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第六話 王国の行く末

「お兄様、魔導鉱石の件なのですが」


 模擬戦を終え、汗をかいた服を着替えたシューカは、再び庭の端で暇を持て余しながら過ごし、そして夕方になった頃、ユリの仕事部屋へと呼び出されていた。


「先ほどディスピア王国より使者が来まして、取り引き量を増やしたいと」

「ディスピアはまた戦線を拡大しているらしいからな……魔石はどれだけあっても足りないということか」

「はい、私としては悪い話ではないと思うのですけれど……」


 国王はお前なのだから、お前の判断で決めればいいだろう────と言うべきなのかもしれないが、シューカは口を閉じて考える。


 わざわざ相談してきた理由はわかっている。ディスピアと言えばフロティアの隣国であり、大陸屈指の軍事国家でもある。

 次々と周辺諸国を吸収し、勢力を拡大している大国ではあるが、フロティアとは魔導鉱石の取り引きを行う代わりに、侵攻をしないという盟約を交わしている。


 魔導鉱石とは、取り出し可能な魔力が込められている唯一の自然物質で、これを利用すれば魔力を回復したり、魔導具を開発したりすることができ、魔法関連の技術発展には必要不可欠な資源だ。

 国家として魔法を取り扱いたいのなら、一定数の確保は絶対条件。しかしこれは採掘できる場所が限られている上に、下手に掘り出そうとすると魔力の暴発を起こす危険物であり、その希少性ゆえに外交のカードとして絶大な威力を発揮する。


「魔導鉱石はフロティアの切り札と言ってもいい。これがあるからこそ、フロティアは小規模ながら国としての形を保てたんだ。それに関する話となれば、慎重にもなるか」

「豊富な魔導鉱石と、お母様のセンスによって、他の国より一歩先を行く魔導具開発ができていたからこそ、フロティアは今まで国を守ることができていました。ですがお母様は既に亡く、そのアドバンテージは消え去っています。ならば今後はより一層、魔導鉱石の取り引きによってフロティアの存在を誇示していかなくてはならない……と私は思うのですが」

「そうだな。もう魔導具も新規開発はできないからな。しかし慎重になった方が良い。あまり魔石を流出させすぎれば、ディスピアに侵攻されている国から余計な恨みを買うかもしれないし、何よりディスピアがうちを攻めて占領しようと考え始めるかもしれない。戦争になれば、戦力の少ないこちらが圧倒的に不利だ」

「そうですね……しかし、出し渋れば武力に訴えてくる可能性もむしろ上がるのではないでしょうか。平和を維持するためにも、この話には応じる方針で話を進めたいと思うのです」


 ユリは机の上で両手の指を組み、ジッとシューカを見つめる。

 判断をゆだねているわけではない。結論は既に出しているので、それについての感想を聞きたいということらしい。


「そうだな。当面、最も警戒すべきはディスピア王国だろう。タイミングから見ても、父上が死んだという情報を既に嗅ぎつけているようだし、この隙をついてもっと条件良く取り引きを結ぼうという企みがあることは明らかだ。慎重に事を運ぶ必要はあるだろうな」

「私が相手なら好き勝手にできるだろうと判断されたわけですか……」


 ユリは力強く歯を食いしばり、悔しさを露にする。


「私の『ロードセンス』は配下の皆の能力を底上げできる。この上がり幅自体は、私の力不足もあってそれほど大きな効果は期待できませんが、国民の皆に王に相応しい器であると思ってもらうことはできるでしょう。フロティアの国力を落とすようなことには絶対にしません」

「お前が優秀なのはよく知ってるよ。あとはその強さが相手にとって誤算になれば良しってとこだな。こっちのセンスまで向こうが把握しているとは思えないし。とりあえず俺から異論はない」

「わかりました。では後日、取り引きについて前向きに話を進める旨を伝えるとしましょう」

「…………それにしても、少し疲れてるみたいだな。休んだ方が良いぞ」


 机に肘をつくユリの顔は、全体的にどんよりと暗く、目の下には濃いクマも出来ているように見える。


「しかし手を止めている暇は…………」

「明日は村長を集めるんだろ? その顔で出ていくわけにもいくまい」

「…………それもそうですね。今日は少し早めに休ませてもらいましょうか」


 ユリはそう言いつつ、机の上の書類の束に手を伸ばす。


「父上がもう長くないというのは、前々からわかっていたことだ。だから心の準備も、覚悟もできていた。お前からしたら、王になる心構えを作る時間も充分あったことだろう。だが実際に王位についてみれば、その苦労は予想を遥かに上回ったはずだ。慣れるまでは仕事をセーブした方が良い。お前まで早くに倒れることになってしまえば、父上も母上も浮かばれないぞ」

