第十話
ボタンシャツを買い終え、次に向かったのは下着売り場だ。情けない話だが、この間テーブルを移動しようと腰を屈めた際にビリッとお尻の部分が破れてしまったんだよね。下着なんて頻繁に買い替えるわけでも無いし限界が来たのだろうと思い、他のパンツもチェックしてみたら結構痛んでいたのでこの際一気に買い替えようと思った訳だ。
さて、男性の下着なんて色気もへったくれも無いし、デザインも無地かプリント柄かくらいしか選択肢が無い上に形状もトランクスかボクサーパンツ、後は使用者は圧倒的に少ないがブリーフしかない。ちなみに俺はトランクス派です。おっと話が逸れたが下着売り場に着くと二人の様子がどうにもおかしい。もしかしてトイレにでも行きたいのかな?それなら一言声を掛けてあげるのが優しさってものだろう。
「ここでの買い物は然程時間がかからないし、二人は休んでいても大丈夫ですよ」
「い、いえ。お付き合いします」
「えぇ、何も問題ありません」
いや、ソワソワ、モジモジしながら言われても説得力が無いんだが……。まあ、大丈夫って言っているんだしこちらからこれ以上何かを言うのも失礼か。別にトイレに行くのを恥ずかしがる年齢でもあるまいし。というわけでちょっと様子が変な雪音さんと菫さん、そして山田さんを引き連れて下着を見る事にした……んだけど俺から少し離れた所で二人がコソコソと話しているのが耳に入る。
「男性の下着を生で見たの初めてだよ。女性物と違って余り種類が多くないんだね。雪音はどう思う?」
「そうね。当然だけど置いてあるのもパンツのみでブラジャーは無いし。デザインも似たような感じで凝っている物は無いのね~」
「でも、雪音。これを拓真さんが履いている姿を想像してみて」
「ちょっと、それはあまりにも不謹慎ですよ。……まあ、気にはなりますが」
「だよねぇ。格好良い拓真さんの下着姿。――あぁ、ほんの少し頭に思い浮かべただけでお腹が疼いちゃう」
「………………もう、替えの下着を持って来ていないのにどうしてくれるの?」
「少しくらいなら我慢ね。別にベトベトになる程濡れている訳じゃないんでしょ」
「まあ、そうね」
うーん、後半になると生々しさが半端ない。ていうか雪音さんは確定としてこれは菫さんもパンツに染みを作っているのだろうか?男の下着姿を想像するだけでそこまでなって事はいざ夜の営みをするとなったらとんでもない事になるのは間違い無し。この世界の女性の多くがそうなのか、二人だけが感度が高いのかは分からないが、どちらにせよ良い情報を手に入れられた。
しかし、ここでホクホク顔を見せてはいけない。紳士として守らねばならぬルールと言うものがあるからな。聞こえなかったフリをして適当に選んで、買い物を済ませよう。女性二人――いや、三人の名誉の為にもね。
あまり長居するのも女性陣の精神衛生上宜しくないので早々に買い終え、必要な物は全て揃った。後は雪音さんが買いたい物があるらしいのでそちらに付き合う事になる。
「じゃあ、俺の買い物はこれで終わりましたし、雪音さんの方にお付き合いしますね」
「有難うございます。ですが、一旦休憩しませんか?移動に買い物で拓真さんもお疲れみたいですし」
「そうですね。そうしましょうか。喫茶店とかあればいいんですけど、何階にあるのかな?」
「あそこにフロアマップがあるので確認してきます」
そう言うと俺達から離れて歩いて行った――と思ったらもう戻ってきたよ。まあ、歩いてすぐの距離だし当然か。
「どうやら一階にチェーン店のコーヒーショップがあるみたいです。そこでも宜しいですか?」
「構いませんよ。では行きましょうか」
