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張りぼての将軍



 所長の研究に協力して、カードを何枚か預けることで、当面の俺たちのやることは無くなった。

 しばらく、カードの特性を色々調べて見るそうだ。

 何回か背筋に変な感触が伝ったので、いくつかのカードは起動されているはずだ。


 これで何か新しいことがわかれば良いんだけどな。


「ナトレイアも、せっかくだから何かカード持っとくか?」


「それはありがたいのだが……グリタローが喚べぬとなれば、あまり欲しいカードは無いな。遠距離用の『ファイヤーボール』くらいか?」


 ナトレイアの魔力は3だからな。

 自分で喚ぶとなると、コスト4のラージグリフォンは喚べない。


 一応、切り札として『ファイヤーボール』と、『勇気の絆』を一枚ずつ渡しておいた。

 もっと枚数を渡しても良いんだけど、ナトレイアは自前のスキルで魔力を使うから、そんなに乱用できないんだよな。


「報告は受けたが、また興味深いことじゃの。わしも魔術を使えるのかの?」


 市民服姿のオーゼンさんが、おもちゃをねだる子どものような顔で尋ねてくる。


 そう、本日は休養日ということで、俺たちは今フローラさんの孤児院に来ている。

 他に行く当ても無いし、甘いものを買い込んで差し入れにやってきたのだ。


「すみません、コタローさん。こんなに高価なものをいただいてしまって」


「いえいえ、美味しいお茶をごちそうになってますから。みんなで食べてください」


 フローラさんが、子どもたちをあやしながら頭を下げる。

 子どもたちは、フローラさんの手に持つお菓子が欲しくてぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 平和で何より。


「騎士爵の話が本当ならば、魔力さえあれば、習得の過程を飛ばして魔術を行使できるということになるの。それも、必要な魔力さえ持っておれば誰でも、じゃ」


「そうですね。オーゼンさんも魔力があるか見てみますか?」


 うむ、とうなずくオーゼンさんの許可を得て、『鑑定』を使う。



名前:オーゼン

種族:普通人

3/2

魔力:2/2

2:『金剛身』・三十秒間、自身のステータスに+1/+1の修正を与える。



 ……おっと。

 スタッツは並かそれより少し高いくらいだけど、強化スキルがあるな。


「オーゼンさん、魔力持ってますね。自分の能力を上げるスキルがあるでしょう?」


「まことか? ふむ、確かに、戦場ではときたま実力以上の一撃を放てることがあったが」


 自覚なしに発動してたのか。

 そうだよな、ナトレイアの強化だって光を放つエフェクトがあるからわかりやすいだけで、特にエフェクト無しの強化(バフ)なら、自分も周囲も気づかないこともあるか。


 この『鑑定』だってエフェクトが無いから、言わなきゃ誰も使われたことに気づかないからな。


 自分のステータスを聞かされたオーゼンさんは、なるほど、とうなずいていた。


「低くもないが、そう高くもないな。まぁ、『英雄将軍』などと呼ばれた過去があっても、このように数字に表されればボロが出る。こんなもんじゃろうて」


 フローラさんがいないことを確認して、ぽつりとつぶやく。

 俺の隣でアシュリーが、意外そうに顔を上げた。


「おじいさん、将軍だったの?」


「まぁの。これでも若い頃は国の英雄扱いされておったよ。……じゃが、実際には、将軍など後方で指揮を執るだけの存在じゃ。兵士や騎士の武勇まで、わしの実力であるかのように扱われてな。引退した今じゃから言えるが、当時は実力に見合った呼び名ではないと思っておったよ」


 ふはは、と気楽そうに笑うオーゼンさん。

 過去のこと、と吹っ切れているのかも知れない。

 過剰に期待していた周囲と、期待されていた自分を、笑い飛ばしているかのようだ。


 そんなオーゼンさんに、ナトレイアが冷静に意見を述べる。


「あながち誇張でもあるまい。――強者や英雄が自分の後ろに控えていれば、後のことを託して、余計なことを気にせず全力を出せることもある。配下の騎士たちも、指揮を執るご老人のことを信じて奮戦できたこともあったのではないか?」


「かも知れぬの。わしは張りぼての英雄なりに、友軍の看板として当時は懸命に振る舞っておったものよ。……勝った戦もあった。命を散らした将兵もおった。良いことも悪いことも、わしがどこまで味方の役に立てたのかは、今となってはわからんがの」


