第五話 三姉妹のお茶会
「プリーア姉さま、どちらに行かれていたのですか」
プリーアが自室へ向かうと、そこではトレアとネモが一足先にお茶会を開いていた。クロスの敷かれた丸い机の上には、いくつかのお茶菓子と紅茶のポットが並んでいる。
それらは決して高級品ではないが、娯楽の多くない城内において、三姉妹の数少ない楽しみである。
「シューカ様と模擬戦を少しね」
「模擬戦⁉ なんでネモの見てないところでやっちゃうの⁉」
ネモは持っていた紅茶の水面を激しく揺らしながら立ち上がる。しかし小柄な彼女が椅子から立ち上がったところで、そこまで背の高さは変わらない。
「あら、見たかったの?」
「見たかったよぉ……プリーア姉さまの本気なんて滅多に見られないし……」
「それで姉さま、どちらが勝利を?」
表情を変えないようにしつつも、興味津々であることが隠し切れていないトレアの様子を見て、プリーアは微笑む。
「もちろんシューカ様よ。ついにセンスを使いこなせるようになられたみたいで、手も足も出なかったわ」
「プリーア姉さまが完敗⁉ うぅん……ますます気になる……どんな戦いだったのか」
「あの技を初見で見切ることはかなり難しいでしょうね。でも次があれば、もう少し善戦できるかもしれないわ」
「姉さまを圧倒するなんて……流石はシューカ様」
トレアは満足げな様子で、うんうんと頷く。
「トレア姉さまはシューカ様を応援してたの?」
いたずらっぽく聞くネモの質問に、トレアは少し考える。
「…………応援と言いますか、姉さまが負けたというのはある意味ショックでもあるけれど、相手がシューカ様ならそれが当然だと思います。外国を渡り歩いて、剣士として名を上げられ《隻腕の二刀流》という二つ名まで轟かせていた。その上強力なセンスを我が物にされたと言うなら、姉さまを上回るのは当然の結果ですから」
期待していた反応と違ったのか、ネモはガックリと机に顎を乗せる。彼女は自分の前に置いてあるティーカップの中に、白い塊をボチャボチャと投下した。
「ところで、ネモ、新たに使役するモンスターを増やすって話はどうなったの?」
「それなら今のところ順調に進んでるよ? ネモの『ブリードセンス』的にはまだ余裕があったし、あとは適当なモンスターが見つかればいいんだけど」
「ネモ、センスに余裕があるとは言っても、常にある程度余力は残しておかなければいけませんよ? 何が起こるかわかりませんから」
「大丈夫だよトレア姉さま。ネモだって自分のセンスのことぐらいちゃんと自分で管理できるよ!」
ネモは誇らしげに胸を張る。
もう一人前なのだからあまり子供扱いをしないで欲しいと普段から言っている通り、自信満々の顔だ。口周りにお茶菓子の欠片がついていなければ完璧だっただろう。
「頼もしくなったわね、ネモ」
「そうですね。ネモの使役するモンスターのおかげで、城内警備に人手を割かなくても良くなったので、仕事が随分と楽になりました」
「ふふん、もっと褒めていーよ!」
「でもね、ネモ。時々勝手に食料を食べてるモンスターがいるから、そこはちゃんと管理しなきゃ駄目よ?」
「庭の花もたまに踏み荒らされていますね。注意するように促しておいてください」
「うぐ…………っ⁉ う……うん……」
キッチリ駄目出しも忘れない姉二人の容赦のなさに、ネモは脱力して椅子にへたり込んだ。
「トレアの方はどう? 村長の皆様の理解は得られそう?」
「明日の演説次第ということになるでしょうが……まず反対などされないでしょう。ユリ様が王に相応しい器の持ち主であらせられるということなど、説明するまでもないことです。王位継承に際し、トラブルが起こるようなことにはならないかと」
「なら良かったわ。ひとまずは安心できそうね」
「魔導士部隊の様子を見ても、王位継承に関して特に不安はないようです。自らの死期を悟り、前々から準備を進めておられたウラク様のおかげですね」
「剣士としての名声を捨て、この地に戻ってきてくださったシューカ様にも感謝しなくてはならないわね。元々そういう約束だったとはいえ、何年もかけて築き上げた剣士としての地位を手放すのは惜しかったでしょうに」
「冒険者にはランク付けがなされるのでしたか? 詳しいことは聞いていませんが、かなり上位に位置されていたとか」
「あ、ネモそれ聞いたよ? なんか……現役では一番上の評価をされてたとか何とかって言ってたような……?」
「全部で十段階あるという話も聞いたことがありますね。シューカ様はあまりその話をされないのでよくわかりませんが」
「きっとユリ様を守るという覚悟を決め、過去の話はしないことにしているのでしょう。二人とも、興味本位で詮索してはいけませんよ?」
長女の言葉に、妹二人は小さく頷く。それを確認したプリーアもまた、小さく頷いた。
「さて、そろそろ仕事に戻りましょうか。ユリ様のご厚意で休憩を頂いたけど、あまりノンビリしているわけにもいかないものね」
「はい、ではすぐに片づけを」
「あぁ! まだ飲んでるのに~」
ネモはカップに数回息を吹きかけ、グイッと一気に飲み干す。砂糖が足りなかったのかその顔はやや渋い。
「午後も気を抜くことなく、誠心誠意お仕えするのよ。そうしたら今晩は、久しぶりに三人で一緒に寝ましょうね」
舌をぺろりと出して紅茶の後味をなんとかかき消そうとしていたネモの顔がパッと明るくなる。それを見た姉二人は、思わず顔を見合わせて噴き出してしまうのだった。