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第四十八話

 透香さんとの劇的な出会いから早二週間が経った。お互い社会人で仕事をしているので会う機会は無かったが割と頻繁に連絡は取り合っている。というか透香さんから電話なりメールがよく来るのだ。俺から連絡するのはどうしても相手が芸能人という事もあり躊躇しがちだがそんなの関係無いとばかりに来るので結構中は深まったのではないかと思う。とは言え実際に会って話した方が関係が深まるのは当然なので近い内にまた会えたらいいなと考えているが焦った所で良い結果にはならないだろうし、ここは機を待つのが正解だろう。

 さて、今日も仕事に精を出すとしますか。――お店が開店してから暫く経つが平日の水曜日という事もありあまり客足が伸びない。週の真ん中で次の日も仕事があるので飲みに行こうという人が少ない上に、生憎と雨も降っている為ダブルパンチで来店されるお客様が少ない。とはいえどんなに来店客が少なくてもお店を閉めるわけにはいかないので閉店時間が来るまでは営業を続けなければいけない。

 偶にあるこういう日は従業員である小百合さんと千歳さんに多く休憩を取って貰ったり、他愛も無い話で盛り上がるのが定番だったりする。勿論お客様の邪魔にならない様に細心の注意を払った上でだが。

 そんな感じで時間は過ぎていき、現在時刻は二十四時を過ぎた所だ。幸い雨は上がったのでこれから来店されるお客様も少しは増えると良いなと思っているとカランカランとドアベルが音を立てる。

「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」

「こんばんは。ようやく拓真さんとお会いすることが出来ました」

「こんばんは。透香さんとこうしてお会いするのも二週間ぶりですね」

「もっと早くお店に来る予定だったのですが、スケジュールが詰まっていて遅くなってしまいました」

「こうして来店してくれただけで嬉しいですからお気になさらずに。――ご注文はどう致しますか?」

「そうですね。明日も仕事なのでアルコール度数が低いカクテルをお任せで作ってもらえますか?」

「畏まりました。少々お待ち下さい」

 アルコール度数が低いカクテルも多種多様にあるが今回選んだのはアップルクーラーだ。材料はアップルバレル、レモンジュース、グレナデンシロップ、ソーダとなる。作り方はグラスに氷を入れ、アップルバレル・レモンジュース・グレナデンシロップを入れた後泡立たないように静かにソーダを満たし、軽くステアして完成となる。色合いは文字通り林檎の様に赤い色合いでアルコール度数も四°と低い為お酒が苦手な人でも飲みやすいカクテルとなっている。

 テキパキと材料をグラスに入れて手早くカクテルを作るとコースターをテーブルの上に置いた後グラスをそっとのせる。

「お待たせいたしました。アップルクーラーになります」

「有難う御座います。――頂きます。んっ、甘めですが炭酸が後味をスッキリさせるのでとても飲みやすいですし美味しいです」

「お口に合ったようでなによりです」

 相手の好みが分からない場合は当たり外れの少ない万人受けする定番を出すのが間違いない方法だ。ここでへんに尖ったカクテルを出して苦手だったなんて事になれば目も当てられないからな。ただ注意しなければいけないのがアレルギーを持っていた場合だ。バーテンダー側は初見のお客様の情報を持っていないのでそこはお客様側から自己申告して頂くしかない訳で。

 幸い透香さんがアレルギー持ち出ない事は前に食事をした時に教えて貰ったので問題無いが。今も美味しそうに飲んでいるし、気に入ってもらえた様で良かった。

「ふぅ、お仕事終わりに飲むお酒は格別ですね」

「その気持ちは分かります。休日に飲むお酒とは違った味わいがありますよね。……えっと仕事終わりにお店にいらしたのですか?」

「はい。ドラマの撮影時間が想定よりも延びてしまって。本当だったら開店と同時に来る予定だったのに残念です」

「こんな時間まで本当にお疲れ様です。仕事の時間が一定では無いというのは精神的にも肉体的にもかなりの負担になりそうですしお体ご自愛下さい」

「有難う御座います。働く時間が一定では無いのはどうしても仕事柄仕方ない所なのですが、私が所属している事務所は原則週休二日ですし定期健診も受けているので大丈夫だと思います。もし体調を崩してしまったら関係各所に多大なご迷惑をお掛けしますしね」

「芸能事務所で週休二日って相当珍しいですね。俺が居た世界の話になりますが数年先のスケジュールまで埋まっていて休みが一切無いという人もいたはずです。そんな生活をしていたらいずれ破綻するんじゃないかと心配になったほどですよ」

