救国の炎
『新規カードを入手しました。新規カード一覧で確認してください』
ドラゴンの背に乗る俺の、手の中に現れる白いブースターパック。
開封すると、いつものように五枚のカードが現れ、消える。
階位が上がったな。
状態確認で、ステータスを見る。
ステータス
名前:コタロー・ナギハラ
職業:召喚術士
階位:5
HP:14/14
魔力:4/5
攻撃:0
スキル
『アバター召喚』『スペル使用』『装備品召喚』
『魔力高速回復』『カード化』『異世界言語』
階位は5か。日本に帰還できると思われる目標の階位10まで、あと半分。
もしかすると、それより先に次元移動できるアバターかカードが手に入るかもしれないけど。
今はただ、生き延びたことを噛みしめよう。
「……街に帰ったら、宿で昼寝かな、こりゃ。ゆっくり休みたいや」
「いいわね、あたしも朝早くに起こされて少し眠いわ」
「はっはっは。……送っていくよ。ドラゴンに乗って、勝利の凱旋と行こう。王城に呼び出されても、わたしも今日は休息だな。これは……」
同じくドラゴンの背の上で、アシュリーと所長も笑う。
強敵を倒して一段落、といったところか。
みんな全力を使い果たして、気が抜けている。
「――ッ! 身を伏せろ、皆!」
ナトレイアの声が響き渡る。
何事かと振り返った瞬間、獣の鳴き声がした。
「――アビスエイプ!」
「おのれ、まだ残っていたか!」
ドラゴンの背をよじ登ってきていた一体のアビスエイプに、ナトレイアが光をまとって剣を振るう。
必殺の『精霊の一撃』を受け、アビスエイプは息絶えた。
俺たちにケガは無かったが、本当の問題はそこじゃない。
「な、なんで……? 『災厄の大樹』は倒したはずよ……?」
「独立……したモンスターってことか? 陣地は消えてる、本体も倒されてる。でも、喚び出されたモンスターはまだ残ってる……」
アシュリーと俺の憶測を受け、所長が叫んだ。
「ということは……こうしている場合じゃない! 王都は、まだ襲われている!」
陣地が消え、『魔の森』が普通の森に戻っても、生み出されたアビスエイプは消えていない。
ならば、王都に向かっている軍勢もそのままだ。
騎士たちは、今も街門を守って命を懸けて戦っている。
そうか、その通りだ。
今まで『災厄の大樹』が封印されていた間も、アビスエイプは『魔の森の魔物』として冒険者たちを襲い活動し続けていた。
本体の能力が消えれば陣地自体は無くなるとしても、生み出されたアビスエイプは本体の統率の影響を受けない、独立したモンスターなのか。
ドラゴンが身を起こし、俺たちを乗せて宙に舞い上がる。
飛翔するドラゴンの背から見下ろす眼下には、草原にまだ多数の敵影があった。
それだけならばまだマシだ。
問題は、
「街壁が……崩されている……ッ!」
石造りの頑丈な街壁の一部が尋常では無い腕力で崩され、その穴から王都にアビスエイプが群れを成して侵入していた。
幸いにも平民街区の避難は済んでいたため、襲われている市民はいなさそうだ。
だが、街中にはそこら中にアビスエイプがうろつき、街門を守る騎士団も街の外と街の中から同時に攻められている。
街門付近で、王国騎士団が包囲されてしまっている形だ。
「所長、ブレスはまだ吐けるのか?」
「それは可能だよ、従者のエルフくん。だが……こうも街中に散らばっていると、平民街区ごと焼き払わねばならない……ッ!」
所長が悔しげにうめく。
密集地帯である街門付近もそうだ。戦場にブレスを打ち込めば、友軍にも被害が出るだろう。
建造物程度、人命に比べれば、という考え方もできるが、完全に焼き払ってしまえば被害は甚大だ。確実に王都の復興は遅れる。
