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王都の襲撃者



 それから数日が経ったのだけど、俺たちはニートしていた。


 いや、もちろん何回か狩りにも出かけたよ?

 でも、手札があまり増えなかったのだ。

 『ソニックチーター』とか、『ラージグリフォン』とか、すでに手に入れたカードか、もしくは『グラスラプトル』みたいなそれより能力の低いカードばかり。


 考えてみれば当たり前で、辺境伯領も王都周辺も、同じ国内で気候や環境が同じなのだ。

 辺境伯領と気候環境が同じなら生息分布上、モンスターの種類がそう大幅に変わってくることもない。


 強いっていうから用心してたけど、フタを開けてみれば、もう倒したモンスターばかり。

 そんなわけで気が抜けて、お金もあることだし飲み食いばかりの休暇となっている。

 本当に冒険者が食っていきにくい街だな、王都(ここ)は。


「ヒマねー。こんなにも冒険しないと、バチが当たる気がするわ」


「仕方あるまい、アシュリー。――新しい獲物もいないのに、あの貴族だらけの街門を通るのか? 私はごめんだぞ」


「そうよねー。ナトレイアの言うとおり、時期も悪いわ」


 酒場のテーブルにべたりと突っ伏しながら、アシュリーがぼやく。


 ナトレイアが無理に街の外に出て行きたがらないのには、理由がある。

 貴族用の通用門が混んでいるのだ。


 王様やオーゼンさんの言っていた主要貴族の集う会議がもう間もなく開始されるらしく、連日、高位貴族と思われる行列が何組も貴族用の通用門を占拠している。


 街から出る分には空いてて問題ないのだが、帰りは確実に高位貴族のまっただ中で待ちぼうけを食らうことになる。

 どう絡まれるかわからないので、無理に街の外には出たくないのだ。


「貴族の当主本人は、だいたい穏やかで人が出来てるんだけどなー。お付きの騎士たちがもう、確実って言えるくらいに高圧的なんだよなー」


 一度、狩りの帰りに、入街行列にカチ合ってしまったのだが。

 爵位を名乗ると、やれどこの叙任だ、誰が主だ、と騎士たちが詰め寄ってくる。


 あげくに主はいないと答えると、図に乗って主人の爵位を盾に「先に通せ」だの何だのと注文を付け始めたので、うんざりして遠ざかることにしたのだ。


 ナトレイアとアシュリーに夜の相手をさせようとした勘違いした騎士には、ラージグリフォンを喚んで決闘を申し込むぞと脅したら、腰を抜かしながら消えていったが。


 相手を殺さずにこういう面倒を避けられるから、オーガとグリフォンだけでも手に入れられて、本当に良かったよ。


『むぐむぐ……いいんじゃない? 平和がいちばんだよー』


「まぁ、そうなんだけど。こういう飲み会を、元の仲間たちとも早く、もう一度したくてなぁ……」


 エミルと同じ皿の、ハニーローストナッツをポリポリつまみながらぼやく。

 ナッツを炒ってハチミツを絡めた、地球の海外輸入品店でよく見たお菓子である。

 日持ちする食べ物なので、値段は高いが王都の酒場のメニューに載っていた。


 お酒にあまり強くないので、エミルと一緒に甘いものを注文してダラダラしている。


「なによー。あたしたちと飲むのは楽しくないってのー?」

「酒が進んでないぞ、ご主人様。主が従者に酒の量で負けてどうするかー」


 酔っ払い二人がジョッキを片手に、不満げに文句を言う。

 アルハラはやめい。そんな強くない言うとるだろーが。


 まぁ、美人二人と一緒に酒が飲めて、楽しいのは楽しいんだけどね?


