表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/79

第五十四話

 休日も夕方に差し掛かりそろそろ夕ご飯の支度をしなければいけない時間だが、俺は端末を弄りながら届いたメールをチェックしている。普段メールのやり取りをする相手は決まっているし、フォルダ分けしているので届いたらすぐに確認するのだが今見ているのは俺が住んでいる区や市が自動配信しているメールだ。最初の頃は情報収集も兼ねて毎日確認していたがそれも昔の話。今では毎週末に適当に流し見るだけになっている。それだけこの世界について詳しくなったという事でもあるが、単純に面倒臭いというのもある。そんな感じで結局週一で確認する今のスタイルに落ち着いたわけだ。

 今日の夕飯当番の透香さんと桜ちゃん、千歳さん達が料理している後姿を見つつ最後の未読メールを開く。内容は今月末にフリーマーケットが開催されるので是非ご参加くださいというものだった。フリーマーケットで売っている物は玉石混交でかなりの低確率になるが掘り出し物もあったりするし、ハイクオリティな自作品もあったりするので中々に面白い催し物となっている。お値段も数百円から高くても千円前後で買えるのでもし思っていたのと違うなとなっても財布へのダメージが軽いのも嬉しい点だろう。

 しかしフリーマーケットか……。二回ほど行った事があるが結構楽しかったし、この世界ではどういう感じなのかも気になるから一度行ってみるのも良いかもしれないな。丁度開催日が休日の二日間だし、夕飯を食べながら聞いてみるとするか。

 今日の夕飯は豚カツときんぴらごぼう、小松菜と油揚げの煮びたし、野菜サラダ、大根の味噌汁となっている。どれもこれも美味しそうで食欲をそそるし早く食べたいが、皆が集まるまでもう少し待たねば。

 数分して全員が席に着いた所で手を合わせていただきますをした後食事を始める。

「さっきメールを確認した居たんですが今月末にフリーマーケットがあるみたいですね。皆は知っていましたか?」

「私は仕事の関係上耳にはしていました」

「私も学校で案内があったので知っています」

「そうなんですか?初耳です」

「そういえば駅の掲示板にポスターが貼ってあったような気もしますが、もしかしたらフリーマーケット開催についてだったのかしら?」

「言われてみれば確かにありましたね。あまり興味が無かったので忘れていました」

「行政からのメールは殆ど見る事が無いので初めて知りました」

 菫さんと桜ちゃんは知っていたが、他の人達は初耳だったのか。まあ興味が無ければそんなものだろうな。かく言う俺もさっきメールを見るまで知らなかった訳だし。――それはそれとして行くかどうか予定を聞かなきゃな。

「それでですね、俺としては一度行ってみたいなと思っているのですが、皆さんの予定はどうでしょうか?空いていれば一緒に行きたいなぁなんて」

「「「「「「何も予定は入っていないので一緒に行きます」」」」」」

「そ、そうですか。それなら今月末は皆で行きましょう」

 異口同音に食い気味で言ってきたので少し驚いてしまったが、全員参加という事でOKだな。自分で言っておいてなんだが皆それなりに忙しいはずなのにこうしてスケジュールを空けてくれるのは有難い限りである。――スケジュールで思い出したけど聞きたい事があったんだ。

「……そういえば出店って誰でも出来るんでしょうか?」

「区に申請すれば誰でも可能だったはずです。ただスペースの関係上出店数には限りがあるので、申請順に許可が下りて規定数に達したら終わりだったと思います。うろ覚えなので正確では無いかもしれませんが」

「そういう感じだと今からでは間に合わなそうですね。開催まで二週間を切っていますし」

「拓真さんは出店したいとお考えなのですか?」

「はい。箪笥の肥やしになっている服とか、使っていない小物が結構あるので処分したかったんですが丁度良い機会なのでフリーマーケットで売れたらなと思いまして」

「うーん……、男性が出店するとなれば諸々の問題が出てきますし、もしかしたら許可が下りないかもしれません」

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら菫さんが難しいと口にする。ここでも男という事が足枷になってしまうのか。何をするにも、どこに行くにも必ず付いて回る男だからという問題はこの世界で生きる上で避けては通れないだろう。はぁ~と溜息を吐きたくなるが雰囲気も悪くなるし止めておいた方が良いだろう。一度深呼吸をしてから気持ちを切り替えてから菫さんに話しかける。

