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子どもたちの英雄



 街門の上空に飛翔するフレアドラゴン。

 その姿に戦場の騎士たちは指揮を挙げ、王都へと押し寄せるアビスエイプの群れを連携しながら次々と打倒している。


 エルキュール所長を手のひらに乗せてホバリングするドラゴンを見上げ、アシュリーが驚きながらつぶやいた。


「す、凄いわね。――ねぇ、コタロー。所長にあれを三体も喚び出してもらえば、あの『災厄の大樹』も倒せるんじゃない? 計算上は合ってるでしょ?」


「いや、それはどうだろうな……」


 アシュリーの案は、実現できれば正しい。

 けれど、それは難しいと俺は考えていた。


 ナトレイアも同じ考えだったようで、アシュリーの考えを否定した。


「所長の顔色を見たか、アシュリー? ドラゴンを呼び出して、かなり悪くなっていたぞ」


「え、ウソ? 見えたの?」


「ただの魔力切れでは、ああはならん。それに、飛び立つときに手の上でヒザを折って座り込んでもいた。立っていられなかったんだろう。――コタロー、あれは能力の代償か?」


「……だと、思う。たぶん、精神に負担がかかってるんだ」


 それが見えるナトレイアの視力はすげぇな。HP4の身体能力は伊達じゃない。


 所長は、召喚したアバターは召喚者の分身だと言っていた。

 ゴブリンを喚び出したときに、頭の動きが鈍る、とも。


 召喚が俺を経由しているせいか、所長の状態を感じる。

 所長の召喚枠は、もう無い。あのドラゴン一体で打ち切りだ。


「所長じゃないから詳しくはわからねぇけど、おそらく召喚制限があるんだ。――多分、魔力量、だと思う。俺の場合はHPの数値だけど、他の人が喚ぶと、合計コストが最大魔力量の数字までしか喚べないんじゃないか」


 ドラゴンに、かなり大きく精神を分化している――持って行かれてる、と見るべきだ。

 あるいは、単に俺の階位以上の存在を召喚したから、という可能性もあるけど……


「もし、所長がもっとドラゴンを喚べるんなら、ドラゴンには乗り込んでない。俺から追加のカードを受け取るはずだ。そうしなかったのは……動けなくなってるから、上空のドラゴンの手元に避難してるんだ」


 俺の予想が正しければ、所長は魔力切れ以上の不調を自身に感じてる。

 魔術研究所の長だ、自分の症状が魔力に関するものかどうかくらいは判別が付くだろう。


 これ以上は、俺たちのそばに留まっていても役に立てない。

 そう考えたからこそ、出陣したんだ。


「なんで、そんな無理してあんな演説を……」


「そんなもの、決まっておる」


 アシュリーのつぶやきに答えたのは、馬上のオーゼンさんだった。


「騎士たちを鼓舞するためじゃ。強大な存在が味方にあると思えば、騎士たちは奮戦する。臆病を払い、不安を押しのけ、騎士たちを奮い立たせてこの王都を守るためじゃよ」


 元救国の英雄としてその役割を背負い続けたオーゼンさんは、所長の意図を理解しているようだった。

 おかげで俺は、神様に祭り上げられちまったわけだが。


 けれど、幸か不幸かエルキュール所長の演説を理解した奴は少なかったらしい。

 いや、あるいは俺という一個人が所長の言う『神様』と結びつかなかったのか。


 俺たちに変な注目を寄せることもなく、騎士団も兵士たちも戦いに没頭している。


「ドラゴンが、動くぞ!」


 所長の状態が持ち直したのか、ドラゴンが翼をはためかせ上昇する。

 上空から街門の外を睥睨(へいげい)するその巨大な口に、炎がともった。


 ――炎のブレス!


 放たれた業火が、街門の外を火の海にする。

 敵味方入り乱れる門内の密集地帯ではなく、後続をまとめて狙ったようだ。


 ドラゴンの『炎のブレス』は広範囲に3点の火炎射撃。

 アビスエイプのHPは3だ。これなら、外の敵は一掃できる!


 後続が一度途切れたことに、騎士たちが雄叫びを上げる。


「所長が心配だけど……ここは騎士団に任せよう。俺たちは、一度街の中を!」


 いななく馬の手綱を引きながら、乗馬したオーゼンさんは言った。


「騎士爵、わしは先に行かせてもらうぞ。孤児院の子らが気にかかるのでな」


「乗せてくれ、オーゼンさん! 俺も行く!」


「それは心強い! 後ろに乗れ!」


 オーゼンさんの手を取り、鞍の後ろの部分に乗る。

 乗り方なんてグリフォンのくらいしかわからないから、オーゼンさんにしがみつくしかない。


 オーゼンさんが手綱を鳴らすと、馬は街中の通りを駆け出していく。

 ナトレイアとアシュリーは、遅れてこそいるものの付いてきてくれている。行き先が孤児院だと知れているから、後から合流できるはず!


