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抗う者達(7)

「あはは! やっぱり!」

 トワはアカーシャに抱きつき、声を上げて喜んだ。

 彼女がこの世界にいることは実は知っていた。以前ポレンヘイムでテジャス達の記憶を見た時にタットヴァの魔女の一人としていたからだ。

 そして先程テジャスとハイタッチした時に、彼女が既に翼竜――ラジエルに乗って上空に控え、隙を窺っていることを知った。


「……ちょっと、いたいから……」

 アカーシャは恥ずかしそうにトワを引き剥がそうとする。

 彼女にも前世の記憶があった。

 夜天の写本ラジエルが前世で神の目録を開いたことがあるせいだった。

 それ故にトワとアヌビス、どちらを信じるべきかずっと静観していた。


「今の今まで何してたのよ!」

「任務怠慢」

「一番美味しいところを持っていかれてしまったね」

「ずっと気付けませんでしたぁ」

 テジャス達も写本を閉じて一斉に集まり、アカーシャにちょっかいを出し始める。


「デューイ! いやケイ? 本当にケイなの?」

『はいはい。そうよ』

 ラジエルから飛び降りたバステトはデューイに飛びついて抱き締める。


「もう、あんた達。まだ終わってないわよ」

 まだ手をかざして結界の微調整をしながらアヌビスが呆れて声を上げる。

「だいじょうぶ。二人とも死んではいない」

 ナユタがロカとダァトを見守りながら応える。

 二人とも背に生えていた羽は落ち、意識を失っていた。

 アカーシャが抉ったダァトの胸も傷は残っていなかった。エーテライズで身体を傷つけずに中の鏡だけ取り出す離れ業であった。


『おのれ……』

 星天の間の中空に浮かびながら、ゆっくりと回る鏡から忌々しげな声が上がる。


「どうするのこれ? 叩き割っとく?」

 テジャスがつんつんと聖鏡を突つきながら尋ねる。

 結界の中ではもう神器といえども何も力を行使できない。

「そうですね。直ちに破壊しましょう」

 アパスも賛同して写本を取り出す。一度殺されたことを根に持っていた。


「まって!」

 そこへトワが割って入ってくる。

「これを壊したらあの二人はどうなるの?」

 そして今まさに目を覚まそうとしているロカとダァトを見やる。


『死ぬな。二人は本来三年前に死ぬはずだった世界から外れた存在。私のこの神器が砕ければ元の世界へ還るだけ。この結界も長く続けばやがて同じことになるだろう』

 聖鏡が答えるのを二人は唇を噛み締め、無言でその事実を肯定した。


「そんな――」

 トワは愕然とする。だが、ある違和感を覚える。

「もしマルーダのお姫様がお亡くなりになったら、外交問題になっちゃいますねえ」

 プリトヴィが困った顔で未来を憂う。

「こいつらから仕掛けたことだ。自業自得だ」

 対してヴァーユは容赦ない。


「……」

 アヌビスは一行の意見を黙って聞いていた。

 オルラトルの守護竜達を操り国内に騒乱を起こした。ロカ達のしたことを考えれば極刑は免れないと思われた。

 当然マルーダとの関係は悪化する。だが聖鏡を手に入れるチャンスとも言える。


「どうしようケイ……」

『……』

 いまいち事態が飲み込めていないバステトに、無言で様子を伺うケイ。

 アカーシャも黙ったまま、裁断が下されるのを待っていた。


「あの、聖鏡さん」

 みな黙り込み、重苦しい空気が立ち込め始めたのを破ったのは、トワだった。

 トワは聖鏡とロカ達を何度も見直しながら続ける。

「なんで聖鏡さんは二人を助けようと思ったんですか?」

「!」

 トワの問いにナユタははっとなり、振り返る。


『……さっきも言ったろう。彼らの復讐と我らの悲願が一致しただけのこと』

 聖鏡は星天の座で述べた言葉を繰り返す。

