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魔法学校(3)

 夕刻の校舎裏の森道、空はまだ明るく、夜遅くまで日は高い。それは地球の北欧と同じ白夜のためだった。

 生徒達の大半は宿舎や自宅に帰る時間で、それはトワ達も同じだった。


「ほんとうにだいじょうぶ?」

 ナユタの隣を歩くトワが心配そうに顔を窺う。

 ヴァーユとの決闘以後、ずっと様子がおかしかった。

「……あの時、見えたんだ」

 ナユタは前を向いたまま、独り言のように呟いた。

「見えた?」

「ヴァーユが次に出してくる攻撃の場所が――いや、その結果何が起こるかまで。だから防ぐことができた」

「!」

 トワはその予見の力が何であるのかすぐに理解できた。全知の力だ。

 前世のオルラトルで神の目録に触れたイツカは、因果を辿ることができるようになっていた。過去と現在と未来は全て繋がっている。エーテルの流れを読むことができれば未来を見ることもできる。ナユタにもそれができておかしくはなかった。


「……これも、俺が元は聖典だったからなのか? 人間じゃないからなのか?」

 ナユタは自虐的な笑みを浮かべて独白する。

「ちがう!」

 トワはナユタの掌を両手で握りしめて、声を荒らげる。

「!」

 トワの燃えるような赤い瞳に見据えられ、やっとナユタは我に返った。

「……悪い。そういうつもりじゃなかった」

 そしてばつが悪そうに頭を掻いた。

「え? あっ……」

 トワは言われてから、何故自分が突然逆上したのか理解した。イツカのことを悪く言われた気がしたからだった。


「まあ、力は力だ。俺が使いこなせばいいだけのこと」

 気まずい空気が流れ出したのを、ナユタは声を上げて破った。

「うん。そだね」

 トワも逆に気を使わせてしまったことを恥じて、小さな声で応えた。


「けどヴァーユが使ったのは何なんだ?」

「因果断絶結界。その中では時間も空間も静止してしまう。エーテルも動かなくなるので多分魔法も全て封じられてしまう」

 トワは前世のアヌビスとの戦いを思い出す。あの時は結局負けた。

「なるほど。対策がいるな」

「うん!」

 そして二人は道すがら作戦をああでもないこうでもないと話し合った。

 ケイを救出する際におそらくタットヴァの魔女達とは再び対立することになる。その手の内の一つを見ることができたのは大きな収穫だった。


「――ところでお前の寮はもう過ぎたけど、いいのか?」

 すっかり話し込んで、既に警護科の寮の前まで着いてからナユタが尋ねる。

「うん。今日はアリーチェさんのとこ寄ってくから」

 そう言うとトワは手を振って離れていく。アリーチェとは件のバステトの友人のことだ。

「そうか。気をつけてな」

 その様子をトワの姿が見えなくなるまで見守ってから、ナユタは寮の敷地に入って、空を見上げ、大きく息を吐いた。

 トワに余計な心配をさせてしまったことを悔いた。

 だが自分が愕然としたのは、その全知の力のせいではなかった。これだけはどうしても言えなかった。


 あの時確かに見えた。ヴァーユの攻撃が、その結果が。だから防げた。

 しかし結果的には、防御しても敗北の未来を変えることができなかった。それが問題だった。

 力の使い方がまだ甘い。身体が追いつかなかった。いくらでも可能性は挙げられる。だがいくらそれらを想定して予見しても、勝てる未来は存在しなかった気がした。


 決められた宿命を変えることはできない。


 その現実がナユタの心の奥にじわじわと降り積もっていくのだった。



 ナユタと別れたトワは、町の中を歩く。

 七番塔直下に広がる町は古く、まだ石造りの家も少なくなかった。石畳の道は雪で滑りやすくなっている。日の当たらない軒下などには青いエーテルの混ざった雪が溶けずに残っていた。

