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第二十話

 食堂に向けて二人で歩いていると、何やら人だかりが少し行った所に出来ている。救急車やパトカーのサイレンは聞こえないので事件や事故では無いだろう。となると何かイベントでもしているのか?と思い一度立ち止まり端末を取り出す。

「拓真さん、どうしましたか?」

「ああ、すみません。今日イベントがあったかどうか確認しようと思って。ほら、あそこに人だかりができているじゃないですか」

「あっ、本当ですね。――昨日調べた限りでは今日は催し物は無かったはずです。なので有名人とか芸能人が居たとかでしょうか?」

「あー、確かにその可能性は有りますね。申し訳ないのですが少し様子を見ても良いですか?」

「勿論です。私も気になりますし行きましょう」

 そうと決まれば早速移動開始だ。人が集まっている場所まで行くと別に芸能人が居たとかではなく、テレビの生放送で色々なお店を紹介している所らしいという事が分かった。レポーターらしき人の周りにカメラを構えた人や音声・音響スタッフ、照明スタッフみたいな人も居たし、丁度カメラに向かって話している内容が聞けたので判明したという訳だ。

「テレビの撮影でしたね」

「はい。こうして間近で見るのは初めてですが、沢山のスタッフの方がいらっしゃるんですね」

「それは俺も思いました。数人でやっているのかなと思っていたのでちょっと驚きです」

「こういう場合はカメラに写り込まない様にあまり近づかない方が良いんでしょうか?」

「そうかもしれません。今は肖像権とか色々とありますからここから見ていましょう」

「分かりました」

 なんて小百合さんと話していると、いつの間にか俺達の半径一メートルちょっとの空間がすっぽり空いている事に気が付いた。更にこちら――というか俺を凝視している周囲の女性達にも気付く。いやいや貴方達テレビの撮影を見に来た野次馬なのに俺の事を見ている場合ではないだろと思いつつも適当に流す事にする。ただ、小百合さんが気まずい思いをしていないか心配なので声を掛けてみよう。

「小百合さん、大丈夫ですか?視線が気になる様でしたら俺の背中に隠れても良いですからね」

「お気遣いありがとうございます。是非拓真さんのお背中に寄り添いたいのですが、そうすると少々面倒な事になると思うのでこのまま隣に居ますね」

「分かりました。じゃあ、もう少しだけ野次馬をしてからご飯を食べに行きましょうか」

「はい」

 小百合さんとの話を終えて前を向くと、レポーターの人が固まっていたんだが……。一言も喋らず銅像の様に俺をジッと見ている。まてまて。今生放送中だったよね?この状況は完全に放送事故だし、絶対に後で怒られるやつだよ。……ただ、その原因が俺なのでかなり申し訳なさも感じているし一応再起動を促しつつもすみませんでしたという意味を込めて頭を下げよう。

「すみませんでした」

 と小声で言いつつレポーターさんに向かって頭を下げる。それを見た彼女はすぐに再起動を果たしたが今度は青い顔をして、今にも死にそうになっているんだけど。何故に?という疑問を感じ取ったのか小百合さんが耳に口を寄せて説明してくれた。

「拓真さん。恐らく彼女の仕事の邪魔をして申し訳ないと思って頭を下げたのだと思いますが、男性が謝罪するというのは例え相手に非が無くても女性が悪くなってしまうのです。その証拠に周囲の女性達が物凄い目で睨んでいますし」

「げっ……。そうだったんですね。今更無かった事には出来ませんし、どうしよう」

「解決策はありますが、拓真さんにかなりのご無理をさせてしまいます。それでも大丈夫ですか?」

「構いません。教えて下さい」

「周囲の女性達と、レポーターの女性に笑顔で小さく手を振れば解決します」

「………………本当ですか?そんな簡単な事で良いんですか?」

「勿論です。間違いなく確実に今の雰囲気は雲散霧消して、幸せな空間になります」

「小百合さんがそう言うならやってみますね」

 という事で笑顔で胸の前で小さく手を振ってみた。うーん……、これが小さい子だったり美少女なら可愛らしくて絵になるんだが、いい歳した男がやるとキモいな。正直これを嬉しいと思う人は居ないんじゃないか?と疑問と心配が胸に過ったが、すぐにそれは間違いだと思い知らされる。

