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竜と魔女(6)

 翌朝、教会の前に一行は立っていた。

 昨晩ツイが降らせた雨で木々は湿り、大きな水溜りがあちこちに出来ていた。

 空は雲一つない快晴で、冷たい風が吹き抜ける。


「それで、どこに行くのよ?」

 赤いローブ姿のテジャスが腕組み姿で尋ねる。

「三年前バステトと別れた町、ポレンヘイムを目指す。そこに戻っているかもしれない」

 黒い外套姿のナユタが、北の空を仰ぎながら答える。

「そもそもあんたはその魔女の何なのよ?」

「……なんでもいいだろ。弟子ってとこだよ。それよりお前も着いてくるのかよ」

 テジャスの問いにナユタは面倒臭そうに答える。

「あんた達に着いていくのが一番近道そうだから。それに――」

 テジャスは教会の入口でイスラから鞄を受け取っているツイを見やる。

 黒い修道服の上から白いマフラーを巻いている。そしてその腰には肩からたすき掛けした皮のホルダーに赤い本が収まっている。

「――あれが本物なのか見極める」

 そしてぼそりと低い声で独り言のように呟く。

「……」

 ナユタもその本を見て胸がざわつくのを抑えられなかった。


「ポレンヘイムなら街道沿いに行けば危険は少ない。数日で到着するはずさ。いざとなったら行商隊が通るのを待って、大人に頼るんだよ」

「わかってるよ。あの二人がいればだいじょうぶだよ」

 イスラが旅の注意をくどくどと繰り返すのを聞き流しながら、ツイは二人の視線に気が付き、いよいよ出発の意思を固める。

 イスラは町から定期的に行き来している行商隊のお供として行かせようとしたが、ナユタがそれを断った。魔女に襲われる危険性があったからだ。その当人の一人であるテジャスによれば魔女はみな自分勝手に動いているので、一緒にいても安全は保証できないという。