「取り敢えずはダメもとで申請したいと思います。もし許可が下りなかったら諦めれば良いだけですしやって損は無いかと」

「そうですね。どうなるかは分かりませんがやるだけやってみましょう。そうと決まれば拓真さんのお部屋の整理をしてどれを商品として出すかを決めなければいけませんね」

「平日は仕事で時間が取れないので来週末に整理して決めたいです。あとは、不用品だけだとなんか味気ないので目玉になる物があった方が良いですよね?」

「確かにそう言うものがあった方が集客は見込めます。ただ同じような事を考えている人も多いと思うので競争が激しい事が予想されますが多分大丈夫でしょう」

 やはりみんな似たような事を考えるんだな。となると奇をてらった物にするか、女性受けする可愛らしい物にするか、はたまた男らしさ全開の無骨なものというのも有りと言えばありだな。ただ問題は開催まで二週間を切っているという点だ。時間が無いので数を用意することは出来ないし、手間がかかるものも駄目だ。一瞬お店から買ってきてそれを売るという方法を思いついたがフリーマーケットでそれはアウトだろう。

 …………どうしよう。なんにも思いつかない。こういう時は他の人の意見を聞いてみるに限る。という事で何かいい案が無いか聞いてみる事にした。

「目玉商品を何にしたらいいか悩んでいるので、これがいいんじゃない?というのがあれば是非教えて下さい」

「お客さんは女性ですからやはり女性が喜ぶ物が良いのではないでしょうか?――例えば拓真さんの着古したトレーニングウェアとか、Tシャツ等は老若男女問わず大喜びだと思います」

「ちょっと雪音。それは絶対に駄目よ。もしそう言うものを出品しようものなら戦争が起きてしまうし値段も青天井になって収拾がつかなくなるので許可できません」

「菫の言う通りだけど目玉商品としては申し分ないでしょ?」

「そうだけど……、色々と問題があるので他のにしましょう」

「それなら手作りの物はどうでしょうか?例えばあみぐるみですと用意する道具もセットで売っていますし、大体五~八時間で一つ作れるので二日に一個のペースでも六つは用意できますよ」

 透香さんが結構具体的な提案をしてくれたが、中々良い感じではないだろうか。そこまで労力もかからないし、なにより暇な時間で作業を進められるというのも良い。ただ一つだけ問題がある。

「透香さんの案はとても魅力的なのですが編み物を一度もした事が無いんです。手先は器用だと思いますが初心者でも透香さんが言ったペースで作る事は可能ですか?」

「大丈夫ですよ。慣れるまで私が手取り足取り教えてさしあげますから。もし時間的に厳しい場合はある程度作業を分担して作れば拓真さんの負担も軽くなると思うので問題ありません」

「そう言う事なら大丈夫かな。それじゃあ透香さんの案を採用してあみぐるみを目玉商品としたいと思います。となれば早速道具や材料を買ってこないといけないですね。――編み物用品ってどこに売っているんだろう?」

