第五話
入院生活と言うのは退屈かと思いきや存外楽しかったりする。トレーニングしたり、雑談したりと言った事に始まり俺が居た世界とこの世界での違いを勉強したり等々割とやる事があるんだ。特にこの世界についての勉強は本当に助かっている。転移してから数日ネットを使って調べただけでは分からない細かい所まで教えてくれるので感謝しかない。それらを踏まえて改めて考察するとこの世界――面倒だからA世界線とし、元居た世界はB世界線と呼称する。A世界線はB世界線に比べて百年は科学技術が発展しており、自動運転は当たり前でAIによるサポートは日常生活から仕事に至るまで多岐に渡り採用されている。更に出生時に貸与される小型端末にはあらゆる生活を送る上で必要な機能が網羅されており、公的な身分証明書も兼ね備えているという優れもの。ちなみに現金は滅多に見るものでは無くそれこそ銀行か特殊な売買をする時にしかお目に掛れないのだとか。では、支払いはどうしているのか?というと全て電子マネー決済だ。例の小型端末をサッと翳すだけで終わってしまう。これはB世界線でもよく見る光景だったがその規模が違うし、場所によっては端末を持っているだけで自動でスキャンして支払いを完了してくれるんだとか。あぁ、それと特に凄いのが医療関係なんだよ。基本的には端末に搭載されているAIにより体調管理がされているのであまり病院のお世話になる事は無いが、何かしらの病気になったり怪我をした場合程度にもよるが一週間から長くても二週間程度で退院出来る。これはナノマシン技術の驚異的な発達とAIによる高精度診察が可能になったからであり、B世界線では考えられないよ本当に。そう言った技術の恩恵は主に医療関係に集中しているが当然そこには美容関連も入る。アンチエイジング技術の発達は目を見張るものがあり、実年齢と見た目が全く一致しない等当たり前で七十を超えているのに外見は二十後半という意味不明な事が当たり前だったりするんだ。じゃあ、肉体はヨボヨボかというとそんなことは無く、これまたアンチエイジング技術で十代後半から二十代前半の身体を維持できるというね。雪音さんから話を聞きながらポカーンとしてしまったのは仕方ないと思う。
その他にも驚いた要素は語り尽せないくらいあるが、ここら辺で止めておこう。
そうそう、なぜこんな話をしたかと言うと俺の退院が間近に迫っているからだ。この病院に運び込まれてすぐの時に菫さんから俺の処遇について上層部で話し合うって言っていたがその結果が出たらしい。長い話になるのでお昼休憩を挟みつつになるみたい。っとそろそろ時間だなと時計を見たタイミングで扉がノックされてゾロゾロと人が入ってくる。てっきり菫さんと雪音さんの二人だけだと思っていたけど男性フロアで働く五人の女性も一緒だ。こんな事は初めてなので何となく緊張してしまう。
「お待たせして申し訳ありません。今回は重要な話なので彼女達にも同行して貰いました。今後の事もあるので」
「分かりました。では本日はよろしくお願いします」
雪音さんが何故他の人達を連れてきたのか説明してくれたが、今後の事というのが気になる。恐らくだが今後のメディカルチェックを我々が一任するのでその確認とかだと思うけど……どうなんだろう?そこはかとなく不安になりつつも一歩前に出てきた菫さんを見る。
「まずは、拓真さんの今後についてお話させて頂きます。――国籍については日本王国のものを退院の日に合わせて付与されます。それに付随して各種保険や諸々の優遇措置も適用され、電子身分証明書も同日に発行します。また、国有地に無断で建築物を建てた件については不可抗力とし、不問となりました。ここまでで質問は御座いますか?」
「いえ、ありません」
「分かりました。続きましてbarの営業許可ですが、こちらが提示する条件を承諾して頂ければ許可が下ります。その内容ですが、一:広告や宣伝などの一切を禁じる。二:barに関するあらゆる情報を軍警察が統制・管理する。三:警護・警備の人員を必ず置く。四:来店客は軍警察が素性を調べて問題無いと判断した者のみとする。以上が条件となります」