 ついさっきまで人を殺せそうな程鋭い目で睨んでいた女性達は頬を赤らめて、瞳は濡れ、完全に発情した女性の顔――所謂メス顔――をしているのだ。そこかしこで太ももを擦り合わせてトロンとした顔をされたらちょっと目のやり場に困ります。確かに剣呑な雰囲気は一気に解消されたが……まあ、こうなる事は俺には予想出来なかったし、さっきの地獄のような空間よりもマシだから良しとしよう。

 さて、レポーターさんの方だどうだろうかと見てみると同じような反応をしつつも、そこはプロ根性でお店の紹介なんかをしている。うーん、流石だ。

 今レポーターが紹介しているお店は通りに面している店で、様々な種類の串焼きを売っているらしい。焼き鳥から、野菜巻き串、牛肉串等々多種多様な串焼きをリーズナブルな価格で提供していて今流行りつつあると言っているのが聞こえる。お腹が減っている時に食べ物の話題は非常にマズい。今にもお腹が鳴りそうになったので、誤魔化す様に小百合さんに話題を振る事にした。

「うぅ、美味しそうな香りが空腹を刺激しますね」

「分かります。タレの香ばしい匂いや、お肉が焼ける良い匂いが食欲をそそります」

「因みになんですが串焼きならお酒は日本酒とか焼酎を合わせるのが定番ですけど、案外カクテルもいけるんですよ」

「そうなんですか?てっきり食事とは合わせずらいと思っていたんですが違うのですね」

「そうなんです。ライムやレモンを使ったカクテルは濃い味の焼き鳥なんかとは相性が良いですね。あとは甘めのカクテルでも、お酒の銘柄を変えたりシロップを減らしたりすることで食事にも合わせることが出来ますし、意外と万能なんですよ」

「一つ勉強になりました。お料理と一緒に拓真さんが作ったカクテルを楽しむ……とても素敵です」

「有難うございます。そう言って貰えるとバーテンダー冥利に尽きますね」

 ちょっとした蘊蓄を披露したが、お蔭で空腹も少しは紛らわせる事が出来た。なによりお腹が鳴る音を小百合さんに聞かれなくてよかったよ。ホッとしつつ前を向くとこちらを見ながら聞き耳を立てていたレポーターさんと目がバッチリ合ってしまった。

「大変勉強になりました。今度串焼きを食べる時に試してみたいと思います」

 俺を見ながらそんな事を言ってきたが、カメラの方を向かなくて大丈夫なのだろうか?というか視聴者の人には俺の声は聞こえていないんだから、なんのこっちゃ?という感じだろう。

 なんて俺の心配をよそに彼女のカメラとスタジオを無視した行動はまだまだ続く。

「では、串焼き本舗さん一押しの商品をご紹介したいと思います。まずはA5ランクの牛肉を使った牛串です。注文を受けてからお肉を切り、さっと表面を焼く事で外側はカリッとした食感、中は柔らかくお肉の甘みを十二分に感じられるレアと一度で二度楽しめる串焼きです」

 ぐぅぅ……、滅茶苦茶美味しそうだな。熱々の牛串を頬張りながら辛口の日本酒をクイッと飲む。かぁ~、想像しただけでたまらんね。今日の帰りにでもお店に立ち寄って買って帰ろうかと考えていた所で予想だにしない言葉が投げかけられる。

「では早速実食といきたい所なのですが、今回は中継を見に来て下さっている人の中からお一人に食べて貰おうと思います」

 俺の方をチラチラ見ながら言ってきたが、台本と違うのだろう。スタッフさんが大慌てでカンペに何か書いて見せている。だが、そんなの知った事じゃねぇとばかりに更に言葉を続ける。

「それでは、そ……そこの男性の方。この串焼きを食べて頂いても宜しいでしょうか?」

「えっと……俺ですか?」

「はい。ご迷惑でなければお願いできないでしょうか?」

「あー、食べるのは構わないのですがカメラに映る事になりますよね?」

「お嫌でしたら絶対に映しません。ですが、声だけはどうしても載る事になるのですが、大丈夫でしょうか?」

 声だけ聞かされてもたいして美味しさや商品の特徴を伝えられないだろう。こういうのは実際に食べている所を見るからこそ色々と伝わるわけだしさ。でも、テレビに出て大丈夫だろうか?俺が並行世界から来た人間だという事は極秘事項だが、存在自体が秘匿されている訳では無い。無いがこの世界の男性と比べて余りにも違い過ぎるし、それを広めるのも問題がありそうな気がする。端末で菫さんや雪音さんに確認を取っている時間は無いし、この場で唯一事情を知っている小百合さんに聞いてみようか。