「街にある手芸店で全て揃えることが出来るので明日にでもご案内しましょうか?」

「それは助かります。それじゃあ明日の午後から買い物に行きましょうか」

「分かりました」

 こうして人生初の編み物に挑戦する事になった。不器用では無いので何とかなるとは思うが、多少心配ではある。さて、時間もないしどうなる事か。

 ――そんな事を思っていたがいざやってみるとかなり面白いし、少しづつ形になっていくのが達成感があってとても良い。何より透香さんの教え方が上手で少し手が止まると「どこか分からない所がありましたか?」って聞いて来てくれるし、ゆっくりと手本を見せてくれるのでとても分かり易い。そして教えて貰う際に身体をピッタリと寄せてくるので、おっぱいやら太ももやらがギュムッて押し当てられてやる気と色々な所の血流が一気に最高潮に達したのも要因としてあるだろう。ふわふわでマシュマロみたいに柔らかいおっぱいと、スラッとして華奢な脚なのに絶妙に肉感もあって包み込むような太ももの感触を今でも鮮明に思い出せる。座りながらの作業だったのでお腹に付くくらい大きくなったムスコを見られなかったのは不幸中の幸いだったな。……いや、ある意味不幸な人達がいたか。透香さん以外の女性達が嫉妬の混じったジト目で先生である透香さんを見ていたな。それに対してドヤァって擬音が付きそうな顔で見返していたけど、それでも険悪な雰囲気にならなかったのは女性達の仲が良いからだろうな。なんだかんだで休憩中とか楽しそうに話していたし。

 とまあそんな事もありつつ、毎日コツコツと作業を続けて最終的に製作したあみぐるみの数は十個となった。最後の方は透香さんにも手伝って貰ったので全て俺一人で作った訳では無いが問題無いだろう。張り切ってしまった結果予想よりも多くなってしまったが全部売れるかな?もし余ったら美穂、凛、友香達幼女にプレゼントすればいいか。よし、売れ残った場合の事も考えたし後は当日を待つだけだな。

 そうして二日が経ちフリーマーケット開催日当日を迎えた。先週末に出店の申請が通ったと連絡があってホッとしたのを今でも思い出せる。もし許可が下りなければそれまでの準備が全て無駄になるし、皆にも迷惑を掛ける事になるから本当に良かったよ。

 そんな感じで無事出店も出来る事になったが、今日は午前中は販売をして午後からみんなで見て回る予定でいる。開催日が二日あれば分けることが出来たんだけど一日だけなので午前と午後で分けた形だ。――全員で開催場所である自由広場へとやってきたが、まだ始まっていないのにかなり混雑している。そんな様子を見ながら端末に表示されている俺達の出店スペースを確認する。

「俺達の場所はここから少し離れた所ですね」

「そのようですね。もう少しメインストリートに近い場所だと便利だったのですが」

「ですよね。まあ申請したのが結構ギリギリだったので仕方ないかなと思ってはいますが。……取り合えず荷物も置きたいですし行きましょうか」

「はい」

 雪音さんと話しつつ宛がわれたスペースへと歩いて行く。辿り着いた場所は閑散としており周りには出店者の影も形も無い。俺達だけがポツンと居るだけ……。先程目にした賑わっている光景は夢幻だったのだろうかと思う程静かだ。

「な、なんというか静かでいいですね。ここなら拓真さんが目立つ事もありませんし、皆でゆったりと過ごせるのではないでしょうか」

「そうですね。前向きに考えましょう」

 桜ちゃんがさり気無くフォローしてくれたが、正直お客さんが来る確率はほぼゼロだろう。お店も多くて賑わっている方へ行かずに閑散としているこちらに来るもの好きはそうそういないだろうからな。ただまあ、後ろ向きに考えても仕方ないし桜ちゃんが言っていたように皆でゆっくりと過ごせると思えば悪くはない。

「それじゃあ準備をしましょうか。まずはシートを敷きましょう」

「それではその間に私は商品を出しますね」

「お願いします」

 俺と透香さん、千歳さんで大きなシートを地面に敷いて固定する。その間に雪音さん達が商品を取り出して確認した後、どんどんとシートの上に並べていく。俺だったら手に取ったものから適当に置いて行くが、雪音さん達は見栄えやバランスを考えて置いている。こういう細かい所にも気が付くのは女性らしさを感じるな。俺も客商売をしているんだから出来て当たり前なんだろうけど、どうしても仕事以外だとズボラになってしまう。悪癖だと分かってはいるんだけど中々直すのも難しくて未だに改善できないでいる。これは今後の課題だなと思いつつ、女性達を見習って俺もそれっぽく商品を並べていく。