「それはお前達の大嫌いな世界の不純物を生み出してまですることか?」

 ナユタがすかさず問いかける。

「!」

 一行は一斉にロカ達を見つめる。

 本来死ぬはずだった運命を捻じ曲げて現世に止まらせる。それは彩咲トワと同じだ。

「それは聖鏡様が――」

 ロカは言いかけるが、その先の言葉を見出せず、顔を伏せる。


「その前に言いましたよね。ロカさん達の生への執念は凄まじく、私は感動したと。人の抗う心とはかくも強きものなのかと」

 トワは聖鏡の言葉を思い出して続ける。

『それはこやつらが――』

 聖鏡も言いかけるが、その先の言葉を見出せず、鏡の表面を曇らせる。

 トワは彼らがあまりにも似ていて思わず笑ってしまう。


「結局お前もすっかり人間に毒されてたってことだよ」

 ナユタが呆れた様子で肩をすくめる。

『なっ!』

 聖鏡は絶句する。だがそれは図星だった。


 遥か昔、マルーダの王に遣わされ、その力で竜を殺し、国を救ったことは何度もあった。しかしその後長い年月祭られこそすれ、力を振るうことはほとんどなくなっていた。

 ただ慣習として残っていた鏡命の巫女から聞く外の世界の話だけが、楽しみになっていた。

 そして三年前の魔人族襲撃。もはや聖鏡の使い方など忘れてしまったマルーダの民はなすすべなく殺され、この二人の兄妹が竜に殺された時、芽生えた感情は怒りだった。

 この弱き人間達に代わり、私自らがこの地に立ち、世界を正していかねばならない。そう思ってしまった。


「聖鏡様の理想は決して間違っていません!」

 ロカが立ち上がり、茶化すナユタを睨みつける。

「俺達が弱かったのがいけなかったんです。聖鏡様を最初から使いこなせていればこんなことには――」

 ダァトも立ち上がり、一行に弁明する。


「……で、どうするの?」

 再び沈黙が場を支配し、痺れを切らしたアヌビスが腕を組んだまま一行に尋ねる。


「――解いてあげてください」

 その問いにトワが答える。


「ええっ? 本気ぃ?」

 テジャスが素っ頓狂な声を上げてトワを見て目を丸くする。

 アカーシャを除く他のタットヴァの魔女達も顔をしかめる。一度は殺されたのだ。当然ではあった。

 対してバステトは目を輝かせる。我が娘の寛大な心に感動していた。


「……いいよね? イツカくん?」

 言ってから自信がなくなってきたトワは、隣のナユタの顔を窺う。

「あいつらに聞けよ」

 半分呆れ顔のナユタは、同じく目を丸くしているロカ達と聖鏡に投げる。


『私は……』

 聖なる行いだと思っていた侵攻が、人間と同じ愚行であったと自覚させられ、アイデンティティを失った聖鏡はどう反応すればいいか迷っていた。

「ありがとうございます!」

 対してロカは素直に感謝の意を述べ、深々と頭を下げる。

「今回出た損害に対してはマルーダが全面的に補償をさせていただくべく――」

 ダァトもすかさず外交問題への配慮を見せ、その場に跪く。


「まったく……どうなっても知らないわよ」

 アヌビスは呆れながら腕を解き、指をぱちりと鳴らす。

 すると聖鏡の周りからガラスが砕け散るような音が小さく鳴り、聖鏡はゆっくりと落下する。

 ロカは駆け寄り受け取ると、強く強く抱きしめた。

「ごめんなさい。神様。もう一度最初からやり直しましょう」

『然り。時間なんていくらでもある。我らはもっと世界を知らねばならぬ』

 ロカの言葉に聖鏡は優しく応えた。


『だから言ったでしょ。この結界は神と対話する場を作っただけって』

 そんな彼女らを見てケイは満足げにアヌビスを見上げる。

「ふん」

 そんな猫の顔を見てアヌビスは鼻で笑うと、空を見上げ、わずかに微笑んだ。


 砕けたステンドグラスから覗く青空の中、ネフティスが満足げに吠えた。

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