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第五十六話

 今日もいつもの時間に起きていつものように支度をして仕事を始める。何千回、何万回も繰り返したルーティンを行う日々。特に変わり映えも無く、当たり前のことを当たり前に熟していくというのは学生も社会人も同じだろう。よく言えば平和で安定している、悪く言えば機械の様に決められたことを行うだけの退屈で鬱屈とする日々を送っている。どう感じるかは人それぞれだが俺としては刺激的な毎日よりも安定した日々を取りたい。刺激なんてものは偶に味わうくらいで十分だし、毎日だったらいずれは慣れてしまうだろうしそうなればもっと強い刺激を欲するだろう。人間は順応する生き物だし、欲望には際限が無いから程々が一番だ。若い人には面白味がない安定志向だと感じるかもしれないが、大人になれば毎日やる事があって定期的に収入を得られるだけで満足なんだ。

 そう、安定した日々こそ最高!と腕を振り上げて気炎を上げた所でガチャっという音と共に制服に身を包んだ美少女がお店に入ってきた。

「おはようございます。……腕を上げていますが何かあったんですか?」

「ちょっと気合を入れている所だったのでお気になさらずに。んんっ、おはようございます桜ちゃん」

「はい。今日も一日よろしくお願いします。鞄を置いてから仕事を始めますね」

「よろしくお願いします」

 ぐわぁ~、滅茶苦茶恥ずかしい所を見られてしまった。誰も居ないからって気を抜きすぎだろ俺……。幸い桜ちゃんも特に気にした様子も無かったし、すぐに流してくれたから助かったけど今後は気をつけないといけないな。人の目が無いからってはしゃぐのは危険というのが分かったから同じ過ちは二度と犯さない。

 はぁ……仕事しよ。

 黙々と開店準備を二人で行いながら暫く経った頃に桜ちゃんが声を掛けてきた。

「あの、拓真さん。棚の上にあるグラス拭き用トレシーとお会計用クリップボードを取りたいのですが脚立がどこにあるか分かりますか?」

「確か奥の納戸に置いてあった気がします。もしなかったら声を掛けて下さい」

「分かりました。探してみますね」

 そういえば納戸の整理もしないといけないな。不要な物を適当に突っ込んでいるから中はぐちゃぐちゃだろうし、暇な時にでも一度片付けをするか。普段使わない場所ってついつい後回しにしがちだし、人目に付かないから多少汚くても問題無いだろうって思ってたけど今は桜ちゃんや千歳さん、小百合さんも働いているし綺麗にしておくことに越したことは無い。そんな事を考えている内に桜ちゃんが戻ってきたので声を掛ける。

「脚立ありましたか?」

「はい、ありました。ですが、所々錆びていて上手く脚が開くか不安です」

「ちょっと見て見ましょうか。――一応大丈夫そうだけど少しグラつきますね。このまま上ると危ないので俺が脚を支えます。その間にトレシーとクリップボードを取ってもらっても良いですか?」

「分かりました。でも無理はしないで下さいね」

「大丈夫です。普段から鍛えていますから」

 脚立を支えるくらいなら全く問題ない。というかしゃがんで脚を押さえているだけだから誰でも出来るし、鍛えているとか関係無いんだけどね。まあ、男としてちょっと良い所を見せたいという下心もあって言ったのは内緒だ。

「それじゃあ上りますね」

「どうぞ」

 周囲の安全を確認してから桜ちゃんが脚立を登り始める。天板を含めて四段のタイプなので桜ちゃんでも十分棚まで手が届くサイズだ。とは言え三段目まで上がると地面から大体八十センチあるので下から見上げると結構高さを感じる。そう俺は今しゃがんでいる状態で上を見ているのだ。少し前屈みになっただけで下着が見えそうな程短いスカートを履いた桜ちゃんが脚立に上がっている状況でだ。即ちパンツが丸見えというね。今日はピンクのレースがあしらわれた大人っぽいパンツか。スラリとした美脚からお尻までのラインがとても綺麗だし、お尻も丸くてプリッとしていてまるで桃のみたいだ。そしてパンツが少し食い込んでいてスジが薄っすらと見えているのも非常にポイントが高い。女子高生のパンツを至近距離で凝視できる機会なんて一生に一度あるかないかだし確りと記憶に焼き付けておこう。

