唯一無二を否定する力
さっそく私の知る原作ストーリーとは違う展開になったが、フラウと出会えたのはラッキーだった。
クラリスになった私だからなんとなく分かるが、さっき目の奥が熱くなったのはフラウを見たことで彼女を解析して映した――――つまり彼女の色を刻み込んだからだろう。
ゲームにおける設定集を読んだから知ることだが、このクラリス・ノワールという名前には意味があったはずだ。
クラリスという名前は無色を意味する言葉――――カラーレスを文字って付けられたようだ。
そしてノワールというのはどこかの国の言葉で黒を意味するらしい。
無色と黒。
この名前にはどんな色にも染まることができる無色と、色は混ざり合うと最終的に黒になるという意味を込められている……。
そして、そんなクラリスに宿る力はその名に相応しい――――唯一無二を否定する力。
(その力、フラウで試してみよう)
そのために彼女を家に招いてもてなしていると言っても過言ではない。
ハムスターのように頬を膨らませてお菓子をもきゅもきゅ消費する彼女をほほえましく見ていられるのも、私のためだ。
「フラウ」
「んっ、ごくっ……なーに? おねーさん?」
私の呼びかけにフラウは口の中を空にして返事をした。
せっかくのおやつタイムに水を差すようで申し訳ない気持ちが少しはあるが、それ以上に私はこの力の片鱗の続きを見たがっている。
「単刀直入に言うよ。あなたの風精霊としての力、見せてほしいの」
「いいよー。親切にしてくれたおねーさんの頼みならいくらでも聞いちゃうよ」
フラウは笑って快諾してくれた。
「といっても何をすればいいのかな?」
「あなたができることを私の目の前で実演してくれれば十分だよ」
「わかった!」
元気よく返事をしたフラウの背中の羽がぴくぴくと動くと、閉め切っているはずの家の中にそよそよと風が流れ始めた。
「まずはこうやって風を起こせるよ。元から吹いている自然の風があればもっと強くもできるんだけどー」
うん、知ってる。
フラウは風を発生させる力よりも風を操る力の方が強い。
風精霊の基本、むしろこれができずして風精霊は嘘だろう。
「こうやって吹かせた風で大体の位置把握もできるよ。あ、この家意外と広いんだね」
「へえ、さっき言ってた風を読むっていうのはそういうことなんだ。知らなかったな」
「これでこの森も把握しようと思ったんだけど……この森に吹く不自然な風で邪魔されちゃって]
ゲームで表示されるフラウのスキルにそんなものはなかったから驚いた。
だが、実際に風を操り感じることができれば、そういった芸当も可能だと知れたのは良かった。
「私は精霊としての格はそんなに高くないし、できることも少なくてこれくらいしかないけど……」
フラウはしょんぼろとした顔で告げるが、私は汎用性のある力で便利な力だということを褒める。
ゲームでも活躍の場面が多くあった優秀なキャラだ。
私はそんなフラウの力をこの身に宿して引き出そうとする。
何も難しいことを考える必要はない。
私はフラウ。私がフラウ。
すると私の身体の周りを風が撫でる。
風が私の衣服を揺らす様子を見て、フラウは驚きの表情を浮かべている。
「おねーさん…………それって私の力、だよね?」
「そうだよ。これはフラウの力」
フラウの戸惑う姿に申し訳ないと思いながらも私は確認を進めた。
さきほど彼女がやっていたように風を使って家の中を把握――――うん、問題なくできる。
そして姿は私――――クラリスのままでも力を行使できる。
それを確認した私は最後にフラウの姿へと化ける。
「ええっ? おねーさんが私になっちゃった?」
それを見てさらに驚愕しているフラウをみて、私は思わず吹き出してしまった。
そんな中でも気付いたことが一つある。
フラウの姿をしている今が一番力と馴染んでいる。
これがかつて画面の前で奮起する私を何度も何度も苦しめた唯一無二を否定する力――――。
そんなクラリスを裏ボス足らしめた力の一端を、身をもって理解した私はひとまず元の姿に戻ろうとする。
縮んだ身体。低くなってフラウとぴったり合っていた視線が徐々に上にずれていく感覚。
そんな不思議な感覚と共に、ここは……この世界は元居た世界とは違うんだということを改めて実感した。