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抗う者達(6)

「おーい。生きてるー?」

 時計塔、星天の間。アヌビスとダァトが戦った跡で部屋中に大穴が空いている。壁も大きく砕け、吹きさらしの中、外に逃されたネフティスが塔の周りを大人しく巡回して飛んでいる。


「くそっ! 油断した!」

 目を開けたヴァーユはがばりと起き上がる。その姿は全裸だった。

「あははっ! ヴァーユねえでもだめだったかー」

 目の前に立っているテジャスが笑いながらその手を引いて立ち上がらせる。彼女も全裸に赤いローブを一枚羽織っただけの姿だった。


「ほらヴァーユちゃんもこれ着て」

 そこへ紫のローブを持ったプリトヴィが歩み寄る。彼女も全裸に黄色いローブを羽織っただけだ。


「奴らが星天の座に入ってどれくらい経った?」

 ヴァーユはローブを羽織りながら尋ねる。

「……三十分は経っているはずです。私達もさっき起きたばかりですし」

 その問いにアパスが答える。彼女も全裸に青いローブを羽織っただけだ。


「タットヴァ全滅とはな。不甲斐ない」

 ヴァーユは全身を慣らすように動かしながら悪態をつく。


 彼女らタットヴァの魔女は写本さえ無事であれば死ぬことはなかった。それはこの世界の理――神の目録に名前が記されていないからだった。砕けた肉体も因果を無視して再生する。たとえ違う世界に飛ばされたとしても。


「あいつがいないじゃん。こんな時に何やって……あれ?」

 テジャスがぼやきながら部屋を見回す。

「変ですね……」

 アパスも不思議そうな顔で外のネフティスを目で追う。

「うーん。この事態にも気が付いてるはずなんですけど……あら?」

 プリトヴィが困った顔で首を傾げる。

「当てにするな。それより早く学長を助けに――」


 ヴァーユが星天の座への扉に向かおうとした刹那。

 まさにその扉が吹き飛び、周りの壁がまるで水面に波紋が広がるように歪み、そして大石を投げ入れたかのように砕け散った。


「神の目録が解けた! エーテル残量に気をつけろ!」

「わかってる!」

 砕け散った空間から飛び出したナユタとトワ。トワは自分達の前方に大量の青白い頁をばらまき、六角形の障壁を無数に展開する。

 しかしそれらは次々と赤い閃光に貫かれて消失していく。


「反転しきれないよ!」

「虚数の果てに飛ばせばいい!」

 着地した二人は互いに分かれて走りながら、追って放たれる赤い閃光を避けていく。

 そして砕けた空間の狭間から、赤い翼を生やしたダァトが宙に浮かびながら手をかざし、さらに光線を放っていく。


「あんた達!」

 テジャスが声を上げるや否や、今度は反対側の壁が大きく歪み、砕け散る。


「使いにくい猫ね!」

『ろくに世話しなかったくせに!』

 そして飛び出したアヌビスがくるくると回りながら着地するデューイに悪態をつく。

 アヌビスはデューイに手をかざし、もう片方の手を空間に向けてエーテライズを試みるが、一瞬形成された青い剣は完成する前に弾け消える。

 直後二人が立っていた地面には大穴が開き、二人はその直前に後ろに飛ぶことで回避する。

 その無の力を放ったロカが赤い翼をはためかせながら、空間の狭間から出てくる。


「ちっ! 最悪の状況か!」

「ですねぇ」

「加勢しましょう」

 ヴァーユのぼやきにプリトヴィとアパスが続く。


「お前達! 全員であれをやるよ!」

 星天の間にタットヴァの魔女達がいることを確認したアヌビスが走りながら叫ぶ。

「!」

 彼女達はその言葉の意味を瞬時に理解し、表情を引き締めて頷き合う。


「どうしよう! 防ぐので精いっぱいだよ!」

「……あいつら何かする気だ」

 トワはダァトの攻撃を受け流しながらナユタに向かって叫ぶ。

 ナユタは次々と短剣をエーテライズして、放たれる光線にぶつけてその軌道を逸らしていく。その赤い光線は反エーテルを濃縮したもので、直撃すれば消失どころか世界に穴が開きかねない。


