第六十話
神社に恋愛祈願に行ってから二週間が過ぎた。あれから時渡りについて色々と考えたり、研究機関に出向いて望月神社で得た情報を伝えたりと結構忙しくしていたがそれらも一通り終わったのでようやく自分の事に向き合える時間が出来た。――ようやく迎えた休みの日だが俺の心臓は朝からバクバクと忙しなく動いている。緊張で飲み物も喉を通らないし、何度も身嗜みを確認したり意味も無く部屋の中をウロウロしたりと非常に落ち着きがない状態だ。そうなっている原因は一つで今日俺の人生を左右する一大イベントがあるからに他ならない。もし上手くいけばバラ色の日々を送る事が出来るだろうが、もし失敗すれば人生のどん底へと真っ逆さまに落ちて二度と這い上がれないだろう。
俺に出来る事は全てやったし、神頼みもした。これで駄目なら諦めもつくが傷心は免れないし暫くお店を閉めて心の整理をつけないとまともに仕事を出来ないのは確実だ。……ここまで言えば俺が今日何をするのかが分かる人も居ると思うが改めて言おう。
雪音さん、菫さん、小百合さん、千歳さん、桜ちゃん、透香さんの六人に告白する。勿論ただのお付き合いでは無く結婚を前提としたお付き合いだ。六人に告白して付き合うとか節操が無さすぎるとか、六股とか最低だろ!と怒る人も居るだろう。確かに俺が居た世界の常識で考えれば仰る通りだしそもそも一夫多妻が認められていないんだから結婚を前提にするのは間違っているのも理解している。
だが俺は六人とも好きだし一生一緒に居たいと願ってしまったんだ。誰か一人を選ぶ事はどうしても出来なかったし、取捨選択をして果たして幸せになれるのか?と考えると答えはNOだ。だから全員と付き合う事にしたし、彼女達を幸せにしたいと強く想っている。それにこの世界では一夫多妻制だし、複数人と交際する事は忌避される事柄では無いのでその点は問題無い。あとは彼女達がどう思い、どう感じるかだがそればっかりは正直分からない。
告白するのは怖いし、もし断られたら立ち直れないかもしれないがそれでも何もせずに今の関係をダラダラと続けるのだけはしたくない。だから勇気を振り絞って俺の想いを伝えるつもりだ。
――ピピピッというアラーム音が突如として鳴り、思考が遮られる。ふぅ……と小さく嘆息してから端末に表示されている時間を確認した後自室からお店の方へと移動する。
店内の照明をつけてからテーブル席へと移動して椅子に座って一息つく。このまま皆が来るまで待つ事にしよう。一人の時間はついつい悪い方向へと考えてしまうからもう無心でいよう。心を落ち着ける為に般若心経でも唱えるのも良い手かもしれない。そんな益体も無い事を考えつつ時間は過ぎていく。
カランカランとドアベルが鳴り、見知った顔ぶれの面々がお店に入ってくる。
「こんにちは。こっちの席にどうぞ」
「こんにちは、拓真さん。失礼しますね」
挨拶を交わしてからそれぞれ椅子に座ったのを確認した後みんなに向けて声を掛ける。
「全員集まったので飲み物を用意してきますね。何か希望はありますか?」
「特にありませんので拓真さんにお任せいたします」
「分かりました。少々お待ち下さい」
一言伝えてから人数分のお茶を用意して戻る。それから一口お茶を飲んで喉を潤してから口を開く。
「今日皆さんに集まってもらったのは大事な話があるからです。いきなりで驚くかもしれませんがそこはすみません」
「大丈夫ですよ。どんな内容でも遠慮なく仰って下さい」
「有難うございます。……雪音さん、菫さん、小百合さん、千歳さん、桜ちゃん、透香さん。好きです!俺と結婚を前提にお付き合いして下さい」
腰を深々と折り想いをぶつける。今にも心臓が破裂しそうな程激しい鼓動が耳に痛い。それに口はカラカラでまるで砂漠を彷徨っているようだ。果たして返事は如何に?と待っているが誰も声を発しない。ただただ静寂が場を支配し、張り詰めた空気が蔓延している。
これは……失敗か……。残念ながら俺の想いは届かなった様だ。涙が溢れそうになるが必死に堪えて下げていた頭を上げるとそこには信じられない光景が。
女性達全員が嗚咽を堪えながら泣いているではないか。いきなりの衝撃的な光景に一瞬言葉を無くしてしまうが、まずは落ち着かせないと。
「だ、大丈夫ですか?よかったらハンカチを使って下さい」
「ぐすっ、すみません。――まさか拓真さんから告白してもらえるとは思っていなかったので嬉しくて泣いてしまいました」
「取り敢えず落ち着くまで待ちますので返事はその後に聞かせて下さい」
「分かりました」
雪音さんが返事をしたのに合わせて他の面々も頷いてくれたので少しの間待つことにしよう。しかしまさかの展開にさっきまでの緊張がどこかに行ってしまったよ。身体からもこわばりが無くなって楽になったし、良い意味で力が抜けてくれたな。――皆が落ちくまでもう少しかかりそうだし新しいお茶でも淹れてこよう。決して六人の女性が泣いている場に居ずらいとかではないからな。単純に泣き顔を見られたくないだろうし、メイク直しの時間もいるだろうから少し長めにキッチンで過ごす事にするか。
