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第四話

 入院してから早二週間が過ぎ、来週末で退院となる。時間が過ぎるのは早いものだが、それと同じく人間関係も時間と共に変化していくものである。雪音さんと菫さんの二人との仲はさらに深まり、今では気兼ねなく色々な事を話せる関係だ。それと男性フロアで勤務している五人の看護師さんや女医さんとも顔を合わせれば他愛無い話で盛り上がるくらいには仲良しだったりする。それもこれも、お弁当騒動が全ての発端なんだけどね。ここで少し過去を振り返ってみようか。

 最初に光庭で食事を一緒にしたのは雪音さんだった。少し自信なさげな表情で『お口に合えば良いのですが』と差し出されたのは漆塗りの弁当箱という高級感溢れるものだったんだよね。なんでも自宅には弁当箱が無かったらしく急いでデパートに買いに行ったとか。拓真さんにご用意する物なのにちゃちな容器なんか使えないし、微妙な値段の品も逆に失礼になるだろうという事で吟味を重ねた結果職人が手作りした高級品を選んだと少し恥ずかしそうに言っていた。そういうことなら有難く気持ちを受け取る事にして、いざ蓋を開けてみると中には彩り豊かな料理がバランスよく配置されている。仕切りで半分にされているので片方にはおかず、もう片方にはご飯があるが、このご飯の方もじゃこと梅が混ぜ込まれており非常に食欲をそそる。

 何時までも見ている訳にもいかないので手を合わせて頂きますをしてから実食。――結論から言えば今まで食べてきた料理が何だったのかと思うくらいに美味かった。おかずはパッと見では分からなかったが物凄く手が込んでいるし、出汁なんかもインスタントではなく食材からじっくりと抽出しているのが食べてみるとハッキリと分かる。これだけの料理を作るのには半日以上掛かるはずだし、俺の為にここまでしてくれた気持ちが嬉しくて思わず雪音さんの手を取り感謝を伝えたくらいだ。その際真っ赤な顔で『あ、ありがとうごじゃいましゅ』って噛みながら言ってくれたのは良い思い出だ。そんな事もありつつお互いの事について話したり、俺の居た世界について語ったりと楽しい時間を過ごして終わりとなった。

 明けて翌日の当番は菫さんだったが、こちらも高級弁当箱を用意してくれて、雪音さんと遣り取りをしていたのか料理は洋食だった。一般的に洋食は誰でもそこそこ簡単に作れて味も変な事をしなければ不味くはならないジャンルだ。だが、本当に美味しい物を作ろうと思えば膨大な労力と確かな腕と経験が必要になってくる。その点を踏まえた上で菫さんが作ってきたご飯はまさに至高でした。特にローストビーフと鮭のムニエルはプロも裸足で逃げ出す程美味しかったし強烈に記憶に焼き付いている。あとはこれもどうぞと差し出されたオニオンスープは様々な食材を煮込んでとったブイヨンと優しい甘みがある玉ねぎが最高にマッチして三杯もおかわりしてしまったくらいだ。その際菫さんが『ふふっ、喜んでもらえてなによりです。もし宜しければまた今度作りましょうか?』って聞いてきたので即答したよ。

 とまあ、そんな感じで楽しい時間を過ごす事が出来たわけだ。

 他の五人についても語りたい所だが非常に長くなる為割愛させてもらう。ちなみに皆プロ並みに腕が立ちどのお弁当も滅茶苦茶美味しかったとだけ伝えておく。

 ふぅ、と一息つき回想から意識を戻すと伸びを一つ。さて、今日は何をして過ごそうかなと考えていると扉をノックしてから雪音さんと菫さんが入ってくる。

「拓真さん、今お時間宜しいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「実は以前お話していた外に出るという件ですが、警備体制が整ったので何時でも行く事が出来ます」

「おぉ、ついにですか」

「お待たせして申し訳ありません」

 菫さんが深々と頭を下げて謝罪する。この件に関しては俺の立場上どうしても色々な問題が発生するだろうし、病院との連携も重要になる。そこら辺を考えると予想より早かったなと思うしなにより菫さんが謝る事じゃない。