「おや、こんなところで呑んでるのかい?」


 聞き覚えのある顔に振り向くと、エルキュール所長がいた。


「きみたちもこの酒場で呑んでいたんだね。奇遇だね、同席しても良いかい?」


「そりゃ良いですけど、なんで所長、こんな平民の酒場にいるんです? 伯爵でしょ?」


 俺の言葉に、所長は身分を隠したがっているのか、口元に指を当ててシーッと遮る仕草をしてきた。

 小声で、


「この店は研究所から近いからね。わたしは研究所で寝泊まりすることが多いから、この酒場には食事をしによく来るんだ。……貴族が堂々と平民の酒場に立ち入ると、つまはじきに合いかねない。身分は隠して、気楽に振る舞ってくれたまえ」


 ああ、そういや研究所から近い酒場だったな。

 つまみが美味そうだったから、適当に入ったんだけど。


 あと、やっぱり近代イギリスの酒場(パブ)みたいに、庶民の酒場に貴族は立ち入り禁止なのね。お互い不可侵の縄張りが、暗黙の了解になってるわけだ。


 エルキュール所長は俺たちと同じテーブルに着き、エールと食事を注文した。


「しかし、ちょうど良かったよ、騎士爵。追加の『カード』をもらおうと、連絡しようと思ってたんだ」


「ああ、良いですよ。……てか所長、研究なんてしてるヒマあるんですか? 所長は例の会議に出席しないんで?」


「もちろん出るよ。昨日までは準備で大忙しだったとも。まぁ、開催間近になると主要な出席者も集まって、準備も済んで待つだけだからね。時間があるなら、わかることは研究しておきたい」


 ああ、なるほど。もう準備し終わったのね。

 参加者がもう集まってるんなら、いよいよ開催間近だな。

 開催日時なんかの詳細は、参加者だけに知らされるんだろうけど。


「なら呑むわよ、所長! コタローが呑まないからつまんなかったのよ!」

「うむ! うちのへたれな主人は置いて、女同士で杯を交わそうぞ!」


「おっ、飲み比べかい? いいとも、わたしはかなり強いぞ?」


 女性陣がジョッキをぶつけ合って、恐ろしい宣言をしている。

 俺はなるべく関わるまいと、足下でうずくまっているデルムッドに、つまみのジャーキーをあげた。

 ふわー、と眠そうにしていたデルムッドがパタパタ尻尾を振る。


「まったく! 少しは酔い潰そうって甲斐性くらい無いものかしらね、うちの主人は!」

「美女三人に囲まれて、甘いものをつまむなど、自分が一番女子ではないか!」

「まったくだ! 手綱を取らなければ、男の立つ瀬が無いぞ! ならば、わたしたち女が引っ張っていかねば!」


 届いたエールや果実酒を片っ端から飲み干し、女子会が白熱していく。

 こういうとき、男一人だと肩身が狭いなー。なぁ、デルムッド。

 ……デルムッドもメスだったね、そう言えば。


 しょんぼり身を小さくしてやり過ごそうとしていると、エミルがぽつりとつぶやく。


『……マスターって、尻に敷かれそうだよね……?』


 言ってくれるなよ、エミルさん。



******



「飲み過ぎですよ、所長」

「うーるさいなぁー、呑まなかった奴がなにをいうー」


 夜も更けた時間。

 良い感じに酔っている所長に肩を貸し、研究所までの道を歩く。

 盛り上がった女性三人は、結局こんな日が落ちる時間まで呑み続けていた。


 アシュリーは若干ふらついているが、それに肩を貸しているのが何とナトレイアだ。

 顔は赤くなっているが、足取りはしっかりし、まだピンピンしている。

 どんだけ酒豪なんだ、さすが強豪冒険者。


 酒場通りを抜けると、一気に通行人の数が減る。

 夕食も終わった時間だろうしな。いかに王都とは言え、こんな時間に出歩く人もそういないだろう。


「所長。研究所の人に引き渡しますからねー。自分の部屋までは、歩いてくださいよ?」


「なんのなんの、頭はしっかりしているよー」


 どの口が言うんだ、酔っ払い。『解毒』かけたろか。


 そのとき、夜道を歩く俺たちを先導するデルムッドが身構え、吼えた。

 ――敵襲? まさか、こんな街中で?