 街中には、数体のアビスエイプと、それと戦う騎馬兵たちの姿がある。

 俺に追従していたメガロドレイクが、できる限りに横から支援の手を出していた。


 やがて孤児院にたどり着く。


 が、その扉が、無残にも破られていた。 


「フローラ!」


 馬から降り、剣を抜いて全速力で孤児院の中へと走り出すオーゼンさん。

 俺も、メガロドレイクを連れて急いでその後を追った。


 建物の中には、二人の騎士が倒れ伏していた。

 うめき声を上げていることから、まだ息はあるようだ。

 だが、二人の装備であろう大きな盾が原型もなくひしゃげ、横に転がっている。


 その奥にいるのは――


 子どもたちを襲おうとする一体のアビスエイプ!

 そして、その子たちを背にかばうように、フローラさんが震えながらホウキを構えていた。


「く、来るなら来なさい! けれども、私がこの子らの後に死ぬことだけは無いと思いなさいッ!」


 言葉の通じないモンスターを相手に、必死の形相でにらみつけるフローラさん。

 俺はとっさに、ザッパーホークを召喚しようとした。


 だが、それよりも早く剣を振るった人がいた。



「わしの孫娘に、何をしとるかこの猿がァァァ――――ッ!!」



 目にもとまらぬ早さで距離を詰め、飛びかかるようにオーゼンさんの怒りの一撃が、アビスエイプを両断した。

 オーゼンさんの攻撃力は3。鋼の剣を装備して4。

 きっと、『金剛身』のスキルを発揮したに違いない。


 フローラさんに拳を振るおうとしていたアビスエイプは、悲鳴すら上げる間も許されず息絶えた。


「お、お祖父様……?」

「フローラ、無事かッ!?」


 思わずその場へとへたり込むフローラさんと、その肩を抱くオーゼンさん。

 途端に、老人の身体に、子どもたちが泣きじゃくりながら群がった。


「じぃじー!」

「じいさま、ぼく……ぼくっ!」

「じいじ、こあかったよー!」


「お主らも! よく無事じゃった! 良かった、ほんに良かった……ッ!」


 泣きわめく子どもたちを、オーゼンさんはしゃがみながらその大きな身体でまとめて抱きしめる。


「オーゼンさん、扉が壊れちゃここはもう無理だ! フローラさんと子どもたちを連れて、安全なところへ避難した方が良い!」


 俺の言葉に、フローラさんが青ざめた顔を向ける。


「こ、コタローさん……このモンスターは……? いったい、何が起こってるんですか……?」


「フローラよ、良くお聞き。この王都は今、大量のモンスターに襲われておる。わしとともに教会や貴族街区、守りの堅いところまで逃げるんじゃ」


「お、襲われて……? そんな……!」


 衝撃にうつむくフローラさん。無理もない。

 何も聞いてない王都の住民にとってみれば、青天の霹靂だろう。


「案ずるな、わしがついておる。わしと一緒ならば、貴族街区にも入れる」


「お、お祖父様……? その服装は、どうしたんですか……?」


 オーゼンさんは、言うべきか一瞬ためらった後、口を開こうとした。

 けれども、その口からは言葉は放たれなかった。


 幼い子どもが、オーゼンさんの服の裾を引いている。


「じぃじ……じぃじは、もんすたーを、やっつけられないの……?」


 オーゼンさんは、言葉を失っていた。

 子どものすがるような目を前に、オーゼンさんは目を細めてうつむく。


 また別の子どもが、オーゼンさんに抱きつく。


「ぼく、こわくないよ……じいさまがいるもん……」


「じぃじは、もんすたーをやっつけたよ! たくさんいても、じぃじのほうがつぉいもん!」


 オーゼンさんはうつむいたまま、苦渋の満ちた表情になる。


「お主ら……わしは、わしでは――」


 無理だ――

 そう言おうとしたオーゼンさんの言葉を、フローラさんが遮る。


「……お祖父様。貴族街区には、平民街区の皆が入れますか?」


「む、むぅ? いや、それは――」


「……でしたら、子どもたちは私が連れて行きます。お祖父様、街の皆を守って避難させてもらえませんか」


 震えを押し殺し、決然と顔を上げ、フローラさんは提言する。


「お祖父様。お願いします。お祖父様に人を救う力があるのなら……この王都の民を、私たちがお世話になった方々を、救ってはくださいませんか」


「やめろ――やめてくれ、フローラ……もはや、わしにそのような力は……」


「無理は承知の上です。ですが……お祖父様、どうか、お願いします……私たちだけじゃなく、街の人たちを……」