「んっ、ちょっと奥の方にあるトレシーが取りづらいですね。よいしょっ……と。拓真さん、クリップボードとトレシーを取ったので降りますね」

「分かりました。気を付けて下さいね」

 桜ちゃんに声を掛けられた瞬間何事も無かったように視線を外し、真面目な表情で返事を返す。あと一歩反応が遅ければパンツを見ているのがバレて悲鳴を上げられていただろう。もしかしたら冷たいジト目で『拓真さんがそんな人だとは思いませんでした。最低です』って言われていた可能性もある。中にはそういうので興奮する特殊性癖持ちもいるだろうが、生憎と俺は普通なので素直に土下座して許しを請うだろう。幸い今回はバレていないので何食わぬ顔をして仕事に戻れば万事OKだ。

 ――その後はいつも通りサクサクと開店準備を進めていく。グラスを拭きながら今度出そうと思っている新メニューについてあれこれ考えていると、窓ガラスを拭いていた桜ちゃんが何かを思い出した感じで声を掛けてくる。

「そういえば学校で拓真さんの事が話題になっているんですよ」

「えっ、そうなんですか?桜ちゃんの学校の生徒と接点なんてなかったと思いますが」

「少し前に私の学校行事でボランティア清掃をしたのを覚えていますか?」

「あー!確かに参加しましたね。すっかり忘れていました」

「それでですね、参加した人達が学校で男性を生で見ることが出来たとかお話しちゃった等を友達に自慢したみたいで、大騒ぎになってしまったんです。塾なんかに行かないで行事に参加すればよかったと泣き出す子や、話を聞いてあまりの後悔に数日学校を休んだ人も居るみたいで大変な事になったんですよ」

「それは申し訳ない事をしてしまったな。軽い気持ちで参加したけどそんな事になったのなら行かない方がよかったね」

「そんなことはありません。拓真さんが悪い訳ではありませんし、極論になりますが自分の都合を優先して参加しなかった人が悪いんです。だからお気になさらないで下さい」

「そう言って貰って少しは気が楽になりました。でも話の感じからすると多少は落ち着いたけどまだ大変な状況は続いているという事ですか?」

「仰る通りです。先生に男性が参加する行事をまたやって欲しいと嘆願書を提出したり、何とかして拓真さんに会えないかと公園を徘徊したり、中には探偵を雇って拓真さんの事を調べようとした人も居ると聞きました。勿論男性の事を一般人が調べるのは違法なので先生から厳重注意されると思いますが」

「…………かなりアグレッシブだね。まあこの世界の事情を鑑みれば仕方ない部分もあるけど、ちょっと怖いしあまり無茶をすると冗談抜きで逮捕されるから程々にしてほしいかな」

「そうですね。私としても学校から犯罪者が出るのは嫌ですし、何よりも拓真さんにご迷惑が掛かるので早急に止めて欲しい所です」

 いや、本当に桜ちゃんの言う通りだよ。俺と会いたいがために人生を棒に振るとか笑えないし、もっと自分を大事にしてほしい。未来ある若者なんだしこの先を見据えて冷静な判断をして欲しい所だ。

 とはいえこのまま傍観しているのも気持ち的にスッキリしないし何か出来ないだろうか?未成年だからお店に飲みに来る事は出来ないし、学校に気軽に遊びに行けるわけもなく。うーん……、今度理事長と桜ちゃんのクラス担任の桜川さんがお店に来た時にでも相談してみよう。

 一応の結論を出したので仕事を再開しようとしたんだがふとある疑問が頭に浮かんだ為グラスに伸ばしかけた手を止める。

「色々とあったみたいですけど桜ちゃんは大丈夫でしたか?友達や先輩に何か言われたりしませんでした?」

「ボランティア清掃に参加した人達は口が固いみたいで私と拓真さんが仲良くしていた事は秘密にしてくれています。なので紹介して欲しい、今度会う機会を設けて欲しい等々は今の所言われていません。もしお願いされてもお断りしますのでご安心下さい」