 大体二十分くらいで全ての準備が終わったので一旦休憩。

「拓真さん、お茶にしますか?それともスポーツドリンクにしますか?」

「スポーツドリンクでお願いします」

「はい、どうぞ。冷えていますので一気に飲まないようにして下さいね」

「分かりました。有難うございます」

 小百合さんから飲み物を受け取って喉を潤す。動いて火照った身体が少し冷えて楽になった。しかし春なのに今日は結構暑いな。動いていたからというのもあるし、快晴で太陽がギラギラしているのもあるだろう。こりゃスプリングコートを着てきたのは間違いだったかも。ジッとしていれば少しは涼しくなるだろうが一旦脱ごう。

「コートをお預かりしますね。後ろのカバンに仕舞っておくので寒くなったら着て下さいね」

「すみません、お手数をお掛けします」

「いえ、お気になさらずに」

 すぐに気が付いた千歳さんが俺のコートを持って後ろに下がる。もうね、本当に気が利きすぎて逆に申し訳ないくらいだよ。当意即妙とはこの事を言うのだろうな。まさに女性らしさの塊みたいな人だよ。あっ、勿論千歳さんだけではなく他の女性達も物凄く気が利くし配慮が出来る素晴らしい女性だからお間違え無く。

 彼女達について少し考え事をしている内に開始時刻になったらしく離れた場所では大いに盛り上がっている。沢山のお客さんが色々なお店を見ているし、実に楽しそうだ。翻ってこちらは閑古鳥が鳴いている状況だ。何もする事が無く暇なので他愛無い話をしながら過ごす事数十分経った頃だろうか。こちらに母娘が向かってくるではないか。もしや初めてのお客さんか?とソワソワしながら待っていると小学校低学年くらいの子供が目の前で立ち止まり俺を見て静止した。お母さんも目を丸くして子供と同じように固まっている。

 何時もの事なので気にせずに初めてのお客様に声を掛ける。

「いらっしゃいませ。ご自由に見て行って下さい」

「…………あ、有難うございます」

「ありがとうございます」

 お母さんがフリーズから復帰するまで少しの時間が掛かったが無事戻ってこれたようで何より。お子さんの方は興味津々と言った感じで並べてある商品を見ている。不用品ばかりを置いているので子供が喜ぶような玩具や子供服などは無いので少し申し訳なくなるな。

 真剣な表情で物色している母娘を見ながらそんな風に考えつつ様子を眺めていると、子供が端の方にぽつんと置いてある俺が作ったあみぐるみを見つけたらしく目を輝かせながら手を伸ばす。

「わぁ~、可愛い!くまさんがおすわりしているお人形さんだぁ~!」

「あら、可愛いわね。これは……あみぐるみかしら?とてもよく出来ているし、丁寧な作りだわ」

「お褒めの言葉有難うございます。頑張って作った甲斐がありました」

「「えっ!?」」

「えっ?」

 俺の言葉に驚いた表情を浮かべながら母娘揃って疑問符を浮かべているが変な事を言っただろうか?普通にお礼を言っただけだよな。もしかして知らずに失礼な事をしてしまった可能性もあるが思い返しても何も浮かばない。こうなったら近くにいる菫さんに聞いてみようと腰を浮かせたとき目の前に居るお母さんが話しかけてきた。

「聞き間違いかも知れないのでもう一度確認させて頂きたいのですが、このあみぐるみは貴方の手作りなのでしょうか?」

「はい、そうです。初心者なので作りが甘かったり、雑な部分もあると思いますがその辺はご容赦願います」

「ほ、本当に男性の手作りなんですね。まさかフリーマーケットで奇跡に出会えるとは思っていませんでした。本当に神に感謝です」

「このお人形さん、おにいさんがつくったんですね。ふわふわでとっても可愛くて大好きです」

「おっ、そうか~。気に入ってくれたようでなによりだ。くまさん以外にもネコさんやパンダなんかもあるから見てみる?」

「はい。みたいです」

「ちょっと待っててね」

 一旦後ろに下がって段ボールを持ってくると、女の子の前に次々に並べていく。製作した十体全て種類が違うのでどれか一つは琴線に触れるものがあると良いな。

「わぁ~、全部種類がちがうんですね。このうさぎさんも可愛いし、イルカさんも可愛い。どれにしようか迷っちゃうな~」

「決めるのはゆっくりでいいからね」

「はい、ありがとうございます」

 ニコニコ笑顔で答えてくれたが滅茶苦茶可愛いな。子供ならではの愛らしさと、純粋無垢な感じが俺の心を癒していく。凛達幼女とはまた違った魅力があるし、小さい子も最高だな。

