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トワとイツカの魔法司書  作者: 玖月 泪
神保町編
39/106

七星アヌビス(5)

 その日の放課後の図書室。紫苑祭間近ということもあり、利用者は少なく、図書委員は既に閉室準備を始めていた。トワも作業室で今日の作業の後片付けをしていた。

「おいーす、トワッチかえろー」

 そこへハルが入ってくる。クラスの出し物の手伝いで今日は当番ではなかった。

「……はい」

 トワは元気なく応える。

「ん? どしたー?」

「いえ……ウララさんは?」

「ウララなら今日は神社の仕事の手伝い。何か大事な会合があるんだって」

 トワはなるべく平静を保とうと笑顔を作る。

 あの後ずっと考えていた。自分は何をすべきなのかを。

「聞いたよー。アヌビー来たんだって? オリヒーめちゃ怒ってた!」

「!」

「何か言われた? あのおば……おっと、お姉さん怖いからねえ」

「知ってるんですか?」

 ハルはトワが食いついてきたのを見て、ちょっと安堵した様子を見せ、作業室のソファに座る。

「じゃあここでアタシの身の上話を聞いてもらおうか」

 そして笑顔のまま、だがその目は真剣に、話し始めた。


「この前ウララの話聞いたと思うんだけど、アタシもわりと昔からエーテル見えてね。それだけならまだ良かったんだけど、結構エーテライズもできちゃってね。もちろんちゃんと復元までじゃなくて、壊すだけ。まあ後はわかるよね?」

 ハルは淡々と話しているが、いつもより声のトーンは低く、都度言葉を選んでいるようだった。

「はい……」

 おそらく周りから恐れられ、孤立していったのだと、ウララの話を聞いた後ではトワにも理解できた。

「自分で言うのもアレだけど、小学校の頃は荒れててね。ハブられたり、ネットで晒されたりもした。アリス叔母さんにも相談したけど、ずっとノルウェーだったし。そこでアヌビーに声をかけてもらってね。多分ウララもそうだったと思う」

「……」

 トワは黙って真剣に聞いていた。ハルもそれを見てわずかに微笑むと続けた。

「だったらもっと堂々と力を使いこなせって言われた。ハルチャンネル始めたのもそれがきっかけ。この学校を勧められて、事務所にスカウトもされた、ってそれはアヌビーが宣伝のためって漏らしてたけど。まああの人が魔法司書のこと考えてるのはガチだよ」

 ハルは話しながらだんだん恥ずかしくなってきたのか、いつの間にか寄り添ってきたゴンタを抱きしめてそわそわし始める。

「そうだったんだ……」

 トワは聞きながら逆にアヌビスのことがわからなくなってきていた。

 魔法司書の未来のことを本気で考えているのはわかった。だが神の目録に手をかけてまで世界を変えようとするのは果たして正しいのか。それがわからなかった。

「たまに魔女の国だの時計塔だのよくわかんないこと言ってるけどね」

「どこかの国のことなんですか?」

「わかんない。あんな見た目だし、異世界転生者なんじゃないかって噂まであるよ。まあちょっとこじらせてるだけじゃないかな」

 ハルは笑って言うが、トワはアヌビスが見せた竜のエーテルキャットを思い出して戦慄する。あれを想像だけで作り出すことができるのだろうか。


『……九重はどうして魔法司書ではなくなった?』

 二人の話を遮り、イツカが問いかける。アヌビスが言った言葉が気になっていた。

「…………それかあ。うーん、どうしよっかなー」

 ハルは痛いところを突かれたようで腕を組んでうんうんと悩む。

「あの……嫌なら――」

「いいや、話そう。トワッチも迷ってるんだよね? アヌビーに協力するか」

「はい」

「うん、アタシらが去年ここに入ってきて、まあ最初はまだお互いバチバチしててさ。オリヒーが間に入ってくれたんだけど、色々あってオリヒーは力を使えなくなっちゃってさ」

