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第十八話

 雪音さんと菫さんの二人と自然公園に遊びに行ってから数週間が経った。あれ以来barに来たり二人で遊びに行く事は幾度かあったが三人でどこかに行くというのは無い。それぞれ仕事をしているし、俺以外の二人が多忙な為やむを得ないのだがまた機会があれば遊びに行きたいと思っている。とはいえ全員のスケジュールを合わせて、かつ仕事にも支障が出ない様に段取りを組まないといけないので中々面倒臭くて億劫になってしまうのがねぇ……。いつか、いつかと後回しにしていたら何時まで経っても機会が訪れないのは分かっているんだよ。こう、何かきっかけがあれば良いんだけどなんて他力本願なのは良くないか。

 なんて考えながらも開店準備を進めていく。今日は朝起きた時点で曇天で、これは雨が降るかなと思っていたら予想通り夕方から雨が降り始めた。飲食店にとって雨の日は客足が遠退いて売り上げが下がる為歓迎は出来ない。特にbarはお酒を提供するので雨宿りがてら来店すると言った事も無いし、こんな日にわざわざ飲みに行こうという奇特な人も少ないので雨の日は結構暇だったりする。とはいえ完全に来店客が〇という訳では無いのでお店は開けておかなければいけないし、傘立てや雨に濡れたお客様に提供するタオルの準備や店内の室温をいつもより少し上げておくなどの準備もしなければいけない。そしてなによりも大変なのが閉店後の掃除だ。泥汚れや雨水で床がかなり汚れる為入念に清掃しなければいけないので時間も掛かるし体力的にもキツイ。とまあ、愚痴をこぼしても何も変わらないし仕事だから確りやるんですけどね。

 色々と考えつつも手を動かしていると開店時間間近となったので改めて身嗜みを確認してから店内をざっと見回る。特に問題も無かった為オープンです。


 時刻は二十一時を過ぎた辺りで、先程店内にいた最後のお客様が退店された所だ。ふと窓ガラス越しに外を見ると結構強い勢いで雨が降っており、地面に水溜まりが出来ている。これは今夜はもうお客様はこないかな?と思っていると、不意にドアベルが鳴る。ドアの方へと目をやると一人の女性が店内へと入ってくるところだった。

「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」

 お客様を席へと案内しつつさり気無く雨に濡れいていないかを確認する。服は濡れておらず、足元も同じだったのでタオルは必要無いだろう。そうしている間に席に座ったので注文を確認してからカクテルを作っていく。最初のオーダーはカシスオレンジという男女問わず人気の品だ。特徴は非常に飲みやすく口当たりが良い点だろう。アルコール度数も高くない為お酒があまり得意でない人でもカシスオレンジは飲めるという人も多い。かく言う俺も好きなカクテルだったりする。

 オリジナルアレンジを加えた一杯も美味しいのだが、今回作ったのはスタンダードな方だ。サッとカクテルを作ってコースターの上にグラスを置く。

「お待たせいたしました。カシスオレンジでございます」

「有難うございます」

 そう言ってから口を付ける……かと思いきや中々グラスを持とうとしない。目の前にいるお客様は何度か来店されているのだが、今まではカウンター席の端の方をご希望されていたので飲んでいる所を見た事が無い。――もしかして何か不手際でもあったのだろうか?今は店内に他のお客様が居ない為いつもの端の席では無く真ん中に案内したのだがマズかったか?それとも作ったカクテルに不備があったのだろうか?不安が胸を押し潰しそうになり、冷汗がジワリと流れる。このまま無為に時間を浪費してもなにも変わらないし、何か問題があったのか聞くべきだろう。

「あの、お客様。カクテルに何かありましたでしょうか?よろしければお取替えいたしますが」

「あっ、あの、大丈夫です。ただ――飲んでいる姿をあまり見られたくなくて」

「左様でございますか。では、少しの間バックヤードに行ってまいります」

「すみません。ご迷惑をお掛けします」

「お気になさらずに」

 そうしてバックヤードに引っ込む。今までバーテンダーをしてきて飲んでいる姿を見られたくないという人は初めてだ。単に人見知りなのか、将又別の理由があるのか。んー、そういえばあのお客様は来店する際必ずマスクをしているな。外している所を一度も見た事が無いし、暑い日でも必ず着けている。そこに理由が隠されているのだろうが、無暗に詮索するのは良くないな。人それぞれ事情を抱えているものだし、俺が気にするべき事では無い。