「確かにそういう事務所もありますね。所属タレントや女優を馬車馬のように扱き使って、潰れたら新しい人材を入れれば良いという考えなんです。そういう事務所に入ったらもう最悪ですね」

「やっぱりそういうブラックな所もあるんですね」

 話を聞いているだけで背筋がゾッとするよ。まさにブラック企業だし、人が長く居座らないというのはそれだけ損失だと思うんだけど経営者はそうは考えないのだろう。翻って透香さんが所属している事務所のホワイトさよ。確かに深夜まで仕事をしたり、早朝から撮影が始まったりとかなり大変だと思うが原則週休二日と言うのはあまりにも魅力的だ。

「話を聞く限り透香さんが所属している事務所は良い所なんですね」

「はい、私の自慢の一つです。とはいえ昔はここまで好待遇では無かったのですが母の代で今の制度に変わったんですよ」

「そうなんですか?既存の制度を変えるなんて相当な労力と強い気持ちが無くては無理ですし透香さんのお母さんは凄い方なんですね」

「はい。母として、経営者として、また今はもう引退しましたが女優としても尊敬しています」

「お母さんも女優さんだったんですね」

「そうなんです。私の家は代々続く芸能一家で祖母や曾祖母も女優をしていたんですよ。今私が所属している事務所も六代前の祖母が立ち上げた会社で歴史としては二百年ほどでしょうか」

「そんなに前から続いているのは凄いですね。――という事は全員女優や俳優をしていたんですよね。それだけ歴史があるとプレッシャーとか凄まじいと思うのですが大丈夫ですか?」

「仰る通り先祖は全員女優や俳優をしていました。ですが世界的に男女比が偏り始めてからは女優ばかりですが。あとはプレッシャーに関しては生まれた時から役者になる事が決まっているようなものなので特に感じる事はありませんね。小学校に上がる時まではかなり辛かったですが、ある程度精神的に成長すると素直に受け入れられるようになった感じです」

 正直透香さんは物凄く精神的に強いと思う。俺だったらどこかで折れてしまうだろうし、何より余りの重圧に耐えきれずに些細な切っ掛けで全てを投げ出してしまうだろう。名家、旧家とか連綿と受け継がれている歴史がある家に生まれた人は本当に大変だと思うし、極々平凡な一般家庭に生まれて良かったとホッとしている自分もいる。

 誰かに敷かれたレールの上を進まなければいけないというのも俺としては相当キツイ。その道が自分の望むものと一致していれば全く問題が無いが違う場合はずぅーと我慢して進み続ける事になるのだから艱難辛苦の連続だろう。想像するだけで背筋がゾッとする。

 ただこれは俺の場合であって透香さんからは嫌々女優をしている感じはしないし合っていたのだろう。

 だからこそ演劇を観に行った時にあれ程感動したんだろうしとグラスを拭きながら考えていると少し不安そうな表情を浮かべた透香さんが話しかけてくる。

「今更なのですが拓真さんに頻繁にお電話やメールをしていますがご迷惑ではありませんか?」

「全然迷惑では無いですよ。寧ろ沢山連絡を貰えて嬉しいです」

「そうですか。良かったです。会えない時間が長いと寂しくなってつい連絡をしてしまうので、頻度が多くなりがちなので心配だったんです」

「私の方は高頻度でも全く気にしませんので大丈夫ですよ」

「そう言っていただけでホッとしました。――一つだけ我儘を言わせて頂けるのであれば拓真さんからもメールやお電話が欲しいなと少しだけ思っています」

「私の方からもこまめに連絡をしようと思ってはいるのですが、透香さんもお忙しいでしょうし躊躇してしまって……」

「拓真さんからのお電話やメールなら仕事を放り出してでもお返事します。それに凄く嬉しいですし、一日中幸せな気持ちで過ごせるので是非お願いします」

「そう言う事なら私からもちょくちょく連絡しますね」

「はい、お願いします」

 心底嬉しそうな笑顔でお願いされてしまえば頷く以外の選択肢は無い。物凄い美人で礼儀正しく、更には有名女優なのに寂しがり屋で甘えたがり屋とか破壊力あり過ぎだろ。男を虜にする要素しかないし、魅力的過ぎるこの女性に果たして勝てる男は存在するのだろうか?否、世界広しと言えども誰もいないと断言できる。例えペドフィリアやロリコンでも勝率はゼロだし、透香さんは胸がかなり大きい――推定Fカップ――がそれでも貧乳好きをも魅了してしまうだろう。更に今はお酒を飲んでいるので少し頬が赤く染まり、目もちょっとだけとろんとしているのだから魅力は限界突破している。これで『私と一緒に飲みませんか?』と上目遣いで言われた日には記憶が無くなるまで飲み明かすだろう。