これは……かなり厳しい。というかお店としてやっていけない。一番の問題は広告や宣伝を一切打てない点と、お客様が限定されてしまう点だ。客商売である以上多くの人にお店に来てもらわなければ売り上げが立たないし、たくさんのお客様に来てもらうには広告や宣伝をしなければいけない。これが禁止されるのは致命傷だ。更には軍警察がお客様の素性を調べて篩に掛けると言うのも頂けない。それをすると限られた人しか来店する事が出来ず、また貴重なお客様も毎日飲みに来るわけではない。そうなると売り上げが微々たるものにしかならず、即経営難に陥り閉店の道を辿るだろう。
何にしろ一と四は飲めない。
「お店を経営する上で一と四はあまりに厳しすぎます。どんなに優秀な経営者でも潰れてしまいますよ」
「まず一の広告や宣伝等の一切を禁じるについてですが、男性が働いている――しかも接客業となれば日本王国中の女性が殺到するでしょう。そうなれば収拾がつきませんし拓真さんの安全も確保出来ません。基本的には来店客の口コミで広がっていく形が最善だと考えます。次に四に関してですが犯罪者や前科がある者、何らかの危険な思想を持っていたり、男性を妄りに襲うような女性は拓真さんを守る為にも事前に弾かなくてはなりません。こちらとしてももう少し譲歩したいのですが、有識者とAIが様々な検討をした結果なのでどうか承諾して頂けないでしょうか?」
確かに菫さんの言う通りではある。反論の余地もない。二や三についても俺の安全確保を考えれば当然とも言えるだろう。……口コミでどの程度お客様が来てくれるかは分からないが、数人で打ち止めという事は無いだろう。そもそも男性がバーテンダーをしている事自体非常に珍しいんだし話題性もある。一目見てやろうと来る人もいるだろうし何とかなるのか?うーん、ここで断れば俺の夢が立たれてしまう訳だし吞むしかないか。逆境に立たされた時こそチャンスだって叔父さんも言っていたしな。
「分かりました。その条件でお願いします」
「有難うございます」
答えを渋っていた俺に不安を覚えたのか暗い表情だったが、OKを貰えたことによりパァーと明るい顔になる。菫さんもかなり辛い立場だろうし、悪い事をしてしまったな。後で謝っておこう。
「では、次になりますが警護・警備人員は全て軍警察から派遣します。特別警護対象保護課という課を新設しまして、所属する人間は軍警察でも選りすぐりのエリートばかりです。三百六十五日、二十四時間拓真さんをお守りしますので安心して下さいね。あっ、勿論常にお傍に居て見守るわけではありません。普段はbarの近くの住居を借りて警護・警備をします。プライベートで外出される際は離れた位置から警護する形ですね」
へぇー、一般的に想像するような要人警護とは違うんだな。とはいえ男性が性的に襲われるニュースも稀にあるし守ってくれる人が居ると言うのは心強いし安心感がある。菫さんには感謝だな。
「色々と有難うございます。いざという時一人ではどうしようもない場合もあるので本当に助かります」
「私としても拓真さんに万が一があっては遅いので、この件については上層部に強く訴えました。その甲斐があったみたいで嬉しいです」
表情を綻ばせて心から嬉しそうにする姿を見ると相当大変だったんだなという事が伺える。幾ら母親が軍警察長官だからって何でも意見が通るわけじゃないし、まだ下っ端の菫さんの具申を聞き入れない人だっていたはずだ。下手したら自分の立場すら危うくなるのに俺の為に頑張ってくれたんだから何かしらの形で報いなければいけないな。と心の中で考えていると菫さんが次の話を切り出す。
「最後になりますが、拓真さんには国から開業資金兼支度金として一億円が支給されます。こちらは後日支給される専用端末に振り込ませて頂きます」
「はっ?」
正直この世界で使えるお金を持っていないので支給されると言うのは有難いし嬉しいけど、桁がおかしくないか?開業資金も兼ねているとはいえ一億円は……ちょっとね。どこぞの週刊誌に知られれば国民の血税を無駄に使っている!なんて激しい内容の記事を書かれそうだよ。
なんにしろ金額が大きすぎるのでもう少し下げて貰えないだろうか?