 さて、そろそろ戻ろうか。あまり席を外すのも良くないからな。そうして戻ってきた所で思わぬアクシデントが発生する。ちょうどお客様がマスクを外してカクテルを飲んでいる所に出くわしてしまったのだ。お互いの視線が交差し、同時に固まってしまう。完全にやらかしてしまった。他人見られたくないと言っていたのにバッチリ目にしているのだから言い訳のしようも無い。ここで取りべき行動はただ一つ。謝罪だ。

「申し訳ありませんでした。もう少し時間を置いてから戻るべきだったのに配慮が足りずすみません」

「いえ、私の方こそご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 お互いに謝罪をした後無言になってしまう。なんとも居た堪れない気持ちになるが、ここでまたバックヤードに戻るというのも変だし仕事に支障をきたしてしまう。よってこの場を離れる訳にもいかず、取り敢えず仕事をする事にした。その際ふとお客様の様子を伺うとマスクを外していた。飲み物を飲んでいるのだから当然と言えばその通りなんだが驚いたのはその素顔だ。可愛いと綺麗を見事に両立した造形でまさに完璧と言える顔立ち。そして肌理の細かい肌は白く透き通っていて染み一つない。可愛い人や綺麗な人は今まで嫌と言う程見てきたし、菫さんや雪音さんも美人だ。だが、基本的にはどちらかに振り切れており両立しているという人は見た事が無い。――でもそれは今を持って終わりを告げる。目の前の可愛いと綺麗を併せ持つ人に出会えたのだから。

 思わず馬鹿みたいに口をポカンと開けて見惚れてしまう。彼女が理由は分からないが人に素顔を見せたくないという事も忘れて……。

「あっ、すみません。お見苦しい物をお見せしました」

 そういって素早くマスクを着けて顔を隠してしまう。その一言で我に返った時には時すでに遅し。お客様の方へ顔を向けると申し訳なさと悲しさを浮かべた表情で俯いてしまっている。

「いえ、見苦しいなんてそんな事はありませんよ。物凄く美人だったので見惚れてしまいました」

「………………ですが、私の口元を見ましたよね?その……気持ち悪くありませんでしたか?」

「口元ですか?別に気持ち悪いとは思いませんでしたよ」

「……八重歯が生えていて怖くて化け物みたいですよね。男性――いえ、佐藤様にだけは見られたくなかったです」

 八重歯が怖いと思ったことは無いし、ましてや化け物と考える事は絶対にない。それに普通にしていたら見えないし、さっきはお互いに驚いて少し口を開けていたから見えただけで特に思う所は無い。だけど先程の遣り取りを振り返るとそう考えるに至った重い事情があるのは分かる。俺に何が出来るか分からないけど少しでも気持ちが軽くなる様に手助けしてあげたい。だから嫌われるかもしれないけど少し彼女の内面に踏み入ってみよう。

「もしよろしければ何故そう思うのか聞かせてもらっても宜しいですか?微力ながら私にできる事があるかもしれませんし」

「――分かりました。幼少の頃は口から覗く八重歯を可愛らしいと褒められていて、周りの人達も特に気にする事も無く過ごせていました。ある時親に連れて行かれたパーティー会場で私と同年代の男の事話す機会があったのですが、初めて見た男性という事もあり粗相がない様に精一杯の笑顔を浮かべて挨拶したのですが……。相手から返ってきたのは『笑ったら吸血鬼みたいで気持ち悪いし怖い』という一言のみで、恐怖に顔をひきつらせた彼は親に手を引かれ早々に私から離れていったのです。それ以来他人に口元を見せるのが怖くなり外に出る際に必ずマスクを着用するようになりました。だって、誰も吸血鬼みたいな醜く悍ましい顔は見たくは無いでしょうから」