 わしはただの凡人で、今はただのジジイじゃ。

 そう語るオーゼンさんは、長い年月の果てに達観した視線で、遠くを見ていた。


 スキルを使うと、スタッツが4/3になるから、弱いとはそう言えないんだけどな。

 アランさんたち上級騎士が平時からこの強さだと考えると、猛者がたくさんいるだろう軍の中だと少し見劣りするか。


 魔の森で俺の正体を知ったときの処置と言い、オーゼンさんって、豪放磊落(ごうほうらいらく)な態度の割に控えめな考えのときがあるよな。


 前の侯爵だからもっと偉そうにしても良さそうに思うけど、手の及ばないものに対して慎重なところがあるのは、そういう過去の負い目があるからか。


「――じぃじは、つおいのー」


 ふと聞こえた声に目をやると、椅子に座るオーゼンさんのヒザに、この院の幼児がよじ登っていた。


 足下には、いつの間にか同じような子どもが二人、俺たちを見上げている。


「じいじ、かっこいいよー」

「じいさま、わたしたちをまもってくれたもん」


 そんなことを口々に言ってくる。

 今の話を聞いてたのかな? ほとんど理解してなさそうだけど。


「まぁまぁ、いけませんよ、お客様にそんな」


「はっは、構わんよ、フローラ。――どれ、じぃじのヒザに座ると良い」

「ありがとー、じぃじー」


 幼児が手で支えられ、甘えるようにオーゼンさんのヒザに座る。


「強いって、この子たちに腕前を見せたんですか、オーゼンさん?」


 俺の質問に答えたのは、フローラさんだった。


「……少し前に、この孤児院に押し寄せてきた物盗りがいたんですけど、祖父がやっつけて衛兵に引き渡してくれたんです。三人もいたのに、ホウキの柄を剣みたいに振るって」


「なに、食い詰めた街のチンピラじゃったからの。あんなもの、何人いようがものの数ではあるまい。木の棒一本あれば、それで充分じゃ」


「男手がないこの孤児院で、祖父が子どもたちを守ってくれてるんですよ」


 フローラさんの話に、俺たちはへぇー、と揃って感嘆の息を漏らす。

 さすが元軍人だな。

 説明を終えると、フローラさんはお茶のおかわりを入れにまた厨房に戻っていく。


「じぃじ、かっこいいのー」

「おおそうか、ありがとうの」


 手を挙げて自慢げに言う幼児に、デレデレするオーゼンさん。

 子どもたちに頼られる、みんなの保護者だ。


「いいじゃないですか、オーゼンさん。国の、張りぼての英雄だったとしても。……この孤児院のみんなにとっちゃ、オーゼンさんは子どもたちの英雄でしょう」


 俺がそう言うと、オーゼンさんはきょとりと俺を見て目を丸めた。

 やがて、大きな声で嬉しそうに大笑いする。


「わっはっはっは! それはいいな、子どもたちの英雄か。国などと大きなものの英雄よりも、よほどわしに似合っておるかもしれぬな!」


 そう言って周りの子どもたちを見つめるオーゼンさんは、本当に幸せそうだった。


 気を抜けない貴族生活じゃ得られなかった、安らぎを感じてるのかもな。


「……騎士爵のような者ならば、いかな世界の者であっても、この国に溶け込めるのかもしれんな」


 そのつぶやきに、思わず反応してしまう。


「王様に、俺のことを報告したんですか?」


「うむ。じゃが、予想通り特に問題は起こらなかったぞ。驚かれはしたがの」


 なるほど。

 先に王様本人に会う機会が会って良かった、ということかな。

 とりあえず処分なんかの危ないことにはならないっぽい。


「扱いに関しては難しいところだがの。……今の時期は特に、あの方も忙しくて手が回らぬようだからの。危険が少ないなら手を出さなくて良いと言われた。お主も、放っておかれた方が気が楽じゃろう?」


「そりゃありがたいですね。――でも、忙しいって、何かあるんですか?」


「……まさか、戦とか?」


 アシュリーの不穏な予想に、オーゼンさんは頭を振る。


「いやいや。前に言っておったじゃろう。――重臣や大貴族を集めての対策会議じゃよ。迎えるにしても、日取りを決めて準備せねばならんからな。誰を呼ぶかも含めて、あの方はそっちの方へかかりきりになっておるのじゃよ」


 ああ、貴族法反対派への対策会議か。

 上層部が一枚岩になってないと反乱に結びつきかねないから、慎重に成功させようとしてるんだな。


 国の重要人物が一気にこの王都に集まるんじゃ、準備も大変だ。


「もう間もなく主要な大貴族が王宮で一堂に会するからの。まぁ、多少は街も騒がしくなるかもしれんの。買い物などをするなら、今のうちに済ませた方がええ」


 なるほど。

 貴族街の中央にある王宮か。



 まぁ、大貴族が中心だって言うから、騎士爵の俺には関係ないな。

 エルキュール所長は出席するかもしれないけど。









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