魔法学校(2)
挨拶を済ませ、教室を出た四人は、校舎の中の吹き抜けの廊下を歩いていた。
校庭では様々な運動部が部活動に勤しんでいる。
魔法学校といっても一から十まで魔法漬けというわけではなく、普通に運動もするし、部活動も存在する。そこは世界変われども共通だった。
もっともトワにとっては未知の競技や活動ばかりではあったが。
「――これから時計塔に行くんですか?」
プリトヴィと並んで前を歩くトワが尋ねる。
「そうですねえ。お仕事ですか――」
「一緒に行ってもいいですか!」
プリトヴィが答え切るよりも早くトワが矢継ぎ早に声を被せる。
「……うーん、予約なしは困っちゃいますねえ」
プリトヴィは両拳を握りしめて迫るトワに驚きながらも、苦笑する。
「行かなきゃならないんです!」
トワは構わず迫る。
そう。何も楽しい学園生活を送るためにこの魔法学校に入学したのではない。
デューイが囚われているかもしれない時計塔への侵入。そのためにはこの学校の生徒になるのが一番の早道だった。
時計塔図書館への生徒の立ち入りには原則予約が必要で、長い順番待ち状態だった。館には貴重な資料が多数あり、連日世界中から閲覧希望者が来館するくらいで、これでも学生特権で早い方だった。二ヶ月もの間、動けずにいたのはこれが原因だった。
生徒としてではなく強引に進入するのは、塔を守る歴戦の魔女達の警備を掻い潜る必要があり、それはあまりにも無謀。というのがバステトの見解だった。
「あきらめなよ。あたし達はあんたが暴走しないよう見張ってんだから」
「先生はお忙しいのです。聖典を没収されないだけ有難いと思ってください」
後ろを並んで歩くテジャスとアパスが、トワを嗜める。
「むー」
トワは不服そうにしながらも拳を納め、腰の聖典に目を落とす。
実際二人相手ならともかく、この学校の魔女達相手に立ち回れる自信はなかった。何百年生きているのかもわからない先生達はもちろん、特に町を警護する魔警団の魔女及び塔士達は文句なく強そうに見えた。
所詮自分は魔法司書としての技術しか持っていない未熟な子供の魔女でしかない。この二ヶ月間でそれは嫌というほど実感していた。
「あっ! 見てください! あなたの塔士くんがいますよ!」
そんな苦渋を舐めるかのような顔をしているトワに、プリトヴィが明るく声を上げ、校庭を指差す。
校庭は運動部が活動している平坦な砂地と、木々が生い茂るなだらかな丘陵になっていて、その砂地の端でトワと同じ黒ケープの制服を着たナユタが、一人の魔女と対峙していた。その魔女は紫色のケープを羽織っていた。
「あ、ヴァーユねえだ。何してんだろ?」
「まったく、目立つ真似はしないよう言われてるのに」
テジャスとアパスは言いながら、興味津々といった様子で目を光らせる。
見れば二人の周りには見物の生徒が多数集まっていた。
「くそっ……」
ナユタは両拳を握りしめて構えながら、息も絶え絶えに眼前の魔女を睨みつける。
「なかなかだけど、まだまだ合格点はあげられないね」
一方、相手の魔女――ヴァーユは涼しい顔でナユタを採点する。
トワとナユタは二人共入学試験には合格したものの、それぞれ専攻科は違っていた。試験結果に応じて振り分けられたからだ。
トワは魔法司書課程を含む魔術資料科。ナユタは塔士を目指す者が所属する警護科だ。基本的な魔術や歴史を学ぶ課程は全学科共通だが、そこから先は専攻する学科によって変わる。
今は午後の校庭で行われた警護科の戦闘訓練の後で、ナユタはヴァーユに呼び出されて、こうして手合わせをすることになった。
「これが雷天のヴァーユ――」
ナユタは実力の差を実感して愕然としていた。
相手を殺さない範囲ならば、魔法や魔法具の使用も可というルールによる決闘。
しかしヴァーユは手に持った写本を使うそぶりは見せず、ナユタの攻撃をことごとく避け、鋭い手刀や蹴りによる反撃を的確に撃ち込んでくる。その一撃一撃には微弱な電撃が込められており、身体を徐々に痺れて動けなくしていく。
「オレは身体を使って戦う方が性に合っててね。写本の使い方も自然とそうなった」
ヴァーユは言いながら写本を片手で開く。頁が自然とぱらぱらとめくられていく。
体内の生体電気を操り、反応速度、運動速度を高める人体強化の魔法だった。
観客の女生徒達から黄色い声援が起こり、ヴァーユはそれに笑顔で手を振って答える。
「ヴァーユちゃんは人気ありますからねえ」
プリトヴィが嬉しそうに手を振る。ヴァーユもそれに気付き、手を振りかえす。
「みんながそうならいいのにね」
テジャスは別の生徒の一団を一暼してぼやく。彼らはヴァーユを侮蔑のこもった表情で冷ややかに見つめていた。過去なしを良く思わない者は少なくなかった。
「肉弾戦でヴァーユに勝てる者などこの学園にはいません」
アパスは自慢げに姉をそう評す。いつもテジャスと喧嘩をすると、まずはプリトヴィが諌め、それでも収まらない時はヴァーユが実力行使をする。
