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激動の朝焼け



 俺たちを夜道で襲撃したブーライク元子爵は、『貴族法反対派』の一派だった。

 先走って俺たちを襲った元子爵は返り討ちに遭い、尋問され、その暗躍を暴露させられた。


 駆けつけた衛兵たちに、元子爵たちの拘束を命じ、エルキュール所長は俺たちに、聞き出したことを語ってくれた。


「『魔の森』の脅威が目覚める。森の魔物があふれ出し、無数の魔物たちがこの王都を襲ってくることになっているそうだ。その数は、千か、万か……」


「たまたま数体を飼い慣ら(テイム)していた、ってだけじゃないんですか?」


 俺やアシュリーたちの疑問に、エルキュール所長は頭を振る。


「貴族法反対派は、手段はわからないが『魔の森』に眠るものを蘇らせ、操れるらしい。『それ』はやはり騎士爵の危惧したとおり、無尽にあの猿の魔物を生み出し続けられる。その魔物の津波で、この王都を飲み込み襲わせるつもりのようだ」


「でも、なんだってそんなことをするの? 貴族の特権は国家の保証する、国あってのものよ。利益を得ようとして、自分たちの国を滅ぼすような真似を貴族が企むかしら?」


 アシュリーが怪訝そうに問う中、ナトレイアが何かに思い当たったようにつぶやいた。


「王都で開かれる会議……狙いは、主要貴族の一掃か?」


 うん、とエルキュール所長がうなずく。


「そうだろうね。対策会議のせいで、この国の主要な大貴族がこの王都に集まっている。それらを王都ごと亡き者にして、自分たちでこの国を牛耳ろうとしている――マークフェル王国の転覆。それが、貴族法反対派の狙いだ」


 生物兵器を使った大規模要人テロ――つまりは、クーデターか。


「大貴族もそれぞれ自前の護衛戦力を連れてきてるはずだよな。その戦力が集まってる王都を襲うって正気か?」


「まさしく、その思い込みが盲点だよ、騎士爵。確かにこの王都に集まっている兵力は国内最大だ。だが、『魔の森』の魔物という強力な鬼札で、王都一カ所を落とすだけで国が手に入るのだ。――逆に、今回の会議は、反対派の好機として狙われていた可能性が高い」


 画策した奴の手のひらの上、ってことか。

 下手をすると、反対派閥の存在が王家に認識されていたのも、危険性を自覚させてこの会議を開かせるための呼び水だった恐れまであるな。


「今回は、ブーライク元子爵が私怨で先走って、独断で騎士爵を襲ったからたまたま知ることが出来ただけだ。反対派が一枚岩でないことから起こった偶然だが、そのせいで元子爵も決行時期を知らなかった。おそらく、ごく近いうちに襲撃が起こる」