雪音さんにそう答えると三人揃って歩き出す。今いるフロアが六階なので一階まで移動するのはちょっと面倒だ。行きはエスカレーターだったけど、楽をするために今度はエレベーターを使います。幸い俺達以外に乗り込む人はおらず、そのまま一階へ。件のコーヒーショップはちょっと離れた場所にあるらしく少し歩くことに。ワイワイと雑談をしてながら移動しているとあっという間に着いてしまった。お店の名前はリトルカップという可愛らしい感じだ。一般的に有名どころだとスターバックス・コメダ珈琲・タリーズコーヒー・ドトールコーヒー辺りだろうか。俺が知らないだけかもしれないが俺の居た世界ではリトルカップというお店は無かったはずだ。女性が圧倒的に多いから甘い系の飲み物やデザートなんかが充実してそうな気がする。何はともあれ入って見なければ何も分からないので先頭を切って入店する事にした。カウンターの前には並んでいる人が結構いる。三時のおやつタイムに近いので休憩している人が多いのだろう。まあ、かく言う俺達も同じような物なんだが。
とまあ、そんな感じで最後尾に着こうとしたわけだが、前に並んでいた人達が一斉に左右に分かれだした。その様はまるで聖書に出てくるモーゼが海を割るが如し。いきなりの出来事に唖然としていると、近くにいた一人の女性が話しかけてくる。
「あの、よろしければお先にどうぞ」
「えっ~と、いいんですか?順番待ちしていたのに割り込むみたいな形になっちゃいますけど」
「構いませんよ」
ニコリと笑顔で答えてくれているし、他の人達もウンウンと女性の言葉に首肯しているのでここはお言葉に甘えさせてもらおうか。
「有難うございます。では、お先に失礼します」
お礼を述べてからカウンターに向かうと緊張でガチガチになっている店員さんが居た。まるで油が切れたようなロボットを彷彿とさせる動きで注文を聞いてきたが大丈夫だろうか?
「えっと、ホットコーヒーを一つと抹茶フラペチーノを一つ、後はアールグレイティーラテを一つお願いします」
「か、畏まりました。少々お待ち下さい」
ギギギッと擬音が聞こえそうな動きで飲み物を作りに行く姿を見つつ暫し待つ事に。ちなみに俺がコーヒーで、菫さんが抹茶フラペチーノ、雪音さんがアールグレイティーラテだ。事前に注文を聞いていたんだけどやっぱり女性は甘い物が好きなんだなって思ったよ。俺も甘い物は割と好きなんだけどカロリーがね……凄いから沢山は食べられない。十代なら問題なけど二十四ともなると少し気を抜くとお腹周りに脂肪が付き始めるから恐ろしいですよ。じゃあ、ご飯を食べずにお菓子を食べればいいじゃないと思うがそういったものはエンプティカロリー食品なので百害あって一利なし。偶に食べるくらいが丁度良いんだよ。
と蘊蓄を頭の中で垂れ流していると、いつの間にか店員さんがカウンターに戻ってきていた。
「お待たせ致しました。ご注文の商品になります」
「有難うございます」
トレーに載せられた商品を受け取ると、空いている席へと移動……しようと思ったが殆ど埋まっている。空いているのは一人用くらいで、三人で座れる場所はないかな。さてどうしたもんかと考えていると、横から菫さんがお嫌でなければですがと前置きしたうえで案を出してくれた。
「相席であれば三人揃って座る事が出来ます。ただ、その場合他の女性が近くに居る事になりますが」
「俺は相席でも大丈夫ですよ。菫さんと雪音さんはどうですか?」
「私も大丈夫です」
「そうですね……、少し心配ではありますが拓真さんが気にしないと言うのであれば問題ありません」
「じゃあ、空いている場所を探しましょうか。というか相席してくれる人いるかな?」
知らない人とスペースを共有するのって嫌がる人多いからな。最悪の場合どこか適当にベンチでも探すしかないかと考えていると、ガタガタガタと椅子を移動する音が店内に響く。すわ、何事か!と視線を巡らせると丁度三人が座れる場所が至る所で出来ていた。そしてニッコリ微笑みを浮かべながらこちらを見ている女性達。あー、そう言う事ね。うん、どこかにお邪魔したいんだけど選ばれなかった人とか可哀想じゃないか?上手く角が立たない様にしたいけどいい案が浮かばない。
なんとなく菫さんの方を見ると良い笑顔で一つ頷いてから言葉を紡ぐ。