 正直こうして対面している今でさえもドキドキが止まらないし、仕事の手を止めて透香さんに見惚れてしまうというバーテンダー失格の状態だからな。幸いお客様も殆どいないので何とかなっているが後で千歳さんと小百合さんにチクッと言われそうで少し怖い。

 っと、それは今は置いておいて仕事に集中しなければ。目の前にお客様が居るのに気も(そぞ)ろになっているのは社会人として失格だ。一度深呼吸をしてから気持ちを切り替える。

「グラスが空になっていますが、何かお飲み物をお作りしますか?」

「うーん……今日はこれで止めておきます」

「分かりました」

「初めて拓真さんのバーテンダー姿を見ましたが凄く格好良いです」

「お褒めの言葉有難う御座います。自分では毎日来ている物なのでイマイチ似合っているかどうか判断が付きませんがどうでしょうか?」

「とてもお似合いですよ。拓真さんはスラッとしてるので様になっていますし、お店の雰囲気とも合っているので自信を持って下さい」

「透香さんのお墨付きを貰えたのでこれからは自信を持てそうです」

「こんなに格好良い拓真さんを毎日見られるなんて小百合さんと千歳さんが羨ましいです。出来る事なら私もこのお店に就職したいくらいですよ」

「うーん、流石に毎日見ていたら飽きるのではないですか?変わり映えしないですし」

 どんなに素敵で格好良くても毎日同じ服だと見飽きると思うのだが。少しでも違う所があれば別だろうが基本的に制服は同じものを数着買って着回しているだけだからな。女性みたいにアクセサリーを身に着けている訳では無いから余計変わり映えしないだろうし。そう思っていると、偶々近くにいた小百合さんと千歳さんが会話に参加してくる。

「私としては毎日同じ格好でも飽きませんし、格好良いと思いますよ」

「普段見る事が無い服装ですし、私服とのギャップもあって飽きたと思ったことは無いです」

「そんなものでしょうか?私としては小百合さんと千歳さんの制服姿の方がよっぽど魅力的だと感じますが」

「「嬉しいです」」

 少し頬を染めて言葉を紡ぐ姿にやっぱり美人だし可愛いなと改めて思う。普段から一緒に居る事が多いから時折忘れそうになるが二人共とんでもない美人なんだよな。そんな人達と仕事をしている幸せを当然の事だと思わないようにしなければ。自戒も込めて自分自身に言い聞かせていると、透香さんと小百合さん、千歳さんがなにやら話し込んでいる様子だったのでさり気無く聞き耳を立ててみる。

「制服姿がとても似合っていて羨ましいです」

「この服は拓真さんが選んで下さったんですよ。アレンジも殆どしていませんし」

「殆どという事は少しだけアレンジしているのですか?」

「はい。支給されたスカートが膝が隠れる長さだったので膝上まで短くしました。この方が見栄えも良いですし、女性らしさを強調できるかなと思いまして。――あとは黒ストッキングの魅力を引き立たせる為ですね」

「確かに今の丈の方が可愛いですね。膝丈だと少し歩きにくいですし、ホールを担当するなら動きやすい方が良いですものね。それとストッキングに関しては何か拘りがあるんですか?」

「えーと……」

 何やら言いにくそうな表情を浮かべながら俺の方を見てくる小百合さんに一つ頷き返す。黒ストッキングに関しては完璧に俺の趣味嗜好、性癖の話になってしまうから透香さんに話してもいいのか確認してきたのだろう。別に隠すような事でも無いし、他人に知られた所で『へー、そうなんですね』で終わる話だからな。

 俺が首肯で返した事により再び小百合さんが口を開く。

「ストッキングに関しては拓真さんがお好きなので履いています。ブラウンやベージュといった色では無く黒に強い拘りがあるみたいで余程の事が無い限りは黒ストッキングを着用していますね」