 北国だがこの町に来るまでの道中の山々よりも暖かいのは、西から来る暖流の影響で、そこも前世のオルラトルと同じだった。

 白夜でまだ日は高いが、既に夕刻を過ぎているため、町の人々はみなその日の仕事を終え、自分の家に帰っていくところだった。暖かいと言っても夜は当然冷え込む。


 そしてトワは一軒の煉瓦造りの建物に到着する。

 そこは所謂酒場で、酒樽を模した鉄製の看板が天井から吊り下げられている。

 中からは大きな喧騒、笑い声が聞こえ、仕事帰りの客達でごった返しているのが、入るまでもなくわかった。

 トワはその店の入口の大きな黒い鉄の扉の前で逡巡する。

 何度来てもこの時間の店に入っていくのには勇気がいる。


「あら? トワちゃん。お帰りなさい」

 そこへ裏の小屋から塩漬け肉を両手で抱えた女性が声をかける。顔馴染みの店員の一人だ。

「あっ! はいっ! ただいまですっ」

 トワは慌てて挨拶すると、女性が入りやすいように扉を開けて一緒に中に入る。暖炉の暖かい熱気と、一層大きな喧騒が溢れてくる。


「店長呼んでくるから、ちょっと待っててね」

 店員はそう言うと、客席に肉を配って回り始めた。

「はいっ」

 トワは端の小さなテーブル席に座る。いつも使っている席で、幸い誰もいなかった。

 そして店長――アリーチェが来るのを待ちながら、店の中をぼんやりと眺めていた。


 客は性別年齢様々だった。魔女の国と言っても女性しかいないわけではなく、男性もたくさんいる。魔術師以外の職人や商人もいる。ここまで大きな町になったのだから当然だった。

 中央の大テーブルでは建築技師の大男達が盛大に飲み比べをしている。七番塔街の古い建屋の改築工事は至る所で行われている。その帰りだろう。

 その横では若い学生達が負けじと大声を上げて、この国の政治のあり方を論じている。この町には魔法学校だけでなく普通の学校も多数存在する。

 離れた壁際の席ではおそらく魔女と思われる女性達が、上司の仕事の悪口を言い合っている。魔女の仕事は多岐に渡り、魔法研究のみならず医薬の分野の発展が目覚ましい。魔法司書もまたその一分野として発展した。


 こうして店に来る客を見ているだけで、この国の様々な面を学べるのは、トワにとってもありがたかった。どんな町、どんな国、どんな世界であっても、そこで暮らす人々の営みはみなかけがえのない価値あるものに思われた。


「はい、お待たせ!」

 そんな感慨に耽っていたトワの前に、大きな皿に盛られたチキンとフライドポテト、熱い野菜スープのカップがどかりと置かれる。

「ありがとうございますっ!」

 トワも店の喧騒に掻き消されないように大声で返事をする。


 その女性はふんわりとした金色の長い髪に整った目鼻、瞳はブラウン。背丈はトワよりずっと高い。酒場には似つかわしくない美女であったが、しかしその着古したエプロン姿は非常に似合っていた。

「ん? あたしの顔になんか付いてるかい?」

 まじまじと見つめるトワにその女性――アリーチェは怪訝な表情を浮かべる。

「ううん。なんでもない」

 トワはそう言うと、熱いカップを両手で持ってふうふうと息を吹きかけながら啜り、大声を上げる客達を振り返って静かにしろと怒鳴る彼女を、上目遣いでもう一度ちらりと見た。


 前世のオルラトル町立図書館長、片桐アリスにそっくりだった。

 母バステトの友人と聞いてまさかとは思っていたが、そのまさかだった。

 もちろん彼女に前世の記憶はないし、初対面だったが、図書館ではなく酒場を切り盛りするその立ち振る舞いは、まるで変わらなかった。

 違う点といえば幼い少女のような姿形ではなく、しっかり大人の女性なことだ。この世界では神の目録の影響を受けなかったということであろうか。

 しかしこうしてここで食事をしていると、あの頃が思い出されて安心感があった。

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