 ハルは軽く言っているが、その声はわずかに震えていた。

「だから、だからアタシらはオリヒーに元に戻ってほしくてアヌビーに協力してる。オリヒーは縁を切れってうるさいけど、この願いだけは絶対に譲らない」

『……願い、か』

 ハルの決意に満ちた瞳を見て、イツカは思わず独りごちる。

 神の目録ではどんな願いも叶えられる。まだ自分にそんな力が残っているのかはわからないが、どうにかしてやりたいという気持ちは確かにあった。


「まあウララはオリヒーラブっぽいから、アタシが頑張んなきゃってわけよ」

「えっ! そうなんですかっ?」

 ハルはうししと笑い、トワも激しく食いつく。

「最初はオリヒーがエーテライズ見せた時かなあ。完全に目がハートだったしー。アタシもやってたのにやんなっちゃう」

「うんっ! うんっ!」

『……はあ』

 イツカの悩みもよそにガールズトークで盛り上がり始める二人に、イツカは人知れず溜息をついた。



 学校を出てハルと別れたトワは一人、靖国通り沿いにある柳葉書店の軒先の木の長椅子に座って、夕日に赤く染まる空を見上げていた。昔から考え事がある時はいつもそうしていた。

「どうしたらいいんだろ――」

『俺はトワが決めたことを尊重するよ――っていうのはずるいか』

「うん」

 トワは膝の上に置いたイツカに視線を落とすと、素直に頷いた。

「魔法司書が増えれば、世界はもっと良くなっていく。そう思ってたけど、違うのかな」

『良いことばかりじゃあないだろうな。今までだって魔法司書の数が少なかったから問題が表面化しなかっただけだ』

 イツカの言葉にトワはハルとウララの話を思い出す。魔法司書の力を持ってしまったがために苦しい過去を背負った者もいる。それがショックだった。

『もしかしたら母さんもそうなる未来が見えていたから、魔法司書がなるべく増えないように世界に手を出していたのかもしれない』

 イツカは母ケイが神の目録で言っていたことを思い出す。『もう世界を欺き続けるのは限界』 そう言っていた。それはこの世界の秩序にとって異分子である自分とトワを、この世界に繋ぎ止めることだけではなく、魔法司書の存在そのものをも含んでいたのかもしれない。


「なあに難しい顔してんだ」

 二人悩んでいるところに、店の中から柳葉キクヲが出てきて隣に座った。この老齢の店主は昔から彩咲家、相馬家とも馴染みで、イツカの事情についてもある程度は知っている。

『母さんも紫苑女子だったんだろ? どんなだった?』

 ケイとクオン、アリスはみな紫苑女子高等部の同級生で、当時からよくこの柳葉書店に入り浸っていたというのは彼女達から聞かされていた。

「あん? ケイちゃんか? 高校の頃っていうともう十五年は前か。クオンちゃん達と連むようになる前は、トワちゃんと同じようによくここで一人でぼんやりしてたな」

『母さんが?』

 意外だった。イツカにとって母は昔からいつも明朗で、奔放で、無法だった。

「この世界にいる自分にずっと違和感があるみたいなこと言ってた。まあ若者特有のあれだな。自分は何か特別な存在だと信じたくなるやつだ」

「?」

『トワもそのうちわかるよ……』

 首を傾げるトワをイツカは優しくなだめる。

「それがある日突然、別人のように活発になってな。クオンちゃんとアリスを連れてきたのもそれからだ」

「にゃー!」

 私も忘れないでとばかりに、デューイがキクヲの背中越しに膝の上に飛び乗ってきた。

「そうそう、お前もな。ってあれは先代の方だったか?」

 トワとイツカはその頃の彼女らがどのように過ごしたのか思いを馳せた。きっと楽しい日々だったに違いない。


『エーテルが見えるとか言ってなかったか?』

「さあな。三人で色々馬鹿なことはしてたみてえだが、魔法司書とか言い出したのは、お前と一緒に日本に帰ってきてからだったな」

「海外に行ってたんですか?」

「ああ、ケイちゃんは高校卒業と同時に三年間音信不通だ。探し物があるとは言ってたが、自分探しの旅ってやつかねえ」

『……』

 イツカはその旅の途中で拾われ、ケイと共に日本に帰った。と、記憶している。というのもそれが人間、相馬イツカの記憶の始まりで、それ以前どこで何をしていたのかが、今の本の身体の記憶には残っていないのだ。

「もしかしてその時ケイさんもう着物着てた?」

『……ああ、そうだったかな』

 トワは何故かその光景がありありと頭に浮かぶ気がした。

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