「頭を上げて下さい。菫さんが尽力してくれたのは知っていますし、寧ろ俺の我儘に付き合わせてしまった形になってこちらこそ申し訳ないです」

「いえいえ、こちらこそ」

 二人して謙遜しているとなんだか笑えてきてしまう。ダチョウ俱楽部よろしくどうぞ、どうぞってやっているみたいでさ。思わず二人してふふっと小さな笑い声を漏らす。

「んんっ、拓真さんとしてはいつ外出をしたいか希望はありますか?勿論今日でも構いません」

「そうですね。では今日でお願いします。ちなみに時間は何時くらいになるんでしょうか?」

「一般患者が外に出られる時間が十六時までなので、十七時からになります。少し遅い時間になりますが拓真さんの安全の為ですので」

「分かりました。じゃあ、それまではゆっくりしていますね」

 そうして時間が来るまでフロアを意味もなくぶらついたり、トレーニングをしたりして過ごす事となる。久し振りの外出という事で年甲斐もなくソワソワしていると、皆から微笑ましい表情をされてしまって恥ずかしい思いをしたがそれも良い思い出になるだろう。

 そして時間は流れて十七時。菫さんと雪音さん、そして男性フロアで働く五名の女性を引き連れて廊下を進む。少し歩いた先にエレベーターがあり、乗り込むと一階へと降りる。そこからは長い廊下が続き所々に扉がある。雪音さんが言うには駐車場に繋がっていたり、男性フロアへ医師や看護師が行く為の扉だったりするらしい。暫し歩くと厳重なセキュリティが施された扉が目に飛び込んでくる。

「ここから先がガーデンとなります。心の準備は宜しいでしょうか?」

「はい」

 そうして扉が開けられると、優しい緑の匂いと美しい夕日が鼻と目を楽しませるてくれる。そして綺麗に整備された庭園とオレンジ色に染まった木々がとても綺麗だ。なによりこの場には俺達以外に人が居ないと言うのもポイントが高い。昼間はさぞ人々で賑わっているだろうし、そういう雰囲気も嫌いじゃないがこういう夕暮れ時のしっとりした時間は人気が無い方がより情景の美しさを楽しめるだろう。事実俺以外の七人も無言で景色に見惚れているのが良い証拠だ。

 暫くの間何も喋らず堪能した所で歩き出す。そして周囲を見渡してみると綺麗に剪定された木々や花々が長い病院生活で知らずに荒んでいた心を癒してくれる。こういった時間は子供の頃には何とも思わなかったし、なんなら退屈で暇を持て余す意味の無い行為だっただろう。年を取るにつれこういった侘び寂びを感じられる瞬間や、何気ない一時が大切になるのだから人とは不思議なものである。まあ、それは価値観や考え方だけではなく味覚にも表れるのだが。例えば子供の頃は苦手だったり嫌いだったりする食べ物が大人になると美味しく感じたりするあれだ。それが大人になるという事なのかもしないが、同時に大切な物を失ったような気持になるのは何故なのだろう。

 寂寥感を感じる景色に思わず物思いに耽ってしまったが、ガーデンを歩く足は止まることは無い。特にこれといった会話も無いが、不思議と気まずさや息苦しさといった物を感じない。人によっては無言の時間が苦痛だとか居心地が悪いと感じるだろうが、俺は皆と結構親密な関係を築けているのでそう思わないのかもしれない。そして相手もそうであればと願う。

 そうして十五分程歩いた所で、視界の端にベンチに座る人影が映る。あれ?この時間は外出禁止だし軍警察の人間が警備をしているから一般人は入る事は出来ないはずなんだが。そう不思議に思っていると横から少し怖い雰囲気を纏った菫さんが声を掛けてくる。

「拓真さん、申し訳ありません。どうやら一般人が紛れ込んでいたみたいです。警備の者には後で厳しく注意しますが、今は彼女をここから移動させる事を優先します。雪音、少しだけ離れるから拓真さんをお願いしますね」

