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トワとイツカの魔法司書  作者: 玖月 泪
神保町編
49/106

紫苑祭(9)

「まじ、やば……」

「はじめてみた……」

 ハルとウララは呆然としながら声を漏らす。不思議と恐怖はなかった。

「くっ」

 九重は歯軋りをして見守る。いざとなれば自分が出ていって生徒達を守らなければならない。

『トワ!』

「わかってる」

 イツカとトワもそれは同じ気持ちで、もしあの竜が暴れ出したら戦う他なかった。


「この子は私のエーテルキャットです。ちょっと大きく作り過ぎてしまったけど」

 アヌビスは笑いながら竜――ネフティスの肩の鱗を叩く。ネフティスは嫌そうに低く唸り声を上げつつも、大人しく上半身のみの姿でその場に浮かんでいた。

 その様子を見た人々はまだ戦々恐々としつつも、逃げ出す足を止め、呆然とその様子を見つめていた。


「別にこの子を使って戦争しようって話ではないです。魔法司書にはこれだけのものを生み出す可能性があるということを知ってもらいたいのです」

 アヌビスは竜の上から観客席を見下ろす。まだみな恐怖に囚われているが、その中に徐々に期待と羨望の眼差しが混ざり始めるのを見てとった。

「エーテライズは本来誰もが使える力です。いち早く目覚めた人達が魔法司書を名乗っているに過ぎません」


「そ、それでは、他の人間も、私達も目覚める可能性があると?」

 女性記者の一人が、周りの静止を無視して問いかける。その足は震えていた。

「はい。しかし先の問題にあったように差別や偏見は避けられないでしょう。もちろん我々はそれに対して全力で立ち向かう所存ですが、より根本的な解決に向けて動いています」

