上中下の中
二礼二拍手一礼一拍手、これがこの龍神様を正式に拝む方式なのだが、教えてくれた研究家以外、誰も教えてくれなかった。ガイドブックはもちろん、宮の人たちも、島の老人たちも。
じゃその研究家が間違ったことを教えてくれたのかといえばそうではない、この島と龍にまつわる逸話を事細かに調べた内容を聞いたから私にもそれが真実だと納得できたし、そもそもこんな時間に私一人で、滝を相手にやる行為が真実か間違いかと考えることのほうが、ナンセンスだろう。
二礼、二拍手、一礼、…一拍手。
なるほどなぁ、この拍手には、こういう使い方もあるのかぁ…。
と義理は果たし、ICレコーダーを取り出してスイッチを入れる。数分でいいだろ。
真っ暗な中、ICレコーダーの点灯を見、滝の音をぼーっとしながら聞いていたら、突然声をかけられた。
「こんばんは。信心ですね」
足音が一切聞こえなかったので驚いたのだが、口調が平易だったので返事ができる。
「信心ってわけではないですが、えぇ、まぁ」
「こんな時間に来るなんて、神様に願い事ですか」
ぐいぐい来るなぁ。不審者と思われているのだろうか。
「初めての神様にお願いなんかしませんよ。生国と名前を覚えてもらえれば、御の字です」
「なるほど」
声がだんだんと近づいてくる。
と、声の主の背後でゴキョゴキョ音がしはじめた。
道から大勢が降りてきたのか?どうもそんな感じは受けないのだが、音は延々と続いている。いったいなんだろう。
「二の宮で何やらありましたなぁ。犯人は警察の人が連れていったようですが、ずいぶん怖かったでしょう」
「いえいえ、お宮の人に付いてもらっていましたんで、私が犯人でないのもすぐ解ってもらえましたし、お宮の人がいたから犯人に狙われることもないと安心してましたし」
「そうですか」
どんどん近づいて来る。
「しかしあそこで無事だったからといって、それでもこんな時間に一人でいるのは危険ですなぁ」
どんどん近づいて来るし、口調もあざ笑う感触が混ざってきた。
「ほうそうですか。しかしここで何かやるのはちょっと拙いんじゃないですかね」と怪しい人物に牽制をする。
「ほう、それはどういうことですかね」
神様のことを言うか、録音機材のことを言うかで迷ったが、正攻法で行くか。