「任せて頂戴」

 最後に短く遣り取りをした後菫さんが件の女性へと近づいて行く。見た感じ病院着を着用している為患者さんなのだろう。年の頃は十代半ば~後半くらいかな?軍警察の制服も着ているし荒事にはならないと思うが、もしもの時に備えて動けるように体勢は整えておく。そのまま様子を伺っていると女性は驚いた顔をした後何度も頭を下げているようだ。ただでさえ規則を破っている上に男性がお忍びで散歩している現場を目撃してしまったのだ。彼女の態度も然もありなんと言った所か。

 そんな事を思いながら見ていると菫さんと女性が二人揃ってこちらに歩いてくる。そして女性の方が深々と頭を下げて言葉を紡ぐ。

「まさか男性がこの場所で散歩をしているとは思わずご迷惑をお掛けして申し訳ありません。つきましては如何なる罰則も受けます」

「何かしらの理由があってここに居たんだよね?それを邪魔するような真似をしてすまない」

 こちらにも非があるので素直に謝る。そんな俺の姿に彼女だけではなく周りで怖い顔をしていた皆も一様に吃驚した表情を浮かべている。

「拓真さんが謝る事は何もありませんよ。何かしらこんな時間に外に出る理由があったとしても、規則で十六時以降の外出は禁止されていますし、看護師からも言われているはずです」

「菫さんの言う通りかもしれないけど俺は気にしてないから大丈夫だよ。――ねぇ、君。よかったら少しお話を出来ないかな?勿論迷惑だったら断って良いから」

「あ、あの。本当に良いんですか?」

 おずおずと菫さんや他の皆の表情を伺いながら聞いている。眉間に少しだけ皺を寄せながら再び菫さんが口を開いた。

「拓真さんの提案ですからこちらとしては否やはありません。ですが、少しでもおかしな行動をすれば男性保護法に則り現行犯逮捕するのでお忘れなく」

「分かりました。ではよろしくお願いします」

 どうやら話は纏まったみたいで彼女が俺に向かって了承の返事をしてくれた。

「じゃあ、場所はさっきまで君が座っていたベンチで良いかな?」

「はい」

 二人揃って移動してベンチに座ると、こちらから会話を切り出す。

「まずは自己紹介をするね。俺は佐藤拓真。ちょっと事情があってこの病院に入院しているんだ」

「私は久慈宮桜(くじみやさくら)と申します。――あの、何処かお怪我をされているんですか?」

「いや、怪我とかはしていないよ。情けない話だけど栄養失調で担ぎ込まれてさ。今はもう元気なんだけど諸々の事情があってまだ退院できていないんだ。本当に元気が有り余っているんだけどね」

 言いながら両腕を曲げて力こぶを作って見せる。この世界にポパイが連載されていたのかはしらないが、おどけた表情と仕草が面白かったのかふふっと可愛らしい笑みを浮かべてくれた。

「確かに元気そうですね。ですが、栄養失調になるなんてご家族や恋人は何をしていたんですか?普通そんな事態になるまで見過ごすなんて有り得ません」

 んー、久慈宮さんの言う通りなんだけど流石に並行世界から転移してきました。その際なぜか食材が全て駄目になっていて、更には紙幣も使えずに飢えて死にそうだったんですなんて言える訳ない。ここは上手い事誤魔化さなくては。

「家族は遠い所に居て会うことが出来ないんだ。あと恋人や奥さんもいないからどうしようもなくてね。他にもまぁ……色々な不幸が重なった結果という感じかな」

「そうだったんですね。すみません、変な事を聞いてしまいました」

「大丈夫だよ。家族は健在だし、今は会うのが難しいってだけだから」

 今の話の流れだったら確かに家族と死別したと捉えても仕方ないな。今ので誤解も解けるだろうし問題無いだろ――と思っていたら不意打ちで爆弾が投下される。

「それなら良かったです。でも佐藤さんに恋人や奥さんがいないって本当なんですか?物凄く格好良いですし、私に対して嫌悪感や忌避感を露わにしませんからそう言った方が居るのかなと思ったんですが」