「はい」

 最後の言葉を笑顔で言っていたが断固とした決意を感じる。恐らく誰が相手だろうが臆することなく断るんだろうな。それが俺の事を思っての行動だからとても有難いんだけど少し恐ろしくもある。ただまあ桜ちゃんは確りしているから程々の所で手を打つだろう。たぶん、きっと、おそらく。

「しかし桜ちゃんの友達や先輩が変な勘違いをしていないようで良かったよ」

「と言いますと?」

「もし俺と桜ちゃんが恋人だと思われていたら嫌だろうし、変な勘繰りとかされて大変な目に合うかもしれないからただ仲が良いだけに見られていて安心しました」

「恋人……。異性とお付き合いする事ですよね」

「そうです。一般的には告白して交際をする形ですね。もしかして聞いた事が無かったりしますか?」

「いえ、物語の中で何度も出てくるので言葉自体は知っていますが、あまりにも現実味が無いので一瞬ポカンとしてしまいました。すみません」

「気にしないで大丈夫ですよ。それよりもこの世界では男女交際は普通では無いのですか?」

「私が知る限り男性とお付き合いをしている、もしくはしていたという方は一人もいません」

「それじゃあ結婚する場合は恋愛結婚ではなくお見合い結婚になるのでしょうか?」

「ほとんど政略結婚になります。一般家庭に男性が居る場合は政財界の大物や名家、旧家などのお金と権力を持っている家や女性達が何も不自由させない生活を提供するので結婚して下さいとお願いする形ですね。上流階級や特権階級の家庭に男性が居る場合は家を更に発展させるために相手を選んで結婚する形になります」

「なんというか中世まで時代を遡った様な事をしているとはちょっと驚きです。そんな感じであれば一般女性が結婚するチャンスなんて皆無じゃないですか?」

「ほぼゼロですね。もしかしたら奇跡が起きて結婚できる可能性も天文学的な数字になりますがなくはないですが、まあ無理ではないかと」

「夢も希望も無い……。俺としては恋人になってお互いの事を深く理解し合ってから、結婚した方が幸せになれると思うんですよね。いきなり結婚だったらどこかで必ずあれ?なんか思っていたのと違うという事態が起こりますし。なにより彼女とイチャラブしたいし、砂糖を吐き出す程甘い生活を送りたいですから。彼女が出来たら色々とやりたい事もありますし」

 例えば膝枕とか、あーん♡してもらったり、あとは一緒にお風呂に入ってイチャイチャしたり、彼女が身体を押し付けながら甘えてきてよしよしって頭を撫でてあげつつキスしたりさ。もうねヤリたい事が盛り沢山なわけですよ。勿論恋人とドロッドロになるほど蕩けるエッチもしてみたいしさ。

 …………まあ全部彼女いない歴=年齢の童貞野郎が垂れ流している妄想なんですけどね。だが、夢を見たっていいじゃないか!もしかしたら理想を体現したような彼女が出来るかもしれないし、その時の為に今から予行練習していると思えばいいんだよ。どこかに可愛くて美人でおっぱい大きくて、性格も良くて俺に尽くしてくれる女性はいないだろうか?あっ、あとちょびっとエッチだとなお最高です。

 お前の頭の中はピンク色か!って突っ込まれそうな妄想を垂れ流していたが、桜ちゃんがその間一言も発していないのに気が付いた。もしかして何かあったのかなと桃色空間から離脱して桜ちゃんに視線を向けてみる。

「拓真さんと恋人。毎日お世話をしてあげられるし、いつも一緒に居られますね。お風呂でお背中を流してあげたり、夜にはキ、キスしたりそれ以上もしてしまうのですよね。拓真さんはこの世界の男性とは違って性欲もあるでしょうし私で満足させられるでしょうか?身体には多少自信がありますからそちらは問題無いとして、夜伽に関してはある程度の教育、訓練を受けていますが些か不安が残りますね。もし失敗して気持ちよく出来なかったら幻滅されそうですしもっと技術を学ぶべきかしら?」

