出会い(2)
少女の正体を知ることになるのは、新学期が始まり、一週間が過ぎた後のことだった。
「あははー。やっぱり同じクラスだったねー」
相馬ケイ。紫苑女子大付属高等学校二年C組。奇しくもクオンと同じクラスであった。
新学期開始以来ずっと欠席で、顔を見る機会が全くなかったため、知る由もなかった。
クラスメイトの噂によると親の仕事を手伝っていて、一年の頃からほとんど学校には来ていないという。
芸能人、プロ棋士、苦学生、虐めによる不登校、噂が噂を呼んでいたが、今ではすっかり幽霊生徒として、誰も興味を示すこともなくなっていた。
「出席日数足りてるんですか?」
昼休み、教室で一人弁当を広げて食べているケイの隣の席にクオンは座り、同じく弁当を広げる。
「……最初に聞くのがそれ?」
ケイは箸に摘んだ卵焼きをぽろりと白米の上に落としながら、笑って聞き返す。黒い漆塗りの高級そうな弁当箱で、中身も茶色い和食のおかずが占めていた。
周りの他の生徒も興味深げに二人の様子を遠巻きに見つめる。
「あっ、ごめんなさい! でも、だいじょうぶなのかなって……」
クオンは尋ねてから失礼だったのではと気付き、謝る。こちらは安いプラスチックの弁当箱で、中身も冷凍食品のカラフルなおかずが占めていた。
「うん。仕事だからね。ちゃんと学校の許可はもらってるから大丈夫だよ。こうして留年せずに二年に進級できてるわけだし」
「あっ、そうですね」
そこで会話はぷっつりと途切れ、二人は黙々と食べ始めた。
「……」
クオンはいざ勇気を出して話しかけたものの、何を話せばいいのか頭の中が真っ白になってしまった。春休みに出会った不思議な少女との再会が嬉しかったのは事実だが、だから何だというのか。いきなり友達になってくださいというのも変な話だろうか。
「……」
対してケイはちらちらとクオンの方を見ながら箸を進めていた。
同じクラスになることはあの書店で出会った時に見えていた。だからちょっと声をかけてみたという程度で特に他意はなかった。
どうせ学校に籍を置いているのも形だけのもので、その方が仕事をする上で色々と都合がいいというだけだ。友達を作ろうなどとは思ったこともなかった。
「あの」
「あの」
二人同時に声を上げ、お互い顔を見合わせた後、お先にどうぞどうぞと譲り合う。
「じゃ、じゃあ――あの子はまだあのお店にいるのかな?」
クオンはどうにか話題を絞り出す。
「あの子?」
「ほら、あの古書店にいた猫。飼い主見つかったかなーって」
「ああ、どうだろ? ちょっと普通の猫ではないっぽいし……」
「えっ? どういうこと?」
ケイはついぽろりと思っていたことを言ってしまって、しまったという顔をする。
「あー。なんか不思議な猫じゃない? キクヲによれば店を閉めると、いつの間にかいなくなってるみたいだし、ちゃんと家に帰れてるんじゃないかな」
ケイは言い訳がましく早口でまくし立てる。
キクヲとはあの柳葉書店の店主、柳葉キクヲのことで、以前仕事で関わって以来、ケイとも面識がある。
「そっか。……あの、今日行ってみない?」
クオンは思い切って誘ってみた。
「柳葉書店に?」
「うん」
ケイはクオンの顔を見ながらどう答えようか考える。
今までも興味本位で近づいてくる者は少なからずいた。稀にしか学校に来ない謎の生徒、そこに何かしら感じるものがあるらしい。クラスカースト上位の一団からのお誘いから、ぼっち少女の類友の期待の眼差しまで様々だ。
それが他人よりも見えてしまうケイには、ただただ煩わしいだけだった。自分は別の世界を生きている――などと自惚れるつもりはないが、事実そうなのだから仕方ない。
「……」
だが何故かこの睦月クオンからはそういった他意を感じなかった。いや何かしら思惑があるのかもしれないが、不快には感じなかった。
思えば春休みに仕事帰りの車の中から、この少女が猫を追いかけて柳葉書店に向かっているのを見た時に、何か予感めいたものを感じていたのかもしれない。
この普通そうな少女が、この異常な世界から救い出してくれるのではないかと――