「あの、菫さん。流石に一億円は額が多すぎます。お店の開店に必要な資金は大体数百万もあれば足りますし、当面の生活に必要なお金も百万円で事足ります。なので全部合わせて五百~六百万円くらいに下げられませんか?」
「申し訳ありません。この金額については国が決定した事なので私の一存では変更しかねます。それにですね、数十万では一月暮らす事も出来ませんよ?」
「えっと……物価はそこまで高くないですよね。一般女性の月の平均生活費は二十五万円と教えて貰いましたし。そう考えると余程散財しなければ数ヶ月は暮らせるはずです」
「あくまでそれは女性の場合ですね。男性の平均生活費は二百万円ほどです。なので拓真さんもそれくらい必要だと思ったのですが」
おぉう、ここでも価値観の違いが出たのか。てか月二百万とか何を買えばそんなにかかるんだよ!高級ブランド品を買ったり、高級レストランで何回も飯を食べたりしているのか?アホかって話だ。俺は食事に関してはスーパーで適当に買った物で済ませるし、服も頻繁に買い替えたりしないから月の出費なんて高が知れている。その感覚で提案したんだが……この件も俺が折れるしか無さそうだな。
「分かりました。そちらで必要と判断したのであれば従います。ですが、今までの条件が余りに良すぎます。俺が並行世界から転移した人間という特異性を踏まえても高待遇過ぎるんでは無いですか?」
「それについては私から説明させて頂きます」
菫さんと入れ替わるように今度は雪音さんが前へと出る。
「何故これほどの待遇になったのかと言うと幾つかの理由があります。まず一つ目ですが拓真さんがこの世界の男性と全く違う価値観や思想を持っている点です。特に女性に対してですね。この様な人は世界広しと言えども拓真さん以外には居ないでしょう。そして二つ目ですが、拓真さんの精液量・精子濃度・精子運動率が桁違いに高い点です。単純に言えば元気過ぎる精子を持っているという事ですね。一般男性と比較して全ての項目が七倍~十倍ほど高く、自然妊娠する確率が飛躍的に上昇します。勿論人工授精も含めて男性の精子が活発だと言うのは非常に重要な要素ですね。最後に三点目ですが拓真さんの精子と受精すると男児が生まれる確率が四十%程高まるという結果が出ています。AIを使い人種、国籍、年齢問わず数百万パターンの検証をした結果ですので間違いありません。何故その様な事になるのかは研究が進んでいないので何とも言えませんが、ただ一つ言えるのは我々日本王国民だけではなく世界に福音を齎す可能性を秘めているという事です!」
雪音さんの長い長い説明は最後にとんでもない爆弾を落として終了した。ていうか俺の精子ってそんなに元気一杯だったのか。長い事一緒に連れ添ってきたが初めて知ったよ。それに俺との間に出来た子供が男児である確率が高いと言うのはマジで謎だ。別に特殊な遺伝子や細胞を有している訳では無いし、Y染色体を持つ精子が異常に多いという事も無いはず……多分、きっと、恐らく。考えられるのは並行世界から転移した際に何かしらの影響があったとかだろうか。その謎の要素が男児出生率を高めているとかなら一応辻褄は合うような気がする。まあ、なんにせよ悪い事では無いので良しとしよう。
「そう言う事だったんですね。確かに今言われた内容を考慮すると納得です」
「それは何よりです。――ハッキリ言いまして拓真さんの価値は何にも代えられない程ですし、私達女性にとっての希望でもあります」
「分かりました。俺に出来る事は全力で取り組みたいと思います。その際は菫さん、雪音さん、そして皆さんのお力を貸して貰えないでしょうか?」
「「「勿論です!」」」