「これは思いがけない情報を得ることが出来ました。拓真さんは黒ストッキングがお好きと。因みに黒タイツでは駄目なのでしょうか?」

 ちらりと透香さんが俺に視線を向けて聞いてくるので答えるとしよう。

「タイツは認められません。ストッキングとタイツの違いはデニールしかありませんが私としてはタイツのゴワゴワした質感や、厚みが嫌いで見栄えも悪いので好みでは無いです。更に言えば最近はランガード無しのストッキングもありますがそれは論外ですね。個人的にはランガードが本体と言えるほど好きな部分なのでそれが無いとか正直お話にならないレベルですよ。勿論大前提として脚が長くて形が綺麗と言うのはありますが。太かったり、ふくらはぎと太もものサイズがほぼ同じでない、足が短い等の欠点があればそれだけで大きな減点対象となりますから」

 一呼吸で一気に捲し立てて思いの丈をぶちまけてしまったが完全にやらかしてしまった。オタクは好きな事になると早口になり、周りが見えずに延々と語り続ける節があるが今の俺は完全にそれだ。相手の反応も確かめずにひたすら語り続けるとか迷惑以外の何ものでもない。

 これは女性達には引かれているだろうなと思い恐る恐る目を向けるとふむふむと頷いているんだが。そんな大層な話はしていないはずだけど何か琴線に触れるものでもあったのかな?そう疑問に思っていると透香さんが納得といった表情で俺に話しかけてくる。

「成程。かなり拘りがおありなのですね。今のお話で重要な点は脚が長くて綺麗でなければ減点対象になるという事ですね。一応私も女優をしていますので身体には多少の自信がありますが、これからは一層努力をしなければ駄目ですね」

「透香さんは今のままでも十分綺麗ですし魅力的ですから大丈夫ですよ」

「お言葉は大変嬉しいですが拓真さんの理想の脚に少しでも近づきたいですし、やはり努力します」

「私も毎日マッサージをしたり、無駄な脂肪を付けない様にウォーキングをしていますから一緒に頑張りましょう」

「少しでも男性の理想に近づきたいというのは女性の本能ですし、私も定期的にエステに行ってメンテナンスをしていますね。もしよろしければ後でお教えしましょうか?」

「是非お願いします。ふふっ、拓真さんの事がまた一つ知ることが出来て嬉しいです」

 千歳さんはとても華奢で無駄な脂肪なんて無いように見えるがウォーキングをしているんだ。そして小百合さんは定期的にエステに通っていると。この世界の女性は皆美人で可愛いけどその裏では並々ならぬ努力をしているんだな。持って生まれた美貌やスタイルに胡坐をかくことなく努力し続けるというのは並大抵の事では無い。それも毎日継続して何年、何十年と続けていくのだからどれだけ凄い事か。

 それもこれも少しでも男性にとって魅力的に見られるようにという理由なのだから、改めてこの世界の男に対する情熱が伝わると言うものだろう。――しかしこれだけは言わねばならない。

「私としては透香さんも小百合さんも千歳さんもとても魅力的で素敵な女性だと思います。元居た世界では絶対に出会えないと断言できる程綺麗ですし、私には勿体ないくらいですよ」

「とても嬉しいです。ですが私にとっても拓真さんはとても格好良くて素敵な男性ですよ」

「もっともっと拓真さんにとって魅力的な女性になれるように頑張りますね」

「綺麗と言って貰えるとは思ってもいなかったので凄く嬉しいです。有難う御座います」

 ……傍から見たら完全にいちゃついている男女に見えるだろうが、今だけはこの幸せを嚙み締めさせてくれ。三人の美女からそれぞれ嬉しい言葉を向けられる経験がある人は少ないだろうからあまり理解できないかもしれないが、滅茶苦茶多幸感で一杯になる。更には透香さんは有名女優ときたものだからその意味も分かるのではないだろうか?

 いつまでもこの幸せが続けばいいなと思うが、残念な事に今は仕事中の為気持ちを切り替えなくてはいけない。ふぅ~と息を吐きだし頭を切り替えた所で従業員の二人に聞いておかなければいけない事があったのを思い出した。

「小百合さんと千歳さんにお伝えするのが遅れて申し訳ないのですが、来週から休憩時間中に食べられるお菓子や軽食を用意する事にしました。今までは自前でご用意されていたようですがこれからはお店側が用意するので間違えて買ったりしないようにして下さいね」