「あの、小百合さん。俺がテレビに少しだけ出ても問題無いでしょうか?」

「そうですね……、大きな反響を呼ぶ事にはなりますが、許容範囲内だと思います。ですが、あまり長い間カメラに映るのは避けて下さい」

「分かりました。――すみません、お待たせしました。大丈夫です」

「有難うございます。では、こちらにお越しください。……因みになのですがカメラに映るのはNGでしょうか?」

「少しだけならOKです」

「本当ですか!?」

「はい。ですが少しだけという事で」

「分かりました。カメラマンもその辺りは理解していると思うので――大丈夫ですよね?」

 レポーターの女性がカメラマンに問いかけるとグワングワンと首が折れそうな勢いで頷いている。これなら大丈夫だろう。という事で人生初の食レポをする事になった。

「それでは、今回串焼きを食べて頂くのはこちらの男性です!」

「ど、どうもこんにちは」

 なんだか気恥ずかしくてはにかみながらの登場となったが、周囲の女性やレポーターさんが頬を赤らめて『可愛い~』とか『あんなに格好良いいのに、可愛さもあるとか最強すぎるでしょ』とか『母性本能が擽られるわ。一杯甘やかして頭をなでなでしてあげたい』等々様々な言葉が飛び交う。

 そんな中隣のレポーターさん――名前は確か真美さんだったか――が串焼きを手渡しくる。その際少しだけ手が触れあったが、真っ赤な顔で俯いてしまった。

「あの、大丈夫ですか?」

「うぅ、初めて男性と触れ合いました。もうこの手は一生洗いません」

「いやいや、普通に洗って下さい。握手くらいなら幾らでもしますから」

「本当ですか?一度だけではなく何度もなんて」

「俺でよければ何時でもOKです。……っと何時までも喋っていたらマズいですよね。それじゃあいただきます」

 一口食べた瞬間に分かった。これは至高の一品だと。噛むまでもなく口の中でホロホロと溶けるように消えていく肉。そして絶妙な加減で振られた塩が肉の味を引き立て、更に脂っこさを中和してくれる。流石A5ランクの肉だけはあるし、それを調理する腕も確かなものだ。空腹もあって無言で食べ続けて気が付いたら串だけが残っていた。もう一本食べたい欲求に駆られるが、この後食事に行くのでグッと我慢する。それに、食レポなんだから感想を言わなければいけないしね。

「物凄く美味しくて一気に食べてしまいました。お肉は柔らかくて、塩加減も絶妙だし幾らでも食べられそうです。因みに一本お幾らなのでしょうか?」

「一本五百円です」

「そうなんですね。結構高く感じる人も居るかもしれませんが、一度食べてみたら納得のお値段だと思うんじゃないでしょうか。あっ、お店はここにしか無いんでしょうか?」

「えーとですね、本店はこのお店で支店が三店舗あります」

「じゃあ、お近くにお店がある人は是非食べてみて下さい。俺もまた遊びに来た時に絶対に買いますし纏めて四~五本買って晩酌したいですね」

「……私も同じ事をすれば貴方と一緒に飲んでいるのも同然ということになるのでは?」

 ぼそりと呟いた声が聞こえたが、物凄く拡大解釈すればそうなるのかもしれない。でも、それで良いのだろうか?という疑問が湧き上がるが本人が納得しているなら俺がとやかく言う事でも無いか。取り敢えずは今の発言は聞き流して先に進めるとしよう。

