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出会い(4)

「――その、今日も委員会あるんだけど……」

 翌日の放課後、クオンは教科書を仕舞いながら、机に近づいてきたケイに恐る恐る言う。

「うん。知ってる。はやくいこ」

 ケイは既に鞄を持ってその場でわざとらしく足踏みする。

 今日は朝からやけにご機嫌で、理由を聞いても教えてくれない。


「……いいの?」

「なんで?」

「だって、昨日は退屈そうにしてたし」

 クオンはわずかに視線を逸らして教室を見回す。まだ教室に残っている生徒の中にはケイを自分の部活にしつこく誘っている者もいる。

 昨日の夜は今日も誘おうと意気込んだものの、いざ目の当たりにするとすっかりその勇気は消え去ってしまっていた。

「ほら入部、じゃないや入会届も書いてきた」

 ケイはそう言うと鞄の中からくしゃくしゃになった委員会の入会届を取り出す。

「あっ、そうなんだ」

 クオンは意外半分、嬉しさ半分で、思わず口元が緩む。


 それをしっかり見逃さないケイはにんまりと笑うと、クオンの手を引いて立ち上がらせる。

「クオンといっしょじゃないと意味ないからっ!」

 そして二人はそのまま教室を出て、廊下を歩き出す。今日は走らずに。


 ケイは言ってから我ながらちょっと恥ずかしくなって、顔を紅くして振り返らずにクオンの手を引きながら早歩きをする。

「昨日、あの猫に会ったよ!」

 そして気を紛らわすためにわざとらしく声を上げる。

「えっ? 柳葉書店の?」

「うん。クオンから目を離すなって言われた」

「――ん? だれに? 店主のお爺さん?」

「いや、だからその猫に。クオンは世界を破滅に導く恐怖の大魔王だから、お前がそれを阻止しろって」

「――んん? なんて?」

 クオンはケイの突拍子もない話にきょとんとする。

「だーかーらー。あの猫が――」

 ケイは言いかけてはっとなり、口をつむぐ。

 流石にこんな話をいきなり信じろと言われても無理な相談だ。それなりに不思議現象に免疫のある自分ですら面食らったほどだ。普通の生活を送ってきた彼女に通じるはずがない。


「えっと――ケイ?」

 突然黙り込むケイにクオンは怪訝な表情を浮かべる。

「ごめん! 急に変なこと言い出して」

「え?」

 ケイは頭を掻きながら困ったような顔をして笑う。

「よしっ! 今日帰りに行ってみよう!」

 そして振り返り、クオンに提案する。論より証拠だ。

「えっ? あっ、うん。いいけど――」

 まだ困惑しているクオンの手を引きながら、ケイは意気揚々と歩を進めるのだった。


 その後、今日の図書委員会では、ケイはまず生徒からの貸出、返却の受付、配架作業をクオンの指導の元、体験することとなった。

 話を聞いているだけだった昨日と違い、退屈とは無縁だった。

 特に作業をしながら自分にしか出来ない大きな気付きを得たのが収穫だった。


「今日は楽しそうだったね」

 委員会が終わり、柳葉書店の軒先の長椅子に並んで座りながら、クオンが意外そうに尋ねる。既に日は傾き始め、残念ながら猫の姿はなかった。

「うん。楽しみ方がわかったからね」

 ケイは嬉しそうに答える。


 作業の中、図書室の図書からは様々な記憶を読み取れることに気付いた。

 その本を手に取った生徒達の様々な記憶が見えた。比較的最近の鮮明な記憶から、何十年も前のおぼろげな記憶まで、彼女達がこれらの本をどんな気持ちで手に取ったのかが見えた。

 それらは勉強や運動のように求められる正解と違い、何の益にもならないが、だからこそ興味を惹かれた。


「それはなにより」

 クオンもそんな様子を見て嬉しくなる。

「実は私には本のきお――」

 そしてケイはそのままの勢いで、自分の力のことを口走りそうになって、我に返る。

「うん? なに?」

 クオンは笑顔のまま聞き返す。その顔を見てケイは激しく動揺する。


 この相馬家の因子を見る力は、秘伝中の秘伝、門外不出、口外厳禁の秘奥だ。おいそれと他人に話していいものではない。

 今まではずっとそうして隠して生きてきたし、それが当たり前だと思っていた。

 だがそれが他人、世界との壁を作っていたのも事実で、この壁を抱えたままこの先もクオンと付き合っていくことに初めて抵抗を覚えた。


「――これからまた突拍子もないことを言うから、覚悟して聞いてほしい」

 ケイは畏まってクオンを見つめる。

 彼女には嘘をつきたくなかった。何がそうさせるのかは自分にもまだよくわからないが、ただあの日、この場所で彼女を見つけたその時から、運命は始まった。大袈裟でも誇張でもなくそうだと思った。