「テジャス!」

「あん?」

 トワは走りながらテジャスに呼びかけ、すれ違い様にお互いぱんっと手を叩く。

「!」

 そのハイタッチで、彼女らがこれからやろうとしていることを全て読み取ったトワは、その悍ましき力に眉をひそめる。だがそこに活路も見出した。


『世界の不純物共が浅ましい』

 星天の間上空にて赤い翼をはためかせながらダァトは、四方に散らばり各々写本を開いて何事か始めようとする彼女らを憎々しげに見下ろす。

『させません』

 ダァトより低空を飛び回るロカはそれを妨害せんと、次々と無の力を放っていく。

 だがそれはトワとナユタによって正確に、無駄なく、完璧に相殺されていく。

 ナユタの予見と、それを共有したトワによるぎりぎりの綱渡りだ。一歩間違えれば一瞬で身体を異世界に吹き飛ばされる。


「手伝ってもらうわよ。ケイ。元々あなたが作った神殺しの法なんだから」

『そんなつもりで作ったんじゃない!』

 アヌビスの呼びかけにデューイは毛を逆立てて威嚇してみせる。


「(何が始まるんだ?)」

 ナユタは離れて対処に走るトワの心の中に問いかける。繋がりが戻ってきたことによって人間の身体で本の時と同じことができるようになっていた。

「(――結界だよ。この塔に張られてたのと同じ……いや、もっとひどいやつ)」

 トワは答えながら言い淀む。


 テジャスの記憶の中で見たそれは、確かに因果断絶結界であったが、現行の形になるまでのおびただしい歴史をも含んでいた。

 元はこの世界の太古の魔術師達が、神器を破壊――神を殺すための呪法だった。

 神は存在自体が世界の理を崩すため、神器の形に押し込められてどうにかこの世界に顕現することが可能となっている。

 神器自体を物理的に破壊しても、内在する神性とそれに連なる因果を滅すことはできず、また別の神器が生まれるだけなので、まずこの世界の因果から断絶する必要があった。

 その上で神器を破壊し、現れ孤立した神を殺すことで完全に滅すことができる。


『私は神器を安全に保管し、神と対話する場を作っただけ。聖典の力はあまりに強大過ぎたから』

「だがこうしてナユタという人間に神を貶めた。神殺しと何が違くて?」

『それは――』

 トワの死の運命を変えるためにはどうしても聖典――いやナユタが必要だった。

 しかしそれも所詮自己満足だったのかもしれない。後悔は神の目録の中で飽きるほどしたことだ。


「俺は感謝してるよ。イツカとしても。ナユタとしてもね」

『!』

「聖典だった頃の記憶はもうないけど、きっと退屈だったんだと思う。せっかく人間を助けるためにこの世界に来たのに、人間達は使いこなせず腫れ物扱い。そんな時に出逢っちまったんだよ。あいつに――」

 ナユタは言いながら走り回るトワを見て目を細める。


 最初に出逢ったのが何時だったのかはもう思い出せない。

 だが魂は覚えている。その時誓った言葉を。

 終わり行く世界を一緒にぶち壊しに行こうと――


「ちょっと! 思い出話してる場合じゃないでしょ!」

 忙しそうに写本をめくりながら両手を掲げるテジャスが叫ぶ。

「アパスはもういけます」

「プリトヴィ! いけるな!」

「はぁい。学長どうぞー」

 同様に三人も星天の間を四方から囲むように陣取り、それぞれ写本を掲げて準備する。


「よろしい。ケイ! いくわよ!」

『仕方ないわね』

 そしてアヌビスもデューイを使って結界を始動する。

 星天の間の中心に青白い光が灯り、それは球状に広がっていく。


『そんなものに捕われるものか。全て消し飛ばしてくれる』

 しかしダァトは意に介さず、両手を振り上げ、力を集中させ始める。

 ロカもこれから放たれる攻撃に巻き込まれないように、高く飛び上がる。


「イツカくん! 狙って!」

 トワはアヌビス達を守るために張っていた障壁を、全てロカに収束させる。

「! わかった!」

 ナユタは両手に持てるだけの短剣を生成する。

『こんなもの!』

 ロカは手を何度も振るい、一斉に張られた障壁を次々と打ち砕いていく。

 だがその一瞬の隙で十分だった。

 ナユタの手から無数の短剣が一斉に放たれ、ダァトの全身にくまなく向かっていく。


『無駄だ』

 ダァトは両手を振り上げたまま、それらを防ぐこともなく受け止めた。

 次々と全身に短剣が突き刺さっていく。

 しかしそれは一瞬で消え失せ、受けた傷も流れた血もなかったことにされていく。


 ただ、一箇所だけ、短剣が刺さるよりも前に消えた箇所があった。


「見つけた!」

「……見つけた」


 トワともう一人の声と共に、天井のステンドグラスが一斉に砕け、降り注ぐ。


 砕け散ったガラスがエーテルの粒子に変わりながらゆっくりと落下する。

 その青く煌めく雨の中、一人の少女が舞い降りる。

 エメラルド色の長い髪と瞳に、同じ色のローブを羽織っている。


 少女はその短剣が消えた箇所――ダァトの左胸に背中から爪を突き立てる。


『あっ』

 という間もなく少女はダァトの胸の中から、それを抉り取り着地する。

 不意を突かれたダァトは咄嗟に力を放とうとするが、後から塔に入ってきた巨大な翼竜が覆い被さるように両爪を立て、そのまま地面に叩きつけた。


「いたた……」

 翼竜の背から場違いな呑気な声で一人の女性が降りる。バステトだった。


『今よ!』

 直後ケイの一声で、アヌビス達は少女の持つそれに向かって一斉に結界を発動させる。


 マルーダの神器――聖鏡へと。



「アカーシャ!」

 因果断絶結界が再び発動し、星天の間に広がっていく中、トワは少女に駆け寄る。

 ダァトとロカはまるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちていた。


「……ひさしぶり」

 タットヴァの魔女、最後の一人、夜天のアカーシャは、物憂げな表情で振り返り、だがわずかに微笑んで応えた。

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