アシュリーさんといっしょ
色々考えたけれど、スペルが使えることに関しては隠さないことにした。
何しろ、自分でもどういう理屈で習得できたのか理解していないのだ。
どのみち、今のところ使える呪文は『治癒の法術』一種類だけなのだし。
「そう……なんだ。珍しいのね」
すると、アシュリーにはあっさり納得してもらえた。
思わず拍子抜けして、俺はガクリと肩を落とした。
「そ、それだけ?」
「うん。そういう人も、いないわけじゃないって話よ。魔術に関しては向き不向きがあるらしいんだけどね。一人で何種類かの魔術を使える人も、いることはいるんだって」
そうなのか。
元の世界のカードゲームでも、能力を複数持ってるカードは珍しくなかったからな。
心配、というか警戒して損したかな。
「そういう人は、町や国の役職に取り立てられる場合が多いみたいよ。できることが多いからって。――もしかして、コタローもそうなるかもね?」
「よしてくれよ。俺は、早く故郷に帰りたいんだ。食いつなぐために何か仕事はするだろうけど、役職なんかに就いたら縛られて帰れなくなっちまう」
やっぱり面倒ごとのタネだったか?
「街に着いても黙っててくれよ、アシュリー」
「平気よ、そのまま事情ごと話せばいいわ。コタローの場合は、言っちゃなんだけど身元不明だから、信用的に街の要職に就かされることはないと思うわ。冒険者ギルドで身分登録して、治癒術士として働くくらいが安全でいいわよ」
本人がそんなに強いわけじゃないし、とアシュリーは笑った。
一言余計だっての。
まぁ、しかし残念だ。カード化能力自体に関しての情報は拾えなかったか。
確信した。カードがどうこうの話は、この世界じゃ口にしない方がいい。
なぜなら、アシュリーには俺が持つ『カードが見えていない』ようだからだ。
召喚にしても、スペル使用に際しても、カードに視線が行ってなかったし、質問されたことも、カードの内容を見せるようねだられたこともまだない。
見えていないんだ。
これは、アシュリーが魔術を使えないからか――
もしくは、この世界の存在には、カードが見えないか。
俺にしか見えないということは、この能力はこの世界でも特異なものということになる。複数の能力が使えるどころの話じゃない、爆弾ネタだってことだな。
黙っておこう。
事情を素直に話せ、と勧められてるのは、一種の試金石だな。
俺に嘘や、やましい事情がなければ悪いようにはならない、と言っているわけだが。
逆にやましいことがあるなら隠すとためにならないぞ、という警告でもある。
俺自身の真偽を試されてるわけだ。
無邪気に勧めてくるのは、大丈夫だと確信してるからかな?
「神隠しなんて、信じてもらえるかねぇ」
「少なくとも、国に紛れ込んだ間者とか諜報員には思われないわよ。その服装、変わってて目立つもの。他の国の人間だって丸分かりよ。顔立ちもちょっと独特だし」
そりゃそうか。
こんな特徴的な格好で犯罪とか、歌舞伎の石川五右衛門でもしねーよ。
最初から疑ってくれって言ってるようなもんだ。
いっそ、帰りたくて困ってると、素直に話した方が街の人も厄介払いを兼ねて助けてくれるかもしれん。
「……キラーアントに噛まれて叫ぶくらいケガに慣れてないなら、コタローは街で暮らした方がいいよ」
アシュリーはそう言って、俺を気遣うような柔らかい視線を向けた。
その視線に、俺は気恥ずかしくなって口を尖らせる。
仕方ないだろ。こっちの世界に来て初めてのケガらしいケガだったんだから。
むしろ、今までの人生で一番の大ケガだったかもしれん。普通に腕から血がダラダラ流れてたからな。すぐ治癒したけど。
これが夢やゲームの中じゃないと、改めて確認した。
あの激痛を経験してから、魔物に対して少々及び腰になっても無理ないだろう。
「……アシュリーは、慣れてるのか?」
「うーん。あたしも痛いのは嫌だけど。かと言って、うずくまって泣いてると死んじゃうかもしれないからね。ケガしても、すぐに動くくらいはできるよ」
さすが冒険者、というべきか。異世界人はタフだな。
「今はケガしても俺が治せるから。言ってくれな」
「ふふ。じゃあ、街に着くまで、頼りにしちゃおっかな」
後ろ手に自分の手を組みながら、アシュリーは俺を見上げて微笑んだ。
こういう表情すると、可愛いよな、この子。
そんな会話を交わしながら、森を進む。
確かにアシュリーの言うとおり、森の出口に進むにつれ、ゴブリンやオークが増えた。
オークは二足歩行する太った巨大イノシシの魔物だった。
森の中に金属器はないのか、ゴブリンと同じ木製の棍棒を持っていた。ただし、相撲取りのような体格は分厚い毛皮と脂肪に覆われた筋肉の塊らしく、ゴブリンよりも手ごわい。
注意するべき攻撃は棍棒と牙による噛みつき。ただ、デルムッドの敵ではなかった。
一撃では倒れず、追撃が必要だったのは、体格から考えてさすがというべきか。
・『ボアオーク』
3:2/3
能力はないけど、HPが3か。
消費魔力が3コストともなると、さすがにステータスが高いな。
まだ使えないけど。
「えっ!? オークの肉って食えるのか!?」
「脂が乗ってて美味しいわよ。コタローの国じゃ食べないの?」
いや、日本にオークはいないけど。
だってなぁ、見かけは毛皮で指はひづめで、そりゃイノシシなんだろうけど。
二足歩行して道具を使う、人型に近い生き物を食うのか?
「そんなの結構食べるわよ。害獣だし。熊とかも食べたことない?」
「……食べるって話は聞いたことあります。ごめんなさい」
日本で昔からサルを食べないって話は、人間に似てるからってわけじゃなく、単純に脳みそ以外の肉が臭いからだっけか。
昔の日本人も二足歩行生物を食べた実績はあるんだろうな。
狩猟生活、恐るべし。
「良かったぁ。あたし一人だと、狩るの結構大変なのよね、これ」
そう言ってアシュリーは嬉々として、解体した肉をバッグに詰めていく。
ちなみにアシュリーのバッグは内容量が見た目よりとても大きく、重さを大幅に軽減する、魔術で作られたバッグなのだそうだ。今までの獲物は全部このバッグに入っている。
なにその四次元ポ○ット。便利すぎて、俺も欲しい。
「魔術かばん? 買うと高いわよ。あたしも家に継がれてたから持ってるだけだし。それに、持ち主は役所かギルドに身分と用途を登録しなくちゃいけないわ」
「だよねー。そんな便利なものが誰でも買えると、犯罪に使われるよなぁ……」
日本のスーパーやコンビニのような商品展示法だと、あっという間に大量に万引きされて、気づかないうちに店を出られちゃいそうだしな。
違法品の密輸や受け渡しもやりたい放題だろうし。
お話だとよく聞く便利なバッグだけど、実際にあると結構危険な代物だよな、これ。
そのとき、デルムッドが突然森の中を振り返り、唸り声を上げた。
反射的に警戒態勢を取る俺たち。バッグに獲物を詰め終わったアシュリーも同様だ。
森の中から、茂みをかき分けるように、三匹のボアオークが飛び出してきた。