「牛肉の串焼きは大変美味しかったのでお勧めですし、他のメニューも豊富なので是非お立ち寄りください。すみません、こんな感じで終わって良いでしょうか?」

「勿論です。素敵な食レポをして頂き有難うございました。――またどこかでお会いできるでしょうか?」

「結構街に遊びに来ているので、また会う機会はあると思います。その時は気軽に声を掛けて下さい」

「はい!有難うございます」

 そうして話を終えた後小百合さんが待っている所まで歩いて行く。

「お待たせしてすみません」

「いえ、そんな事はありませんよ。それに、拓真さんの素敵な一面を見られましたし」

「それならよかったです。では、少し遅くなりましたがご飯を食べに行きましょうか」

「はい」

 こうしてこの世界で初めてのテレビ出演は終わりを告げた。良い経験が出来たし、小百合さんも楽しんでくれたようで満足だ。さてさて、中途半端に食べたせいでより空腹が強くなっているしガッツリと食べよう。やはり肉が良いかな?なんて考えながら歩いて行くのだった。


 暫し歩いてお店に辿り着き、個室があるという事でそこを選んだ。流石に二人用は無くて、一番小さいサイズで四人用だったので結構スペースが余っている。そんな中俺の対面に小百合さんが座った所で声を掛けた。

「ふぅ、ようやく一息付けますね」

「はい。拓真さんと一緒に行動してからそれほど時間は経っていないのですが、凄く濃密に感じます」

「ですよね。普段はもっと緩いんですけど今日は運が良いのか悪いのか短時間で色々な事がありましたから、俺も小百合さんと同じく濃密な時間を過ごしたなぁと思います」

「お疲れでは無いですか?もしお辛いようでしたら、食事が終わった後にタクシーを呼びますが……」

「普段から鍛えていますからまだまだ大丈夫です。小百合さんこそお疲れでは無いですか?」

「拓真さんと一緒ですから元気一杯です。これから遊園地に遊びに行く事だって出来るくらいですよ」

「おぉー、意外と体力があるんですね。でも、無理はしないで下さいね」

「分かりました。有難うございます」

 そうして一旦話を終えてからメニューを確認して、注文する事に。因みに俺が選んだのはステーキ定食と麻婆豆腐定食だ。小百合さんは海鮮丼を選んだ。さて、食事が届くまで多少時間が掛かるし、何を話そうかなと話題を探していると小百合さんの方から話しかけてきた。

「二つも注文するなんて拓真さんは健啖家なのですね」

「うーん、そうなんでしょうか?基本的に料理の量が少ないので二つは注文しないと足りないんですよね。逆に女性はこんな少量で良くお腹一杯になるなと思うのですが」

「その辺りは男女の違いもあると思いますが、私は飲食店で出される量で十分ですね。拓真さんがいらした世界では女性も沢山食べるのですか?」

「この世界の女性の一・五倍くらいは食べるんじゃないですかね。普通にご飯を食べた後にデザートとかも注文しますし、トータルで考えると男と変わらないくらいなのかな」

「凄いですね。そんなに食べたらお腹がパンクしてしまいそうです。それに、間違いなく太りますね」

「確かに。女性にとっては太るというのは大敵ですからね。小百合さんもその辺りは気を付けているんですか?」

「はい。食事については脂っこいものを避けるとか、お菓子を食べ過ぎないようにする等ですね。後は毎日三十分程お散歩をしています」

「健康的ですね。俺も散歩は毎日しているんですよ。仕事が終わった後なので早朝になりますが」

「ふふ、お散歩仲間ですね」

「ですね」

 他愛も無い話に花を咲かせていると注文した料理が届いたので、受け取り早速食べる事に。二人揃って手を合わせていただきますをしてからご飯を口に運ぶ。最初に口を付けたのはステーキ定食だ。肉は少し前に食べたA5ランクと比べると若干劣るがそれでも美味い。半分は塩胡椒を振って食べて、残りの半分は大根おろしソースをかけて食べる。こういう味を変えれるのは凄く有難い。やっぱり同じ味だと飽きてしまうからね。美味しくて無言で食べ続けるうちにいつの間にか完食していたので、次の料理へと移る。お次は麻婆豆腐定食です。麻婆豆腐は土鍋に入っているので少し時間が経った今でも湯気を立てていて熱々だ。ラー油の赤と唐辛子の赤が目に鮮烈で、花椒の香りが鼻孔を擽る本格的な一品だ。スプーンで一口分を掬い口の中へと入れると、強烈な辛さが脳に響く。ついで旨味が届き、食べ終わった後には次が欲しくなる。そんな病みつきになる美味さだ。単体でもこれだけ強力なんだからご飯と合わせれば最早最強なのでは?と思い麻婆豆腐をご飯にかけて一口。………………言葉が出てこない。これは神が作りたもうた最強の組み合わせであり食べ物だと心の底から感じられる。もうね、食べる手が止まらずに只管に食べ進めていく。そう、目の前に小百合さんが居る事さえ忘れて。