 決行は今日か、それとも明日か。

 元子爵の暴走を許したんだ、たぶん、こちらに計画を知られても問題ないほど準備は整っているはずだ。

 すでに、予断は許されない状況だと言える。


「話は簡単じゃない」


 緊迫した空気の中で、ふと、アシュリーが言った。

 俺たちの視線が彼女に集まる。

 アシュリーは、こともなげに言った。


「負けなければ良いのよ。――ただの戦争よ、これは」


 ね、と彼女はすました顔で、俺に目をやる。


 誰もが呆気に取られる中、突然、エルキュール所長が堰を切ったように笑い出した。


「あっはっはっは! そうだ、その通りだ! ……この王都が落ちなければ、国も滅びない。それだけの話だ」


 そうしてエルキュール所長は『解毒』のカードを使って自分の酔いを覚ます。


「さて、それではわたしは、この事実を国王陛下に速やかに伝えなければいけない。ここで失礼するよ」


「所長、急ぐんでしょう。空から行ってください。――召喚、『ラージグリフォン』」


 グリフォンを召喚すると、所長がその背に乗る。

 この夜更けなら、人目について騒ぎになることもそう無いだろう。


「ありがとう、騎士爵。時間が惜しい、それではな」


「その貴重な時間を割いてまで先に私たちに説明をしたのは――そういうことか?」


 ナトレイアの言葉に、所長はグリフォンの背の上で目を丸めた後、にこりと笑って応えた。


「その必要があると考えたから、そうした。それだけだよ」


 そうして、グリフォンは王城へ向かって飛び立つ。

 これから報告を受けたハイボルト国王は、寝ることも許されず対策に追われるだろう。

 エルキュール所長の去り際の言葉。

 それは、


「――期待されているぞ、コタロー」

「……応えなきゃ、ね」

「ま、そうだな」


 俺たちは、グリフォンの飛び立った夜空を見上げていた。



******



 翌日の夜明けに、それは起こった。

 王都の街中に、本来は時刻を告げるはずの鐘が、連続で鳴らされ響き渡る。


 緊急事態の警鐘だ。


 その鐘の音で、『太陽の泉亭』で眠っていた俺たちは飛び起きた。

 俺の部屋に、寝間着代わりの湯着姿のアシュリーとナトレイアが飛び込んでくる。


「コタロー!」

「この鐘は!」


「大丈夫だ、起きてる。――お前ら、準備して『魔の森』方面の街壁に行くぞ」


 やはり時間は無かった。モンスターの襲撃だな。

 昨夜、エルキュール所長はこの可能性を考えて、俺たちに先に事情を説明した。

 なら、冒険者として、人を守る騎士爵として――

 できることはやらないとな。




 街中の大通りには、悲鳴が聞こえていた。

 喧噪こそ少ないが、市民を襲う数体の『アビスエイプ』の姿が見える。


「くそっ、もう街の中まで侵入されてる!」


「貴族の護衛部隊は、配備が間に合わなかったみたいね」


「街壁の衛兵隊が持ち応えている現状でも褒められるべきだが……時間は無いな。すぐに、街の中まで魔物で溢れるぞ!」


 創国の王剣アルストロメリアを手に、ナトレイアが駆ける。

 アシュリーは、流星弓の連射で距離のある内から市民を手にかけようとしていたアビスエイプの命を刈り取る。


 俺は宿で召喚しておいたデルムッドとエミルを引き連れ、大通りを駆けた。


「ひぃぃ!」


 朝の早い老婦人が、身に迫るアビスエイプの異形に悲鳴を上げている。


「召喚! ――『ザッパーホーク』!」



『ザッパーホーク』

4:3/3

 『飛行』『奇襲』



 人より大きい鷹が『奇襲』によって、アビスエイプに襲いかかった状態で召喚される。

 魔物のその爪が老婦人に届く前に、猛禽の巨大な爪が魔物を切り裂いた。


 崩れ落ちるアビスエイプを置いて、ザッパーホークは他の獲物に向かっていく。


 攻撃力が高く、HPの低いアビスエイプには、攻撃を回避できる『飛行』か『敏捷』持ちの攻撃が有効だ。


「おばあさん、街の人たちを起こして回ってくれ! モンスターの襲撃だ、起こしたらそのまま避難しててくれ!」


「あ、あの……あなた様は……?」


「そこらの騎士爵だ! 悪いな、先を急ぐ!」


 市街に入り込んだアビスエイプは、ナトレイアやアシュリー、ザッパーホークによってあらかた始末できたようだ。


 だが、このままでは次々と街が襲われる。

 俺たちは、『魔の森』の方角の街門へと急いだ。


 そこは、まさしく戦場だった。


 頑丈な街門は、オーガを吹き飛ばすアビスエイプの攻撃によって半ば破壊され、押し寄せるその群れを、衛兵隊や騎士団が必死で食い止めていた。


「召喚! 『メガロドレイク』!」



『メガロドレイク』

4:4/2

 『飛行』『敏捷』



 高速機動飛行を可能とする『敏捷』持ちの恐鳥を召喚し、加勢に向かわせる。

 突如として増えたモンスターに衛兵隊は敵の増援かと騒ぎ出すが、俺は戦場に通るように大声を張り上げる。


「グローダイル辺境伯に叙任された騎士爵、コタロー・ナギハラだ! 俺は召喚術士だ、俺の喚び出したモンスターが加勢する!」


 その言葉を証言するように、メガロドレイクとザッパーホークは押し寄せるアビスエイプたちに襲いかかる。


「コタロー! 増援を増やすのが先だ、私が護衛している間に、頭数を揃えてくれ!」

「頼んだ、ナトレイア!」

「援護するわ!」


 ナトレイアが前に出て、アシュリーがその後ろから流星弓を乱射する。

 同じく『敏捷』持ちのデルムッドが連携し、衛兵隊の脇をすり抜けてきたアビスエイプたちをしとめていく。


 くそっ、魔力量の回復の都合上、即座に複数を喚び出せないのが、今の俺の弱点だ。

 焦っても仕方ない、時間を稼がないと。

 飛行アバターを喚びやすい街壁の上へと、走って移動する。


 街壁の上から見渡すと、打ち破られた巨大な街門へと押し寄せる膨大なアビスエイプたちを、衛兵隊と騎士団が連携して街の外へ追いやろうとしているのが見えた。

 ザッパーホークとメガロドレイクが戦場を縦横に飛び回り、それを補佐している。


 伝令兵の騎乗や、負傷者の救助役にもなるグリフォンを数体。後はメガロドレイクを可能な限り喚んで、できるだけアビスエイプを殲滅する。


 そうじゃないと、間に合わない。

 アビスエイプの群れは、街道どころではなく、森から次々と現れ続けている。


 そのとき、地響きが王都を襲った。


 何事かと兵士たちが騒ぐ中、ある騎士が遠方の『魔の森』を指して声を上げた。


「あ、あれを見ろ!」


 何だ、俺たちも森の方を振り向く。

 あるいは、街壁の上に立つ俺たちの方が、「その姿」をよく見えたのかもしれない。


「何だ、あれは……竜巻……?」


 俺は、思わず天を見上げうめき声を上げた。

 見上げるほどに巨大だったのだ。


 黒いうねりが、絡み合い太い潮流となって、魔の森の中心から天へと昇っていく。

 生物のようにうごめくそれは、まるで、一本の――


『マスター、あれだよ。あれが、千年前、「魔弾の大賢者」ゼファーとその仲間たちが封印した存在』


 まるで、一本の大樹のようだ。

 エミルが、畏怖と嫌悪の表情を浮かべながら、天を衝く黒い大樹を見上げてつぶやく。




『――魔物を生み出す、「災厄の大樹」だよ』 








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