罰の告白
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「おまえだな」
「はい。私が、夫をコンクリートに埋めました」
5月10日これが私の、警官の書記としての初仕事だった。
被害者は加害者の夫。52歳。無職。
コンクリートで固められた2つの死体が発見され、事件は始まった。
事件発覚前当初、女の様子を見に来たその知人。
その人に女が「これが私の罰だ」と発し、頭部のみコンクリートからでた被害者を紹介したのだった。
初の仕事がこんなおかしな事件だと言う事実に私は苛ついていた。
というのも自分の仕事があまりにつまらなく何よりも、女の主張が意味不明であるからだった。
言葉を発せば、「はい」「いいえ」そのニ点張り。
人を殺しておいてどうしてそのような態度でいられるのであろうか、何を以てその行動を二つの返事で完成となるのだろうか。まったくもって不快であった。
女は、可憐。清楚。高貴。
貧困に苦労しつつも既に死んではいるが、母と二人で暮らしてきた私は、20代の彼女が莫大な財産を持っていることも影響し、この女に対しての印象は地獄の底まで落ちていた。
「それで?経緯は?」
私の上司が声を払った。
「……ある日、ニュースを見たんです。夫と二人で」
私と上司の手が止まる。女が口を開いたのだ。
「…どういう、意味ですか?」
主張の一欠片も逃さぬように、私はペンを握り直し、耳に髪をかけた。
女は私達二人を無視して言葉を続ける。
「気付いてしまったんです。彼は犯罪者。
だから決心したんです。同じようにしようと」
やはり支離滅裂の主張。
繰り返し意味のなかった回答に、私がわざわざ紙に記録すべきことは無いに等しかった。
私をまた、無気力が襲う。
「では、過去にそのようなことがあったと?」
私と女がそんな状態でも私の上司は、未だ諦めていなかった。
1時間、2時間。時がどんどん過ぎ去っていく。
しかし女はまったくもって私達にとって有益な話をすることはなかった。
その後、一旦お開きということになった聴取。
禁煙室のなか、私は密かに退職を決心していた。
理由はこの職が自分とは合わなかったというものなのだが、もともと警察の冷たく狭い部屋の中で、私の正義を振るのにはここは小さすぎるような気がしていたのだ。
さらには最近母が死んだことにより、私はわざわざこの全くひたすら無力な警察で働く意味も、何も見つけられなくなっていたのである。
その後2ヶ月間、私は退職の準備を進めつつも、やはり口を開かない女への興味を増幅させていた。その興味が最後には、仕事をやめ、探偵になるとすぐさまに、何よりもすぐさまに、女のことを徹底的に調べてやろうと決心させるに至ったのだった。
ほとんどの人は、全く関係のなかった私に一瞥もよこさなかった。
もちろん悲しくもなんともない。
むしろたいして知らない人間からのそういったものなどの空気感を感じずにすんだ。
蒸し殺したような空気や、職員たちの絶望に漂う腐肉臭。
それらとようやくおさらばできるのだと思う私にとっては一層ここから飛び出す決心を強くさせるのみだった。
その後、帰宅した私はすぐに探偵業届出証明書を提出。
番号50154711。
これを持って名実共に私は探偵になったことになる。
もちろん軽率な行動、法に触れるようなことはすることができない。何より、他人からの依頼でしか動けないというある意味警察よりも厳しい制約に身を置くことにはなった。
しかしあくまで他人からの依頼があればいいだけであるし、起きてからの警察ではなく起きる前に行動できるようになった。更には自分の気になる事件を追えるのだ。
よって私は、唯一の友人に声をかけ、半ばグレーの方法を取ることになった。
そうして始まった仕事だが、よくよく考えればそこまでする必要はなかったと今は思う。というのも、女の知り合いという間違ってはいない情報を与えられた、女の両親はすぐさま俺に食いついたからだ。探偵ということを言うまでもなかった。
私の目の前に置かれたお茶を飲み干し、私は単刀直入に聞くことにした。
ありもしない女との友愛など語ることもできないのもあったが、茶番のような空気を私ははっきり言って苦手だったのだ。
「突然なのですが、私は彼女に起きたことを知りたいのです。幼少期、彼女はどのような人物であったか。教えていただきたい」