「無理じゃ、わしの手には余る。わしは張りぼてじゃ。英雄などではない。今のわしに民を守るほどの武勇など――」


 そのとき、子どもの一人が悲しそうにつぶやいた。


「――じぃじは……たすけてくれないの……?」


 苦しむように目を固く閉じ、顔をしかめるオーゼンさん。

 違うだろう。


 今、あんたがしたいことは、そうじゃないはずだ。


「オーゼンさん――張りぼてじゃないよ。この子らにとっては、あんたは英雄なんだよ」


「騎士爵……」


「今、フローラさんや子どもたちを助けたのは、間違いなくオーゼンさん、あんただ。あんたがモンスターを倒して、この子たちを救ったんだ」


 オーゼンさんは、戸惑いながらも周りの子らを見る。

 子どもたちは、涙に濡れた目で、それでもうつむかずオーゼンさんを見上げていた。


「……騎士爵よ」


「なんだい、オーゼンさん?」


「子どもらの英雄というものは、強いのかの?」


「強いさ」


「子どもらに勇気を与えられるほどの、心の支えになるものかの?」


「……なるさ」


 そう言って、俺は、自分の言葉を訂正する。

 違うよな。正しくは、


「……もうなってるよ、オーゼンさん」


「ならば、征かねばならんのぅ」


 オーゼンさんは立ち上がり、床に落ちていた自分の剣を拾った。

 入り口に向かい、背越しにフローラさんに語りかける。


「フローラよ。子どもらを連れて、貴族街区を目指しなさい。オーゼン・フェン・デズモントの血族じゃと言えば、保護してもらえるじゃろう」


 その言葉に、フローラさんは目を見開き、オーゼンさんの背に尋ねかけた。


「デズモント……? お祖父様、あなたは……どのような……?」


「なぁに」


 オーゼンさんは、振り返りながら笑った。

 迷いのない、誇りある笑顔で。


「ただのジジィじゃよ」


 そうして剣を手に、歩き出す。

 すれ違いざまに俺の肩を叩き、俺にニヤリと笑いかける。


「征こうかの、騎士殿」

「……おう!」


 倒れている騎士たちに回復魔術をかけ、建物の外に向かう。

 目は覚めてはいないが、仲間の騎士が迎えに来てくれるだろう。


 建物を出ると、街の老人たちが数人集まっていた。

 その中から、火かき棒を武器に手に持った老人が、おぼつかない足取りで歩み出る。

 この人たちは……?


 歩み出た老人が、オーゼンさんに尋ねかけた。


「……そこな御仁。先ほど、馬で駆ける様を目にしました。――あなた様は、もしや、デズモント将軍ではございませんか?」


「将軍位は過去の地位じゃ。お主は?」


 老人はにこりと笑い、そして語る。


「あっしは若い頃、大昔に戦働きをしておりました。その戦場で指揮を執っていたのは、デズモント将軍、あなた様でございます」


「そうか。……大義であったの」


「救国の英雄、デズモント将軍が後ろに控えておる。負けるはずなど無い。兵たちは皆、そう信じておりました。一兵卒の、あっしもです。それにどれだけ勇気づけられたことか。――おかげで、あっしはこの歳まで生き延びております」


 その告白に、オーゼンさんは目を見開き、押し黙った。

 老人は頭を下げ、片膝を突く。


「デズモント将軍が、民をお救いに立ち上がられるなら、この老いぼれどもの命もお使いくだされ。あっしらは今でも――英雄デズモント将軍の、兵卒でさぁ」


 その言葉に連なるように、街の老人たちが片膝を突く。

 過去の功績を語られ、オーゼンさんは照れくさそうに俺を振り返った。


「英雄というものは、気恥ずかしいものじゃのぅ、騎士爵」


「いいじゃねぇか。……英雄になろうぜ、オーゼンさん」


 ひざまずく人々の後ろに迫り寄るアビスエイプ。

 俺はカードを起動し、ザッパーホークで迎え撃つ。


「――そのための道は、俺が切り開くよ」


 俺がそう言うと、オーゼンさんは「うむ」と大きくうなずいた。

 手に持った剣を掲げ、人々の前で叫ぶ!



「行くぞ気骨溢れる兵たちよ! 我ら老兵、身命を賭してこの王都の民を守り抜く! 我らが王都を落とさせるなかれ――このわしについてこい!」



 おう! と老人たちの声が重なる。

 混沌に襲われる王都の街中に、英雄たちの声が響き渡った。












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