「あはは、そう言ってもらえるのは有難いけど本当にいないんだよ。あそこにいる皆とは仲良くさせてもらっているけどそういう関係じゃないしね」

「じゃあ、もしかして私にもチャンスが……」

 久慈宮さんが最後に何を言ったのかは小声だったので聞き取れなかったが、まあいいだろう。というか大事なのはそこじゃない。これは何回でも言わせて貰うがこの世界の顔面偏差値は異常だし、数値が振り切れていると思う。久慈宮さんはまるで神が手ずから作り上げた女性と言われても信じるくらい顔のパーツが整っているし、配置も完璧。スタイルに関しても胸は手のひらサイズだが服の上からでも分かる程腰は括れており、脚は長くスラッとしていて実に均整が取れている。年齢が分からないが――恐らく十代――にしては飛びぬけた身体である事は間違いない。

「そういえば久慈宮さんは学生なのかな?」

「はい、中学三年生です。ただ、学年が上がって少しして入院してしまったのでクラスメイトの顔もまだ覚えられていなくて」

 中学生だったとは……。高校生か大学一年生くらいかなと勝手に思っていたけどまさかの展開だな。顔立ちが美人系で大人びているし、スタイルも良いからマジで吃驚だよ。

「中学生かぁ、そっか。三年生だと人間関係も既に出来上がっているし、受験で忙しいだろうからクラスメイトの顔を覚えていなくてもそこまで気にすることは無いと思うよ」

「ありがとうございます。幸い友達も同じクラスに居るので少し気が楽です」

「それなら安心だね」

「はい。ですが、受験の方が問題でして……」

 言い淀む久慈宮さんをみて大体の所は察した。高校受験って私立の小学校や中学校に通っていない場合は人生で初めての受験になるからかなり精神的負担が大きいんだよな。それにどこの高校に通うかでその後の人生が冗談抜きで大きく変わるしさ。実家に近いからとか制服が格好良い、可愛いからなんて理由で選んだ日には大抵失敗する。俺も元の世界では適当に選んで大失敗したし、灰色の三年間を送る事になってしまった。ここは一つ先達として何かアドバイスでもしてあげようかな。

「何か悩んでいる事があるのかな?」

「はい。――女子校に通うか共学校に通うかで迷っていまして。女子校は男性に出会える確率は〇ですが将来に役立つ様々な技術や勉強を専門的に習うことが出来ます。共学校は男性を見る機会が僅かばかりありますし、もしかしたら私を気に入ってくれる確率が天文学的数字ではありますがないわけではありません。その反面授業に関してはそこまでレベルが高くなく、内容も中学よりも少し専門的になるくらいなんです。一度きりの青春を将来に捧げるか、男性を見れた事を一生の宝として生きていくか。どちらにすべきか悩んでいます」

 これは難しい問題だな。一人の大人として意見するなら将来性を取って女子校に通うべきだろう。だが、この男女比が狂った世界ではそう簡単な話ではなくなる。そもそも男を見る事すら人生であるかないかなのだ。将来?そんなもの犬にでも食わせておけと言って一縷の望みに掛けたくなる気持ちも理解できる。それらを踏まえて考えると俺が出す答えはこれだろう。

「まず、男性云々の話だけど久慈宮さんは今俺とこうして話しているよね?見るだけではなく一緒にベンチに隣り合って座ってさ。だから共学校に通って男性を見るなんてすでにクリアしているんだけど……もしかして俺、男として見られてなかったとか?」

 俺の言葉にハッとする久慈宮さん。えーと、もしかして忘れてたのかな?そういえば特段緊張したり、ソワソワしたりしていなかったし――はっ、もしかして男として認識されていなかったとか?だとしたら辻褄は会うがそれはそれであまりに悲しいでは無いか。こんな美少女に男として見られていないとか。

