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トワとイツカの魔法司書  作者: 玖月 泪
神保町編
44/106

紫苑祭(4)

 午前十一時半、既に第二回のエーテライズ教室の時間は押しており、それ目当てで集まってきた人々と、騒動で集まってきた人々で図書室の周りは溢れていた。

 そしてその一部は図書委員によって図書室の中に案内されていく。みな戦々恐々、或いは興味津々で部屋の真ん中を牛耳る二匹の巨獣を見守る。

 トワはこの二匹のエーテルキャットのエーテライズ作業をもって、エーテライズ教室の実演とすることに決めた。もちろん実演者はハルとウララだ。


「まだエーテルが濃いから分解する時は強めに、再構成する時は弱めにやれば、だいじょうぶですっ!」

 トワはゴンタとウカの前で緊張の面持ちの二人を元気づけるべく、拳を握ってアドバイスをする。

「ざっくりすぎる!」

「あわわ」

 しかし二人は余計プレッシャーを感じて縮こまる。正常なエーテル濃度でのエーテライズすらまだやっとなのに、今回は絶妙な調整が必要となる。さらにこの観衆の前でそれをぶっつけ本番でやれという鬼教官っぷりである。

『諦めな。うちはずっとこのやり方だ』

 イツカが笑いを堪えながら覚悟を決めさせる。


「しゃーない! やったるかー!」

「はあ……そうね」

 気合を入れるハルと、静かに息を吐くウララ。二人はようやく決心して部屋の真ん中にお互い背を向けて立ち、目の前にいる自分のエーテルキャットに手をかざす。二匹共大人しく二人のその所作を見守っていた。


 まずエーテライズの分解が始まり、二匹のエーテルキャットから青いエーテルがぼんやりと浮かび始める。観客から感嘆の声が上がる。

「うっ、たしかにめっちゃ硬い!」

「なかなか解けないわね」

 二人はちょっとずつ力を強めていきながら続ける。トワはその様子を腕組みしながら満足げに見つめる。イツカはそれを見て呆れる。


 分解は進み、二匹のエーテルキャットはほとんどエーテルに分解される。非常に濃いエーテルが渦巻く塊が二つ、部屋の中を青白く眩しく照らす。

「ここから再構成に入ります。あの子達の姿をイメージして、一緒に過ごした時と場所、そして思い出をゆっくり集めていってください」

 トワは手をかざしながらエーテルを漏らさないように集中している二人に、静かに語りかける。観客も固唾を飲んで見守る。


「イメージ、時と場所、思い出――」

 二人は目を瞑り、自分達に問いかけるようにお互い言葉を紡ぎ、エーテライズを進める。

「!」

 不意にウララが目を見開く。ウカのエーテルの渦がわずかに震える。

「ちょ、ちょっと?」

 ウララは背中をくっつけてきたハルをわずかに後ろ目に見る。

「ごめ、手伝って」

 ハルは前を向いたまま、悪戯っぽい笑みを浮かべる。ほんのり赤みを帯びたその顔を見せるのが恥ずかしかったからだ。

「もう、しょうがないわね」

 ウララもため息をつきながらも、どこか嬉しそうに頬をわずかに赤く染めた。


 そして二人は片方の腕を下ろし、お互いその手の指を絡めて結んだ。


「なるほど」

 トワはぽんと手を叩き、そんなやり方もあるんだと、素直に感心した。お互いのイメージや記憶を繋いで共有することで、より多角的で正確なエーテライズを構築すると。

『……』

 イツカはそんな原理以上の意味があることをトワに伝えようか一瞬迷ったが、まだ九歳の少女にそれを説いても虚しいと感じてやめた。そもそも自分だってまだそういう人の心の機微は、原理以上のことが理解できていない。


 程なく二人のエーテライズは完了し、ゴンタとウカは元の小さなエーテルキャットに戻った。

 毛並みの色が共に多少混ざってしまったことを除いて。


「おっかしいなあ。まあいっか。アタシらの子ってことで」

「……気持ち悪いこと言わない」

 二人だけ小声で囁きながら振り返ると、観客から一斉に拍手喝采が起こり、次々と写真のフラッシュが飛び交う。それに驚いたゴンタがハルの胸元に飛び込む。

「おっと、よしよし怖かったねえ」

「ウカ、大丈夫? おかしなとこない?」

 二人は自分達のエーテルキャット撫で、エーテライズの成功を噛み締める。

「うんうん」

 トワも教え子の確かな成長に満足し、わずかにその目を涙ぐませるのだった。


 こうして高等部における第二回エーテライズ教室は、アクシデントこそあったものの無事終了するのだった。

 しかしこの後、一同は職員室に呼ばれ、厳重注意を受けることになる。第三者による妨害工作があった件についても話したが、悲しいかな魔法司書に疎い教師陣に例の装置を見せても、疑惑の眼差しを向けられるだけであった。

 その真贋を見極められる九重が未だに所在不明なのである。



「エーテライズ教室は無事終了したとのことです」

「そうか。あなたの生徒はやはり優秀なようですね」

 大学駐車場に停まっている資材搬入用の大型トラック。その荷台の中には学内の至る所を映すモニターと、通信機器が並ぶ。

 黒服の男が二人、両手両足を縛られて転がる九重に冷笑する。

「そりゃそーよ。残念だったな。上手くいかなくて」

 九重は高等部図書室を映すモニターを辛うじて見ながら言い返す。


 朝、トワと別れ図書室を出て職員室に向かう途中で連行させられた。

 目的はエーテライズ教室の監督を邪魔させるというだけで、それ以上のことは何もされていなかったが、トワ達だけでもどうにかできると信じていたので、抵抗はせずに情報を引き出すことに専念していた。

 隅にある箱に詰められた大量のエーテル増減装置を見るに、おそらく神社本局の連中と思われたが、彼らが都度通信している内容から、どうもそれだけではないきな臭さを感じていた。

「もちろん無事に終わってもらって構わない。問題はその後だ」

「――概ね予定通りの流れになっています。もう少し火は焼べますが」

 男達はモニターに映る画面を注視していた。九重の位置からは見えなかった。

「どういうことだ?」

「……我々も魔法司書憎しでやっているわけではない――ということだ」

 九重の問いに男は淡々と答えた。九重はその意図が計りかねた。

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