 あー……その、妄想に浸っていらっしゃいますね。俺も人の事を言えた義理では無いけどかなり踏み込んだ所までいってらっしゃるみたいで。前半は可愛らしいし分かると思っていたが後半は完全にエッチに関する事ばかりになっているんだけど。というか桜ちゃん夜伽の教育や訓練を受けているんだ。まあ、いざことに及んだ際にマグロだとお話にならないし、財閥の子女だからそう言った性教育も義務の一環として受けているのかもしれない。少なくとも童貞の俺よりも技術はあるだろう。

 女性を満足させられないとか男の沽券に関わるしも研鑽を積まなければいけないな。燃え上がる決意を胸に精進しようと誓いを立てた所で現実に戻ってきた桜ちゃんから声を掛けられる。

「こほん。大変お見苦しい姿をお見せしてしまいすみませんでした」

「気にしないで大丈夫ですよ。高校生なら恋人としてみたい事も沢山あるでしょうし、たまに我を忘れてしまう時もあるでしょうから」

「うぅ、お恥ずかしい限りです。――あ、あの。拓真さんも恋人が出来たらしてみたい事があるんですか?」

「いっぱいありますよ。デートをしたり、一緒にショッピングに出かけたりとか色々とやってみたい事はあるんですが残念ながら一度も実現していませんけどね」

「それは私も同じなので安心して下さい。というよりもこの世界で彼氏がいた女性なんて存在しませんから気になさる必要は無いですよ」

 まあそうなるよな。真面目な話そこら辺に歩いている人全員彼氏無し、未婚で処女なんだから世界の危機に直面しているのは間違いない。だからと言って手当たり次第に付き合ったりSEXするようなガツガツした男は居ないから結局はどうにもならないのだろう。一応国も対策は取っているのだろうが功を奏していないというのが現実だ。俺が死ぬ前に起死回生の妙案が生まれて少しでも男女比率が改善すれば良いんだけど。

「とはいえそう簡単にはいかないんだろうな」

「えっと、何がでしょうか?」

「あぁ、すみません。ちょっと考え事が口に出てしまいました」

「そうでしたか。私にできる事があれば協力しますので何かあれば言って下さいね」

「有難うございます。……本当に桜ちゃんは確りしているし気も利く女の子ですね。良いお嫁さんになれますね」

「お嫁さん…………。これは近いうちに結婚出来るという伏線?となれば今まで以上に花嫁修業を頑張らないといけませんね。高校も皆さんには悪いですが寿中退させて頂くことになりますし、近日中に挨拶した方が良いのかしら?」

 ヤバい。桜ちゃんがまたしても妄想の世界に入りかけている。急いで現実に引き戻さなければいけないが気になる事が一つだけある。寿退社なら聞いた事があるが寿中退とはこれ如何に。いや、意味は分かるんだよ。学生結婚したから中退しますって事だしそれは良いんだ。ただ理解はしていても結婚とは縁遠い生活を送っていたから脳が中々納得してくれなかっただけ。

「桜ちゃん、一旦落ち着きましょうか」

「すみません、拓真さんに良いお嫁さんになれると言われてつい未来を想像してしまいました」

「うん、それは構わないですよ。素敵なお嫁さんになりたいというのは女の子なら誰しもが思う事だろうしね」

「はい。私もいつか拓真さんと……」

 言葉の続きは声が小さくて聞き取れなかったが桜ちゃんに尋ねる必要は無いだろう。俺もいつかはと考えているし、今ここで下手に気を持たせるような真似は野暮と言うものだ。

 さて、なんだかんだで結構話し込んでしまって時間も押している事だし仕事をしよう。少しペースを上げて作業をしなきゃ小百合さんと千歳さんが出勤してきてしまう。彼女達に俺の仕事を手伝わせるのは申し訳ないし気合を入れてやろう。

 人間追い込まれればいつも以上に力を発揮するものでなんとか予定通りの時間に開店準備を終わらせることが出来た。桜ちゃんのお手伝いはここで終了となるのでお見送りする事にする。