「あそこなんてどうでしょうか。少し奥まった位置ですし、通りからの視線も遮れるので落ち着けると思いますよ」
「良いですね。じゃあ、ちょっと相席してもいいか聞いて来ますね」
「あっ、私達も一緒に行きます」
ササッと移動して席に座っている人達に聞いてみると二つ返事でOKを貰えました。三人組の女性で見た目からして社会人だろう。二人は美人系、一人は可愛い系で女優やアイドルが裸足で逃げ出す程整った顔立ちをしている。大変目の保養になります、有難うございました。
ナムナムと心の中で一つ拝んでから席に座る。
テーブルを囲んでいるのは俺を含め六人だが、女性陣全員がこちらを見ているので少し気まずいのでコーヒーを飲んで落ち着こう。ズズッと一口飲むとスッキリとした苦みが舌を楽しませ、芳醇な香りが鼻孔を擽る。挽きたてならではの味にこりゃあインスタントコーヒーじゃ逆立ちしたって勝てないなと強く思う。というか本当に美味しくて今まで飲んだコーヒーの中でトップ五には入るね。こりゃいい店を見つけたと内心ホクホクしていると、隣に座る雪音さんが声を掛けてきた。
「お口に合いましたか?」
「はい。とても美味しいです。チェーン店でここまでの商品を出すとは思いませんでした」
「このお店はラテやフラペチーノなどが人気ですが、コーヒーも他店より美味しいと評判なんですよ」
「そうなんですね。言われてみると納得の味だな。毎朝飲みたいくらいですよ」
「拓真さんはコーヒーがお好きなんですか?あまり飲まれている姿を見た事が無いのですが」
「そうですね、毎朝飲んでます。起きたばかりで頭が働かない時にカフェインを取って目覚めさせるのが主な目的で、朝食代わりっていうのもあります」
「朝ごはんは食べないのですか?」
「作るのが面倒臭くて食べなくても良いかなって。どうしても一人暮らしだとズボラになってしまうんですよね」
俺の言葉にうーん……と考え込む雪音さんと菫さん。対照的に相席している女性三人は一人暮らしというワードに色めき立っている。基本的に男は家族や配偶者と暮らすのが当たり前で一人暮らしなんてありえない。安全性の面から言っても絶対にするべきではない。が、目の前に男一人で生活している人が現れたんだからキャッキャッと騒いでも仕方ないだろう。
そんな三人組をよそに、再び雪音さんが話しかけてくる。
「朝食を抜くのはお勧め出来ないので出来れば食べて欲しいのですが、難しいですよね?」
「うーん、パンを一枚齧るくらいなら何とかなると思いますけど……」
「それはちょっと駄目ですね。あっ、そうだ。私の職場で取り扱っている物なんですが一日に必要な栄養素の半分を摂れて、カロリーも五百kcalある栄養ドリンクがあるんですが、それなら飲むだけですし手間もかからないのでどうでしょうか?」
カロリーメイトリキッドみたいな物かな。雪音さんの職場――病院――で扱っているんだから中身は全然違うだろうけど。でも、飲むだけならすぐだし確かに楽だな。ここは一つお言葉に甘えさせてもらおうかな。
「じゃあ、お願いしても良いですか?」
「はい、お任せください。拓真さんの健康を守るのも専属医の務めですから」
むんっと力こぶを作りながらそういう姿は滅茶苦茶可愛い。普段はキリッとしている人が不意に見せる可愛らしい仕草っていうのは童貞に致命傷を与える攻撃だ。
「仕草めっちゃ可愛い」
「えっ!?」
「あっ、その……思わず口に出ちゃいました」
「そうですか……可愛いですか。その~有難うございます」
耳まで真っ赤にしながら上目遣いで言ってくる雪音さん。こう言う事を無意識でしているんだから男殺しの才能が上限突破しているんじゃないかとマジで思う。
そんな俺達の様子を見ていた菫さんと女性三人組は『成程。こういう仕草を男性は喜ぶのね』とか『無意識で発動するあざとさが最大の武器になるとは参考になるわ』、『あからさまな色仕掛けより、こういうさり気無い行動を男性は喜ぶんだ』などと言いながら頷いている。言っている事は的を射ているし事実こういう仕草を嫌う男は滅多にいないだろう。
