上中下の下
「ここは神域じゃないですか。神域で殺生ってのは、神意に背くんじゃないですか?」
「やはり信心ですなぁ」
口調が全然変わらず、なおもぐいぐいくる。
「なればこそ、そういう人を神様に捧げるということもあるんじゃないですかね?」
ほう!そうくるか!
「いやぁ、少なくとも私は止めといた方がいいと思いますがね」
口調を強くする。
「あなたを神様に捧げることで、不具合があるのですか?」
後ろの音がまだ続いているが、声をかけてくるのはこいつだけだし、後ろの連中は特に血気にはやっているわけではなさそうだ、とにかくこいつだけ相手にすればいいのか。
「いいですか?私は長いこと、荼枳尼天のお使い、お稲荷様によくしてもらっているんですよ。この神社に来るにあたって、稲荷系神社と龍神系神社は関係が難しいのではと思って詳しい人に聞きました、ここの正式な参拝方法を教えてもらったんですがね、その私がここで行方不明になったら、私に良くしてくれる神様たちがどう思いますかね。それに私も今までそれなりに神社を訪れてその神々に名前を覚えてもらって来ましたが、それらの神々が何もしないと思いますか?ずいぶん確実性に欠ける行為になると思いますがね」
反応が止まる。こころなし、後ろの物音も止まったような気がする。暗い中目の前まで来たこいつに集中を深くする。
「さらにここの龍神様、寄神様じゃないですか?もともとこの島は神様がおらず島の人たちも水不足で困っていた、あるとき〝悪いもの〟が龍に追われてこの島にたどり着いて、闘って、龍が〝悪いもの〟をここに封じ込め、自ら滝となって〝悪いもの〟が出てこないようにしてくれた、その闘いぶりをみて、滝となって水を恵んでくれた龍を神様として祀るようになったんですよね」
沈黙が続く。一気にたたみかける。
「この二礼二拍手一礼一拍手、最後の一拍手って、裏拍手じゃないですか。正式な参拝は裏拍手をすることで〝悪いもの〟を龍神様と一緒に封じる行為だそうですね。そこまで礼儀を尽くす者を人身御供に?ならば私に良くしてくれる神々からの報復もまた無視できないということになりますが、いかがですかな」
日が差してくる。日の出が始まっていたのだろう、ようやく滝のある山の背後が明るくなり、ここも闇から陰へ、そして明るくなってきた。
目の前の男は怖い顔をして、恨みがましい目つきで私を睨んでいる。島の中を歩いているうちに見た顔だ。
男が何も言わないので勝負が付いたかと横を通ろうとして、後ろの連中が見えた。
さすがに息を呑んだ。
全員溺死体だ。
日の光が強くなるにつれ、溺死体たちは池に入っていった。
ふと後ろから刺されるんじゃないかと思い振り返ると、男はやはり恨みがましい目で私を睨んでいるだけだった。
用が済んだ私がすぐ島を後にしたことは、言うまでもない。