「宜しいのでしょうか?毎日の事ですし、経費で落とすとしてもそれなりに金額も掛かりますし、これまで通り自前で用意しても私としては一向に構いませんが」

「いえ、大丈夫ですよ。精々月一万~二万くらいですしこれも福利厚生の一環として考えて貰えればと思います」

「そう言う事なら分かりました。買い出しに行く時には荷物持ちをしますので私にも一言掛けて頂ければ嬉しいです」

「私も小百合さんと同じく荷物持ちをしますのでお声を掛けて下さいね」

「分かりました。その時はよろしくお願いします。――といってもいつも行っているスーパーなのでそれ程高級な物は買えませんが」

「休憩時間に食べるものですし、安いもので大丈夫ですよ」

 小百合さんはそう言ってくれるが、スーパーで売っているスナック菓子とかチョコレートなんかは口に合うのだろうか?良家の出だから高級品の方が良いのだろうがそうなると流石にお財布に痛いし、あまりにも高すぎると経費で落ちなくなるからな。まあ、そこら辺は実際に導入して感想を聞いてからどうするか決めればいいか。

 取り敢えずは伝えなければいけない事は言ったしOKだなと一息付こうとした所で羨ましそうにこちらを見ている視線に気が付いた。

「むぅ……、私も拓真さんとお買い物に行きたいです。お二人は拓真さんのお食事も作っていらっしゃいますし……。私の手料理を振舞う機会は来るのでしょうか」

「買い物に関してはお店絡みですから。彼女達と買い物に行く場合は休みの日ですし、食事に関しても毎日作ってもらっていますが透香さんの場合はお仕事柄難しいでしょうし。何れ機会は来ると思うのでその時に存分に振舞って貰えればと思います」

「一つお聞きしたいのですが店休日はいつなのでしょうか?」

「土日です。祝日は営業しています」

「成程。では今後は私も土日はスケジュールを入れないようにします。そうすればお休みの日は拓真さんと過ごせますし、その時にご飯を作ってあげたりお買い物に行ったりできますから」

「確か原則週休二日でしたよね。でも決まった日にお休みを取る形では無くその時々によって休みの日が変わるのではないのですか?」

「仰る通りです。ですがこれからは土日を固定の休みの日にします。――今まで通りでは拓真さんとお休みの日が合わない事の方が多いでしょうし、そうなればお会いできる機会が激減しますから。そんなの私には耐えられません」

「どういう結果になるかは分かりませんが要望が通ると良いですね。私にできる事があればお手伝いしますので遠慮なく言って下さい」

「何を言われようと絶対に通して見せます。幸いスケジュールは一月先までしか決定していませんし、今ならその先のお仕事の調整は可能ですから」

「それなら何とかなりそうな気がしますね」

「はい。頑張ります」

 クッと両腕を曲げて力こぶを作るポーズをしてやる気を見せているが、少女らしさが合って可愛い。普段は見せないだろう仕草を見せられるとギャップが凄まじいな。普段の芸能人然としていて凛とした美人な感じも良いけどこうしたちょっとおちゃめな一面も最高だぜ。

 しかし俺の為にわざわざ休みの日を合わせてくれるとはなんとも男冥利に尽きると言うものだ。出会ってからの期間は短いがここまである意味で尽くしてくれるというのは多少なりとも俺に好意があるとみて良いのだろうか?流石に直接聞くのは憚られるからしないが、全く興味関心が無い相手に対して例え男が少ないこの世界といえどもここまではしないはずだ。……これでただの勘違いでしたとなれば一週間は寝込む自信があるね。いずれその時が来たら親しい女性達に俺の気持ちを伝えるつもりだが、その時に悲しみで涙を流さない様に良い関係を作っていかなければいけないな。時間は待ってはくれないのだから。

 来るべき時に思いを馳せながら、壁に掛けられた時計に何となく目をやると時計の針は深夜二時に差し掛かろうという所だった。透香さんが来店されたのが二十四時過ぎだったので大体二時間近く経っていたのか。あっという間だったしもっと話をしていたいが、そろそろ閉店なのでその旨伝えなくては。

「透香さん。もうそろそろお店の閉店時間なのでラストオーダーをお聞きしたいのですが飲みたい物はありますか?」

「もうそんな時間なんですね。えっと、特に無いので大丈夫です。もうすぐ閉店という事は帰った方が良いですよね?」

「まだ居てもらっても構いませんが、閉店後は閉めの作業をしなければいけないので結構暇だと思いますよ。それでも良いですか?」

「勿論です。私に出来る事があればお手伝いしますので言って下さいね」

「分かりました。それじゃあもう少しお話をしていましょうか」

「はい」

 何だかんだで閉店後の作業も手伝ってもらい、そのまま夕食も一緒に食べて明け方に小百合さん、千歳さんと一緒に透香さんも帰宅の途に就くのだった。

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