 だが、それは杞憂だったようで慌てた様に久慈宮さんが口を開く。

「あっ、あの!あまりに佐藤さんが私に対して自然な態度だったので、意識していませんでした。ど、どうしよう。私男性と話しているし、一緒に居るんだよね!?えっ、これは夢?起きたら病室のベッドに寝ているとか?だったらそんなの悲しすぎるよぉ」

 一気に混乱の極みに陥る久慈宮さん。オロオロとして髪を整えたり、身嗜みを気にしたりと思ったらこちらに視線を向けて頬を赤らめてツイッと顔をそむけてしまう。いやー、可愛いですねぇ。美人系美少女が照れている様は破壊力が半端ないし、もじもじしながらチラチラこちらを見るのも最高。とはいえ何時までもこうしている訳にもいかない。

「落ち着いて。君が見ている光景は現実だし、夢じゃないから。取り合えず一度深呼吸をしようか」

「は、はい。すぅ~~、はぁ~~、すぅ~~、はぁ~~。大分落ち着きました。取り乱してしまってすみません」

「大丈夫だよ。――それで話を戻すけど共学校に通う目的は達成しているし、通うメリットはほぼ無いと思うんだ。となると女子校になるけどどこに通いたいとかはもう決まっているの?」

「幾つか候補はあります。ですが、どの学校も甲乙付け難くて」

「成程。じゃあ、将来こういった大人になりたいとか将来の夢とかはある?」

「夢ですか……。素敵なお嫁さんになりたいです。陰に日向に旦那様を支えて、尽くし生涯を伴に過ごす事が私の夢です。といってもこれはほぼ全ての女性の願いであり夢でもありますが」

「そうなんだ。じゃあ、その夢を叶えるために必要な事を学べる学校を選ぶというのはどうかな?自分に足りないものを補える授業や技術を教えてもらえるっていうのを軸にすれば自ずと進むべき道は見えてくるはずだよ」

 幾分説教臭くなってしまったがこれが俺の考えだ。小さい頃から叔父に憧れて我武者羅にバーテンダーになるべく歩み続けた結果夢を叶える事が出来たんだ。だから彼女にも諦めずに追い求めて欲しいと心から思うし応援したい。

「ありがとうございます。佐藤さんのお蔭で私の中で決心がつきました」

「それはなにより。君の力になれてよかったよ」

 そう言葉を返した所で沈黙が訪れる。一通り話が済んだタイミングで菫さんが近づいてきて『そろそろお部屋に戻るお時間です。寒くなってきましたし体調を崩されたら事ですので』と言ってきた。時計が無い為時間は分からないが結構話し込んでいたみたいだ。菫さんに一つ頷きを返し立ち上がると久慈宮さんが服の裾を掴んで言葉を紡ぐ。

「あの、またお会いできますか?」

「病院内で会う事は難しいかな。でも許可が下りれば近々お店をオープンするから興味あったら来てみてよ。その時にまた話そう……って久慈宮さんは未成年か」

「もしかして私では入れないんでしょうか?」

「あー、お店って言うのはbarなんだ。お酒を提供する場所だからちょっと難しいかな」

 そう言うと物凄く悲しそうな顔をして俯いてしまう。今にも泣き出しそうな雰囲気に何かいいアイデアは無いかと必死に頭を回転させる。火事場の馬鹿力というのは脳味噌にも適応されるみたいで瞬時に思い浮かんだ。

「開店前の時間だったらいつでも来てくれて大丈夫だよ。お客さんも居ないしお酒を出す訳でも無いから全く問題無いし」

「本当ですか?」

「あぁ。本当だよ」

 俺の返答が余程嬉しかったのか笑顔満面だ。うん、最後に彼女の笑顔も見れた事だし、そろそろ病室に戻ろう。雪音さんや一緒に居る人達も心配そうにこちらを見ているしね。

「今日は楽しい時間を有難う。それじゃあ、元気でね」

 手を振りながら歩き去る。こうして思いがけない出会いがあった外出は幕を閉じるのだった。

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