そうして結局十五分程時間を潰した後戻ると椅子に座り皆の様子を確認する。うん、もう大丈夫みたいだな。これなら話の続きをしても問題無いだろう。
「先程の告白の返事を貰ってもよろしいでしょうか?」
「はい。私も拓真さんの事が好きです。これからもよろしくお願い致します」
「勿論OKです。今後ともよろしくお願いします」
「拓真さんの彼女に相応しい女性になれるよう努力していきますのでこれからも一緒に居て下さい」
「拓真さん、大好きです。色々と至らない点もありますが末永く愛して下さい」
「一目惚れした人と恋人になれてとても嬉しいです。色々とご迷惑をお掛けすると思いますが拓真さんに相応しい女性になれるよう努力していきますのでこれから先もずっと隣に居て下さい」
「拓真さんに相応しい恋人になれるように頑張ります。――拓真さん、大好きです」
雪音さん、菫さん、小百合さん、千歳さん、桜ちゃん、透香さんの順で告白の返事をしてくれた。答えは全員OKという嬉しすぎる結果になった。もう……色んな感情がごちゃ混ぜになって上手く言葉が纏まらないが一つだけ言わなければならない。
「俺も皆の事が大好きです。絶対に幸せにするのでよろしくお願いします」
「「「「「「はい。末永く宜しくお願い致します」」」」」」
こうして一世一代の告白は大成功で幕を閉じた。確りと返事を貰ったけど未だに現実感が無い。というか六人も彼女が出来るとかもう……幸せ過ぎて言葉が無いよ。これは当分の間はニヤニヤが止まらないだろうし、仕事中にも今の事を思い出してポケ~としそうだな。だが美人でスタイル抜群で、更に完璧超人な彼女が出来たのだから仕方ないだろう。はぁ~、もう人生の絶頂に居ると言っても過言では無いがこの先もっともっと楽しい日々が待っているだろうし頑張らないとな。勿論恋人になったのだから何れはSEXするだろう。果たして六人相手に俺の精力が持つのだろうかという心配が胸を過る。一日一人相手をしたとして六人だと六日必要になる。六連続で激しいHをしたら一月持たずに腹上死してしまう可能性が高い。仮に性欲旺盛な中高生時代の精力があったとしてもそう長くはもたないだろう。この世界に精力剤――バイアグラとかあればいいんだけど基本的に男は性欲が枯れているから無さそうだ。
となると精のつく食事を用意して貰うのと、彼女達には悪いが二日に一回とか間を空けてSEXするようにしないと駄目だろうな。とはいえ付き合ったばかりだし肉体関係を結ぶのは当分先だろう。それに案ずるより産むが易しという諺もあるし案外杞憂に終わる可能性もあるから今からあれこれ考えない様にした方が良いな。
考えがまとまった所で皆の顔を改めてみると実に幸せそうな表情を浮かべている。それとどこかホッとした感じも受ける。長い間待たせてしまったから不安もあっただろうし、もっと早くに告白すればよかったと思うがタラレバを言ってもしょうがない。今後は不安にさせない様頑張ろう。
「あっ、そうだ。皆にお願いがあるのですが恋人になったので俺の事は拓真と呼び捨てで構いません。それと敬語も不要です」
「お気持ちは有難いのですが男性を呼び捨てにするのは物凄く抵抗があります。それに世間体を考えるとあまりよろしくないかと。あとは拓真さんとずっとお呼びしていたので呼び捨てには違和感があります。なので現状のままという事で宜しいでしょうか?」
「勿論構いませんよ。――確かに透香さんの言う通りこの世界の事情を考えると安易に呼び捨てするのは拙いですよね。すみません、そこまで考えが至りませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。……あの私の方からもお願いがあるのですがもし宜しければ敬称を無くして欲しいです」
「今までさん付けで呼んでいましたが恋人同士なのに敬称をつけて呼ぶのは確かにちょっと他人行儀な感じがしますね。分かりました。これからは透香と呼びますね」
「はい」
優しい微笑みを浮かべながら頷いてくれる。うん、俺の彼女マジで可愛すぎる。うへへへっと気持ち悪い笑いが出そうになった所で他の女性達からも同じように呼び捨てにして欲しいと言われたのでこれからは全員敬称無しで呼ぶことが決まった。なんか一気に距離が縮まった感じがしていいな。これからは恋人としてもっともっと互いの距離を縮めていけたらなと思う。
「一つ皆さんに確認したいのですがこうして結婚を前提にお付き合いを始めた事をお母上に伝えた方が良いですよね?恋人であり婚約者なので俺からもご挨拶したいですし」
「そうですね。拓真さんとは何れ結婚する訳ですし、お母様と一度会われた方が良いかと思います」