それがタットヴァの日常だった。
「ナユタ……」
トワはナユタを心配そうな眼差しで見つめる。
学科が別になってからは会う機会がめっきり減ってしまった。今は二人共バステトの知人の家を出て、それぞれ学園の寮で生活している。学科ごとに分かれているため、会うことはほとんどなくなった。
最初は定期的にみなで集まり、それぞれが得た情報を共有していたが、その間隔も開いていき、バステトがケイの行方の調査で何日も戻らないようになってからは、途絶えてしまった。
「じゃあ、そろそろ終わりにしようか」
ヴァーユは指の骨をぽきぽきと鳴らすと構え、その場で軽いステップを踏み始める。
「くっ」
ナユタも構えるが、全身が痺れてその体勢を維持するのが精一杯だった。
「いくよ――」
小さく呟いた瞬間、ヴァーユの姿が眼前から消えた。まるで彼女の身体が雷に変換されたかのように元いた場所にはわずかな雷光の残滓が煌めく。
「(こんなものか)」
既にナユタの後ろにまで移動を終え、屈めた体勢からナユタの脇腹に拳を振りかぶりながらヴァーユは落胆した。魔法で加速した今は一秒が一分にも感じられ、静止した世界の中を自分だけが動いている感覚だった。
神滅の魔女を守る塔士の少年。そう聞いて大いに期待していたのにがっかりだ。
「ナユタ!」
ほら、愛しのご主人様が応援してくれてるよ。でも相手が悪かったね。
オレの動きを捉えられた者など、今まで一人だっていなかった。
「!」
だがヴァーユの放った拳は、ナユタが振り下げた肘によって防がれた。
「まぐれか! だが!」
ナユタはヴァーユを視界に捉えずに肘を下げて見せた。背後を取られたと『予測』して条件反射で身体を動かしてたまたま防げたにすぎない。初手が防がれること自体は珍しくない。手加減してわざとわかりやすく撃ったのだから。だが次弾、次々弾はそうはいかない。
「そういう! ことかっ!」
「なっ! にっ?」
だがヴァーユがさらに加速させてあらゆる方向、角度から繰り出す攻撃を、ナユタは次々と掌底や蹴撃で相殺していく。ご丁寧にそれらには雷を遮断する土の魔法まで付与されている。
「はっ! やるじゃないか!」
ヴァーユは攻撃を続けながら驚きの声を上げる。そして何故突然見切られ始めたのか瞬時に分析する。これは『予測』して受けているのではない。予測にはその根拠となる経験則が必要となる。まだ十数分しか手合わせをしていない相手からこれだけの手数を全て受け流す情報を引き出すことなど不可能だ。ならば――
「見える!」
ナユタにはヴァーユが次に放ってくる攻撃が見えていた。『予測』ではなく『予見』だ。
先刻トワが自分の名前を呼びかけた時に、強烈な既視感に襲われた。
そしてその既視感の先、未来の光景がわずかに見えた。ポレンヘイムの宿屋の屋根の上で流れ星がこれから落ちる場所が見えた時と同じだ。
どこから攻撃が来るのかわかれば、防ぐのは容易かった。まるでこの時のために用意していたかのように雷撃を遮断する防御魔法も自然と頭に浮かんできた。
「不本意だが、仕方ないね」
ヴァーユは不機嫌そうに口を尖らせると、攻撃を続けながら、手に持った写本にわずかに視線を落とす。
「何を――」
ナユタはその行動の先を見ようとする。だが――
ヴァーユの放った拳がナユタの胸に綺麗に当たり、ナユタは校庭の草木を派手に薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。
「げほっ! げほっ――?」
ナユタは咳き込みながらすぐに起き上がり、追撃に備えてヴァーユの姿を捉え――
「がっ!」
――ることはできず、視界の外からのヴァーユの蹴りに背中を強打され、再び地面に叩きつけられる。
「悪いがカンニングは封じさせてもらったよ」
ヴァーユは四つん這いになって困惑しているナユタに言い放つ。その手の上には写本が開いて浮かんでいる。
「因果断絶結界。タットヴァの写本はそれを使うことができる。君が全知の力を使うならイーブンだろ?」
そしてナユタに手を差し伸べ、立ち上がらせる。それは決闘の終わりの合図だった。
「ナユタ! だいじょうぶ?」
周りの生徒達がその合図をもって散開していく中、トワがナユタの元に駆け寄る。
「……あ、ああ……」
ナユタはその場に棒立ちのまま、心ここに在らずといった顔で応える。
「さすがですねえ」
「あははっ! 結界まで使って大ピンチだったじゃん」
「テジャス。私達ではまだあんなに綺麗に発動はできないでしょう?」
一方タットヴァの魔女達はヴァーユを囲み、勝利をもてはやしながら歩いていく。
「――だが、これで彼が本物であることは確認できた。脅威には当たらないがね」
そしてヴァーユはまだ呆然としているナユタをわずかに振り返ると、そう言い放ち、その場を去って行った。