「今日もありがとうございました。気を付けて帰って下さいね」

「はい。拓真さんもこの後のお仕事頑張って下さい。それではお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 別れの挨拶を済ませた後お店に戻るとスタッフルームに行き椅子に座って一息つく。誰もいない静寂に包まれた空間を昔は好んでいたし心安らぐ時間だったけど、今では寂しさが胸に去来するだけだ。それだけ彼女達と一緒に過ごす時間が当たり前になっているという事なのだろう。昔の俺に現状を伝えても絶対信じないだろうな。美少女と美人に囲まれた生活を送っているなんて想像もしないだろうし、妄想も大概にしろって怒られそうだ。とういうかそもそも並行世界に朝起きたら来ていたという事自体与太話だしな。お前はラノベの主人公かっていうツッコミを入れられても確かにと言うしかない。

 ただこの世界での生活も悪くないし、楽しいから心配しなくても良いよとだけは言いたいかな。あとはそうだな……。両親や叔父さん、友達とは一生会えなくなるかもしれないから一杯親孝行して、友達にも別れの挨拶をしておいた方がいいとも伝えたい。お世話になった人に挨拶も出来ずに一生の別れになるのは大きな悔いが残るし、それを死ぬまで抱え続ける事になるんだから。

 ――父さんと母さんに会いたいよ……。厳しいけど俺の事をいつも一番に考えていた父にも、溢れる愛情と優しさで俺も見守ってくれた母にも二度と会う事が出来ないなんて……。あぁ、駄目だ。これ以上考えると……涙が止まらなくなる。うぅっ……、ぐすっ……、ぐすっ……。

 知らぬ間に頬を伝っていた雫は止まる事無く流れ続ける。まるで心の澱を洗い流すかのようにとめどなく流れ続ける。それは今まで溜め込んでいた感情や思いの発露だったのかもしれないし、ただ感傷に浸っていた為に起きた生理現象だったのかもしなれない。静かな部屋ですすり忍び泣く声だけが響くはずだったが、不意に両側から優しく包み込む感触が伝わってくる。それと同時に慈愛に満ちた声が耳朶を打つ。

「今は何も気にせずに沢山泣いて下さい。私達が何時までもお傍に居ますから」

「男の人だからって泣くのを我慢する必要はありません。どうか今だけは気の済むまで泣いて下さい」

「ぐすっ……、ぐすっ……、うわぁぁぁ~」

 話しかけてきた声で分かったが横から抱きしめてくれているのは小百合さんと千歳さんだった。二人の優しさと気遣いに感謝しつつひたすらに泣き続ける。

 どれだけ泣いていたのか分からないがすっかり涙も枯れ果ててしまった。五分なのか十分なのか、もっと長い時間なのかは分からないがようやく気持ちも落ち着いてきたので俯いていた顔を上げる。

「すみません、有難うございます。大分落ち着きました」

「何かお辛い事でもあったんですか?私でよければお話を聞きますよ」

「両親の事を考えていたら寂しくなって泣いてしまいました。いい年して情けない姿を見せてしまい申し訳ありませんでした。お店に来たらいきなり泣いている人が居て驚いたでしょう?」

「情けなくなんてありません。拓真さんの境遇を考えるとご両親の事を想って涙を流すのは自然な事ですし気になさる必要は無いですよ。――それと確かに少しだけ吃驚しましたがそれよりも心配になりました。何かあったのかなと」

「ははっ……、色々とご心配をおかけしてすみませんでした。でももう大丈夫です。大泣きして気持ちはスッキリしましたし、少しは感情の整理がついたので」

「そうですか。でも無理だけはしないで下さいね。拓真さんには私達が付いていますし、辛い事や悲しい事があったら遠慮なく頼って下さい。喜びも悲しみも分かち合いたいんです」

「分かりました。今後は皆さんに頼らせてもらいます」

「はい」

 本当に小百合さんと千歳さんには頭が上がらないな。何度も言っているがいくら恩返しをしても足りないくらいだ。一生を掛けても返しきれないだろがそれでも俺に出来る事で頑張っていかないとな。

「さて、営業時間も近いですし気持ちを切り替えて仕事をしましょうか」

「「はい。今日も一日よろしくお願いします」」

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