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抗う者達(4)

「――呪い?」

 星天の座の中、魔女ケイの魂の宿ったデューイと対峙するトワが尋ねる。

『そう。正確には神滅の魔女にかけられた呪い』

「!」

 神滅の魔女、唯一聖典を扱うことができるという魔女。その強大な力故に同胞の魔女達からも忌み嫌われ、幾重もの呪いをかけられたという。

『タットヴァの子らの記憶を見て知っているでしょ?』

「……はい」

 トワはポレンヘイムの図書館でテジャスとアパスの記憶を見た時のことを思い出す。

 神滅の魔女は死んでも転生を繰り返すので、魂に呪いをかけられたと。

『それは何度転生しても死に至らしめる呪い』

「! まさか――」

『そう。前世のあなた。彩咲クオンの娘、彩咲トワが本当なら死産になるはずだったその原因こそが、この死の呪い』

 前世、正確には前々世のトワは、ノルウェーの病院で死産になるはずだった。だが相馬ケイが神の目録を開き、イツカの身体を使うことでその命を繋いだ。


「でも前世――アヌビスさんがイツカくんを最初に見つけた世界や、この世界のわたしにはそんなことなかった……と思う」

『……そこが厄介なとこなのよ。どうも呪いの原因や時期は一定ではないらしくて、あの世界では産まれる前にクオンに発動していた。だから急ぐ必要があった』

 オルラトルの町立図書館の旧書庫で行われた神の目録を開く実験。ケイは予定を前倒して強行したとエメリックが話していたことを、トワは思い出した。


「それじゃあ、この世界のわたしも――」

『そう。だからそのために――』


「トワ!」

 そこへナユタが部屋に入ってくる。扉を開いたことで部屋の中のエーテルが大きく渦巻く。

「ナユタ!」

 トワはナユタの顔を見て、はっとなる。

『ナユタはあなたを死の呪いから救うために生み出した。これだけはどの世界であってもこの子にしかできないことだから』

「何の話だ? って、猫がしゃべってる? あっ! こいつが、そうなのか?」

 ナユタはデューイをつつく。するとデューイはキシャーと威嚇する声を上げて、猫パンチを繰り返す。

「ふふっ……」

 その戯れ合う姿に懐かしさを感じたトワは、自然と笑みが漏れる。


「とにかく。こいつを連れてさっさとここを出よう。面倒に巻き込まれる前に」

「うん」

 ナユタの提案にトワは頷き、デューイを抱き上げる。しかし――


『……運命は待ってくれなかったようね』

 デューイの諦めの混じった深いため息と同時に、二人は部屋の入口を振り返る。


 そこには一人の少女が立っていた。

 ぼろぼろの法衣はところどころ赤く染まり、頭にあったヴェールは剥ぎ取られている。

 何よりその頭上に赤い円環が浮かび、その背にも赤い翼が生えている。


「ロカ……さん?」

 その異形の姿に、トワはそれがさっきまで一緒にいた少女だとは信じ難かった。

「下がってろ。トワ」

 トワの前に割って入るようにナユタが立ち塞がる。


「思ったより時間がかかってしまいました」

 ロカは何事もなかったかのように、平静とした口調で微笑む。その瞳は赤く煌めいていた。

「……その姿は? 他のみんなは……?」

 トワは一体何が起こっているのか全く理解できず、尋ねる。


「消しました。この力で」


 ロカは笑顔そのままに平然と言い放った。

「え? は? え? どういう……?」

「!」

 混乱するトワに対して、ナユタはすかさず懐から短剣を取り出し、構える。

「あいつは何者だ? 何か知ってるのか? 猫!」

 そしてトワの腕の中でロカに鋭い眼光を飛ばしているデューイに問いかける。


『神の力――いや、あれは……? でも、あの子は聖鏡の巫女では――』

 しかしデューイもロカの姿に驚き、目を見開いていた。


「……お前の狙いは、なんだ?」

 当てにならないと判断したナユタは頭を振って、ロカにその問いを再び発する。


「言ったでしょう? 世界をあるべき姿に正す。私の願いはそれだけです」

 ロカは楽しそうに不敵に笑うと、同じ答えで返した。

「この世界は不純物で溢れ過ぎている。特にこの国は目に余る。いずれ来たる終末の時に最大の障害になりうる」

 そして今度は驚くほど冷酷な目でトワを見据える。

「……」

 トワはその目を見て理解した。

 彼女は神の名の下に神滅の魔女である自分を殺しに来たのだと。