「分かりました。ですが皆さんご多忙でしょうしスケジュール調整が大変そうですね。俺の方はお店を閉めれば良いだけなので何時でも問題無いのですがその辺りどうしましょうか?」
「うーん……、各自お母様にお話しして予定を確認した上で調整しましょうか。ただ申し訳ないのですが参加する人数が多いので今月に顔合わせをするのは難しいかもしれません」
「それについては大丈夫です。全員の予定を考慮したうえで一番良い日を選びましょう」
「はい。ではその様に致します」
雪音にお任せする形になってしまったが下手に俺がやろうとしても上手くいかないだろうし、申し訳ないが頼みます。雪音であれば万事上手く事を運んでくれるだろうし何も心配することは無いしね。しかし顔合わせか。今から緊張してきた。だって小百合のお母さんは日本王国の女王だし、菫のお母さんは軍警察長官、更に桜のお母さんは日本王国でトップ三に入る大企業のCEOというね。これだけでも錚々たる面々だがこれだけでは終わらない。雪音のお母さんはお医者様だし、千歳のお母さんは有名な名家の当主だし透香のお母さんは代々続く芸能人一家の当主というね。
……正直日本王国の重鎮が勢揃いじゃねぇか!とツッコミたい気持ちで一杯だがこの人たちを相手に娘さんを下さいと言わなければいけない。うぅ、想像しただけで胃から込み上げてくるものがある。下手をしたら秘密裏に殺されるんじゃないかという恐怖もある。
だがここで怖気づいていたら将来結婚なんて出来ないし勇気を振り絞って会うしかない。それに悪い方へとつい考えが向かってしまうが、案外あっさりと認めてくれる可能性もあるしあまり思い詰めないで楽な気持ちで臨んだ方が良い結果に繋がるかもしれないな。
――さて、考えも一通り纏まったしこれで終わりとしてこの後どうしようかな?折角恋人になったんだからイチャイチャしたい所だけどがっついていると思われるのも嫌だしなぁ……。適当に話をしつつ様子を見るのが安牌かな。
「そういえばこの時間に皆がお店に集まっているのって初めてですよね。なんだかすごく新鮮です」
「閉店時間中のお店に居るのはなんだか不思議な感じがします。いつも賑わっていて人も沢山いる光景しか見ていないので私達だけしかいないというのはなんだか特別感があって良いですね」
「分かります。普段はこの時間にお店に来ることが無いからより強くそう思います」
「確かに雪音や透香、菫は営業中しか知らないですもんね。逆に小百合や千歳、桜はあまり新鮮味が無いのでは?」
「そんな事はありませんよ。普段とは違って皆さんが居らっしゃいますし、今は仕事中では無いですからそういった意味でもかなり違いますね」
「あー、そっか。仕事中と休みの日だと気持ち的に大分違うし感じ方も変わるか。俺の場合職場兼自宅だからあまり意識した事が無かったけど普通はそうですよね」
千歳に言われるまであまり気にした事が無かったな。気持ちの切り替えが上手く出来ていたとも言えるし、仕事と休みが地続きになっていて特に何も感じなかったとも言える。どちらが良いとは一概には言えないが今の所支障も出ていないし今のままで問題無いだろう。将来子供が生まれたりしたらまた変わってくるとは思うけどね。
そんな事を考えていると隣に座っている菫が話しかけてきた。
「拓真さん。少し早いですが今日のお夕飯は何かリクエストはありますか?」
「特別な日なので豪勢にいきたいところですがウチの冷蔵庫に高級食材は無いですよね?」
「スーパーで買った物ばかりなのでそういった物は置いて無いです。となると買い物に行かないといけませんね。まだ時間もありますしデパートに行ってみますか?」
「俺は賛成です。皆はどうですか?」
「ご一緒致します。――ただ買い物をする前に何のお料理を作るかを決めた方が良いですね」
「確かに雪音の言う通りですね。豪華な料理となるとステーキとかローストビーフ、あとは鶏の丸焼きとかかな。……これだと肉ばっかりで駄目ですね。なんか他に無いかな?」
「鯛の炊き込みご飯やフカヒレ姿煮、生ハムのシーザーサラダ、あとはドリア、ビーフシチューも良いと思います。和洋中を一品ずつ用意するというのも色んなお料理を楽しめて良いかもしれません」
「おぉ、菫ナイスアイデアです。それでいきましょう。流石に全部作るのは時間も掛かるし大変だと思うのである程度は出来合いの物を買った方が良いですよね」
「いえ、今からお買い物に行けばお夕飯の時間までに全部作ることが出来るので大丈夫ですよ。それになるべく拓真さんには手料理を食べて欲しいなと思いまして」
ぐっ、小首を傾げて上目遣いで手料理を食べて欲しいなとか言ってくるの最高過ぎだろ。ここまで言われて出来合いの料理で結構ですという奴はいないだろう。というか彼女達が作るご飯が信じられない程美味しい上に愛情も籠っているから断るという選択肢はない!