 そうして完食して顔を上げると、目の前に座る小百合さんが慈愛の籠った眼差しで俺を見ている事に気が付いた。

「うぅ……つい食事に夢中になってしまいました。すみません」

「お気になさらずに。黙々と食べている姿が可愛くてもっと見たかったくらいですから」

「そう言ってもらえれると助かります。――それにしても料理が凄く美味しくて吃驚しました。流石口コミ評価が高いだけはあります。小百合さんのお口には合いましたか?」

「はい、とても美味しかったです。お刺身も新鮮で、生臭さも無くて市場で食べるものと遜色無いレベルですね」

「そう聞くと食べてみたくなりますね。今はもうお腹一杯なので今度街に来た時に食べてみようかな」

「お勧めですので是非。それと出来ればその時は私も一緒だと嬉しいです」

「じゃあ、また二人で遊びに来ましょう」

「はい!その日を楽しみにしています」

 ニコニコを笑顔を浮かべながら、心底嬉しそうに言う姿は余りにも可愛い。口元に覗く八重歯を気にして笑顔を見せなかった最初の頃とはだいぶ変わったと思う。良い変化だし、これからも少しずつ変わっていって最終的には他人が居る所でも屈託のない笑顔を見せてくれるだろう。その日が今から楽しみだな。そうした変化を見つつ、暫く食後の休憩をしてから食堂を出て、再び散策に移る。

 アクセサリーショップに立ち寄ってあれこれ見たり、猫カフェの通りに面しているガラス窓から猫を見て可愛いと言い合ったり、カフェでお持ち帰りした新作の飲み物が思いの外不味くて小百合さんに愚痴をこぼしたりと楽しい時間を過ごしていると気が付けば空は暗くなり、街灯が灯る時間になっていた。

「もうこんな時間なんですね。さっきまで明るくなかったですか?」

「明るかったですね。楽しい時間は一瞬と言いますが、拓真さんと一緒だと尚更そう感じます」

「俺も同じです。小百合さんと居ると何気ない事でも楽しくて、本当に良い一日を過ごせました。それと、遅くまで付き合わせてしまってすみません」

「お気になさらずに。この時間でしたら問題ありませんから」

「そうですか。改めて楽しい時間を小百合さんと過ごせて良かったです」

「私も有難うございました。あの、また今度一緒に遊びに行きませんか?」

「はい、是非お願いします」

「では、今度は朝から待ち合わせなどをして一日遊びたいですね。それと、その時は頑張ってマスクを外して拓真さんと過ごしたいです」

「――大丈夫ですか?無理をしなくても良いんですよ。少しずつ段階を踏んで慣れて行く事が大事ですから」

「流石に丸一日マスクを外すというのは無理だと思いますが、せめて半日くらいは頑張りたいでです」

「うーん……、分かりました。でも無理は禁物ですよ」

「はい」

 小百合さんの成長を感じつつも、どこか急いてるような感じもして少し心配になる。何時遊ぶかはまだ決まっていないので、それまでに少しでもトラウマを緩和できるように俺も努力しなければ。そう決意を固める。

「じゃあ、今日はこの辺で終わりましょうか」

「分かりました。もっと拓真さんと一緒に居たいですけど、それは次回に取っておきますね」

「はい。あの、帰りは電車ですか?」

「そうです」

「夜に女性が独り歩きするのは危険なので気を付けて下さいね。なんならタクシーを呼びますが」

「ふふっ、大丈夫ですよ。寧ろ危険なのは拓真さんの方です。男性が一人で歩いていたら何をされるか分かったものでは無いですから、絶対にタクシーで帰って下さいね」

「あー、この世界ではそうなるんだよな。分かりました」

 一通り話した後、タクシー乗り場まで小百合さんと移動してそのままお別れする事に。発車してから後ろを振り返ると何時までも手を振っている小百合さんの姿が目に映る。それは、通りを曲がり見えなくなるまで続くのだった。

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