明かされる法則
「それでは、騎士爵には、その『カード』……というものが見える、と?」
日も変わって、魔導研究所。
エルキュール所長の専用研究室で、俺の能力の聞き取り調査を行うことになった。
自由にしてていいよ、とは言ったんだけど、アシュリーもナトレイアも俺の能力の詳細については興味津々なようで、休日を潰して一緒に立ち会っている。
そりゃ、所長が俺のこと知っててパーティ仲間の二人が知らないってのも、おかしな話だろうからな。
俺はステータス画面とカードを喚び出して、その説明から始めている。
「うーん、あたしには何も見えないわね」
「私にもだな」
やっぱり、この世界の人間には見えないみたいだな。
と、思っていると、不意にエルキュール所長が声を上げた。
「――あっ! 見えた。確かに、ぼんやりと何か浮かんでるし、騎士爵の手に薄い木札みたいなものが握られてる」
えっ? 見えるの?
驚いてアシュリーたちを振り向くが、彼女たちの目には依然カードが映っていないようで、必死に目を細めたり凝らしたりしている。
その様子を見て、エルキュール所長が推論を告げた。
「たぶん、精霊や神霊と同じなんだろうね。――精霊の姿を見るには、『精霊眼』という技術が必要になるんだけど。これは、精霊の波長に魔力を合わせて姿を捉える、魔力視の一種なんだ。見ようと思わなきゃ見えないし、そこにあると知らなきゃ見えない」
はー、なるほど。そんなもんがあるのか。
確かに、俺も精霊は見たこと無いな。ナトレイアのスキル名から、実在してるとは思ってたけど。
そういう仕組みなのか。
「どれ、わたしが調整してあげよう。二人も見えるようになれば納得するよ」
「そんなこと、できるんですか?」
「これでも魔術研究機関の長だよ。魔力の扱いに関しては、この国では第一人者さ」
俺の質問にそう言って、所長はアシュリーとナトレイアの背後に回る。
二人の後ろ頭に手を当てて、二人に俺を見るように促すと、しばらく意識を集中し始めた。
やがて二人も、驚きの声を上げる。
「あっ、見えたわ! カード、つまり札なのね」
「おお、本当だ。なるほど、コタローの魔術はその札を魔道具のように起動するのか」
本当に二人とも見えているらしい。
凄いな、エルキュール所長。何やったんだ?
目を見開く俺に、所長は自慢げに解説する。
「二人の魔力を探って、騎士爵の能力が映る波長で両目に引き上げたのさ。他人の魔力に干渉するのは、ちょっと難しい技術だけどね」
「ナトレイアは魔力を持ってますが、アシュリーには無いですよ?」
「騎士爵にはそう見えているのかな? 人は誰でも魔力を持っているよ。多い少ないは、個人差が極端だけどね。じゃないと、日用品の魔道具を起動して生活できる人は限られてしまうよ。あれも、微弱な魔力で起動して効果を発揮するんだ」
ほうほう。
つまり、数字には表れないけど、魔道具を起動できるくらいの魔力はみんな普通に持ってるんだな。
ステータスの数字は、1辺りの大きさが結構デカいからな。
小さいと『鑑定』に出ないだけか。
「……うん。慣れてくると、はっきり見えてくるね。表に書かれてるそれは、オーガの絵かな? その下半分には、数字と文字が書かれてるのかな」
「そうですね。護衛に使ってた『ブラッドオーガ』のカードです」
「わたしにも触れるのかな? 貸してみてくれないか、騎士爵」
試しに手渡してみると、所長はあっさりとカードを手に取った。
アシュリーにも『鑑定』のカードを渡してみると、無事に受け取れる。
見える人には触れるみたいだな。
「これは、木……じゃないな。何だろう。紙、かな? やけに丈夫だけど。――騎士爵、わたしも召喚してみて良いだろうか。わたしの予想通りだと、召喚獣の中身は騎士爵か、わたしの分身のようなものになるから、危険は少ないと思う」
「できるんですかね? 『アバター召喚』は俺の固有スキルなんですけど。とりあえず、こっちで試してみてください、所長」
一応念のために、暴れても弱い『ゴブリン』のカードと取り替えて、挑戦してもらう。
「ふむ。では……『ゴブリン』召喚!」
すると、カードが輝き、モンスターの姿になる。
……なんだ? なんか、背中がゾワッとしたぞ?