「………………」

 想像よりも重い話に言葉が出てこない。俺が居た世界ならそんな事を言われても大して気にしないし、すぐに忘れてしまうだろう。仮に引きずったとしても友達や親がフォローしたり、慰めてくれるだろうし傷は時間を掛けずに癒えていくはずだ。だけど、それはあくまで男女比がほぼ一対一の世界だから言える話であって男女比が一対二百のこの世界では全く意味が違ってくる。気持ち悪い、怖いと男性から言われるのは死刑宣告と同等であり大人でも面と向かって言われたら自殺まっしぐら。なんとか持ち堪えたとしても精神を病んで狂ってしまうか、一生外に出ることが出来ずに引き籠ってしまうだろう。では大人でもそんな状態になるのに、精神が未発達の子供ではどうなるか?――答えは死ぬ。精神的ショックで心不全を起こして死亡、あまりの絶望に自殺、重度の摂食障害を引き起こし死亡等々理由は様々だがまず死ぬだろう。それ程に子供の言った事とは言え嫌悪感を前面に押し出した言葉の持つ殺傷力は高いのだ。だからこそ彼女が今まで生きてこれたのは奇跡という他無い。周囲の人間の手厚く献身的な看護と彼女自身の想像を絶する努力があってこそ今があるのだろう。

 彼女に尊敬の念を抱くと同時に暴言を吐いた少年に対して激しい憤りを感じる。子供の言った事だからで済む話では決して無い。少なくとも初対面で言う言葉では無いし、子供であろうとも言って良い事と悪い事の判断は出来るはずだ。それなのに、悪びれもせずに行うというのは狂っているとしか言いようがない。男に生まれたから何をしても許されると勘違いして、増長した結果がこれなのだから本当に救いようが無いよ。目の前に居たらぶん殴っていたし、二度と同じ事を言えなくしていただろう。

 だが、過去に戻る事は出来ないし今の俺がすべきことはそんな事じゃない。今も心に負っている傷を少しでも癒してあげて、前を向ける様に手を差し伸べるんだ。男性から受けた傷は同じ男性にしか癒せないのだから。

「お客様は――ええと、九条さんはご自身の八重歯についてどう思われているのですか?」

「昔は自分でもチャームポイントだと思っていましたが、今はこんなの無ければいいのにと思います」

「そうですか。マスクは何時頃から付けてるのでしょうか?」

「幼少の頃に男の子から言われてからすぐですので、かれこれ十数年は使用しています。外出する際には手放せないし、マスクを着用せずに出歩くのは無理です」

「なるほど。……先程私が戻ってくるのが早かった為お顔を見てしまいましたが、とても綺麗だと思いました。可愛らしさと綺麗が両立していて恥ずかしながら見惚れてしまったほどです」

「えっと……有難うございます。男性からそんな事を言われたのは初めてなのでドキドキしてしまいますね」

 頬を赤らめながら少し恥ずかしそうに言う姿は物凄く可愛い。そしてはにかんだ際にチラリと見える八重歯も個人的にはとても好みに刺さる。ニヤニヤしそうになる表情筋を必死で抑え込んで平静を装っているがバレていないよな?んんっ、話はまだこれからだし気合を入れていかねば。

「これは私の昔の話なのですが、学生時代に先生から頼まれ事をしまして違う学年のクラスに行ったんですね。初めていく場所だし知り合いもいないので教室の扉の前でウロウロしながら、誰か話しかけやすい人は居ないかと探していました。丁度その時教室に入ろうとしていた女子生徒がいたので声を掛けたのですが、物凄い嫌そうな表情で『なんですか?』って言われてしまって。その時点で少し泣きそうになっていたのですが、先生からこれを届けるように言われたんですと言ってから渡したんですが、その際にハンカチで直接触れないように取られてしまって……。それから高校を卒業するまでは軽い女性不信でした」

「………………信じられません。男性に対してそんな態度を取るなんて他の女性から殺されても文句は言えませんね。そもそも男性と接触する機会が人生で一度あるかないかなのに自ら棒に振るなんて愚かの極みです」

