決着の突撃
襲撃してきたアビスガーディアンの群れが、次々と墜ちていく。
ナトレイアの活躍はすさまじく、敵を狩り尽くすその剣の技量とグリフォンの機動戦術に目を見張るばかりだ。
これなら、行けるか。
防衛機構を突破できたなら、後は本丸を攻めるだけだ。
そびえ立つギンヌンガガァプの破片――『災厄の大樹』を刈り倒す。
ドラゴンを中心にグリフォンが編隊を組み、天へと届く巨体を目指して空を駆ける。
『大樹』は高速再生9、三十秒に9点ずつ回復してしまう。
一斉攻撃で、18点のそのHPを削り切らせてもらう!
「接近と同時に行くぞ、グリフォン部隊! 突撃準備!」
「いつでも良いぞ、コタロー!」
俺たちの中でただ一人グリフォンに騎乗するナトレイアが、勢いよく応える。
グリフォンたちはドラゴンに先行して横列を組み、一斉に突撃する態勢に入っている。
『災厄の大樹』は巨大だが、その巨体が仇だ。
狙う的が大きければ大きいほど、一斉攻撃が容易になる。
これが、どこかに核のようなものがあって、それを攻撃しなければならないと言うならば話が違うが、その可能性は薄い。
撃ち込んだ『鑑定』が効いたからだ。当たり判定は全体にあるはずだ。
そもそも、タワーディフェンスのような拠点防衛ではなく、相手が「陣取り」系の能力だと仮定するならば、攻撃ユニットの軍勢と防衛拠点を突破されて本体に近づかれた時点でこちらの有利であるはず。
このまま、押し切る!
ドラゴンたちの飛行速度は速まり、草原を抜け、森の上空に入り、目前に敵影が迫る。
そのとき、『災厄の大樹』が動きを見せた。
「――いかん! よけろ、コタロー! 回避しろ、グリフォン部隊!」
ナトレイアが叫ぶ。
下の森の中から、巨大な『根』のような潮流が持ち上がり、空に伸びて俺たちを襲った。
この黒い潮流、『災厄の大樹』の一部か!
竜の尻尾のように太いムチとなって、『根』が空中の俺たちを薙ぎ払う。
後方のドラゴンはギリギリで回避できたが、先行していたグリフォンたちは散開するも待避が間に合わず、七体中、ナトレイアの乗ったもの以外の二体のグリフォンがカードに戻された。
なんて威力だ。
そうか、こいつは俺と違って攻撃力を持っていたな。
その数値は7、ドラゴンをも一撃で墜とせる破壊力だ。
接近戦だと自衛能力も持ってるのか。くそ、厄介だな。
「コタロー! このまま、ただ突撃するだけじゃ狙い撃ちよ!?」
「かと言って、いったん撤退して体勢を整えようにも、所長がドラゴンを喚び続けられるかわからない……」
アシュリーが叫ぶが、この攻撃をかいくぐって全軍突撃するのは理想が過ぎる。
すでに二体やられてもいる、これ以上減ると打点を保持できないまま相手の懐に飛び込むことになる。
そうなると、それこそ敵の真ん前だ。7点の打撃に攻撃され放題になってしまう。
「――策は、あるのです」
猶予も無いまま俺が悩んでいると、アテルカがそう告げた。
俺が振り返ると、アテルカとゴブリン騎士団がそこに整列していた。
「ご主人様は、すでに解決策をお持ちなのです。我らが突撃し、ドラゴンがとどめを刺せば、それで敵は打ち倒せるのです」
突撃……何を言ってる?
アテルカのバフで、アテルカとゴブリン騎士団三体の攻撃力は合計8。
けれど、ドラゴンを足してもその攻撃力は14、四点足りない。
四点。ゴブリンたちは四体……まさか!
俺の意志をくみ取ったように、アテルカが優しく微笑んだ。
「わたくしたちは、この身を賭してご主人様のお役に立ちましょう。ためらうことなどないのです。すべては、ご主人様やわたくしたちの、守りたいものを守るため――」
「わかった。グリフォンたちをおとりにする。所長、ドラゴンで突っ込むぞ。――アテルカ、お前たちに賭ける」
「……この身にあまる誉れなのですよ、ご主人様!」
剣を抜き、ニカッと笑うゴブリン騎士団たちを前にして、俺は一体のアバターを召喚する。
ゴブリンズ、お前らの力を借りるぜ。
「召喚! ――『ゴブリンの擲弾兵』!」
『ゴブリンの擲弾兵』
3:1/3
ゴブリン・アバターを一体投擲する:対象一つに、X点の射撃を行う。
Xは投擲したゴブリン・アバターの攻撃力に1を足した値に等しい。
(投擲されたゴブリン・アバターはカードに戻る)
「――ナトレイア! グリフォンたちを指揮して、あの『根』の攻撃を引きつけてくれ! お前は墜とされるなよ!」
「任せろ! 私とグリタローならば、永遠にでもよけ続けてみせるとも!」
グリフォンたちが離れ、もう一度先行して飛翔する。
大地がうごめき、新しい『根』が生え伸びてくる。
その数は、合わせて三本。どれもが、受ければ倒される必殺の一撃だ。
だが、その『根』の間をナトレイア率いるグリフォンたちはかいくぐっていく。
ときに本体に近づき、ときに後退し、攻めると見せかけて『根』の攻撃を引きつける。