「それじゃあお願いします。俺も手伝いますので皆で作りましょう」
「はい、よろしくお願いします。それじゃあ片付けをした後デパートに行きましょうか」
話が纏まった所でコップを洗ったり、支度を整えたりした後全員でデパートへと向かう。
久し振りにデパートに来たという事もあってついつい余計な物を買いそうになってしまう。例えば普段食べる事が無い食材を折角だからと買おうとしたり、数回使ったらお蔵入りしそうな調理器具を買おうとしたり等々。その度に彼女に窘められてちょっと大人としてどうなのかな?と感じるが気分が絶好調の時は気が大きくなるので仕方ないんだ。でもこれ以上は怒られそうなので自重しよう。というか余計な物を見ていないで夕ご飯の材料を買わなければ。
デパ地下のお店で一通り買い物を済ませた後家へと帰る。帰宅した後は着替えて、買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞う。これでようやく料理を始められるが流石に七人全員でキッチンに立つことは出来ないので時間のかかる料理担当とサラダやスープなどの簡単な料理を作る担当に分かれる事になった。
そうして調理を始めてなんだかんだで二時間ちょっとかかったが無事出来上がったので早速食べるとしよう。テーブルには所狭しと和洋中の料理が並べられていてどれから食べるか迷ってしまうな。こういう色んな料理があって迷うのも楽しくて良いものだ。しかもどれも間違いなく美味しいのが確定しているので今日は限界まで食べるぜ。
「うん、美味しい。――このちょっと濃い目の味付けが最高です」
「レシピ通りだと少し薄味になるのですが、拓真さんの好みに合わせて少し濃い味付けにしてみたのですがお口に合ったようでなによりです」
「もうみんなが作るご飯が美味しすぎて外食とか出来なくなりそうです」
「ふふっ、有難うございます」
「それにしてもフカヒレ姿煮とかドリアとか作るのが難しそうな料理も作れるって凄いですね」
「そういった料理を作る事は滅多にありませんが、大抵はレシピ通りに作れば美味しく作れますよ。ただアレンジするとなるとそれなりに経験を積まないと失敗してしまうので注意が必要ですね」
「やっぱり経験がものを言うんですね。こんな事ならチャーハンとか野菜炒めばっかり作ってないで色んな料理に挑戦しておけばよかったです」
「これから頑張れば大丈夫ですよ。私もお手伝いしますので」
「よろしくお願いします」
小百合との話の流れて料理教室が開催される事が決定した。最低でも基本的な料理くらいは出来るようになりたいな。目標としては彼女達に美味しいと言わせる事だ。かなり高いハードルだがコツコツと積み重ねていけば何れは達成できるはず。その時を夢見て頑張りますか。
そんな事を考えつつ楽しい食事の時間は過ぎていき、あれだけ沢山あった料理も全て平らげてしまった。食後のお茶タイムでゆっくりした後は全員で片付けを済ませて、他愛も無い話で盛り上がったり滅多に飲む事が無い高級銘柄のお酒を呑んだりしつつ夜は更けていく。
気が付けば日付が変わって大分経っておりお酒も入っている為このまま俺の家に皆が泊まる事になった。ただベッドが一つしかないのでリビングに布団を敷いて雑魚寝になってしまう。本当に申し訳ないしこんな事なら来客用の寝具セットを複数用意していればよかったよ。今度買いに行こう。
あとは着替えだが流石に女性用のパジャマや下着は無いのでそこら辺はコンビニで買う事になった。全く便利な世の中になったものだ。他に必要な物は特にないかな。あとは彼女達がお風呂に入っている時とか寝る時に俺の理性が持つかどうかだな。すぐ近くに全裸の女性がシャワーを浴びている状況とか、近くで寝ているとかさ童貞にはかなり辛いものがある。だが付き合ってすぐに手を出すのは俺の信念に反するし鋼の精神で耐え忍ばなければ。たとえ悶々として一睡も出来なかったとしても己が信じる道から逸れる事だけは絶対にしてはいけない。今こそ俺の心の強さが試されるとき。
さあ、煩悩よ!俺を倒せるなら倒してみるがいい!