二人は外から見ても自明な鬱々とした表情を浮かべるが、もともと私の知っていた情報よりも遥かに鮮明なものを答えてくれた。
「はっきり言って、私達は娘が本当にそのような、悍ましいことをしたのかさえも、いまだ信じられていません。」
どうでもいいと一蹴しそうになった私だが、既のところで正義感が止めさせる。
「娘は昔から正義感に溢れ、幸福を求めたただの少女です。もちろん狂っていたわけでもありませんし、狂っていたとしてその鱗片を私達が感じ取ることができないはずがありません」
早く結論を言わないだろうかと私は無心になった。
それに根拠のない自身らに妄信的な親の思い込みなど信用に値するはずもない。
そして私は2ヶ月近く黙秘し続けた女を信用している。
たかが一人暮らしし始める十数年の中で、女がその本性を隠し続けることなど容易だ。
親に気を知らせずに他人のように気を使うなど、理想ではないが想像でもないのだ。
思い立てば動かざる負えない。
私は幼少期のことを聞くのをやめ、自分で探すことに決めた。
「彼女の日記などはありますか?」
「……私はまだあなたを信じきれていません」
面倒なとは思いつつもそのとおりだろうとも思う。
「私は真剣なのです。彼女がどうして、そのように疑われ、控訴などをする気もないのか」
これは本心だ。何も嘘は言っていない。
二人はこちらを睨むようにしてこちらの本心を探り出そうとするが、やはり本心であるし、娘の狂気に気づかぬ者がわかるわけはない。
「……わかりました。日記はありません。その代わりではないですが、娘の別荘の鍵を差し上げます。しかしあまり大した情報はないと思いますよ」
驚くほどあっさりしていた。
本心であることを表面に出しさえすれば人というものは簡単に操作できるのだろうか。
ややして、警察には、別荘などはなかったと説明したと言いながら私に女の家の鍵が渡された。
どうやら女の別荘は別人名義で登録しているらしく、しかも人の気がないところということで警察の操作対象外だったようで、嘘がバレなかったらしい。
ここまで有利に動くとは、世界は自分を中心として回っているのだろう。
捜査の邪魔をしたなどで簡単に捕まってしまうのにも関わらず、二人はそんなことにはならなかったようだ。何たる幸運か。
女の別荘は青森。
かなり深い山中にあった。
二人からもらった鍵を使い、中にはいる。
しかし全く女っ気があるわけではなかったむしろ男の趣味。
釣りの道具やトレーニングマシーン。
どちらかというと被害者の夫のほうがここをよく使っていたのだろう。
――ならば、なお良い。
あの女のことだからここに痕跡を残さぬことなどをする可能性もある。
それに比べて男の方は捕まるような馬鹿だ。
俺はすっかり上機嫌になって別荘を探索した。
別荘とはいえども大きさはそこまで広くなく、小一時間もすれば大体のめぼしいものは見つかった。
最終的に私が確認する必要があると感じたものは、日記、手帳、それからPCの3つであった。
私はすっかり興奮しきっていたのだが、そのままいま読むようでは正確な判断もできないだろう。
丁重にそれらを袋の中にい入れると私は別荘の鍵をかけ、すぐさま車で自宅まで帰った。
途中トイレのついでに買ったコンビニの弁当を胃にかき込み、風呂に入ると、私はようやくそれら三つを袋の中から取り出すことができた。
これから、あの悪魔のような女の化けの皮が文字のとおり、剥がれるのだ。
しかも私の手によって、である。
私の心臓の底から溢れ出すように、ドーパミンが全身を回り、世界への征服感を増幅さた。そのような快感に、たとえマスターベーションなどでも適うはずもない。
犬であれば嬉ションのし過ぎでとうに干からびているだろう。
熱る身体そのままに、先ずは手帳から。
美味しそうなものは後ろにするのだ。私なりの流儀である。
しかし、さらさらとページを捲るのだが、驚くほど何も書いていない。
せいぜいが3月11日の<彼女の誕生日>
4月24日<結婚記念日>
9月4日<出所記念日>
私ですら気づかないような、なにかの暗号があるわけでもなく、本当にこれだけである。
思いついたのは
{元犯罪者という名のヒモ}
まったくもって最悪だ。
これでは私も求めるような血のたぎることはないのではいか。
絶望だ。
落ち着きを取り戻すためにビールに口をつけ、無理やり気分を持ち直した私は続いてPCに取り掛かる。
が、しかし。やはりなにもない。
通販の履歴や、その他を見ても爆発的な可燃材があるわけでもない。