 こういう事を言うとすぐにペドフィリアだロリコンだと騒ぎ立てる人達がいるが、俺は断じてそう言った性癖は持っていないと何度でも言おう。……これで問題になる事は無いだろう。たぶん、きっと、おそらく。――誰に対して弁明しているのか自分でも分からないが、取り敢えず大丈夫なはずだ。

 ちょっと思考が逸れてしまったので一度軌道修正をするために一度深呼吸をして気持ちを切り替える。丁度そのタイミングでお母さんがかなり聞きづらそうな表情を浮かべながら俺に話しかけてきた。

「あの、あみぐるみのお値段はお幾らなのかお聞きしてもよろしいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。どれも一つ五百円になります」

()()()()ですか。男性の手作りと考えると大分安いですが私の分と、娘の分で合計一千万円。貯金を切り崩せば買えるけど、今後の生活が苦しくなるし……。でもこの機会を逃すと二度と手に入れる事は出来ない。んー……」

 物凄い真剣な表情で考えている所大変申し訳ないがお母さんは重大な勘違いをしている。それを訂正せねば冗談抜きで一千万払って、モヤシ生活を送る事になってしまう。早急に勘違いを正そう。

「値段なんですが一つ五百万ではなく五百円です。五百円です」

「えっと……本当ですか?」

「はい、間違いないです」

 唖然とした表情で固まっているが、これでも俺は高いと思っている。正直二百円程度でいいんじゃなかと思うが透香さんに流石にそれは安すぎますと言われたので、今の値段にしたんだよな。だからお母さんに伝えた値段で間違っていない。

「男性の手作り品がワンコインで買えるなんて信じられません……。えっと、それでは私と娘の分で二つ買いたいのですがよろしいですか?」

「はい、お買い上げ有難うございます。袋に入れるので少々お待ち下さい」

 この為に用意した紙袋に商品を入れてお母さんに手渡す。

「有難うございます。このあみぐるみは家宝として大切にします」

「お兄さん、ありがとうございます。凄く可愛いくて大好きなのでともだちにじまんしますね」

「あはは、そう言ってくれて嬉しいけど程々にね」

「うん」

「何時までもお邪魔していたら他のお客さんの迷惑になるしそろそろ行きましょうか」

「えー、もっとお兄さんとおはなししていたい!」

「我儘を言ってはいけませんよ。お兄さんに嫌われても良いんですか?」

「それはイヤ。――う~、もっと一緒にいたかったけどあきあらめる」

 涙目になりながら残念そうにつぶやく姿を見て、自然と手が女の子の頭に伸びて優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細めているし、嫌では無いようで良かった。

「お母さんの言う事を聞けて偉いね。そんな良い子にご褒美を上げよう。一個だけ何でもしてあげる」

「やったー!それじゃあ、えっとね…………、抱っこしてほしいです」

「よしきた。今から持ち上げるからじっとしててね。――よいしょっと」

「わー、高い。それに遠くまで見える」

「怖くない?もし怖かったら俺に引っ付いて良いからね」

「ちょっとこわいからくっつきます」

 言うが早いか女の子がぴとっと引っ付いてくる。子供特有の高い体温と共にミルクの様な甘い香りが鼻孔を擽る。小学校低学年だと抱っこするのは少し大変かなと思っていたが、想像よりかなり軽くてこれなら腕がプルプルしてすぐに下す事にはならないだろう。

 キャッキャッと喜んでいる女の子と少しお喋りをしながら過ごした後、名残惜しいがお別れとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