全員が少しの間もなく答えてくれた。心強い味方も居るしこれから先何があっても頑張っていけるだろ。そして彼女達の笑顔を曇らせる事が無いように行動しよう。そう決心を固めた所で雪音さんがおずおずと言った感じで俺に話しかけてきた。
「あの、ですね。拓真さんの定期健診や万が一の場合のかかりつけ病院としてここを選んでは貰えないでしょうか?あとですね……出来れば私を専属医として指名して頂ければ嬉しいです」
「それはこちらこそ願ったりです。この病院は居心地が良いですし、設備も揃っていますからいざという時にも安心できます。それと専属医の件ですが雪音さん以外考えられません。腕も確かですし、医師として信頼していますから。でも、本当に俺で良いんですか?」
「はい!拓真さん以外の専属になるつもりは一切ありません」
「分かりました。では、今後ともよろしくお願いします」
「お任せ下さい」
いざ病気になったり怪我をした時に決まった病院があるのは助かるし、専属医というのも自身の健康管理をお任せするに辺り凄く有難い。なにより雪音さんみたいな美人でおっぱいが大きくて優しい人が担当というのは何にも代えがたい。……それが最大の理由だなんて口が裂けても言えないけど。俺も男だから仕方ないよね。そう言う事にしておこう。
「しかし、大事になりましたね。個人的には軍警察に課を新設したり、一億円ものお金を貰えたり、国が動いたりと元の俺の生活からは考えられませんよ」
「それだけ拓真さんに価値があるという事です。これから沢山の女性と出会い、その中で恋をして結婚するでしょうしお相手が羨ましいです」
雪音さんがそう言ってくれるが、俺としては恋人も出来た事が無いのに結婚とか有り得ないんじゃないかと思ってしまう。幾ら男性が少ないとはいえ誰でも良いなんて事は絶対にないはずだ。人それぞれ好みがあるしさ。高収入で高学歴、家事育児も率先して手伝ってくれるイケメンと不細工で日々自堕落に過ごす穀潰しな野郎とではほぼ全ての人が前者を選ぶはず。それを踏まえると常に良い人止まりの俺はどうなるんだろうか?雪音さんや菫さんから好意は感じるが、それは男性に今まで出会った事が無いからバイアスが掛かっている結果じゃないかと思っているんだ。
まあ、そこら辺も含めて今後の俺の行動次第で変わってくる……といいなぁ。
「いやいや、こう言っては何ですが俺まったくモテませんよ。今まで女性と付き合った事ありませんし」
「えっ!?」
何故か場の空気が凍り付く。これはあれか?童貞とか小学生までだよねぇ~とか思われているパターンなのか?目の前に勢揃いしている美人さん達からそんな事を言われた日にはもう終わりだよ。あと一歩でダークサイドに落ちる所で天から救いの糸が垂れ下がる。
「拓真さんとお話しているととても楽しいですし、優しくて気遣いも出来てスタイルも良いです。それに顔もとても格好良いのに今までお付き合いした女性がいないんですか?」
「はい。よく『良い人なんだけどねぇ』とは言われます。でもそこから進展した事は一度も無いですね」
「それは女性の見る目が無いだけです。というか拓真さん程の超々優良男性なんてこの世に居ません。多分著しく感性が狂っていて、人間としてどこか欠落しているんですよ。だから気にしてはいけません」
「有難うございます」
雪音さんが熱弁を振るって擁護してくれる。まあ、女性にとっての『良い人』って人畜無害で特に魅力も感じない場合に使う体の良い言葉だからなぁ。多くの女の人に言われてきたがここでそれに反駁し、更には俺を格好良いと言ってくれる人に出会えるとは。
「雪音の言う通りです。正直拓真さん程格好良いなら女性なんて選び放題ですよ」
「マジですか?」
「はい。というかですね、国としては拓真さんには沢山の女性と結婚して子供を作って欲しいんです」
「ちょっと待って下さい。菫さんの言う通りだとこの世界では重婚が認められている事になるんですが」