「…………思えば、お母様もお父様も病気で天命を全うできずに亡くなられていますね。病弱ということもなかったはずですのに」

「二人とも、仕事を優先して頑張りすぎるところはあったからな。お前だってそうだぞ。国王になったとはいえ、俺の妹であることに変わりはないんだ。心配ぐらいはさせてもらう」

「それは、いわゆるシスコンというものでしょうか?」


 シューカが弾かれたように顔を上げ、ユリの方を見ると、彼女は満足げにニヤニヤと笑っていた。


「……誰からそんな言葉聞いたんだよ」

「バーベが言っていました。他にもロリコンとかブラコンとか…………色々教えてもらいましたよ?」

「はぁ……仲良さそうで何よりだよ。だが俺はそんなのじゃない。一人の従者として、王様を心配するのは当たり前のことだ」

「お兄様を従者にした覚えはありませんが…………」

「特別な役職を新しく作ったところで、俺がお前を守るための剣であるなら、結局は従者ってことになると思うぞ。だから俺は王様に進言する。仕事は早めに切り上げて今日は休め」

「…………わかりましたよ。お兄様がそこまでおっしゃるなら。これらもやらなければならない仕事ではありますが、別に今日中でなくとも良いものですからね」


 ユリは書類を机の端に置き、ふぅと一息つく。


「俺しかいないんだから、遠慮なく伸びをするなり、肩をほぐすなりしてもらって構わないぞ」

「……本当に、お兄様には敵いませんね」


 ユリは朗らかに笑うと椅子から立ち上がって欠伸をしながら両手を前に突き出した。その後体をぐりぐりと左右に回し、長時間の業務で凝り固まった全身をほぐしていく。


「一国の王になったからには、もう気軽に村へも行けないですし、勝手に庭へ出ることすら躊躇われますね」

「そこまで根をつめる必要はないと思うけどな。好き勝手にやる王様だって中にはいるだろ」

「そういうわけにも……お父様からこの国を託されていますし」

「何事も余裕を持って取り組むことが一番なのさ。お前はこの国で一番偉いんだから、この国で一番の自由人になったって罰は当たらんだろうよ」

「ふふ…………それなら、お兄様が王になった暁には、どうされますか?」

「おいおい、なんだその質問は。俺は王になるつもりなんてないぞ? まさか、俺が反乱を起こす可能性なんて考えているわけじゃあるまい?」

「そう堅く考えず、王になったら何をするかを想像してみてください。お兄様のことですから、平気で外国にも遊びに行ってそうですが」

「そうだな……それは確かにやるかもな。縛られるってのは嫌いだからな」

「やはり、お兄様らしいですね。でもそういう王様がいてもいいのかもしれませんね」

「お前は逆に真面目すぎるからな。王になってもうそろそろ一週間。仕事に慣れてくるには少し期間が短いかもしれんが、徐々に上手く手を抜く方法も覚えた方が良い」

「手を抜く方法ですか?」

「何事も全力で取り組むのは理想だが、人間には体力の限界ってものがある。俺たちは別に魔人じゃない。ただの人間だ。体力の限界は早い。だから日頃から少しずつ手を抜いておくのさ。何かあった時に対応できるようにな」

「何かあった時……ですか。確かに、毎日全力で働いて、倒れるように眠りにつくという生活では、不測の事態が発生した際に体力を温存しておくことができませんね」


 ユリは真剣に感心したようで、腕を組んで唸っている。

 彼女は常に全力の真面目人間だ。全力で取り組むためにこそ、力を抜くというのは発想になかったのだろう。


「だから俺が暇なのも良い事なのかもしれん。もし何か起きた時、一番全力で、一番迅速に戦えるのは俺ってことになるからな。有事の際にしか役に立てないというのは歯痒いけどな」

「これから先ずっと、平穏無事に国家運営を進めていけるとは思えませんから。お兄様の剣が役立つときも必ず来ます。その時は、よろしくお願い致しますね」

「任せろ。お前だけは命に代えても絶対に守るからな」

「ふふ、やっぱりシスコンですね」


 ユリは十七歳相応の無邪気さを浮かべて笑った。それはシューカの思い出に焼き付いている笑顔と変わらない、子供らしいものだった。


「ばっ…………ちげぇよ! 忠心深い従者なんだよ俺は」


 そうやって取り繕うシューカを見て、ユリはまた笑う。

 そうしてこの瞬間だけは、立場が変わっても昔から変わらない兄妹の姿が、そこにあった。

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