「どうした、デルムッド!?」

「動くな、コタロー! ――道の先に、誰かいる!」


 ナトレイアの制止に、夜道の先を見据える。

 そこには、フード付きの外套で姿を隠した三人と、ぼろぼろにすり切れた貴族服の親子連れが、夜道を遮っていた。


 子どもの方が、俺を指さして叫ぶ。


「父上、奴です! あの騎士爵のせいで、我が家が!」

「くくく、そうか……このような奴のせいで、我が家はいわれ無き罪を……」


 子どもの方には、見覚えがある。

 王都の市場でフローラさんに難癖を付けていた、貴族法違反の子どもだ。

 ってことは、こいつ、取り潰された元ブーライク子爵とやらか!


「見つけたぞ……これらにかかれば、オーガ程度、敵ではない……かかれ、お前たち! 平民なぞに肩入れする愚か者を、始末してしまえ!」


 外套で姿を隠した三人が、ゆらりと前に出る。

 いわれ無き罪って、思い切り法律違反だったじゃねーか!


 こちらもナトレイアが剣を抜き、デルムッドと一緒に前に出た。

 アシュリーは……しゃがんではいるが、弓を手にしてるな。さすがだ。

 俺は先頭の奴に向かって、こっそり『鑑定』をかける。


 すると、とんでもない結果が見えた。



『アビスエイプ』

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 『異形』・このモンスターは、混沌の一部である。



 ――何だと!?


「ナトレイア、気をつけろ! そいつら魔の森の『アビスエイプ』だ!」


「なにッ!?」


 仰天するナトレイアに、三人が外套を脱ぎ捨て襲いかかる。

 長い手足に漆黒の身体、まさしく森の中で出会ったアビスエイプだ!


 だが、何だってこいつらを没落貴族が従えてる!?


「――むん!」

「グギャアッ!」


 ナトレイアの『精霊の一撃』が、肉薄したアビスエイプを両断する。

 だが、敵は三体。

 まだ二体残っている!


「撃て、エミル! 『ファイヤーボール』!」

『アイアイ、マスター! ――シュート!』


 エミルの砲身から放たれた魔術が3点のダメージを与え、一体をしとめる。

 だが、敵はもう一体残っている。

 ナトレイアは魔力を消費している、3点の威力がある手数が足りない!


 ナトレイアとデルムッドが俺たちをかばって立ちはだかり、二人に向けてアビスエイプの、オーガをも殺す腕が振るわれる。


 そのとき、『カード』が起動された。


「――『ファイヤーボール』ッ!」


 放たれた魔術が、三体目のアビスエイプの息の根を止める。

 カードを使ったのは――


「これが攻撃呪文というものか……実戦も悪くないね。ふふん、わたしもなかなかやるもんだろう、騎士爵?」


 俺に支えられている、エルキュール所長だった。


 俺から渡されていた数枚の『カード』を手にし、エルキュール所長は誇らしげに片目を閉じて見せる。 


 ……助かったよ、所長!


「ひ、ひぃぃぃ! バカな、森の魔物が、あんなにあっさりと……!」

「おっと、逃がさんぞ? もう貴族ではないと聞いているのでな、狼藉者に手加減はせん」


 逃げようとする元ブーライク子爵親子の前に、デルムッドとナトレイアが立ちはだかり、動きを封じる。


「や、やめてくれ! 王都の収容所には収監しないでくれ! それ以外ならば、いくらでも罰を受ける! だから、王都だけは!」


「……どういう意味だね、元子爵?」


 酔いが覚めたのか、俺の手から離れ、エルキュール所長が二人を問い詰める。

 反対に、動いて酔いが回ったナトレイアに、回復した魔力で『解毒』をかけてやる。


 手当をしているうちにいくらかの問答が行われ、そしてエルキュール所長が、二人から聞き出した事実に驚愕の声を上げた。


 その内容とは、




「王都が『魔の森』に飲み込まれる……この国が……滅びる……だと……!?」








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― 新着の感想 ―
[一言] カードモンスターだから大丈夫でしょうけど犬に人間用のジャーキーあげるのは犬好きとして気になりますね。 塩分もそうですが、製法によっては玉ねぎ使われてて、犬にとって玉ねぎは猛毒なので。
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