話に耳を傾けながらコーヒーに口を付ける。ほっこりした気持ちでまったりしつつ、相席した三人組とも少しお話をしているとあっという間に一時間経っていた。良い感じで休憩も出来た事だし買い物の続きに行こうという話になり、名残惜しそうにする相席をしてくれた三人組みに楽しい時間を有難うございましたと一言言ってからその場を後にする。
さて、次に向かうのは雪音さんが靴を買いたいと言っていたので靴売り場だ。スニーカーとかを置いている量販店に行くのかと勝手に思っていたが、辿り着いた先は高級ブランドショップ。普段はこういうお店に寄り付かないので入るのに少し躊躇ってしまう。そんな俺に雪音さんが優しく言葉を掛けてくれる。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。男性であれば例えジャージでもお店は歓迎しますから」
「さいですか」
一瞬うん?と思ったが、男性が超優遇されているこの世界では有り得ない事では無いか。一応自分の格好を改めて確認してみたが一応入店は出来るレベルだと思う。出来ればスーツとかセミフォーマルくらいの服装が良いんだろうが、まあ今回は仕方ない。ちなみにだが、雪音さんと菫さんはどちらも綺麗めの服装なので問題無いだろう。というわけで雪音さんに先導されて店内に入る事に。
入店してすぐにお客さんや店員さんから凝視されて、そのまま時間が停止するのはもうお約束となっているのでスルーする事にした。
「靴売り場ってどこなんですか?」
「少し奥の方みたいですね。こっちです」
雪音さんの後を付いて行き、少し歩いた所でズラーッと靴が棚に陳列されている売り場に到着。基本的にはハイヒールがメインみたいで一番数が多い。次いでローヒールとなっている。ヒールの種類やつま先の種類も様々で見た目が華やかな物から、シックなデザインの物まで色々だ。
「凄い種類が豊富ですね。男物のスニーカーや革靴だと種類やデザインが限られているんですけど、女性物だと色々選べていいですね」
「でも、種類が多いと選ぶのも大変ですしある程度絞られていた方が楽な場合もありますよ」
「あー、確かにそれはあるかもしれませんね。――ちなみに、雪音さんが今回買おうと思っている靴ってどんな感じですか?」
「ピンヒールで、つま先はポインテッドトゥ――つま先が細くとがった靴ですね。一般的にハイヒールといってパッと思いつく形状です」
「なるほど。雪音さんは綺麗な脚をしていますし、ハイヒールが似合いますよね。今日履いているのも凄くお洒落で服装にも合っていますし」
「あ、有難うございます。綺麗な脚だなんて言われたのは初めてです。拓真さんにもっともっと気に入ってもらえる様に更に磨きを掛けますね」
頬を桜色に染めながら、嬉しそうにそう言う雪音さん。今の時点で美脚という言葉では足りないくらいなのにこれ以上磨きを掛けられたら神の脚になるんじゃなだろうか。そしてその神脚を黒ストッキングで包み込む……あかん。これはあかんやつや。写真を撮って神棚に捧げて崇め奉ること間違い無し。そんな未来に思いを馳せていると、横から菫さんが少し拗ねたような声で対抗してくる。
「私も脚には自信があります。トレーニングも欠かしていませんし、毎日確りとお肌のケアもしているのでスベスベですよ」
「確かに菫さんも美脚ですよね。黒ストッキングが映えていてグッドです」
「えへへ。拓真さんに褒められちゃった」
菫さんの脚は引き締まっていて、健康的な脚線美だ。かといって筋肉質という訳では無く、触ったら柔らかくて、フニッとしてそうな見た目をしている。まさにバランスの取れた至高の美脚と言える。もちろん黒ストッキングに包まれる事で更に二段階は高みに至れる事間違い無し。というか今俺の目に映っている菫さんの脚こそ究極にして至高なのだ。だからといって雪音さんが劣るという事では無く、どちらも最高でありそこに優劣は無い。神は等しく神でありどちらが上で、どちらが下などどいう議論はまさに不毛であり意味を為さないのだ。