 ふんすっと息を荒げて怒ってくれるのは嬉しい。確かにこの世界基準で見れば九条さんが言っている事は何も間違ってはいない。ただ、俺の居た世界では少なからず起こりうる出来事だしましてや多感な高校生時代ともなればさもありなんと言った所だ。とはいえその出来事が切っ掛けで女っ気の無い灰色の青春時代を過ごす事になったのは今でもモヤモヤするけどさ。

「――私が負った心の傷は九条さんが受けたトラウマと比べれば笑えるくらい些細なものですが、いずれ癒える時は必ず来ます。私も微力ながらお手伝いできればと思っていますし、どうでしょうか?一緒に過去の出来事を乗り越えてみませんか?」

 そう言って手を差し伸べる。子供の頃から今までずっと癒える事なくあり続ける心の傷を俺一人の力でどうにかできるかは分からない。でも、何もせずに傍観している事だけは絶対にしたくないんだ。少しでも九条さんの力になりたい、その一心で手を差し出しが今だ掴まれることは無く宙を彷徨っている。やはり迷惑だっただろうか?と引っ込めようとした時小さくて柔らかい感触が俺の手を包み込む。

「有難うございます。――もう私だけではどうしていいか分からず、途方に暮れていたんです。佐藤さんの優しさに甘えさせてもらっても宜しいでしょうか?」

「勿論です。二人で一歩ずつ前に進んで行きましょう」

「……ううっ……ありが……とう、ございます」

 涙を流しながら感謝の言葉を告げてくる。九条さんの心に溜まった澱が頬に流れる雫と共に出て行っているみたいだ。今まで一人で一所懸命に頑張ってきたけど、これからは二人で進んで行ける。だから今だけは心行くまで涙を流していいんだよと言葉にはせずに想いをそっと九条さんに投げる。

 店内にはすすり泣く声と、雨音が木霊していた。


 暫く時間が経って九条さんも泣き止み大分落ち着いた頃。俺は猛烈に悩んでいた。女性が号泣した後に掛ける言葉が何も思い浮かばないからだ。何事も無かったかのように気さくに話しかけるのは違うし、かといって重々しく語るのも違うだろう。こんな事はバーテンダーをやっていて初めて経験したし、プライベートでも泣いた女性と会ったことは無いからマジで困る。うーむ、こうなったら天気の話題でも振ってみるか?一番当たり障りが無いだろうしそれでいこうと、口を開きかけた時九条さんが話しかけてきた。

「お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ありません」

「いえ、お気になさらずに。――少しは気持ちが楽になったでしょうか?」

「はい。佐藤さんのおかげです。こうして私の過去を話したのは母以外は初めてだったのですが、受け入れて下さるだけではなく、トラウマを克服する手助けまでしてもらえるなんて。このご恩をどうやってお返しすれば良いのか……」

「恩に感じる必要はありませんよ。九条さんのお話を聞いて助けたいと思ったから微力ながらやれる事をしようとしただけですから」

「それでも有難うございます」

 頭を下げながらそう言った後、微笑みを浮かべる九条さんはやはり美しい。いつかはマスクを外した姿を色々な人に見て貰って彼女の魅力を感じて欲しい所だが、焦ってはいけない。一歩一歩少しずつ進んで行かなければ悪化する事も十分に考えられる。慎重に、かつ時間を掛けて改善していこう。

 ――さて、こうして協力関係になった事だしお祝いというのも変だがこういう時にお勧めのカクテルを提供しよう。今から作るのはダイキリだ。有名なカクテルなので知っている人も多いだろうし、愛飲している方もいるだろう。材料はラム酒・ライムジュース・砂糖でこれらをシェイカーに入れてシェイクすると出来上がりだ。注意点としてはアルコール度数が二十~二十五度と高い為飲み過ぎには注意と言った所だろうか。九条さんは二杯目なので大体十八度くらいになる様に調整して作る事にする。

 サッとグラスに注ぎ、新しいコースターを置いてからグラスを上に置く。

「お待たせしました。ダイキリでございます」

「あの、注文していないのですが……」

「新たに一歩踏み出した九条さんへ送る私からのプレゼントです。――ダイキリのカクテル言葉は希望なので今の状況に合うのではないかと思いまして」

「はい、とても嬉しいです。希望……確かにそうですね。今の私の胸にはこれから訪れる未来への希望が灯っています」

「きっと輝かしい毎日が待っていると思います」

「はい!――では、いただきますね」

「どうぞ」

 コクコクと白い喉を鳴らしながらダイキリを飲んでいく。スッキリとした味なので女性でも飲みやすいけど果たして九条さんの口に合っただろうか?

