王剣の宣言
「気をつけて行くのじゃぞ、騎士爵!」
「オーゼンさんたちも、街の人を頼みます!」
オーゼンさんや王様に見送られて、貴族街区をグリフォン七騎で飛び立つ。
近衛兵や貴族の私兵たちからこちらを見てどよめきが上がったが、迫り来るアビスエイプを相手に、俺たちに気を取られているヒマは無いようだった。
貴族街区の兵力は厚く、近衛騎士団と私兵騎士団で破られる心配はなさそうだ。
念のため、グリフォンで市街地を確認しながら街門に向かう。
市街地にはアビスエイプたちがそこら中にはびこっていたが、逃げ遅れた平民はいなさそうだ。
同じことを考えたのか、王国騎士団が分隊化して散策しているので心配は無いだろう。
戦況の激しくなっている街門にたどり着くと、そこではまだ騎士団と衛兵と、そして所長のドラゴンが戦線を支えていた。
七騎のグリフォンで一度空襲を仕掛け、騎士たちを支援する。
騎士たちは俺の提げた王家の剣を目にして、増援だと理解してくれた。
「……むっ、しまったっ!」
俺たちに気を取られた騎士たちが、うめき声を上げる。
側面から襲いかかる二体のアビスエイプに、気づけなかったのだ。
俺は、上空からカードを起動した。
「――『仕組まれた決闘』!」
『シュート!』
『仕組まれた決闘』
4:二体を対象とする。二つの対象は、お互いに自分の攻撃力に等しい
ダメージをそれぞれ相手に与え合う。(対象が二体いない場合、使用できない)
魔術によって、二体のアビスエイプから光が飛び出し、お互いに向かって直撃した。
互いに5点のダメージを与え合ったアビスエイプは息絶え、襲われた騎士たちは命を拾う。援護に気づいた騎士たちが、俺たちに手を振っていた。
もう援軍のアバターは増やし終わったからな。ガンガン魔術が使える。
けど、この敵の数の中で二分に一回、二体程度をしとめても焼け石に水だな。
やっぱり、ブレスで後続を減らしてる所長のドラゴンのところに向かおう。
グリフォンでドラゴンの飛んでいる場所へ向かう。
ドラゴンの手のひらの上でうずくまっている所長に向けて、俺は声をかけた。
「所長! 大丈夫か!?」
「……騎士爵! 来てくれたか……」
反応がぼんやりしているが、意識は問題なさそうだ。ただ、顔色は青白い。
立ち上がる所長を抱き留め、他のメンバーと合流するため、所長に頼んでドラゴンの広すぎる背中に降りさせてもらう。
他のグリフォンに乗っていたメンバーも集合し、順次ドラゴンの背中に降りてくる。
ひとまずパーティ集合となったところで、俺は所長の体調を確かめた。
「所長、どうだ? 自分の階位より高いアバターを召喚したことがないからわからないけど……まだ、戦えそうか?」
「……正直に言うと、かなり辛い、な。頭にカスミがかかったように何も考えられない。遠のく意識をつなぐので精一杯だ。あまり長くは、持ちそうにない」
やっぱり、この召喚は無理があったか。
「なら、グズグズしてるヒマは無いわね、コタロー。あの『大樹』のところに行くんでしょ?」
「ドラゴンとグリフォンなら、森を越えて直接奴を叩ける。急ごう」
アシュリーとナトレイアの意見に、俺はうなずいた。
うなだれる所長の背を支え、頭を下げて頼み込む。
「所長、俺たちは今からあの『災厄の大樹』を倒しに行く。きついと思うが、このドラゴンの力がいる。――頼む、所長。力を貸してくれないか」
俺の頼みに、所長は力なく微笑んでくれた。
――と思いきや、突然自分の足で立ち上がり、はつらつと拳を天に突き出す。
「任せたまえ! 我が神がこの王国を救うと言うならば、ともに行くことに否やは無い! このエルキュール・ロムレス、救国の一助を担おう!」
「しょ、しょ、所長……?」
思わず俺の顔が驚きに引きつる。
けれど、気づいた。拳を天に掲げる所長の足が、まだ弱々しく震えていることに。
空元気を張りながら、所長は俺を振り返り、笑った。
「……ふふ。貴族にも、貴族の意地というものが、あるのだよ」
国を守る。民を守る。――故郷を守る。
その気概に、俺は決意とともにうなずいた。
「頼むぜ、所長。あの『外来種』は、俺たちの手で倒す!」
「望むところさ!」
ドラゴンを飛行空母とし、召喚者のエルキュール所長の護衛と介抱も兼ねて、俺とアシュリーとアテルカたちゴブリン騎士団が、その背に乗って移動する。
ナトレイア率いる七体のグリフォン部隊は遊撃を兼ねた実働部隊だ。
「街門は騎士団に任せよう。街中の散策部隊も合流してきてるから、何とか戦線は維持できるはずだ。騎士団が戦ってくれてる間に、なんとかしなくちゃな」
「どのみち、防戦だけではわたしの体力が尽きる。――行くぞドラゴン、根源を絶ちに!」
所長の声に応え、ドラゴンが咆吼を上げて飛翔する。
グリフォンを引き連れて敵の親玉を倒しに向かうドラゴンを、騎士たちが歓声で見送った。
改めて空中で見ると、『災厄の大樹』は本当にデカい。
ギンヌンガガァプの破片――
名前からして、これでその一部に過ぎないのだから本体はとんでもない存在なのだろう。
陣地を作成してユニットを生み出すことから、「陣取り」系の能力を模した『魔法』なのだろうけど、単純に別世界の生物か、それこそ邪神だという可能性もあり得る。
けれど、倒させてもらう!