 結果、竜をも倒した二人と時計塔のお墨付き魔女に護衛など不要。という結論に至った。


「いつでも帰ってきていいんだからね」

 最後にイスラはツイを優しく抱き締める。

「うん」

「ここでずっと――いや、やめよう。ほら行ってきな! あいつらをいつまでも待たせてんじゃないよ!」

 そしてツイの両肩を掴むと振り向かせ、その背を軽く押した。

「うん! 行ってきます!」

 ツイはわずかに振り向くと元気よく応え、そして走り出した。

 イスラも自分と同じようにここでずっと二人で暮らしていく未来を思い描いていた。それがわかっただけでも、ツイにとっては何よりも勇気が湧いてきた。


「ごめん。おまたせ!」

「ああ、じゃあ行くぞ」

 合流したツイにナユタは応えると、自分の荷物を手に取り、歩き始める。

「ところで、まだあんた達の名前聞いてないんだけど?」

 先頭を行くテジャスが振り返り、並んで歩く二人に尋ねる。

「うん? 言ってなかったか? 俺はナユタ。バステトの弟子のようなものだ。魔法は少し使える。これでいいか?」

 ナユタが丁寧に自己紹介付きで答える。

「ふーん。じゃあ、あんたは?」

「わたしはツ――」

 ツイは言いかけて一瞬考え込む仕草をする。

「?」

 二人はきょとんとして小首を傾げる。


 ツイは顔を上げると、二人をまっすぐ見据えて答えた。


「――トワ。わたし、彩咲トワは、必ずこの世界で探し物を見つけます!」


 トワ達の旅立ちを祝うかのように鷹の鳴き声が遠くの山々から響いた。




 薄暗い巨大な塔の中心を螺旋階段が、天地果てが見えないほど続いている。

 仄かに照らす青い灯りはエーテルを燃料に半永久的に燃え続ける。

 壁際には無数の本が敷き詰められ、時間魔法によって時を止められたそれらは、数千年以上の歴史を現世に残している。この塔が時計塔と呼ばれる所以だ。


 魔女の国オルラトルの時計塔図書館――


 ここはこの国の知と魔法の精髄の全てが今も刻まれ続けている。


「炎天が聖典と接触したようです」

 塔の遥か上層の踊り場に一人の魔女が入ってくる。

 青い髪とローブを羽織ったその魔女はとても小さく幼く見えた。


 そこは塔の高位の魔女だけが入ることを許される階層。

 その階層だけは壁際に本はなく、硝子張りの壁から魔女の国が一望できる。

 天井はステンドグラスで覆われ、吊り下げられた巨大な歯車がいくつも噛み合いゆっくりと回りながら、この塔の時間魔法を維持している。


「へえ、やるじゃん」

 階層中央に広がる巨大な円卓に腕を組んで寄りかかる魔女が声を上げる。

 紫色の髪とローブを羽織ったその魔女は長身でよく鍛えられた身体をしていた。

「やはりアパスちゃんが一番共感できるのねえ。私は気が付かなかったわあ」

 紅茶とお菓子の乗った盆を持ちながら二人に近づく魔女が呑気な声で驚く。

 栗色の髪とローブを羽織ったその魔女も同じくらいの長身でふくよかな身体をしていた。


「雨天のアパス、雷天のヴァーユ、土天のプリトヴィ。ここに揃いましてございます」

 雨天の魔女――アパスが階層の奥に向かって跪き、畏まる。

 残りの二人もお互い顔を見合わせて、やれやれといった顔をしてから後に続いた。


「夜天がいないようだが?」

 奥の椅子に深々と、片膝を立てて座る、白髪の小柄な魔女がぞんざいに尋ねる。

「あいつは気まぐれだからな。今日も行方不明だ」

 雷天の魔女――ヴァーユが苦笑しながら答える。

「あの子はリンクが途切れがちで困るのよねえ」

 土天の魔女――プリトヴィがあらあらといった顔で困った声で笑う。


「……まあいい。それでバステトは何処に?」

「彼女が隠していた魔女が一人、弟子を名乗る少年が一人。共にバステトの所在は知らされていないようです。炎天は彼女らと共にポレンヘイムに向かうようです」

「近いな」

「九年間も逃げ延びてるんだからもうこの大陸にはいないのかと思ってましたあ」

 白髪の魔女の問いに三人が応える。


「アパスが向かいます」

 アパスが立ち上がり、自ら名乗りを上げる。

「む、それならオレも」

「私もその子達見てみたいですねえ」

 ヴァーユとプリトヴィも釣られて立ち上がり、後に続く。

「だめだ、お前達は私の塔士としてここを守ってもらわなければ困る」

 だが逸る三人を白髪の魔女が嗜める。


 塔士とはこの国の魔女を警護する騎士のようなもので、原則仕えるのは一人だけだが、この白髪の魔女には五人の魔女が仕えている。

 それがタットヴァの写本と呼ばれる魔女である。


「アパス。お前に任せる。聖典を確保せよ」

 白髪の魔女は少し考えた後、命令を下した。

「はっ!」

 アパスは再び跪き、畏まった。その口元が歓喜で僅かに緩む。

「やれやれ、お留守番か」

「がんばってね! アパスちゃん!」

 三人は結論が出ると、早々に解散し、それぞれの持ち場へと向かった。



 誰もいなくなった広間で、白髪の魔女は立ち上がると、奥の小さな仕切りの向こうの扉を開ける。

 そして何もない廊下を進むと、その先の部屋に入る。

 本一冊ない真っ暗な伽藍堂、だがエーテルが果てしなく渦巻くその空間には、天井から小さな鉄の檻が吊り下げられていた。


「――今度こそ誰にも邪魔はさせないわ」

 檻の中には一匹の黒い猫が捕えられていた。

「ニャア」

 猫は知らないわよそんなこととばかりに眠そうに低い鳴き声を上げた。


 魔女の国オルラトルの時計塔図書館――


 オルラトルにある九つの塔。その七番目の時計塔の星天の座を統べし魔女。

 それがこの白髪の魔女――アヌビスである。

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