襲い来る『根』が三本ともすべて、グリフォンたちに向かった瞬間を見計らって、俺は叫んだ。
「行くぞ、所長。突撃する! ――アテルカ、準備は充分かッ!?」
「我らゴブリンの騎士、いつでも覚悟は抱いているのですよッ!」
「了解だ、騎士爵。――進め、ドラゴン! 全速力で!」
頼もしいアテルカの声に応え、所長がドラゴンを前進させる。
大きな翼をはばたかせ、ドラゴンの巨体が急加速した。
目前に迫る、『災厄の大樹』の潮流。
高いHPに高速再生能力、強力な攻撃力。
人知をあざ笑うかのようなその強大な奔流が、目の前を埋めていく。
失敗はできない。チャンスは一度きりだ。
勝負できる時間は三十秒――それを超えれば、俺たちはそのまま飲み込まれる。
アテルカ以下、四名のゴブリン騎士団が一斉に剣を掲げた。
「さぁ、新たに喚ばれし我らが同胞よ、お願いするのです! ――我らの刃、かの災厄へと届かせたまえ!」
ゴブリンの擲弾兵が、グギャ、とうなずき異様に太い左腕を天に掲げる。
騎士となったゴブリンズは俺を振り返り、笑顔で眼前に剣を構えた。
主に誓う、騎士の儀礼のように。
「行くぞ、お前ら! 放て――――ッ!!」
「グギャギャ――――ッ!!」
ゴブリン騎士が擲弾兵の左腕に飛び乗り、擲弾兵はそのまま全力で騎士を投げ放つ。
両手に握りしめた剣を鏃に、流星の如くゴブリンズが陽光の大空を切り裂いて突撃していく。
黒い潮流、その幹の中程で、魔術に勝るとも劣らない、大爆発が起こった。
ぐらり、と潮流が乱れる。
火蓋は切られた、残り三十秒!
「着弾ッ! 効いてるぞ……急げ、続け――――ッ!!」
「グギャギャ!」
「グギャ!」
次々に投擲兵の腕に飛び乗ったゴブリンズが、敵目がけて撃ち放たれていく。
残り二十五秒!
最後に、アテルカ自身が剣を横に構え、俺を振り返った。
「わたくしは、良いご主人様に巡り会えました……勇気という名のこの刃、かの敵へと打ち込んで見せましょう! 天地神明、ご照覧あれ!」
そうしてアテルカはひらりと左腕に乗り込み、擲弾兵の全力の勢いで、身体ごと構えた剣でその身を砲弾と変え、爆炎を上げて『災厄の大樹』へと刃を突き立てる。
残り二十秒!
アテルカたち四人の攻撃力は2。擲弾兵の能力で火力は3。
四人が突撃して、ダメージは12。
これなら、ドラゴンの攻撃で18点に届く!
「――ドラゴンの鱗や身体に掴まれ! 絶対に手放すな、みんな!」
ドラゴンは速度を上げ、『災厄の大樹』へと迫る。
その瞬間、グリフォンたちを追っていた『根』が三本とも、俺たち目がけてうごめいた!
「総員、ドラゴンの道を空けろ! 邪魔をさせるなッ!」
ナトレイアの号令に、グリフォンたちがその身を挺して『根』に体当たりする。
攻撃の軌道を逸らされ、一瞬の隙ができる。
残り十秒!
グリフォンたちの作ってくれた隙に、ドラゴンの身体が『根』の間をすり抜ける。
俺たちを乗せたドラゴンが牙を剥き、気迫の咆吼を上げた。
――グルォオオオォォ――――――――――ッッッ!!!
残り五秒!
「間に合え……間に合え! 突っ込むぞォ――――――ッ!!」
吹き飛ばされそうな強風。風を裂き飛翔するドラゴン。
漆黒の潮流。爆撃に揺らぐ流れ。
天まで届き、大地をうごめかせ、混沌を作り、魔物を生み出し、人々を襲い、この世界に訪れた「魔法」、その巨大な身体が目の前に迫り、視界はすべてが黒い潮流に埋められ、光は無く、まるで暗闇の中に突き進むように、
暗闇が、
******
俺たちは、ドラゴンの背に乗っていた。
周りには、枝葉のそよぐ木々が、朝の陽光に照らされている。
葉がそよぎ、枝のこすれる音がする。
そこは森の中――
周囲を見回す。
天にそびえる巨大な黒い潮流。その名残は、どこにもない。
ただの森だ、そう思って天を見上げると、
「あ……ッ!」
大樹のような黒い潮流が、根元から消え去っていくように、
天上で、ばらばらに解けて散っていった。
天上に消え散っていくその姿を、いつの間にか起きていたみんなが一緒に見上げていた。
消え去った後には、あの巨大な脅威は、影も残していない。
やがて、グリフォンに乗ったナトレイアが、俺たちの前に舞い降りてきた。
「な、ナトレイア……あれは、『災厄の大樹』は、どうなった?」
俺が尋ねると、ナトレイアは不思議そうな顔をする。
「……なんだ、見ていなかったのか? それはもう見事だったぞ。まさに『滅びる』という言い方が似合うほど、空気を大きく揺らしてな……」
その言葉は、後半はもう聞こえていなかった。
俺は、同じく呆けた顔をしていたアシュリーや所長と顔を見合わせ。
「勝った……のか……?」
そして、しみじみと理解した。
俺たちは、生きている。
そして、王都を襲っていた『魔法』――『災厄の大樹』は倒され、消えた。
その事実を。
俺たちの、勝利を。
俺たちは思わず、その場で拳を握りしめ、大声を上げた。
「いよっしゃァ――――――――ッ!!」