「認められています。寧ろ国としてはより沢山の女性と婚姻を結んで欲しく、様々な施策を行っているんですよ。結婚可能な年齢は十二歳に引き下げられて久しいですし、一人と結婚するごとにご祝辞とし一千万円が支給されます。これは例えですが百人や二百人と結婚する事も出来ます」
十二歳で結婚とか平安時代でもちょっと珍しいくらいだぞ。というかその年齢だと精神的・社会的に自立していないし家事育児もまともに出来ないんじゃ……。ロリコンであれば大歓喜して咽び泣く事だろうが生憎俺はロリコンじゃないんでね。せめて十六歳になってから……あっ、今は十八歳で結婚可能に法改正されたのか。とはいえだ、元の世界の法律や価値観を無理やり当て嵌めて異常だなんだと言うのはナンセンスが過ぎる。それは重婚に関しても然り。郷に入っては郷に従えという言葉もあるし、冗談抜きで沢山の女の人と子作りしなければ世界が滅んでしまうからな。
「そうなんですね。まあ、俺も男ですしハーレムを夢見た事は一度や二度ではないです。そう言う事であれば好きになった人が居れば積極的にアタックしてみますね」
「是非そうして下さい」
ふぅ。なんだかんだここまで話を進めてきたけど驚きの連続だった。とはいえこの国で生活する上での問題点は概ねクリア出来たと見て良いだろう。後はなにかあるかな?一応聞いてみよう。
「あの、菫さん。一通りお話を聞かせて貰いましたが、他には何かありますか?」
「これまで話した内容で全てです。拓真さんからの質疑が無ければ終わりにしますね」
「はい、俺からは特にありません。長い時間有難うございました」
「いえ、こちらこそ有難うございました。――あの、話は変わりますがもう少しで拓真さんが退院されるので退院祝いをしたいと考えているのですが、どうでしょうか?」
「勿論OKです。今まで沢山お世話になったのにそこまでして貰えるなんて凄く嬉しいです」
もうね、あらゆる面で支えてもらったし甲斐甲斐しくお世話して貰ったからな。何かしらの形でお礼を出来ればと考えていたんだが、まさか退院祝いまでしてもらえるとは。彼女達に足を向けて寝られないな。
その後皆であーでもない、こーでもないと話をしつつ時間は過ぎていくのだった。
今後に関する話し合いから数日が過ぎ、本日をもって退院する事となる。
男性専用の駐車場には菫さんや雪音さんを始めとする皆が揃っており、俺を見つめている。その目には涙が浮かんでおり今にも泣き出しそうだ。
「皆さん、今日まで本当にお世話になりました」
「これで拓真さんとお別れかと思うと寂しくて、悲しくて胸が張り裂けそうです」
「雪音さん……。これでもう二度と会えない訳ではありませよ。定期健診で会えますし、お店に来ていただければ何時でも顔を合わせることが出来ます。それに、連絡先も交換しているんですから電話とかメールで話をする事だってできます。なのでそんな悲しそうな顔をしないで下さい」
思わず子供にするように雪音さんの頭を撫でてしまう。嫌な素振りは一切見せず、受け入れてくれる。そのまま、菫さんや他の人にも同じように頭を撫でていく。そうすると少しは落ち着いたのか涙を拭い笑顔を向けてくれた。
「絶対にお店に行きますし、電話もメールもします。だから私の事を忘れないで下さいね」
「勿論です」
こんなにもお世話になって、微かに胸に芽生えた淡い想いがあるのに雪音さんを忘れるなんて絶対にない。菫さんもそうだ。他の看護師さんや女医さんだって忘れることは無い。
心の中で強く想っていると横で待機していた菫さんから声が掛かる。
「そろそろ出発のお時間ですので車の方に移動をお願いします」
「分かりました」
そうして皆さんに別れを告げて俺の三週間半に渡る入院生活は幕を閉じた。