 その運命こそがこの世界における死の呪いであることを。


「させるかよ!」

 ナユタがエーテルで生成した短剣をロカに投げつけ、さらにもう一本生成した短剣を突き立てて迫る。

「あなたと戦う意味はないんですが。いや、その身体は邪魔ですね」

 ロカは全く動じることなく片手を振るう。すると投げつけられた短剣は音もなく消え、赤いエーテルがわずかに舞う。

 そしてナユタに向かってその手を向ける。


「ナユタ!」

 その先にある消失の危機をいち早く察したトワが叫ぶ。

「わかってる!」

 だがナユタはその手が自分に向けられることを、あらかじめ知っていたかのように伏せて避け、そのまま懐に潜り込み、短剣をロカの胸元に深々と突き刺す。


「ぐっ……」

 痛みで顔を歪めたロカは、なりふり構わず目の前のナユタを消そうと腕を伸ばす。

 だがその手は空を切り、床に大穴を空ける。

 ナユタは床を転がりながらそれを避け、再び短剣を生成する。


「……っ、見えてますね」

 ロカは胸に刺さった短剣を強引に引き抜きながら、苦々しげに言い放つ。

 胸元から赤い血がごぼりと溢れ、床を赤く染める。


「……」

 ナユタは呼吸を整えながら起き上がり、短剣を再び構える。

 確かに見えていた。ロカが繰り出す一挙手一投足が。それを喰らえばその身が消し飛び、痛みを感じる間も無く意識が途絶えることも。

 学園でのヴァーユとの決闘で発露した『予見』の力だ。

 塔全体に張られていた因果断絶結界が解かれたことで、力を制限するものはなくなった。


「ずるいなあ。私の鏡じゃ未来は見えないのに」

 ロカは子供っぽく口を尖らせて不満を漏らすと、その手を血に染まった胸元に添える。

 するとたちどころに傷口は消え、綺麗な白い肌が露わになる。


「そんな……」

 トワはナユタの攻撃が無駄に終わった落胆と、ロカが無事で安心した気持ちの両方に苛まれ、声を漏らす。

「どうしたらあの子を止められるの? ケイさん!」

 そして胸元のデューイに問いかける。

『私は九年前聖典を使い、あの子がいずれあなたを殺しにくる未来を見た。その未来を変えるためにナユタを生み出した。ナユタだけがあなたの運命を変えることができるから』

 ケイは懺悔をするかのように淡々と告げる。


 ナユタは短剣を次々と生成してロカを攻撃している。ロカの振るう力を全て予見してかわし、何度も短剣を突き刺していく。

 しかしロカはそれをことごとくなかったことにしてナユタに手を伸ばす。まるでこの死と隣り合わせの舞踏を楽しむかのように。

「くそっ……」

 ナユタはその手と飛び散る赤い羽根を掻い潜りながら悪態をつく。

 いくら予見してもこの状況を打開できる手が見えなかった。それどころかじわじわと追い詰められていく感覚があった。


「やはりあちらから始末しますか」

 不意にロカはトワに向けてその手を伸ばす。

「え?」

『いけない!』

 トワとケイが声を上げるよりも早く、ロカの力は放たれる。


「やめろっ!」

 ナユタは咄嗟に二人の間に入り込む。

 その瞬間見えた。


 この世界から消し飛ばされ、どこか見知らぬ世界へと流れ着く自分が。

 雲一つない残酷なほど青く澄んだ空、聞こえてくる教会の鐘の音、手元には引き裂かれた赤い聖典の頁。

 そして何も思い出せず涙を流す自分に声をかけてきた一人の少女――


「そこにいたか! 相馬ケイ!」

 ロカは伸ばした手を握りしめ、力の発動を咄嗟に止めると、立ち塞がるナユタを見上げて歓喜の表情を浮かべる。


「あ、ああ……」

 ナユタは一瞬見えた予見――あり得た未来の記憶に言葉を失い、よろめく。

 今まで感じてきた既視感の全てが一斉に頭の中に流れ込んでくる。

『! まさか! 見たのか!』

「ケイさん?」

 驚愕の声を上げるケイにトワは困惑する。


「なるほど、この世界の魔女ケイはその猫の身体を使って世界を欺き、あちらの世界の相馬ケイと共謀してナユタ様を、聖典を手に入れたのですね」

『違う! 私達が目指したのはそんなことじゃ――!』


「!」

 言い返してきたケイの言葉を最後まで聞く前に、ロカは目を見開く。

 自分の胸元に短剣が深々と突き刺さっている。


「――ようやく全部思い出せたよ」

 ナユタは短剣から手を離すと、ロカを軽く突き離す。その声は驚くほど落ち着いていて、その瞳は青く澄んでいた。

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