その兼ね合いを、所長は天秤にかけて迷っているのだろう。
「……大丈夫だ、所長」
ブレスを放たせようとする所長を手で制し、俺はドラゴンの背中から、街の光景を見下ろす。
建物の中にはまだ侵入されてないようだな。
この上空からなら、街中のアビスエイプの位置が一望できる。
「……騎士爵? この状況を、どうにかできるって言うのかい……?」
「さっきまではできなかった。階位の上がった今なら、手段はある」
大元の『災厄の大樹』はもう無い。
無限に溢れる大群を相手にしているときは効果が薄かったが、今いるアビスエイプを殲滅すれば後続はいないというなら、打てる手はある。
「ナトレイア、グリフォンをカードに戻すぞ。――エミル。お前も戻ってくれ」
『アイアイ、マスター。照準の補佐は必要ありませんか?』
エミルは俺の手の内を知っている。念のために確認してきたが、俺は首を振った。
「いいよ、ここからなら全部『狙える』。そのままだと、お前まで焼かれちまうだろ」
『オーライ、マスター。ご武運を』
後方に追従していたナトレイア用のグリフォンと、エミルがカードに戻る。
大樹攻略戦で活躍したゴブリンの擲弾兵も、カードに戻す。
所長の喚び出したドラゴンだけで、俺の操るアバターは一時的に一体もいなくなった。
「みんな、大丈夫だと思うけど、一応伏せててくれ」
俺が選択するのは、今まで使わなかった――使えなかった魔術のカード。
今持ちうるすべての、回復したありったけの魔力を込めて起動する。
「行くぞ! ――『エクスプロージョン』、X=3ッ!!」
『エクスプロージョン』
X2:望む数の対象と、自分の操るアバターすべてにX点の炎と風の射撃を行う。
エクスプロ-ジョン――
魔力の少ない内は威力が出せずに使えず、魔力が上がってからは敵のHPが高くて使う場面が無かった呪文だ。
X……つまり、任意の量の魔力と、追加の2コストを費やすことで、自分の召喚したアバターと、望む数の敵にX点の魔術攻撃を行うことができる。
望む数の。
宙に浮かぶドラゴンの前で、巨大な炎の塊が膨れ上がっていく。
望む対象は、この王都を襲う無数のアビスエイプすべて。
一匹たりとも逃す気はない。
「行けェ――――ッ!!」
かけ声とともに巨大な炎の塊が爆散し、無数の炎の砲弾となって王都に降り注ぐ。
炎の流星群は魔物への鉄槌となって、俺が望んだアビスエイプ『だけ』を焼き尽くしていく。
その威力は3点――ファイヤーボールと同等の威力であり、
アビスエイプの命の数字と同じだ。
「こ、こんな魔術が……ッ!」
「こ、コタロー……何これ……!?」
「こんな、バカな光景が……」
俺の背後で、その光景を目にした三人が絶句する。
国を襲う軍勢を、ともすれば国そのものをも焼き尽くせる大魔術。
カードの『魔法』ならではの、現実にはあってはならない魔術。
大規模な戦争を無意味にする、軍勢という概念に対するアンチスキル。
――全体攻撃魔術。
「これが俺の……本当の『切り札』だ」
王都を襲うアビスエイプは、たった一つの魔術で全滅した。
******
『――「エクスプロ-ジョン」でしょ? ゼファーも使ってた魔術だよ』
ドラゴンの背で休憩中、再度召喚したエミルがそんなことを言った。
あ、やっぱなぁ。
あれから下の街門は、突如アビスエイプを焼き尽くした謎の炎に大騒ぎになった。
でも、しばらく放っておく内にドラゴンのブレスの一種だとでも思われたのか、騎士団たちは冷静さを取り戻し、街門防衛部隊と街中の散策確認部隊に分かれていった。
俺たちは所長からの提案で、街中の確認が一通り終わるまで、ドラゴンの背中に座って休憩中である。