「根本的な、解決――?」

 記者達が疑問符を灯らせるのを見て、アヌビスは悪戯っぽい笑みを浮かべると、その視線をはっきりとステージの袖へと向ける。


「!」

 その視線はトワと交錯する。

『あいつ! まさか俺達を全世界に晒し上げるつもりかよ!』

 イツカはその意図を慮り、戦慄する。

「トワッチ?」

「トワさん?」

 ハルとウララは何のことかわからず、トワを怪訝な表情で見つめる。

「出て行かなくていい。絶対ロクなことにならねえ」

 九重は断固として言い切る。


「魔法司書の存在が公になったのは、十年前、魔法司書、相馬ケイがエーテル理論の論文を発表した時です。彼女が全ての始まりと言っていい」

 アヌビスはトワの方を見ながら続ける。

「なぜなら彼女こそがこの世界にエーテルをもたらすきっかけとなる一冊の本を見つけ出したからです」

 そして手招きしてステージに上がってくるよう促す。


「……」

 トワはイツカを両腕で抱き締めながら、深く息を吐いた。

『トワ……?』

 イツカは伝わってくるトワの胸の鼓動が驚くほど落ち着いていることを意外に思った。


 アヌビスは笑みを浮かべたまま待っている。

 ステージ上の長い沈黙に記者達や観客達のざわめきの声が上がり始める。

「……たぶん行かないとみんなが危ない。あの竜を出したのはそういうことだと思う」

 トワはアヌビスを支える竜、ネフティスを見上げる。あれを解き放てばこの場を惨状にすることなど簡単だろう。きっと誰にも止められない。自分とイツカ以外には。

「馬鹿なこと考えんな!」

 九重が力ずくで止めるべくトワの肩に手を伸ばすが、トワはそれを手で制する。

「だいじょうぶです。わたし達なら負けません。そうでしょ? イツカくん」

『…………ああ』

 イツカは応えた。確かにエーテライズ勝負なら負ける気はしなかった。だがずっと胸騒ぎが収まらなかった。

「だ、だいじょうぶだよ! トワッチ。アヌビーはそんな悪い人じゃないし」

「そうよ。きっとあなた達を紹介したいだけっ」

 ハルとウララはそう言いながらも、この場の尋常ならざる空気に声が震える。


「それが彼女の持つ本、聖典なのです!」

 トワがステージに一歩踏み出すと同時にアヌビスが声高々に宣言する。

「!」

 一斉にカメラのフラッシュがトワに浴びせかけられる。

「彼女は彩咲トワ。この聖典をエーテルキャットとして使いこなせる唯一の魔法司書です」

 記者達からどよめきの声が上がる。着物の魔法司書、それは相馬ケイのトレードマークでもあったので、その関連性に興味が集まる。

「よっと。ほらっ自己紹介」

 アヌビスはネフティスの肩から飛び降りて、トワの耳元で囁く。

「……」

 トワは一瞬怪訝な表情を浮かべると、壇上の上のマイクを手に取り、一歩踏み出す。

 ネフティスは消されずにそのままだった。


「えっと、彩咲トワです。相馬ケイさんはわたしのお母さんの友達で、わたしも立派な魔法司書になりたくて勉強中です」

 トワは観客席の中のクオンが驚きながらも小さく手を振っているのが見えて、少し安心した。

「そしてこの本がイツ――っわたしのエーテルキャットですっ。わたしは自分では作れないのでケイさんからこの本の形で譲ってもらいました」

 思わずイツカのことまで口走りそうになって、慌てて言い直す。ケイの子、相馬イツカの存在は一般的には公表されていない。

『……』

 イツカが今にも口出ししてきそうな気配を感じて、トワは冷や汗を流す。


「オリヒーなにしてんの!」

「先生?」

 結局トワが出ていくことを止められなかった九重は、タクトを呼び出して控えていた。

「いざとなったらここにいる奴ら全員の記憶を飛ばす」

「マジか……」

「トワさん――」


「その本が、この世界にエーテルをもたらしたとはどういう意味なのですか?」

 記者の一人が質問を投げかける。

「エーテライズとは物質をエーテルに分解し、再び物質に再構成する技術と思われていますが、厳密に言えば、事象の原因と結果を操る技術です」

 アヌビスは再び壇上に立ち、説明を始める。

「例えば壊れた本の修理の場合、魔法司書はまず本をエーテルに分解し、そのエーテルに含まれている記憶、まだ壊れる前の状態の記憶を掬い取り、再構成します」


「それはつまり壊れたという事実をなかったことにする。ということですか?」

「そうではありません。壊れた記憶も残ります。しかしそれはエーテルとして世界に放流し、溶け込ませます。人々の記憶の中に残るのもそのためです」

 アヌビスの説明に記者達はわかったようなわからないような複雑な表情を浮かべる。

「……」

 トワにはその意味がよくわかった。世界はエーテルの海のようなもので、その中で強く形となっているのが生物であり物質なのだ。それをエーテルに溶かし、記憶を選別して組み直すのがエーテライズということだ。

 イツカもオルラトルの時計塔で神の目録がそのエーテルの層の一つであったことを思い出した。そしてそれを引きずり出すのに必要なのが特別な記憶のエーテル、つまり縁であると。


「本来この世界のエーテルは一片の過不足もなく完全に安定していました。しかしこの本という異物が混ざったことでエーテルの均衡は乱れ、溢れたエーテルが魔法司書という形で現れてきているのです」

「では、その本は一体何処からやってきたのですか?」

 記者の当然の問いに、アヌビスは一瞬トワの抱きかかえるイツカを見てから、手を口に当て、顔を上げて考える素振りで口を開く。


「異世界――」

 淡々と零したその言葉に会場がざわつく。


「――というのは冗談ですが、それは相馬ケイに聞いてみないとわかりませんね」

 そして冗談めかして笑う様子に会場はほっとした声と乾いた笑い声が上がる。

「(本気なのかな?)」

『……』

 トワの呟きにイツカは答えられなかった。

 以前七星アヌビスと初めて会った後、彼女については調べていた。出身は日本、相馬ケイや彩咲クオンと同年代、その日本人離れした容姿は祖母が北欧人のクォーターのためで、家族は日本国内に在住。魔法司書に目覚めた時期もケイと同時期。わかる範囲では不審なところはなかった。

 十年以上前、ケイが日本を立つのと同じ頃、既に魔法司書委員会の設立のために動き始めていた。あの竜含め、まるで全て今日この日のためのお膳立てだったのではないかとまで思われた。


「その本がエーテライズ発祥の本だということはわかりました。ではそれが多くの問題を根本的に解決するとはどういうことですか?」

 記者の一人が質問を続ける。

「今、壊れた本の修理を例に挙げましたよね。この本を使えば世界の理すら書き直すことができるのです!」

 アヌビスは興奮して語り出す。記者達は何を言っているのかわからずぽかんとする。


「!」

 だがトワとイツカは戦慄する。やはり以前言っていたように彼女の目的は神の目録を使い、世界を魔法司書達にとって都合のいい世界に書き換えることなのかと。


「この本を世界から抹消することによって!」


 そして声高に叫んだ。会場は沈黙に包まれた。

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