第一話 王の沈黙
カーテンの隙間からわずかに陽光が差し込み、宙に舞う埃を照らしている。時の流れが異様なほど緩やかに感じられる薄暗い部屋の中、男の咳き込む声だけが静かに響く。
男は言うことを聞かない自らの肺を擦りながら、ゆっくりと体を起こし、周囲に目線を配る。
広い部屋にポツンと置かれたベッド。上等な品ではあるが、質素な造りの部屋にあってこのベッドだけが浮いているように見える。
「誰か…………おらんか?」
喉を潰されたような、しゃがれ声が投じられると、その微かな問いを敏感に察知し、素早く一人のメイドが姿を見せる。
「ここに」
「…………お前は……」
「トレアでございます」
メイドは男の背に手を置き、楽な姿勢へ誘導する。
目も満足に開かない様子の男は、声のした方へと顔を向ける。
男の顔には深いシワが刻まれ、髪は真っ白になってしまっている。それも順当な老化によるものと言うわけではなさそうであり、顔のパーツの随所にはまだ若さも見せている。
男の実年齢は五十か六十というところだろう。しかしもう八十をゆうに超えていそうなほど弱々しくなってしまっている。
「トレア……か。すぐにユリをここへ……遺言を聞かせなくてはならん」
「ウラク様……しかし……」
「良いんだ。自分の体のことは自分が一番よくわかる。もう私はそう長くない。それから旅に出していたシューカも呼び戻せ。アレにはユリを支えてもらわねば…………」
言いたいことを言い切る前に男は酷くむせはじめ、メイドは慌ててその背を擦った。
「あぁ…………早急に取り掛かれ。王位継承の儀を済ませなくては、私も死に切れんからな」
命令を受けたメイドは、男の体からそっと離れる。
「かしこまりました」
メイドは腰を折り曲げ、美しい礼を見せると、部屋の出口へ向かって足を運んだ。そして扉の前で男の方に向き直り、
「世話係は別の者に引き継ぎます」
「あぁ……プリーアとネモも呼んでおけ。お前たち三姉妹には世話になった……一言ずつ礼を言いたい」
「……もったいないお言葉……もうそれだけで、我々は恐悦の至りでございます」
「そう言うな……最期くらい顔を見せてくれてもよかろう」
「…………かしこまりました。ではそのように伝えます」
メイドはもう一度頭を下げると、音をたてぬよう扉を開けて部屋を出て行った。