その時私に、最悪のシナリオが浮かんだ。
女が元犯罪者と知らずに男と結婚。全くのヒモではたきもしないで別荘に入り浸るような夫に嫌気が差していたが、テレビでの報道で爆発。懺悔の念により、容疑は認めたものの、自身を語ることは是としなかった。
最悪だ。絶望だ。まったくもって面白みもない。
屈辱だ。極悪非道だ。世界への反逆だ。陳腐だ。
生きてすらいない人形の物語にしか聞こえない。
私は半ば作業のような気分で最後の一つ。日記のページを捲っていた。
しかし、そんな私に突如、天からの一光が降ってきた。
5月1日
またしても俺は罪を犯してしまった。
しかも前回のような逃れようもないものではなく、間違いなく俺が手を下してしまった。
今はとりあえず冷蔵庫に入れた。
5月2日
ニュースでの特集にて、コンクリートに死体を埋めるというものがあった。
これで行けると俺は思い立ち、人里にようやく出てコンクリートを購入。
そのまま地面に穴を掘り、コンクリートの人間が完成した。
5月3日
妻が来た。まずい。俺が外に行ったことがバレた。
それに部屋に腐臭がしている。とりあえずは魚の匂いだと言ったがどこまで信じているかはわからない。
日記はそこで途切れていた。
来た。完璧な情報だ。
ここまで来ると、女に直接接触し、揺さぶるのもいいだろう。
例えばそう、被害者のうち一人は夫がやったものですねとか。
あなたは彼を監禁していましたねとか。
なにより確定した情報として、強烈に彼を狂愛しているということだ。
夫の罪を死させてなお、かぶろうとしている可能性が出てきた。
私はその晩眠れなかった。
そのまま朝を迎え、女の刑務所に面会をしに行く。
女との面会理由は彼女を社会復帰させるためという理由をでっち上げた。
こんな死刑も半分以上確定したような人間のためにと事務員はとても驚いていたが、どうせ何か有るわけでもないとすんなりと会うことができた。
ボイスレコーダーのボタンを押す。
「こんにちは」
「はい」
「今日、来た理由がわかりますか?」
「いいえ」
「では、あなたの返答は無味乾燥ということはわかっておりますので、勝手に話させていただきます」
「はい」
「最初に、夫を監禁していましたね?」
「……なんのことですか?」
二ヶ月間を通しての初めての言葉。
私は上司に対しての優越感に歪む口を抑えつつ、言葉を流した。
「いえ、調べはついていますので」
持ち込んだ日記をひらひらとかざした。
今度は彼女が口を歪ませる。
私は既に立ち会っている警官のことなどどうでも良くなっていた。
「次に、あなたは二人目。間違いありませんか?」
女は墓穴を掘らまいと、口を開かない。
「どうされますか?私は今すぐ警察に駆け込めますよ>?」
「……最初の書記の方ですか?」
ようやく女が諦めた。2ヶ月以上の初の勝利であった。
「ええ、ええ。」
「何をお望みですか?」
「すべてを。私の欲する情報すべてを」
「……狂っていますね」
「なんとでも仰ってください」
女の説明はこうだった。
一人暮らしを始めてすぐ、公園にて被害者と会い、仕事がないということであったし試しに家事を金をやるからとでやらせてみるとドンピシャ。気に入ったため、逃げられないように心臓かどこかに爆弾でも埋め込もうと持っていたのだが、どこに行く宛もないようなやつが、疑われるようのことはしないと諭され、それもそうだと中止。
別荘の方に住まわせ、時々家に呼んで掃除をさせていたようなのだ。
そんな日々のうちに、いつの間にか恋をし、既成事実を作って結婚。
その束縛を次第に強め、とうとう自分のみのものにさせた。
それらの集大成、最終形態が換金だったらしいのだ。
しかしある時、ニュースにて別荘の近くにコンクリート埋めにされた身元不明死体が見つかったとの情報がもたらされ、心配になったので行ってみると、死体の匂いのついた別荘。彼がまた他人に迷惑を掛けるくらいならと、手を下したとのことだった。
やはり彼女は狂っていた。
快楽を抱いた私は幸福感に打たれながら、女に表面上の感謝を伝え、部屋を出た。
ボイスレコーダーに、私の勝ち、とメッセージを吹き込んだ私は、録音を停止させる。
やはり探偵は自分にあっていると私は確信し、車を飛ばして仮の依頼者の友人に会いに行った。
その後、私は上司あてに彼女に罰をと書いたボイスレコーダーの入った封筒を送りつけ、また幸福感に身を打つこととなった。
――【罰の告白】――