「――相馬さん?」
ずっと黙ってクオンを見つめていたケイに、クオンは恥ずかしそうに顔を赤らめて尋ねる。
「えっと、うん。いこっか」
気付けばあっさりと快諾していた。
クオンは心の底から安堵したように胸に手を当て深く息を吐く。
「どんだけよ。それと、ケイでいい」
その様子を笑って見ながらケイは応える。
「えぇっ! でも……」
「じゃあ私は勝手に呼ぶから。よろしくね。クオン」
嬉し恥ずかしの感情を見せながらまごまごするクオンに、ケイは面倒臭そうに言い放ちながら、弁当のきんぴらごぼうをぽりぽりと貪り始める。
「も、もう! じゃあ! その……け……(ケイ……)」
クオンは顔を真っ赤にしながら消え入りそうな声で、その名をささやいた。
ケイはご飯を掻き込みながら、ちらりとその表情を見て、満足そうに口元を緩めた。
それ以来ケイが登校する日は増えた。
仕事自体元々そんなに頻繁にあるわけではなかったので、今まで家の中に引き篭もっていたのが学校に行くようになっただけで、そう変わることではなかったが、相馬家の者達は概ね歓迎していた。
「――委員会?」
四月末、五月の連休を目前に控えた二年C組の教室。
既に放課後で、生徒の多くは部活や委員会活動に勤しんでいる。
「ケイは部活にも委員会にも入ってないでしょ?」
何のことかと小首を傾げるケイに、クオンは呆れた様子で聞き返す。
高等部の生徒は原則全員何かしらの部活か委員会に所属することが義務付けられている。
ケイは家業を手伝っているという扱いなので例外的にそれが免除されている。稀にしか学校に来ない生徒に、重要な役割を任すわけにはいかないというのももちろんあるが。
「学校によく来るようになったから入らないか? って、吉川先生にも言われてたでしょ?」
「あー。そんなこと言ってたかもね」
ケイは興味なさげにぞんざいに応える。吉川とはクラス担任の教師だ。
「はあ。まったく」
クオンはその反応を見て深くため息をつく。
実は吉川先生からお前からも言ってくれないかと、密かに頼まれていたのだ。
「クオンは図書委員だっけ?」
「うん」
クオンは教科書を鞄にしまいながら答える。今日はこの後委員会活動があるため、一緒に帰ることはできなかった。
「じゃあわたしもそこで」
ケイはさらりと言い放つ。
「えっ? いいの?」
クオンは意外といった顔で聞き返す。
正直ほのかに期待していた言葉ではあったが、こうもあっさりと決断するとは思っていなかった。
ケイが学校に来るようになって、勉強の遅れやノートの写しなど、自分がフォローしなくてはと息巻いていたクオンだったが、裏腹にケイは教えるまでもなく、既に全教科優秀で、何も助けは必要ではなかった。
唯一歴史だけは『繋がりが無茶苦茶でわけわかんなくなる』と、やや苦手な様子だったが。
運動神経も抜群で、特に球技においては神懸り的な動きを見せた。
結果クラスの人気を数日で掌握し、噂を聞きつけた各部が彼女を毎日のようにスカウトしに来ていたが、そのことごとくをにべもなく断っていた。
「だってずるしてるようなもんだし……」
ケイは校庭で部活動している生徒達を窓越しに見ながら、ぼそりと呟く。
「……」
クオンはそんな彼女を見ながら、またこの顔だと思った。
たまにケイはどこか遠くを見ているような寂しそうな表情を浮かべる。
天才故の孤独なのか、それが何なのかは計りかねたが、何でもできる彼女にも悩みがあるのだけはわかった。
そしてもし叶うのならそれを自分がどうにかしてあげたいとも――
「この後、委員会でしょ? じゃあいこっか!」
ケイは一転して顔を綻ばせると、悪戯を思いついた子供のように邪悪な笑みを浮かべ、クオンの手を引いて立ち上がらせる。
「ちょ、ちょっと!」
クオンは慌てて鞄を取り、ケイの後を追う。その結んだ手が離れないように強く握り返しながら。
先を行くケイは顔だけ振り返りながら、満面の笑みを浮かべる。
クオンも負けじと笑い返し、二人は走り出した。
――すぐに先生に怒られるまでは。