「初めて飲みましたがとても美味しいです。程よい酸味と甘みがマッチしていて爽やかな気分になれますね」

「お口に合ったようで何よりです。今回お作りしたカクテルは二杯目なので少しアルコール度数を下げた物なので、口当たりも軽く飲みやすいと思いますよ」

「お気遣いいただきありがとうございます」

「お客様の状況や状態に合わせて最適なカクテルを作るというのはバーテンダーの基本ですので」

 なんて言ったが少し気障っぽかっただろうか?いや、当たり前のことを言われても困るんですが……みたいな反応をされてもおかしくはない。果たして九条さんのリアクションはいかに。

「当たり前の様に仰いましたが、とても凄いと思います。お一人でお店を回しているに全てのお客様の様子を見てレシピを調整するなんて本当に尊敬します。それにそういう事をサラリと言えるのは格好良いです」

「そこまで褒めて貰えると少し恥ずかしいですね。私にとっては当然の事をしているだけなので」

「ふふっ、そういう所も含めてとても魅力的ですし好きです」

 頬を朱色に染めながら『好きです』の部分を少し強調して言ってくる。だが、ここでもしかして俺の事を好きなのでは?なんて勘違いをしてはいけない。あくまで人としてとか、バーテンダーとし好きという事だからな。この部分を間違ってしまうと勘違い男として痛々しい行動を取る事になるので注意しなければいけない。よって、この場合の最善手はこれだ。

「ありがとうございます。九条さんのような素敵な女性にそう言って貰えて男冥利に尽きます」

「……あの、もしよろしければ私の事は小百合と呼んでいただけませんか?し、親交を深められてのでお嫌では無ければお願いしたのですが……」

「分かりました。では小百合さんと呼ばせてもらいますね。私の事も拓真と呼び捨てで構いません」

「流石に男性を呼び捨てには出来ませんので、拓真さんとこれからは呼ばせていただきます」

「分かりました」

 仕事中に知り合った方は基本的に苗字で呼ぶようにしているのだが、今回は特別だ。九条さ――小百合さんとはこれからも長い付き合いになるだろうからね。あっ、因みに雪音さんと菫さんは病院で出会ったのが初めてなので普通に名前で呼んでいる。

 仕事とプライベートは確りと分けて考えるのは大人なら当たり前だからね。なんてしたり顔を内心浮かべていると小百合さんがこちらを見ながら少し寂しそうな表情で声を掛けてくる。

「もう少し拓真さんとお話をしていたいのですが、そろそろ時間なのでお会計をお願いします」

「今日は小百合さんが一歩前に踏み出した記念としてお代は結構です」

「えっ、ですが……。本当に良いのですか?」

「はい。またご来店頂いてお話し出来れば十分ですから」

「分かりました。絶対にまた来ますね」

「お待ちしています」

 その後身支度を整えた小百合さんを入り口まで見送る事に。外は未だ雨が降っていて空気もひんやりとしている。店内は少し暖房を入れていた為寒暖の差で体調を崩さない様に一言伝えようか。

「外は少し冷えるので体調にはお気を付け下さい」

「ご心配頂き有難うございます。拓真さんもご自愛ください。それではさようなら」

「お気をつけてお帰り下さい」

 見送った後店内へと戻り仕事を暫く続けていたが、お客様が来店される事もなく閉店となった。明日からは小百合さんのトラウマ克服の為に俺に何が出来るか考えなきゃな。取り敢えずはネットで参考になりそうな情報でも探すか。

 ふぅ、今日も一日お疲れ様でしたっと。

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