プロローグⅡ
神保町編 あらすじ
日本に帰ってきたトワとイツカの次なる魔法司書の研修地は、東京神保町。
女子中学校の図書室で出会うはアイドル魔法司書と巫女魔法司書?
そして動き出す魔法司書協会。
魔法司書を巡り激動の世界の中、聖典の謎が明らかになる。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
魔法司書とは本をエーテルと呼ばれる物質に分解し、再び本の形に再構成する技術を持った図書館司書のことである。
十年前、日本人の図書館司書である相馬ケイが提唱したエーテライズ理論によって魔法司書の存在が明らかになった。
その後、世界中でその能力を持った者が現れ始め、図書館における資料の収集、保存のみならず、物質世界そのものへの革新的技術として期待が高まった。
しかし、魔法司書の絶対数は少なく、当人であるケイの失踪により、魔法司書及び、エーテライズ技術はほどなく忘れ去られていった。
というのが三ヶ月前までの世界の認識であった。
この三ヶ月で、突然世界中から魔法司書の力に目覚める者が急増した。
各国で止まっていたエーテライズ技術の研究の再開に喜ぶ一方、魔法司書による犯罪も急増し、世界は混乱の最中にあった。
各国は事態を重く見、図書館を中心に魔法司書を捜索、保護、育成する機関が続々と立ち上がっていく。
日本においても以前から日本図書館協会が主導となり設立されていた魔法司書委員会が先導し、その役割を担うこととなった。
公共図書館や学校図書館における魔法司書の適正検査の実施に、実技演習、大学図書館や専門図書館における講演から、魔法司書犯罪への対策と取り締まり、そしてメディアへの露出、展開と、まるでこの事態を予想していたかのように数々の施策を開始した。
その魔法司書委員会の会長が七星アヌビスである。
本人もまた優れた魔法司書で、相馬ケイと並び立つ天才とまで言われていた。彼女により各国の魔法司書機関との連携が取られ、司書後進国とまで言われていた日本が、奇しくも魔法司書、エーテライズ研究における先進国へとのし上がらんとしていた。
彼女は探し求めていた。この世界を変貌させたその元凶となる一冊の本を――
それこそがこの世界に本来在らざる本、『聖典』である。
まだ夏の日差しの暑さが残る九月下旬。だんだんと冷たい風が混ざり始める朝。
商業ビル群が壁のように取り囲む大通りの上を、何羽ものカラスが餌を求めて飛び交う。
道路にはたくさんの車が通り、歩道にも通勤者や学生がごった返している。
その中を一人の少女が駆けていた。
白い長袖ブラウスに黒いジャンパースカートの学生服。ツインテールに結ばれた長い黒髪が歩を進めるたびにぴょんぴょんと跳ねる。
「だいぶ涼しくなってきたよね」
少女は独り言のように呟きながら、腰に吊り下げた赤い厚手の本に視線を落とす。その瞳の色はわずかに赤みを帯びている。
『あっちに比べればまだ全然暑いだろ。それにこの湿気はほんとうんざりする』
少女の声に応えるように赤い本から小さなぼやき声が溢れる。
少女の名は彩咲トワ、年齢九歳、先週北欧ノルウェーから帰国した彼女は、今この町のとある場所を目指している。
本の名は相馬イツカ、年齢十八歳、トワの保護者で、今とある理由でこんな姿になっているが、元は立派な人間である。
「にゃー!」
「あっ」
『こらっ、やめろ、デューイ!』
突然通行人の足元を縫い、私を忘れないでよとばかりに、一匹の白い猫がトワの足元に駆け寄り、赤い本――イツカの表紙を爪で引っ掻こうと、飛び跳ね始める。
彼女の名はデューイ、年齢不詳、トワ達が飼っている猫で、今とある目的で彼女らに同行している。
「おっ、トワちゃんおはよう。そうか今日からか」
通りかかった店先から一人の老人がトワ達に声をかける。この古書店の馴染みの店長だ。
「はいっ!」
トワは元気よく応えると、手を振りながら走り続ける。
通りには商業ビルの合間に数軒置きに古書店が立ち並ぶ。
東京都道三◯二号新宿両国線――通称「靖国通り」。東京のど真ん中を横切る道路である。
九段下を抜け、首都高速五号池袋線の高架を潜った先にその町はある。
東京都千代田区神田神保町。トワ達の住む町である。
そして今彼女らが向かっている先にあるのは、学校。
私立紫苑女子大学附属中学校。
ノルウェーでの魔法司書としての研修を終え、日本に帰ってきた彼女の次なる研修場所は、都内の女子中学校の図書室である。
『小学の授業なんか今更受ける必要ないもんな』
「うん、でも――」
トワは幼い頃は身体が弱く、学校には行ったことがない。しかしずっと本を通して勉強していたため、高校卒業程度までの課程は既に履修済みであった。語学も一人で海外に渡れるほどには読み書きも不自由していない。
『うん? なんだ?』
「えっと……」
トワは恥ずかしそうにわずかに頬を赤くしながら口籠もる。
『……ああ。そういうことね』
その様子を見てイツカは察した。伊達に九年間ずっと一緒に生活してきていない。
『(っくく、友達できればいいなっ)』
イツカは笑いを噛み殺しながら小声で囁いた。
「もー!」
トワは顔を真っ赤にしながら声を荒らげる。周りの人達が何事かと一瞥するのに気づき、さらに顔を真っ赤にしながら目の前の大きな書店ビルの前の道に入る。
「にゃー」
デューイも茶化すように呑気な鳴き声を上げながら後に続く。
これから三ヶ月間、この本の町、神保町の学校で若き魔法司書、彩咲トワの研修が始まるのである――
少女は新たな本と人との出会いにその胸を高鳴らせるのであった。