……長々と語ってしまったが俺にとって脚というのはおっぱいよりも大事な要素という事で一つ納得してもらいたい。
さて、ここで一度思考を切り替えて雪音さんの買い物に集中しよう。気になるものを手に取って矯めつ眇めつしつつ吟味しているので話しかけずに近くで見ていようか。女性の買い物は長いというし、高級ブランド品なら尚更時間が掛かるだろうからね――と思っていた時期が俺にもありました。
なんと選び始めて十分くらいで良い感じの靴が見つかったのか、手に取ってこう俺に聞いてきた。
「このダークレッドのパンプスと、エナメルブラックのパンプスどちらが拓真さんは好きですか?」
「そうですね……どちらも雪音さんに似合うと思いますし、甲乙つけがたいですね。もしどちらか一つだけを選ぶとすればダークレッドの方です。でも、先ほど言った通り両方とも好きなデザインとカラーなので選ぶのは難しいです」
「う~ん、じゃあ両方買おうかしら。どんな服にも合わせやすいし、シーンを選ばないデザインですから。なにより拓真さんが気に入ったのなら買う以外にありません」
嬉しい事を言ってくれる。小耳に挟んだ話では女性が買い物の際に男性にどっちが良い?と聞く場合自分の中ですでに決まっていて、ただ後押ししてほしいだけらしい。が、今回の場合は純粋に俺の好みを聞いてきて、その上で俺が好きな方を買うと決めてくれた。これは男としては物凄く嬉しい。内心でニコニコしながら雪音さんに言葉を返す。
「そこまで言ってもらえると照れますね。今度お出かけする時が楽しみです」
「その時は絶対に履いていきますね」
微笑を浮かべながら約束してくれた。うん、次のお出かけも期待大だな。なんて今から次のデートに期待するのは少しせっかちだろうか?まあ、次回の事は一旦置いておこう。
「じゃあ、お会計してきます」
「分かりました。俺達はここで待っていますね」
という感じで雪音さんは靴を持ってキャッシャーへと向かって行った。その後姿を眺めつつふと疑問が湧いたので隣にいる菫さんに聞いてみる。
「あの、雪音さんが買った靴って幾らぐらいするんですか?」
「ダークレッドの方が六万三千円で、エナメルブラックの方が七万五千円ですね」
「………………そんなにするんですか?滅茶苦茶高いんですね」
「ブランド物ですからこのくらいが妥当だと思いますよ。寧ろ男性と一緒に出掛ける際に履くという事を考えれば少し安いくらいです。雪音も出来ればオーダーメイドで作りたかったと思いますが、製作に時間が掛かり過ぎますし、拓真さんにお披露目するまでに長い期間がかかるのは避けたかったんじゃないかと」
「そういう意図があったんですね。何というかそこまで思ってもらえるなんて男冥利に尽きますね。いずれ何かの形で感謝を伝えないとな」
「はい。それが宜しいかと」
などと菫さんと話している内に雪音さんが戻ってきたので、そのままお店を後にする事にした。
その後はブラブラとウィンドウショッピングをしたり、他愛無い話で盛り上がったりしつつ時間は過ぎて行った。そして、気が付けば夜空に星が瞬いている時間になっていたのでここでお開きに。
「今日はお付き合いいただいて有難うございました。本当に楽しかったです」
「私も凄く楽しかったです。今日という日は忘れません」
「拓真さんとこうして一日一緒に過ごせて最高に幸せでした。また、機会があれば遊びましょうね」
「勿論です。それじゃあ、お二人とも気を付けて帰って下さいね」
「「それはこちらの台詞ですよ」」
なんて見事なハモリを聞きながら、タクシーに乗り込む。そして走り出した車の車窓から後ろを見ると手を振っている雪音さんと菫さんの姿が。その姿に心にポッと火が灯るような暖かさを覚える。今はまだこの想いに名前は無いが近いうちにそれも分かるだろう。なんとなくそんな予感を覚えつつ楽しい一日は終わりを告げるのだった。