迷子の精霊さん
私の今後についてあれこれと思考を巡らし、一か八かのかけでこの家から出て探索しに行こうかなどと無謀なことを考えていたその時。
不意に玄関口から木の扉を叩く音がした。
「え…………?」
その音に私は身体を強張らせた。
こんなところに人が来るなんてそうめったにないはずだ。
まさか、原作通りに勇者が私を倒しに来たのだろうか、なんてことを息をひそめて考えていると再度ノックの音が聞こえ、今度はかわいらしい女の子の声も聞こえてきた。
「すみませーん。どなたかいませんかー?」
その声に少し安心したが完全に警戒は解かない。
こういった時ゲームなら一度セーブしてから扉を開けるのだろうが、いつまでもゲーム気分でいるわけにはいかない。
私は少し上擦った返事をして恐る恐る扉を開けた。
「あっ! 人がいた。よかったー!」
「あ……あなたは」
私はそういって無邪気に笑う彼女を知っていた。
彼女もゲームに登場するキャラ。
なぜ彼女がこんなところに……と疑問が湧いた瞬間、目の奥が熱くなった。
「えっ? なに、これ?」
私は驚きの声を上げた。
痛みはないがとにかく熱い。
彼女を見ていると、知らない何かが頭の中を駆けまわるような不思議な感覚に襲われた。
彼女はそんな様子のおかしい私を心配そうに見つめている。
ああ、なるほど。
これが私の――――クラリスの力なのかと、その力の片鱗を身を持って体験し、自覚した。
◇
数秒だろうか。それとも数分だったかもしれない。
慣れない感覚にど惑いながらもなんとか少し落ち着きを取り戻し、待たせていた彼女に声をかけた。
「ごめんなさい。見苦しいところを見せちゃったね」
「え、うん。それは大丈夫だけど……おねーさんは大丈夫なの?」
「うん。ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」
私が一方的に知る彼女は知識通りの優しい性格で嬉しかった。
だが、彼女は本来ならここで私と出会うはずの存在ではなく、勇者の仲間として引き入れることができたキャラだ。
さっそく原作をガン無視して繰り広げられる急展開に私はショート寸前だ。
心の中でははてなマークがいっぱいだが、それを押し留めて私は彼女に尋ねた。
「それで……こんな人っ子一人近寄らない森の奥にあなたは何しに来たの――――――――フラウ」
「それは――――って、なんで私の名前をおねーさんが知ってるの?」
そりゃあ知ってるよ。
彼女――――フラウはゲームでも仲間にしていたから。
小学生のような小さな身体。ウェーブのかかった緑色の髪と少し青みがかかった瞳。
そして――――背中からはみ出している透明な羽。
ゲームの話だけど、何度も契約を結んで仲間にした優しい風の精霊さん。
でも……そうか。
この世界でのフラウとは初対面なのだ。
知っている名前だったためつい口にしてしまったが、私が彼女を知っていても彼女は私のことを知らない。
あまり不審がらせるのは良くなかった。
「ふふ、秘密だよ。それよりあなたはどうしてここへ?」
これでごまかせるといいなと思いつつ、話を強引に元に戻す。
フラウはきょとんとしたのち、困った顔で理由を話してくれた。
「あのね……私、迷子になっちゃったの。この森にうっかり入っちゃったら出れなくなっちゃって…………風の流れを読んでも不自然で全然出口が分からなくって。疲れて心細くなってたんだけど、この家を見つけたの」
「そういうこと……迷いの森で迷子になってしまったのはかわいそうだけど、私の家を見つけられたのは不幸中の幸いだったね」
「うん! おねーさんが変だったのは驚いたけど、一人じゃなくなったから少し元気になったよ!」
私に向けられる笑顔は最上級に輝いている。
そんな笑顔に先行き不安で気を落としていた私も間違いなく救われていた。
「あなたも疲れているでしょうから、少し家で休んでいきなさい。お菓子でも食べながら話をしましょう?」
「うん! ありがとうおねーさん!」
私はフラウを家に招き入れる。
フラウが眩しい笑顔につられて私もふふっと笑った。
そして思わぬ原作キャラとの邂逅に私は心の中でガッツポーズを浮かべる。
フラウが私の家を見つけられたことはフラウにとって幸運なことだろう。
だが、それは私にとってもまた幸運なことだった。
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