「はっ、はいっ!」

 クオンも真剣な眼差しで見つめてくるケイに、それが大事な話であることを予感し、覚悟を決める。


 そしてケイは話した。

 相馬家に生まれた者が持つ力。自分が幼い頃よりその力を使い、様々な家業を手伝ってきたこと。その力故、他人との関わりを避けてきたこと。でもクオンには話しておきたいこと。全て包み隠さずに。

 その間、クオンは驚きこそすれど、真剣にその話に耳を傾けた。


「つまりサイコメトリーのような力?」

 話を聞き終えたクオンが尋ねる。サイコメトリーとは物体に残る人の残留思念を読み取る超能力のことだ。そういった推理小説を読んだことがあった。

「うん。詳しいね。でもそれだけじゃないんだ」

 そう言ってケイは前の通りを歩く子供を指差す。

「――あの子、多分転ぶよ」

「えっ?」

 ケイの予言めいた言葉にクオンは驚く。


 子供は足速に先を歩く両親に置いていかれそうになり、駆け出そうとした瞬間、割れたアスファルトの隙間につま先を引っ掛けて転びそうになる。

「あっ!」

 だが、辛うじて踏ん張り、体勢を立て直すと走り出していく。


「――よかった。転ばなかった」

 ケイは安堵の声を上げる。

「残留思念――私達は因子って呼んでるんだけど――は至る所から噴き出してて、それは過去から今、今から未来へと続く糸のようになっていて、それを辿ると未来も見える」

「えっ、でもあの子、転ばなかったよ?」

「そう、多分、見えるのはあくまで可能性だから、そうそう思い通りにはならないね」

 両手をすくめるケイに、クオンは複雑な表情を浮かべる。


「じゃあこの書店で初めて会った時のこと、覚えてる?」

「うん。ケイは着物着てたよね」

「あの時、私のことはそのうちわかるからって言ったよね?」

「えーと、そうだった、かも?」

「あの時、クオンに触れて見えてたんだ、同じクラスになるかもって」


「なるほど。すごいじゃん。過去も未来も見えちゃうなんて」

 クオンはまだ半信半疑ではあったが、ずっとケイから感じていた不思議な雰囲気、妙に大人びた達観した姿勢が、その力に由来するものだと納得した。

「まあ、便利なことばっかりじゃないんだけど――」

 目を輝かせるクオンに、ケイは恥ずかしそうに頭を掻いたところ、前の通りに黒塗りの乗用車が停まる。


「迎えが来たみたい」

「うん、また明日ね。ケイ」

 ケイは立ち上がり、車に向かう。クオンはまだ座ったままそれを見送った。

「……」

 だが、途中で立ち止まり、振り返ってクオンに手を伸ばす。

「家まで送ってく。乗って」

「えっ、でも……」

 クオンは躊躇する。ケイがいつも車で送り迎えされていることは知っていた。始めはどこのお嬢様だと驚いたものだったが、先の力の話を聞いて、本当に特別な存在なのではと思い始めていた。


「……その、いやなら……いいけど……」

 ケイは突然声を落として伸ばした手を下げようとする。

 いつもこうだ。自分から歩み寄ろうとすると、みな困惑して距離を取ろうとする。自分は今だに人との接し方がよくわからない。

 こんな車で学校に通っていたらみんな怖がるに決まっている。好きでこうしているわけじゃない。電車や人混みではあまりにも『見えすぎて』酔ってしまうのだ。

 やはりクオンともまだ距離を取って――


「わかった! いく!」

 だが落ちかけたその手をクオンは両手で掬い上げた。

「おっ、おう……?」

 ケイは目を丸くして必死にしがみつくクオンを見つめる。

 その燃えるように熱く輝く瞳からは、様々な感情が渦巻いていて何も読み取れなかった。


「――いいよね?」

 そしてケイはそんな二人の様子を、サイドウインドウを開けてにやにやと見ていた運転手の田中に恥ずかしそうに尋ねた。

「もちろんでございます。どうぞお乗りください」

 田中は全く悪びれる様子も見せずに、涼しげな顔で二人に乗車を促す。


「はあ……」

 観念したケイと、まだ緊張して縮こまっているクオンを後部座席に乗せて、車は日の落ちた夜の町を走り出した。

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