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第八話 少女の夜

 太陽が完全に姿をくらまし、空にはその隙をつくように月と星々が這い出てきている。

 人々は寝静まり、地上は人類滅亡後であるかのような静けさを見せている。その冷たい大地に一人立つだけで、全世界を征服したかのような感覚に浸れる。


 そんな中、ネモは固く閉ざされた正門を音をたてぬように少しだけ開き、外からスライムやゴブリンなどのモンスターを数体招き入れていた。

 彼らもまた音をたてぬように慎重な行動を見せ、全員通り終わって門を閉めた後、ネモの前に整列する。


「はい、みんなお疲れ様。今日はもう休んでいいよ」


 城の外を見まわっていたモンスターたちを労いつつ、ネモは用意していた食料を配り始めた。

 見回りの交代の時間だ。夜は夜行性のモンスターに監視の任を引き継ぎ、昼間に働いたモンスターには食料を与えて休ませる。これがネモがこなすべき一日最後の仕事である。


 ネモのセンス『ブリードセンス』によって、モンスターたちは彼女の支配下にあるが、何も意思を縛って操っているわけではなく、このようにコミュニケーションをとることで信頼関係を構築し、その上に成立している主従関係なのだ。


 つまり、モンスター部隊を維持していくためにこの食事の時間は絶対に欠かせない重要なものであると言っても過言ではない。

 一日欠かしただけでも冷や汗が流れる。だからネモは、この仕事をサボったことなどセンスを扱えるようになってからこの方一度もない。

 一体一体に個別に名前を付け、僅かな個体差をきちんと把握し、それぞれの好みに合わせて食事を変える。

 そんなたゆまぬ努力を土台とし、彼女のブリードセンスは本来無法者であるはずのモンスターたちを、規律に従う優秀な軍隊として成立させている。


 リトルゴブリン二十五体、ブルースライム十体、フォレストウルフ十二体。計四十七体で構成される部隊は、ここファルアバルティ城の警備に大いに役立っている。


 彼らは食料の入った木箱を引っ張り出してきたネモの周りに集まり、飛んだり跳ねたりして盛り上がる。

 緑色の肌で鋭い牙を剥き出しにした小人や、不気味な光沢を輝かせる粘性物質が少女の周囲で歓喜しているというかなり怪しげな光景だが、囲まれている当の本人は何とも微笑ましい笑みを浮かべている。

 一般的な感性から言えばゲテモノ揃いな部隊ではあるのだが、これをネモ本人に伝えると、彼女は不機嫌になる。仲間の悪口は許せないと。


 モンスターが彼女を慕っているように、彼女もモンスターを愛している。ただの兵士としてではなく、大切な仲間として扱っている。その優しさに、心などないはずの低級モンスターたちが応えているのだ。


「こらこらペコ太、ポコ助、ちゃんと並んで? 全員分あるんだから慌てなくてもいいからね? もうネモだって一人でも仕事ができるってことを見せなくちゃ……ほら、みんな押さない押さない」


 傍から見れば全く個体差がないように見えるスライムは言うまでもなく、ゴブリンに関しても装備に多少の差はあるものの、顔はほとんど同じに見える。

 愛あるが故、見分けられるのだとしか言いようがない。


 ────だからこそ、彼女は気づいてしまった。本来ならば絶対に気づかないであろう違い。そこに存在する違和感。

 食料支給待ちの集団の最後方で、何やら弾む影。他のスライムたちと見た目は一切変わらないその一体のスライムに、ネモは目を止めた。

 怪しげな行動をしていたわけではない。ただ列の最後方で蠢いていたというだけだ。何も気にする点はないように思えるが、ネモからしてみれば明らかな違和感だった。


「君…………誰?」


 ネモは列を割り、そのスライムの元へ歩み寄る。

 見たことのない個体だった。彼女の配下の中に、こんなスライムはいない。それはネモの目をもってすれば、一目見てすぐに判断することができた。


「迷子? 悪いんだけど、これはネモの仲間の分しかないから。あと、勝手に城の敷地内に入って来ちゃったら駄目だよ。皆も、ちゃんと注意しておかなきゃ」


 何の疑いもなく普通に庭に入れてしまったが、これは警備担当としてはかなり怒られそうだ。ネモは近日中に行われるであろうお説教に、身を震わせる。


「ほら、皆、この子を城の外に出して? もし君にその気があるならまた明日おいで。ネモの仲間になってくれるなら、このごはんを君の分も用意してあげられるから。ちょうど仲間を増やそうかって話になってるところだし」


 ネモはスライムに話しかける。

 センスの影響下にない低級モンスターとは、意思の疎通が難しい。言葉をかけたところで、それをどこまで認識できているのかはわからないし、そもそもスライムは返事などできない。


「────いいや、また明日ってわけにはいかねぇなァ。勝負は今夜中につけなきゃならねェ」

 知能のないはずのスライムから、流暢な返答が聞こえてくる。

「────えっ」


 状況が理解できず、硬直するネモの首根っこを飛んで来たウルフがくわえ、強引に後方へ飛び退いた。

 その瞬間、ネモが立っていた場所も含め、周辺を飲み込むようにスライムが膨張し、そして今度は一気に収縮して人型へと変形する。

 辺りにいた他のスライムやゴブリンたちは異変を察知し、訓練通り素早く包囲の陣形を取る。


「へェ……主を守ったか。低級のモンスターにしては良い動きだ。命令がなくとも動ける思考力まで備わっているとは……それもセンスの力ってヤツかァ?」


 そこに現れたのは、吊り上がった目に、下卑た笑みを貼り付ける長身の男。筋骨隆々な全身を晒す薄着で、闇の中で存在感を主張するような派手な金髪を頭にのせている。

 実戦経験などないネモでもすぐにわかる────コイツは敵だ。

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