第四話 二人の剣士
二人は城の裏にある訓練場へと移動した。
訓練場と言っても、ただ暴れても大丈夫な広いスペースというだけだ。石の壁で囲まれてはいるが、さほど特別な設備が備わっているわけではない。
ただ、城の庭で暴れて、万が一花を踏み倒したり、城壁に穴を空けたりすれば、国王様に大目玉を食らうことになる。ただの空き地と言えど、模擬戦をするにはありがたい場所なのだ。
バーベが木のフェンスで区切られた簡易的な観戦席に移動したことを確認し、プリーアは剣を抜く。それに対応するようにシューカも抜剣した。
「メイド服のままでいいのかよ? 汚れるし動きにくいんじゃないのか?」
「いえいえ、私にとってはこれが勝負服なのです。ハンデになることはありませんわ」
「そういうもんか。本当に生粋のメイドだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
(今のは褒めたことになるのか……?)
二人は距離を取って向かい合い、それぞれ剣を構える。プリーアはほとんど直立の姿勢で剣を下げ、シューカは二本の剣を左右に広げている。
合図をすることもなく、二人がお互いに呼吸を合わせ始め、模擬戦開始のタイミングを計る。訓練場には静寂が広がり、二人の息遣いが離れたところに座るバーベの耳にまで聞こえてくる。
「────ッ!」
二人の呼吸が重なった瞬間、訓練場の中心に火花が舞う。
互いに最速の初撃を繰り出し、そして相殺する。金属と金属がかち合わされて鳴る不協和音が響く。
しかしこれで終わりではない。シューカの持つ剣は二本だ。僅かにタイミングをずらして、二撃目が繰り出される。
胴に迫ったそれを滑らかなバックステップでかわし、二本の剣を振り終えて体勢の崩れたシューカに向けて、今度はプリーアの突きが迫る。
瞬きする間に全てが終わりそうなその速攻を間一髪のところでかわし、シューカは二本の剣を握りなおす。何か仕掛けてくる気配を察知したプリーアも同様、細剣を防御の構えに置く。
「行くぞ────‼」
シューカの姿が点滅し、そして消滅する。
消えた────と思った刹那、彼の姿はプリーアの目と鼻の先に出現する。
完全に間合いに踏み込まれたプリーアは後手に回る形となった。上段から降り注ぐ斬撃を何とか受け止め、迫るはずの二撃目に備える。
しかし、いつまで待ってもその刃は見えない。長い長い時間、実際には一秒の十分の一ほどが経過してようやく、プリーアは自身の喉元に当てられた刃の存在に気が付いた。
「い…………いつの間に…………」
「目で追えてなかったみたいだな。よしよし、この技はお前にも通用するわけだ」
二人は剣を鞘におさめ、向かい合って頭を下げた。模擬戦終了の挨拶である。
「今の技が、シューカ様が《隻腕の二刀流》と呼ばれる所以ですか。本当に片腕しか見えませんでしたわ」
「普通そういう時の誉め言葉って、腕が十本に見えたとか、分身して見えたとか、とにかく多くなる方向で言われることが多い気がするんだけどな。片腕に見えたっていうのは褒められた気がしない」
「見えない斬撃なのですから、素晴らしい技だと思うのですが。これはセンスを応用された技なのですか?」
「そうだな。『セカンドセンス』って言って、平たく説明すると、攻撃のタイミングを重ねると、二撃目の速度が著しく上昇するんだ。厳密に言えば、一定条件下での身体能力の瞬間的向上って感じかな。その条件とタイミングを掴むのにかなり時間がかかったから、前にお前と手合わせした時はまだ習得できてなかったんだよな」
「ええ、なんだかへっぽこな二連撃をお見せ頂いた記憶がございますわ」
「へっぽこって…………でも実際そうだな。ただ両腕を振り回してるだけの素人攻撃になってたからな。実戦で使えるレベルにするのは相当苦労したぜ…………なんで俺のセンスはこんなに扱い辛いんだって文句も言いたくなった」
「センスを生まれ持っているだけでも、選ばれた人間である証でございますわ。それに時間はかかってもこうして無二の秘技として形にされたのですから、やはりシューカ様は天賦の才をお持ちでございますわ」
「大袈裟だよ。センスと自分の得意なことが上手く適合してよかったってだけの話だ」
二人が話していると、模擬戦の終了を確認したバーベが駆け寄って来た。
「二人とも……怪我はありませんか? 魔力はバッチリ満タンなので、遠慮なく言ってくださいね」
「俺は問題ない」
「私も大丈夫ですわ」
「そうですか…………」
役に立てなくてガッカリしたのか、バーベは露骨に縮こまり、分厚い魔導書のページを意味もなくペラペラとめくり始めた。
「それでは私は仕事に戻りますわ。お手合わせいただき、感謝致します」
「俺も久々に本気でやれて良かったよ。剣を鈍らせても問題だしな。また時間があれば声をかけてくれ」
「そうですわね。一度見た技ですから、次は見切ってみせますわ」
「ほぉ……いいね。そうこなくっちゃな」
シューカは次なる模擬戦の約束を取り付けると、今から楽しみだとでも言う様に、口角を吊り上げた。