ドラゴンが上空にいた方が、騎士たちも心強くて仕事がしやすいだろう、と。
「……知ってたの、コタロー?」
「いや。――ただ、伝説が確か『何千の魔物を打ち払った』とか何とかだったからさ。たぶん、さっきのと似たような魔術で一気に薙ぎ払ったんだろうなって、何となく」
「ああ……なるほど、『魔弾』の名の由来か」
ナトレイアが納得したようにうなずく。
あと、もう一つの理由としては、カード名かな。
このカードは『治癒の法術』なんかと違って、横文字だったんだ。
他の、誰かからコピーした攻撃魔術もみんな横文字で、『仕組まれた決闘』みたいに構文表記じゃなかったから、たぶん横文字なのは、この世界の魔術だからだろうなって。
ってことは、この世界の誰かが使ったことのある既存魔術だったんじゃないか。
そう考えたら、『魔弾の大賢者』ゼファーの伝説を思い出した、というわけだ。
『あの魔術、敵全体だけじゃなくて自分と契約してる味方にも飛ぶからね。エミルちゃんも、何度か焼かれちゃったからそのたびに復活するのが大変だったよ、ほんと。……だから、ゼファーもここぞってとき以外は絶対に使わなかったねー』
よく復活できたな、そのころはカードじゃ無かったろうに。
妖精の秘術か何かかな? もしくは回復魔術か。
「ああ、それで騎士爵は、事前に他の召喚獣を『カード』に戻したのか」
「そういうこと。グリフォンなんかは耐えられるんだけど、まぁ、痛い思いも熱い思いもわざわざさせる必要ないからさ」
「当たり前だ! あんな火力がグリタローに飛ぶなどと! かわいそうだろう!」
グリフォン大好きナトレイアさんは、愛騎が焼かれるのを想像したのか憤慨する。
「そんなわけで、大人数相手にはすごく有効なんだけど、使うときは俺自身の防御が丸裸になっちゃうんだよな」
「諸刃の剣ねー……今は、あたしとナトレイアがいるから良いけど」
「いやいやいやいや、そんな呑気な話じゃないよ!?」
所長が目を剥きながらツッコんでくる。
あ、所長はやっぱりこの威力を正確に理解してるか。
「だって、敵が何万何十万の軍勢でも、視界に入れば一人で勝てちゃうんだろう? そんなの、敵対した時点で国が滅ぶじゃないか。まともに会戦できないよ!?」
「まぁ……もし戦争とかになったら、俺がいる方が勝ちますね。間違いなく」
『だから、ゼファーのときも、国が「大賢者」の称号を与えてもてはやしてたよ? 敵対すると国が滅ぶから。……人間には使わずにモンスター相手ばっかりに撃ってたけど、それでも最終兵器扱いされてたよね』
スーパーチートスペルだからな。
そりゃ、使える奴は伝説にも語られて、国から大事にされるだろう。
国の軍事力を支える『数の暴力』って概念が無効化されるわけだから。
「コタローも伝説になっちゃうわね」
「……所長からは神様扱いされてんだから、今さらだろ。腹くくったよ、もう」
「『伝説』の存在を召喚できる者が伝説になるとは、これ如何に。いや、正しいのか?」
「きみたちって、大物だよね……とりあえず、救国の英雄になっちゃったからね、騎士爵」
所長の言葉に下の街並みを見下ろすと、歓声が聞こえる。
街中の確認が終わったのか、騎士団が整列して上空の俺たちに手を振っている。
その先頭にいるのは、そりゃそうだと言うか――
ハイボルト国王様とオーゼンさんである。
王命を受けた、王家の紋章入りの剣を見ながら、俺はこれからのことを考える。
……まぁ。社会的に、今さらただの一般市民扱いってのは、無理があるよなぁ。
なんか色々巻き込まれそうな気が、せんでもない。
どうしたもんかなぁ。