光の収まったその場には、確かにカードに書かれていた『ゴブリン』が召喚されていた。
「おお! 魔力が少し持っていかれたな。わたしの魔力で召喚できたということか。――ゴブリン君、きみはわたしの分身かね?」
所長の問いに、ゴブリンは所長を見てコクコクとうなずいた。
あ、そんな自覚あるのね。俺もゴブリンズに聞けば良かった。
「ふむ……少し、頭がボゥっとするな。これは、わたしの精神が召喚獣に分化されているということか……? 騎士爵、きみには何か異常は無いかい?」
「今は何も感じませんが、所長が喚び出したときに変な感覚が身体に伝いましたね。これは、所長の魔力を使って、俺のスキルが使われたってことですか?」
「そうだろうね。騎士爵、このゴブリンをカードに戻してみてくれ。たぶん、きみの判断でできるはずだ」
言われるとおりに『ゴブリン』を戻す。
問題なくゴブリンの姿は消え、後にはカードは残らなかった。
俺から離れたカードは使い切りなのか。
いや、俺も毎回カードを喚び出してるだけで、一覧のオリジナルリストから離れたカードは使い切りで使ってるのかもな。
念のために一覧を確認すると、『ゴブリン』も、まだ使ってない『鑑定』も存在する。
もう一枚『鑑定』を喚び出すと、新しい『鑑定』が俺の手元に現れる。
「うん、やっぱりね。つまり、エミル殿と騎士爵の話はすべて正しかった、というわけだ」
「どういうことです、所長? なんで、俺のスキルを他人が使えるんです?」
それはね、と所長は検証からわかったことを教えてくれた。
「騎士爵の召喚は、魔術じゃなくて『法則』なんだ。火が燃えるように、モンスターなどをカードに変え、その内容を具現化する。焚き木に火をともすことが誰にでもできるように、個人の技術ではなくて、『自然の摂理』なんだよ」
「――じゃあ、あたしたちにもコタローの能力が使えるってこと?」
アシュリーの問いかけに、所長は、うん、とうなずいた。
「ただし、すべての召喚は騎士爵を経由される。召喚獣や召喚物は他人が喚び出しても、すべて騎士爵の管理下にあるんだ。――まさしく法則の化身、『神』の権限だね」
「そんな大層なものだなんて、自覚はまるで無いんですけどねぇ……」
「これは革命的なことだよ? 魔力を持つすべての騎士や兵士が、その量に応じた召喚獣を、自分の分身として使役できるようになる。騎士爵の存在一人で、この国の軍事力が跳ね上がるだろうね」
うーん。滞在中は協力してもいいけど、飼い殺されるのは困るんだよな。
「無理矢理に国に留め置かれて、故郷に帰れないなんてのは困りますよ」
「それは大丈夫だよ。このことを国王陛下に報告しても、きみは自由だろう。なぜなら、召喚獣はきみの意志ですべて消える。誰も本当には強制できない、『人の意志』一つで左右される軍事力なんて、危なっかしくて頼りにできないよ」
そりゃそうだ。
俺の意志一つで防備が丸裸になるとか、王様以上の権力だ。
流れ者のそんな権力を国の重要ポストに取り入れるはずがない。
「むしろ、この国は全力できみの機嫌を取りに来るよ。下手に手を出して、反乱勢力なんかに加勢されたら、あっさり国が滅ぶからね。――そうだね、『神』を従属させられると思うほど、この国の王はおごり高ぶってはいないってことかな」
「むしろ、逆に脅威を消し去ろうと、命を狙われませんか?」
「敵対していない旅人を、国を滅ぼすリスクを覚悟で、わざわざ手にかけようとするアホは滅多にいないと思うけどね」
触らぬ神に祟りなし、と。
そういう点では、能力の解明に協力して、詳しく実力をこの国の上層部に伝えておく方が良い、とエルキュール所長は言った。
実力と危険を正しく認識されていれば、保護以外の手段は執れない、と。
自己防衛目的の、武力示威行為だな。
「まぁ、今のところは、きみの『カード』を見える者は少ないだろう。わたしが手伝えば使える者が増えるかも知れないけれど、限界があるからね。今すぐの軍事転用は難しいから、騎士爵の滞在中には国王陛下が通さないんじゃないかな」
他に使える者が少なければ軍事的な利用価値は低く、反乱上の脅威も少ない。
となると、必然的に、現状でそれを使える俺個人の価値が高まるわけで。
俺が敵対姿勢を取っていない以上、俺の安全は客分として保証されるそうな。
そうだといいねぇ、ほんと。
「……問題は、『魔の森』の存在ですね」
「そう、なるね。騎士爵のような能力が、あの森に眠っているならば、かなりの脅威だ。しかも騎士爵のように好意的でない。すでに滅びているなら問題ない、のだけど……」
「魔物……アビスエイプが湧き続けてますからね。命があるかどうかはともかく、確実に能力はまだ活きてますよ」
滅びた上で能力だけが起動し続けている、と考えるのは無理だろう。
あの森に眠る『外来種』が起きたときの対策を考えておかないと、この国が襲われかねない。
少なくとも、直近にあるこの王都は滅びるだろう。
「うん。だけどそれは、この国に住むわたしたちが考えることだね。……騎士爵には、できることならその能力の研究に協力してもらいたいな」
所長の要請への返事は決まっている。
王都でも辺境でも、お世話になった人たちはたくさんいるからな。
「良いですよ。俺も、この国には滅んで欲しくないですからね」
「心強いよ。ありがとう、騎士爵」
朗らかに笑うエルキュール所長の、差し出した手を握る。
知り合った人たちのために、できることはしたいからな。