自覚上はただの人間だが、俺だって同じ『魔法』だ。
HPがある以上、倒せない存在ではないと知っている!
グリフォン部隊の同時飽和攻撃で、落とさせてもらう!
――――!
空気が震える。
まるで『災厄の大樹』が鳴動しているようだ。
「ご主人様、敵襲なのです!」
アテルカが叫び、剣を構える。
巨大な黒い潮流の大樹から、数体の飛行モンスターがこちらに向かって飛び立ってきた。
喚び出せる手駒は、アビスエイプだけじゃないのか!
「エミル、撃つぞ! ――『鑑定』だ!」
『アイアイ、マスター!』
黒い体毛に包まれた、一対の触腕を持つ大きな蛾のような飛行モンスター。
新種の敵に向けて、エミルの砲身が『鑑定』を放つ。
『アビスガーディアン』
3/2
『飛行』
『高速連撃2』
『肉壁6』・このモンスターへのダメージは、それぞれ6点軽減される。
『異形』・このモンスターは、混沌の一部である。
飛行型の防衛ユニットか! 本気出してきやがったな。
数字的にはそうでもないが、持ってる能力がかなり強い。
6点軽減は並大抵の堅さじゃないぞ、ドラゴンでも撃ち落とせない!
幸い、アビスガーディアンの攻撃はドラゴンの『甲殻3』を打ち破れない。
無理に突っ切るか?
いや、グリフォンたちがやられる。そうすると、同時に『大樹』を叩く打点が足りなくなる可能性がある。
しかし、倒す手段は――
そう考えているとき、一体のグリフォンが先行した。
ナトレイアの乗るグリフォンだ。
「いくぞグリタロー! このような奴ら、私たちの敵ではないッ!」
バカ、グリフォンじゃ返り討ちに遭うぞ!
ところが、ナトレイアはグリフォンの背に立ち、手にした長剣を構える。
交戦の刹那、ナトレイアの手にした創国の王剣が、アビスガーディアンを両断した。
『創国の王剣、アルストロメリア』
3:装備品:+1/+0の修正を受ける。
『名称』・同じ名称を持つ装備品は、一つしか召喚できない。
・装備している者は『貫通』を持つ。(防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する)
そうか、王剣の能力――『貫通』付与!
あれなら、『肉壁6』を無視してアビスガーディアンを墜とせる。
「そうだな。そうだとも、アルストロメリアよ。――この戦こそ、我らの晴れ舞台!」
ナトレイアが、グリフォンの背でアルストロメリアに話しかけている。
アルストロメリアは会話ができる。お互いに、意志を通じさせているのだろう。
しかし、何だってナトレイアは誰より早く突撃できたんだ。
情報を共有するヒマは無かった。どうやって、アビスガーディアンの能力を知った?
「……あっ! 『鑑定』か!」
魔導研究所での『カード』能力の研究時、同席していたナトレイアにも『鑑定』を一枚渡していたはずだ。
それを使ったのか。
「コタロー! この敵は、私とアルストロメリアに任せろ!」
ナトレイアと騎乗するグリフォンは息の合った動きを見せ、アビスガーディアンたちの前に立ちはだかる。
ナトレイアは剣を振るい、攻撃を受けることなく空の敵を次々に落としていった。
馬では無いが、人馬一体、そんな言葉がよく似合う回避機動だった。
「そうだとも、アルストロメリア――かつての、お前の主人の言葉を借りよう」
グリフォンの背に乗り、エルフの剣姫は剣を構える。
彼女は、向かってくるアビスガーディアンたちに向かって叫んだ。
「異界の魔物どもよ、『我らが王国は、何人にも侵されざるなり』! ――これなるは、創国の王剣の宣言であるッ!!」




