最後に呟いた言葉は来店を知らせるドアベルに搔き消されてよく聞こえなかった。ただ、その愁いを帯びた表情がいつまでも俺の頭に残り続けるのだった。

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